天界と魔界
二話連続投稿します
魔界
魔界の空は戦場と化していた。
悪魔を残滅せんとする天界軍とそれに対抗する魔界軍
魔界の住民たちは皆、魔王城に避難している。
その一方で魔界神は魔王城上空で戦況を見ていた。
「報告です!アスモデウス軍が足止めを喰らっている模様。」
「敵本陣前にサタン軍到着しました!」
休む暇もなく戦況が報告されていく。
魔界神はそれを訊いているのかいないのか、目を閉じている。
「魔界神様っ!如何成されますか?」
「……今日は風が無いね」
「は?」
魔界神が呟いた言葉に唖然とする部下。どう反応すればいいのか分からず、周囲に助けを求めようと視線を動かす
「……来た。」
魔界神はゆっくりと目を開け、席を立ち上がった。
そして大きく息を吸い、腹の奥から
「全軍撤退!!早急に帰還せよ!」
と戦争が広がる大空に向かって叫んだ。
その声は天を貫き、本陣前にいる部下達の耳もを貫いた。
「え、ま、魔界神様ッ!?」
目の前にいる部下はおろか、大罪の一人ベルフェゴーレまでもが驚いている。
「魔界神様、何故撤退を!?せっかくここまで追い詰めたというのに!」
「ベル、話は後だ。彼が来た。」
「彼とは、誰ですか!?」
詰め寄るベルフェゴーレ。魔界神は魔界の空に吹き始めた風を感じながら、こう答えた。
「風だよ。」
魔界の空が荒れはじめた。雲行きが怪しくなり、風はいつの間にか強風へと変わっていた。
魔界軍が一斉に魔王城上空に設置された移動式魔法陣に触れると、姿が消えた。
「みんな!城の中へ退避!はやく!」
本部にいた悪魔たちは魔界神の声で、転移魔法を発動させ城の中へと退避していった。
瞬間、魔界の空が地獄と化した。
魔界軍が撤退するのを好機と見た天界軍の兵士たちの体が真っ二つになっていく。
空に巨大な風の渦が発生し、荒れ狂う力で天界の兵士たちを巻き込み、風の摩擦で切り裂いていく。
突然の事にも冷静に対処し、撤退しようとする別の天界軍の兵士たちの体も風の摩擦で切り刻まれていく。
逃げ惑う兵士達にも容赦なく風の摩擦と暴風は襲い掛かり、天界軍の戦力は一割以下となっていた。
魔界神とベルフェゴーレは特設本部からその光景を見ていた。
魔界の空に天界軍の死体と血肉が舞う。
ただその光景に、魔界神は口元に笑みを浮かべていた。
「ベル、被害の確認よろしくね。」
「え、あ、はい……。」
ベルフェゴーレはなにが起きたのか分からず、上司に話しかけた。
「魔界神様、あれは一体……?」
「君も、聞いたことはあるだろう?風の如き者」
魔界神が口にした『風の如き者』、その言葉だけでベルフェゴーレは震え上がった
「か、風の如き者!?あの東方の国で最強と謳われた、あの風の如き者ですかっ!?」
ベルフェゴーレも名前だけは聞いたことがあった。
東方の国で『金色の武神』よりも遥かに有名だった。
風のように速く、台風のように恐ろしい。
風の如き者が遥か昔、大陸最強とされた人間軍隊を一分で全滅させたというのも有名だ。
しかし、何故この魔界にその風の如き者が?
「そう。今、風の如き者……いや、風魔小太郎が天界軍を殲滅してくれた。彼は僕の友人でね、紅汰の親友の風魔十六夜の祖父でもある。」
「え!?ま、魔界神様はいつの間にそんな東方最強の人物とご友人に!?」
「え?んーいつだっけなぁ、一回平良とかウィルとかで飲み会した時にメアド交換して…………うーん、結構前だった気がするなぁ」
「なんでメアド交換なんですか!てかいつの間に飲み会行ってたんですか!?」
「いやぁ……ウィルに『どう?』って誘われえてさぁ、一回レヴィを身代わり変装させて行ったんだよね」
「なんでレヴィアダンなんですかー!?」
「お二人方。愉快そうな談話中失礼する。」
一迅の風がベルフェゴーレの頬に当たると、魔界神の真後ろには灰色の忍装束を着た長身の男性が立っていた。
「おぉ、コタロー。お疲れ様~」
「ミカエル、事後処理も考えてやはり平良の方が良かったのではないか?」
「平良だと遅いね。君のほうが彼の数百倍速い。」
「平良でもそこまでは遅くないと思うが。」
「いいんだよ。速ければ速いほど此方の被害は少なくなるんだから。」
「…………それもそうだな。」
魔界神がコタローと呼んだ男性。彼は空を見上げて腕を組んだ。
そういえば、風の摩擦で切り刻んだはずの天界軍の死体や血が本部に落ちてこないのは何故だろうか。
「死体は全てあの赤い湖に吹っ飛ばした。あとは平良に恵みにしてもらえ。」
「うん、わざわざありがとう。で、君はこれからどうする?お茶でも飲む?」
「…………まだ、終わってない。」
風の如き者は灰色の瞳に魔界神を映す。魔界神もいつもの明るい表情から真剣なものへと表情を変えた。
「…………そうだったね。まだ、終わってないんだね。」
「あぁ……終わらせないと。月詠が安心して眠れないからな。」
「そうかい……ま、僕の役目はここで終わりだよ。あとは若い人に任せるんだね」
「…………。」
風の如き者は魔界神に頭を深々と下げると、一陣の風となって消えた。
「さてと、ベル。悪いけど、被害報告の他にサタンに伝えてくれ。出撃準備って。」
「出撃?何処にですか?」
天界の兵士達が消えた魔界の空は晴天となっていた。魔界神は眠そうに欠伸をして、つまらなそうに
「人間の最高政治機関都市、フロンティアへ」
妖怪の山 天狗の館 天魔の部屋
鬼の頭首である乱季は天魔の部屋のドアに寄りかかっていた。
天魔の部屋には刹那を監禁してある。
刹那を頼む、風魔十六夜は乱季にそう頼んだ。
頼まれたからにはしっかりと果たさなくてはならないのが彼女の鬼としてのプライドだった。
「ねぇ、刹那。あの子に怒っているのかい?」
最初、閉じ込めた時は出せ、と部屋で暴れまわったが天魔の結界で部屋から出られないと理解したのか、この数十分は黙っている。
「確かに、アンタには納得いかないと思うけど……あの子だってもう子供じゃない。立派な男さ。祖母のアンタも、それぐらいは認めてやってもいいんじゃないか?ねぇ、刹那。」
部屋の中にいる刹那に話を投げるが、返事が無い。
「……あの子だって、お前を守りたいんだよ。…………刹那?」
反応がないことを不審に思ったのか、乱季は部屋のドアに貼り付けた結界を守る札を剥がして、部屋を覗いてみた。
部屋の天井には大きな穴が穿たれていた。舌打ちしながら乱季が部屋に入ると、机の上に紙が置いてあり刹那の字で「すまない」と書かれていた。
「はぁ…………似た者というか、ホント……そっくりだねぇ……十六夜も月詠もアンタも。」
呆れのため息を吐いた乱季であった