112 大地の神と世界の神
二週間ぐらい更新してませんでしたね……
こんなことを言うのもなんですが……感想がほしい…
大地の神、阿修羅
妖怪の山
「貴方の、お兄さん……阿修羅。龍神神話で大地を創ったとされる罪と悪を司るあの阿修羅ですか。」
「あぁ。」
白衣の青年の問いに、修羅は短く答えた。
「私達、兄弟の長男。能力は私ですら分からない。ただ、兄上に殺意を持った者は殺される。今回も大勢の人間が死ぬだろう。」
「僕が会うと殺されますかね。」
「お前は邪神だからな。面倒なことになる前に此処を去れ。お前には関係ない戦争だ。」
「そう言う訳でもありませんよ?」
白衣の青年は欠伸をして遥か遠くの平地に並ぶ人間達の軍隊を見た。
「この戦争は少なからず神々も関係しています。いや、あの時から神々は関わっていました。僕には邪神として見逃せないこともあります。」
白衣の青年はポケットに手を入れて、忌羅達が向かっていった方向を見た。その絶対零度の温度を帯びた瞳が爆発した山を捉えた。
「修羅さん、僕はあの二人の様子見と古い部下に会って来ます。気をつけて。」
「あぁ、お前もな。いくら死なないとは言っても中身が出ると私でも止められないからな。」
「分かってますって。」
笑んだ青年は背中から氷の翼を作り出し、爆発した山の方へと飛んでいった。
「……兄上。出て来い。」
「……久しいな。兄弟よ。」
青年が去ったと同時に近くの物陰から赤い九尾の男性が現れた。
「何故、此処に来た?己がどれだけの存在なのか分かっていないわけではあるまい?」
「分かっておる。私が来れば多くの命が散る。」
阿修羅に背を向けたまま、修羅は問いかけていく。
「……さては、ウィルの差し金か。傍観者である兄上が此処に来ることはありえない。」
嫌味にも聞こえる修羅の問いに阿修羅は無表情で答える。
「あぁ。私は月詠との約束がある。」
「……なんだと?」
ようやく阿修羅に振り向いた修羅。彼の後ろには彼そっくりの兄弟が立っている。
「ウィルから、先日聞かされた。月詠から『同じ戦争が起きたら皆を頼む』と。月詠とは暫し前に会ったことがある。あの少女、私の能力が効かぬが故に私の心に触れた。お前は気に食わぬと思うが、私は決めたことだ。」
「気に食わぬ……だと?」
阿修羅に言葉に修羅が歯を噛みしめた。瞬時、修羅の拳が阿修羅の顎を打砕いた。
「ならばッ!何故貴様はあの時来なかったッ!?月詠が死んだあの日、何故いなかったッ!!気に食わない?私は産まれた時から貴様が気に食わぬッ!自分勝手で私達の危機にも駆けつけず、今度は己の都合でしかも月詠の頼みだと!?ふざけるなッ!勝手にもほどがあるぞ、阿修羅ッ!!!」
しかし、修羅の拳は阿修羅の顎の寸前で止まっていた。黒い液体のようなものが修羅の拳を受け止めていた。修羅の拳から鮮血が流れ、黒く固まる。それでも修羅は憎悪を阿修羅にぶつける。
「思いやりも優しさも人間らしさもしらぬ貴様に、人間と触れ合ってきた私達の何が分かるのだッ!ただ殺し、与え、見てきただけの貴様が此処にいる資格などないッ!」
「……多くの人間と触れ合ってきたお前達だからこそ、私よりも化け物じみている。と思わないのか?」
修羅の表情が固まった。
「感情を持つからこそ、お前達は怒り、悲しむのではないか。人間こそが真の化け物だと何故思わない?殺し、奪い、貪り、忘れるだけの怠惰な生き物の方が私達よりも遥かに化け物だろう。傍観者である私は何千年との間、お前達と人間を見てきた。なんら変わらぬ、お前達と人間は同じモノだ。ただ姿、形が違うだけだ。修羅、お前なら分かるであろう?」
「……私を化け物と言うならば化け物と存分に罵るが良い。だがッ!!」
修羅の溶岩のように煮え滾る紅蓮の双眸が阿修羅と対峙する。
「愛を知る姉上や孤独ながらも答えを得ようとする忌羅、そしてまだ幼き赦奈や希殺羅を化け物と言うことは絶対に許さぬッ!!阿修羅、貴様は見ていただけだ!母上から離れ、愛も怒りも喜びも知らぬ貴様に人間の何が分かるのだ?私達の何が分かるのだ?貴様はただ誰かといるのが怖かっただけだ。愛されることも、憎まれることも、見られること、全てが、貴様は怖かっただけだ。」
阿修羅の感情のない目に驚愕の色が現れた。その瞳は自分そっくりの兄弟を見下ろす。
「傍観者?違う。お前は臆病者だ。傍観者とは見ているだけで何もしない者だ。だが、臆病者は都合の良い時に傍観から舞台に上がり、騒ぐだけ騒いで帰る愚か者だ。」
「…………分からぬのか?怒りを露にすれば、どれだけの命が散るのか。修羅、特にお前は私でも手が付けられぬのだぞ。」
「分かっている。だが、私にはある意味で喜ぶだろう。化け物として産まれた私に、誰かのために怒れることを。母上が教えてくれた『心』を。阿修羅、お前には分からない。」
「……であろうな。私には分からぬ。理解しようとしても我が魂が拒否する。」
阿修羅は修羅から一歩離れた。そして背を向けた。
「修羅、赦せ。私には分からぬのだ。人間が。母上が言った愛が。心が。感情が。だからこそ、私はいずれ争うであろう。お前と。」
阿修羅の目からから真紅の血が流れ、頬を伝わり地面に落ちた。
「今回は私は此処にいるべきではないと分かった。だが、約束は約束だ。外の人間は私が相手する。」
「………………。」
「ではな。我が兄弟よ。」
阿修羅が紅い血の塊に包まれたかと思うと、血の塊は霧となって消えた。
「……。」
修羅は血塗れの自分の拳を見た。傷は癒えていた。
修羅にも阿修羅同様、月詠との約束がある。家族を守ってくれ、と。
修羅は知っていた。月詠のことは。
彼女は風の如き者『風魔小太郎』の娘だ。風魔小太郎も修羅は会ったことがある。
そして風魔十六夜の父親にも。
修羅は目を閉じて、風魔月詠との出会いを思い出した。
彼にも彼女と過ごした日常があった。笑えた日があったのだ。
「で、その子が噂の人間か。姉上。」
私の部屋に珍しく姉上が来たと思ったら、天狗や鬼の間で噂となっている姉上が拾ってきた人間の子供まで連れてきた。まだ幼い少女だ。姉上の尻尾に隠れて、私を見ている。
「あぁ。月詠だ。」
「よ、よろしくお願い、しししします……。」
私と目が合った月詠はすぐに姉上の尻尾に隠れてしまった。姉上の苦笑が珍しい。
「先日忌羅に会った。酷く怖がってな。一応、お前のことは説明したが、怖いらしい。許せ。」
「別に構わぬ。それで、わざわざ私に会いにきたわけでもあるまい?何か用があるのか?」「話が早くて助かる。修羅、お前だけが頼りなのだ。」
これはまた珍しい。姉上が私を頼るとは。これも月詠の影響だろうか?
姉上は月詠を拾って性格が(ほんの少し)穏やかになったらしいが、私を頼るだけでも大きな進歩だ。
「姉上の頼みだ。断るわけにもいかぬ。なんだ?」
「では、月詠を預かって欲しい。」
「は?」
今日は厄日になりそうだ……。
「…………。」
「……。」
椅子に背中を預け、私は書物に目を通していく。月詠は寝台の上で枕に隠れて私を見ている。
沈黙の時間が続いた。
『何故私が預かるのだ。』
『天魔のところでは月詠を狙う天狗が現れるかもしれない。乱季は月詠が酒癖が付いては困るし荒っぽくなっても困る。忌羅に任せても世話しないと言うか月詠を喰らうだろう。だから、お前に託すのだ。』
『なるほど……いや、待て。何故預かるのだ。』
『私はこれから出掛けなければならぬ。その間の月詠の世話を頼む。ではな』
姉上との会話を思い出すだけでもため息が漏れた。まぁ、私を信用してくれることは嬉しいが……子供すら見たことがない私に世話が出来るのか?
結論は無理だ。私は人間の生活は分からぬ。姉上め、周囲にまともな者がいないことを怨めよ。
「あ、あの……。」
枕の陰から月詠の小さな声が部屋に響いた。目を合わせると逃げるので、書物に目を向けたまま答える。なるべく、優しい口調で。
「何かな。」
「…ふ、風魔……つき、つつ…月詠です……。」
随分と遅い自己紹介だ。意外と律儀なのかもしれぬ。
「神己修羅だ。姉上から話は聞いている。人間らしいな。」
「は、はい…ごめんなさい。」
「?今の会話の何処に君が謝る要素があったのだ?」
「ふぇっ……あ、あの、いえ……その……」
凄まじい動揺だ。忌羅が相当怖かったのか。忌羅と私は似ている。私も怒ると忌羅動揺激情するが、普段は冷静だ。
そのときだ。扉が叩かれ、返事を返す間もなく、天狗が五人ほど入ってきた。全員武装している。書物を閉じて、天狗たちを一瞥した。
「修羅様、そこの人間を渡していただけませぬか?」
天狗たちが枕に隠れた月詠を見た。私も移動して、月詠の盾になるように立ち塞がる。
「もし、断ったら?」
「貴方も刹那同様我々天狗と好ましくない関係と「だが断る。」
体から妖力を発し、天狗たちを威圧する。
「大方、月詠を殺しにきたのだろう?お前達天狗はこの山の規律が乱れることを嫌がる。だから、外れ者である私達兄弟や鬼と仲が悪い。人間がいることなど耐えられぬのだろう?」
「分かっているの「分かっているからこそだ。私には月詠を頼むと姉上から言われてな。天魔からも許可は出ているらしいぞ?『月詠を狙う者は容赦なく殺せ』と。たかが中級程度の力しか持ち合わせておらぬ天狗風情が、私にこの場で勝てるとでも?」
「後悔し「失せよ。人間であろうと、お前達の規則で殺されて良いなどということはありえぬ。ここはお前達が仕切る山ではないぞ。忘れたか、此処は母上が創った山だと。ここで姉上を傷付けたいというのならば、姉上どことか母上や父上までもが、貴様を狙う。母上は拷問の達人だからな。死よりも辛いぞ?私達、九尾の一族を敵に回すことが。」
防御結界を張る。もしもの時に相手が襲ってきたときのために二重に張った。
この部屋には幾多の結界が張られている。私が結界同士を組み合わせれば、結界同士の空間にいる者は結界に呑まれ、異界となってこの世から消滅する。
私がもっとも得意とするは母上から受け継いだ結界術。あらゆる結界を学び、生み出した私に狭い場所は有利でしかない。
天狗たちは私の微量の殺気を感じ取ったのか、部屋から出て行った。と思った矢先、悲鳴が聞こえた。肉が切られる音と血が出る音が聞こえた。防音結界を張って月詠にはこれから聞こえるであろう天狗五名の悲鳴を聞かせないようにした。
振り向くと、月詠は私を枕の陰から見つめていた。
その瞳に脅えはなく、不思議な感情を私に向けていた。
「修羅さんは……戦わないのですか?」
「戦う?私は戦いは好まない性格なのでな。」
「だって……戦わなかったら殺されちゃいますよ?」
「私は自分の身ぐらいは守れるさ。」
悲鳴が止まった。月詠に待てと言い、部屋の外を見る。
そこには五人の天狗達の無惨な死体があった。それらは原型を留めておらずバラバラの肉塊となっていた。
そしてその肉塊を踏みつける忌羅。その手には日本刀が握られている。
「忌羅、何も殺す必要はないと思うが?」
「こいつらは私にぶつかったきた挙句死ねと叫びながら私に武器を振り下ろしたので、殺してやった。何か文句があるか?」
「ない。」
忌羅と殺し関係で話をすると埒があかない。ため息を吐いた私は結界操作で肉塊を消滅させ、部屋に戻った。
大方、天狗たちは私に恐怖したところそっくりの忌羅と会い、私だと勘違いしたのだろう。その結果があの無惨な光景だ。忌羅は遠慮なく殺す。この前も廊下でぶつかったという理由だけで天狗を殺した。首を剣で刎ねた。なんともつまらない殺害理由だ。だがそれが我が兄、神己忌羅だ。
結界を解き、月詠を見た。私を不思議な瞳で見つめている。無視して窓の外を見た。もう空は橙色に染まりかけていた。もう夕飯の仕度か。
そういえば人間である月詠の食事はどうすれば良いのだろうか?妖怪と同じものを食べるとは思えない。
好物を聞いてみよう。
「月詠、何か食べたいものはあるか?」
「え、えぇと……あ、お母さんが作ってくれたあの黄色くて黒くて硬いものを……。」
「???」姉上は一体何を食べさせているのだ。
「月詠、それは焼いて作ったものか?」
「はい、凄く長い時間をかけて焼いてますよ……苦いときもありますけど、甘いときもあるんです。料理って不思議ですよね。」
「……その材料はもしかしてこれか?」
冷蔵庫から卵を出して、月詠見せた。
「あ、はい…お母さんはそれを割って黒くなるまで焼いてます……。」
……あ、姉上……母上同様料理が上手いかと思ったが…まさか、焦げた卵焼きを子供に食わせるのか?忌羅だって焼き加減は分かるぞ…いや、待て。
「月詠、君はそれを食してなんともないのか?」
「えぇと…たまにお腹が痛くなりますよ。でも天魔様のお薬を飲むとすぐ良くなりますよ……。」
………………本気で作ろう。この神己修羅、この少女に食物の美味を伝えるために本気で腕を振るおう。
「分かった。ちと時間が掛かるが、待っていてくれ。上手い物を作ろう。」
「え……大丈夫ですよ……?修羅しゃまに迷惑は……。」噛んだぞこの子。
「遠慮は良い。私からの歓迎祝いだ。君は好きにしていてくれ。」
棚から調理器具を取り出す。冷蔵庫は先程確認したが材料は私を含めても三人分は残っている。あとは匂いにに釣られて忌羅が来るだろう。それもふまえて全ての材料を使う。
幼い頃に母上と父上が一緒に料理を作っていたあれを見ていて良かった。なんとなく手順は分かる。
いざ…………!!
約一時間経過。なんとか全ての材料を使い切った料理が何十品か出来た。
九本の尻尾を使って料理をテーブルの上に並べていく。
月詠はこの一時間、私の邪魔にならない位置に椅子を置き、椅子に上って私の料理の様子を見ていた。一時も目も離さず私の手元を見ていたのだから凄まじい集中力だ。
料理を並べ終わると、月詠へと視線を移した。月詠は何か凄いものを見る目で私を見ていた。
その目からは子供らしい無邪気さが感じられた。
「修羅しゃま…凄いです……!!」また噛んだ。
「ま、私が本気を出せばこんなものさ。」
月詠を抱き上げ、適当な席に座らせる。意外と軽い月詠の体重に驚く私。
「月詠、君はその黒いモノを毎日食しているのか?」
「はい。あ、でもたまに天魔様が美味しいものを振舞ってくれますよ。」
姉上……妖怪と人間の食生活の違いを学べ……。
「野菜や味噌汁、米などは?」
「お野菜とお味噌汁はしょっぱいですね。ご飯は水っぽくて……こう……ぬるい?です。」
駄目だこれ。姉上が帰ってきたら料理を教えなければ。
月詠の前に茶を置いて、私も座り、月詠と向かい合う。
「さてと、頂こうか。」
「い、いただきます……。」
月詠はまず器用に箸を持って、湯気が立ち上る白米に箸を付け、口に運んだ。
「…………美味しい……!!」
表情が一気に輝いた。本来ご飯とはこうあるべきだ。姉上は水を入れすぎだ。時間を掛け過ぎ。
「遠慮はいい。満たされるまで食べてくれ。」
「はいっ……!!」
「随分と上手そうではないか。」
来たか。忌羅がノックもせずに入ってきた。月詠の肩が震えた。
「忌羅、分かっているが何の用だ?」
「分かっているなら聞くな。何やら上手い食の匂いがしたのでな。これは当然私の分もあるのであろう?」
「あるにはあるが、月詠が脅えている。彼女が同席を赦すならば食え。」
忌羅の視線が月詠に向けられた。月詠の目には涙が浮かんでいる。
「…………………………。」
忌羅が無言だ。珍しすぎる。忌羅のことだから「当然、良かろう?」とか言いそうなのだが。
「……わ、わた……わわわ……わたしは……かま、かか構いませんん……。」
凄い怯えようだ。忌羅がそこまで怖いのだろうか。
「フム。私が食しても良いか?」
「あ、あぁ……………………。」
忌羅が私と月詠と三角形の形になるように座る。箸を持って、まず茶碗に盛られたご飯を噛まずに飲み込んだ。次に、味噌汁も一秒と掛からず飲み干す。月詠は唖然とそれを見ている。
「修羅、次。」
忌羅がご飯と味噌汁の茶碗を差し出す。受け取り、再び湯気が立ち上る味噌汁と白米をよそう。返すと今度は一気に飲まずにおかずと一緒に食べ始めた。その速さは尋常ではない。
「月詠、早くせんと全て忌羅に食されるぞ。」
「私でも常識はある。他人の料理を全て食すほど馬鹿ではない。」
私の声でハッとなった月詠が急いで食べ始めた。苦笑し、私も食べ始めた。
そこからは月詠と忌羅による激しい食事争奪戦が始まった。奪い、喰らい、飲み込んでいく二人の前にあっという間にテーブルいっぱいに並べられた食事は主に二人の腹の中へと消えていった。私も満足できる程度に食せたのでよしとしよう。
「ところで、月詠は何故忌羅が怖いのだ。」
「私がたまたま姉上と戦っているところを見られた。」
「何故姉上と。」
「姉上の食事に不味いと言ったせいか。または皿を割ったか。」
「それだけか?」
「姉上にとってはそれだけで充分だろう。しかし、姉上の料理は全て炭とぬるいものだけだ。あれでは腹も膨れまい。」
忌羅との会話が続くと、月詠の目蓋が垂れ始めた。眠いらしい。
忌羅を追い出し、月詠を抱えベッドの上に置く。
「しゅ、修羅しゃま……ご馳走様でした……」よく噛むなこの子。
「あぁ。眠いようだな。風呂は明日でいいか。」
私の言葉が届く前に月詠は眠りについていた。
姉上がこの少女に惹かれた理由もなんとなく分かる気がする。人間とは思えない謙虚さと一緒にいると心が安らぐ感じがする。
こんなことを思ったのは初めてだった。人間というものは私が思っている以上に違う生物なのかもしれない。
それから十年後、月詠は成人となり見事な美貌と豊富な知識を身に着けた。もちろん、料理の技術もだが。
「修羅っ。」
廊下を歩いていると、後ろから月詠に抱きつかれた。
気持ちが安らぐ花の匂いがした。
「今から遊びに行ってもいい?」
「あぁ、構わぬ。」
「そっ、じゃあ行きましょう。」
引きずるように月詠と部屋に戻った。戻るなりに月詠はベッドに飛び込んだ。
「ん~、やっぱり修羅のベッドっていい匂いするわね。」
「これでも臭いは気にする。毎日、月光草を使っているからな。」
「月光草?」
「この辺に咲く薬草だ。満月の夜にだけ、花を散らし種子を蒔く。疲労効果に良く効く薬草を磨り潰してそれを水に溶かし、ベッドに染み込ませて日光に当てる。するとこのように良い匂いが発生するわけだ。」
私が説明してやると月詠は感心したように、ベッドに寝転がる。
「へぇ、やっぱり物知りね。私でも敵わないわね。」
「人間でしかも私の書物の二割を十年という間に読みほし、それらを記憶したのだ。その努力だけは私も敵わぬな。」
「だって修羅は努力っていうか見ただけで覚えちゃうんでしょ?」
「まぁな。生まれつきだ。」
「良いわよね~、寿命も長くて丈夫だし。」
「なんだ、お前は嫌なのか。」
「だって、皆と一緒にいたいわよ。」
「その純粋な心だけは十年経った今でも変わっていないな。」
「だってそうじゃない。母さん、修羅、忌羅、天魔様達ともずっと一緒にいたいわ。」
「そいつは嬉しいな。」
「…………本当に嬉しい?」
「あぁ。私も家族に先立たれると辛い。忌羅はあれはあれでお前のことは慕っているからな。」
「ふーん……貴方は私を家族だと思ってくてるの?」
「当たり前だろう。姉上がそう言ったのだ。『月詠は私の娘だ』と。あんなに輝く姉上の目を見てそう思わぬと思うか。」
寝転がるのを止め、月詠は私をじっと見つめる。
「種族など関係ない。ただ、私達は絆と愛で繋がっているのだ。」
「……修羅の言うことはいつも難しいわね。」
「生憎、他の表現の仕方を知らぬ。だが、これだけは覚えておけ。私はお前の為なら喜んで戦う。」
「ふぇ……?」
「二度も言わせるな。お前のためなら私、いや忌羅でさえ戦うだろう。それほど、お前は私達には欠かせない存在なのだぞ。」
月詠を見つめ返す。私の言葉を聞いた月詠は心から嬉しそうに微笑んだ。
「そう……ふふっ、ありがとね。修羅。」
「どういたしまして。」
その時、月詠が私に見せてくれた笑顔は十年前とまったく変わらない無垢な少女の笑みだった。
「……月詠。」