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加護ランクNの追放令嬢ですが、魔族の古代術式が前世のなぞなぞだったので普通に解ける件について

掲載日:2026/08/10

加護授与の儀で、私の手に落ちてきたのは道端に生えている雑草だった。


祭壇の前で跪いていた私の掌に、ぽとりと一本。茎がしなびていて、葉先が黄色い。名前すら分からない、ただの草。


会場がざわめいた。加護はカード状の光として降るのが通例で、最低でもR(レア)ランクの武器か魔導具が現れる。雑草が降ってきた前例は、王国の記録に存在しない。


「もう一度」


と司祭が言った。二度目に降ってきたのは、河原で拾えるような小石だった。丸くて、少しだけ温かい。三度目はブリキの缶。蓋が錆びていて、中身は空だった。


私はリゼット・クロード。クロード伯爵家の長女で、第三王子セルジュの婚約者だった。過去形なのは、今この瞬間に過去形になったからだ。


「リゼット・クロード。加護ランクN。有効な戦闘能力なし」


読み上げの声が広間に響いた。その声が消えないうちに、妹のシャルロットが祭壇に進み出る。彼女の手には金色の光が集まり、やがてSSRの刻印が浮かんだカードが現れた。聖女の加護。会場が歓声に包まれる。


セルジュ殿下がシャルロットの手を取った。私のほうは見なかった。


その夜、婚約破棄と追放が同時に言い渡された。行き先はフォルテ辺境領。王都から馬車で十五日、海沿いの断崖に張り付くように建てられた港町だと聞いた。領主は「冷血提督」の異名を持つヴァルター・フォン・ハイネ。戦場で笑ったことがないと噂される男。


私は荷物をまとめながら、前世の記憶をぼんやりと思い出していた。日本の海辺の町で生まれ育ち、三十二歳で交通事故に遭い、気がついたらこの世界の赤ん坊だった。前世では特に取り柄のない事務職で、唯一の趣味が「なぞなぞの本を集めること」だった。この世界でも取り柄がない。一貫している。



フォルテ辺境領は、想像よりずっと美しい場所だった。


断崖の上に石造りの城塞が立ち、その下に港町が広がっている。海風が塩の香りを運び、崖にはびこる野花が風に揺れている。空が広い。王都の狭い空とは比べものにならない。


港で私を待っていたのは、黒い軍服の男だった。短く刈り込んだ銀髪に、海の色をした灰青の瞳。頬に古い傷跡がある。表情というものが顔面から削り取られたような、そういう顔をしていた。


「ヴァルター・フォン・ハイネだ。フォルテ辺境伯を務めている」


「リゼット・クロードです。このたびはご迷惑をおかけします。海がきれいですね」


ヴァルターは私の顔を三秒ほど見て、それから海を見た。


「追放令嬢の世話を命じられた。部屋は用意してある。食事は一日三回、執務室への立ち入りは禁止だ。質問は」


「お魚は新鮮ですか」


ヴァルターの眉が動いた。動いただけで、表情は変わらなかった。


「……新鮮だ」


「よかった。お魚が好きなんです」


それが私たちの最初の会話だった。



辺境での暮らしは穏やかだった。朝は崖の上で海を眺め、昼は城の図書室で本を読み、夕方は港の市場を散歩する。使用人のマルタさんが毎日違う魚料理を出してくれる。鯛の塩焼きに似た白身魚が特に美味しい。


ヴァルターとはほとんど顔を合わせない。彼は日中ずっと執務室にこもっていて、たまに廊下ですれ違うと「ああ」とだけ言って通り過ぎる。冷血提督という呼び名の割に、私の部屋には毎朝花が届く。誰が置いているのか分からない。マルタさんに聞いたら「さあ」と目を逸らされた。


穏やかな日々が二週間ほど続いた、ある夜のことだった。


城の広間に黒い霧が湧いた。壁が軋み、蝋燭の炎が一斉に青く変わる。霧の中から現れたのは、人間の姿をした魔族だった。長い白髪に紅い瞳。年齢不詳の顔立ちで、口元に薄い笑みを貼り付けている。


「我が名はメフィスト。古代術式の契約者だ」


ヴァルターが剣を抜いた。衛兵たちが槍を構える。だが魔族は指を一本振っただけで、全員の動きを止めた。金縛りではない。足元に浮かんだ術式の紋様が、膝から下を縫い留めている。


「慌てるな、辺境伯。殺しに来たのではない。古来の作法に則り、問いを出しに来た。我が出す三つの謎に答えよ。正答すれば去る。不正解ならば――」


メフィストが指を鳴らすと、衛兵の一人が膝をついた。顔色が灰色に変わっていく。


「このように、生気を頂戴する。術式の対価としてな」


ヴァルターが歯を食いしばった。


「待て。答えるのは俺だ」


「それは構わぬ。ただし、術式が起動した以上、誰かが答えねば城にいる全員の生気が尽きる。制限時間は砂時計一本分だ」


広間の空中に砂時計が現れた。赤い砂が音もなく落ち始める。


第一の問い。メフィストが愉しそうに口を開いた。


「『我は持たれども重さなく、失われども消えず。王は我を欲し、乞食は我を持つ。我は何ぞ』」


ヴァルターが眉を寄せた。軍人であって学者ではない彼に、こういう問いは向かない。


「……名誉か」


メフィストが首を振った。衛兵がもう一人、膝をついた。


私はその問いを聞いた瞬間から、前世の記憶が蘇っていた。小学生のときに買ったなぞなぞの本。百二十八問目。答えは覚えている。


「あの、すみません」


全員が振り向いた。ガチャでNしか引けなかった追放令嬢が、何を言うのかと。


「『なにもない』だと思います」


沈黙が落ちた。メフィストの目が細くなった。


「正解だ」


膝をついていた衛兵たちの顔に血の気が戻った。足元の術式の紋様が一つ消える。


第二の問い。


「『朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。これは何ぞ』」


前世の常識だ。世界最古のなぞなぞと言ってもいい。


「人間です。赤ちゃんのときはハイハイで四本、大人は二本足、お年寄りは杖をついて三本」


メフィストの笑みが消えた。紅い瞳が私を射抜くように見つめている。


「正解だ」


二つ目の紋様も消えた。残りは一つ。


第三の問い。メフィストの声が低くなった。


「『我を作りし者は我を欲せず。我を買いし者は我を使わず。我を使う者は我を知らず。我は何ぞ』」


これも前世で見たことがある。葬儀屋のなぞなぞだ。ただ、三問とも前世の記憶にある問いだということが、私にはひどく引っかかった。


「棺桶です」


長い沈黙。メフィストの顔から余裕が完全に消えていた。


「……正解だ」


最後の紋様が弾けて消えた。黒い霧が薄れ始める。蝋燭の炎が橙色に戻る。


「契約は果たされた。我は去ろう」


メフィストが踵を返しかけた。私は気がつくと声を上げていた。


「待ってください。一つ聞いてもいいですか」


魔族が足を止めた。ヴァルターが私の肩を掴もうとしたが、間に合わなかった。


「あなたの問い、全部この世界の言葉じゃない。別の世界のなぞなぞです。あなたも前の世界の記憶を持っているんですか」


広間の空気が凍った。メフィストが振り返った。紅い瞳の奥に、一瞬だけ別の感情が見えた。驚きではない。懐かしさに似たものだった。


「面白い人間だ」


それだけ言って、魔族は黒い霧の中に消えた。答えは得られなかった。でも否定もされなかった。この世界の魔族が、異世界のなぞなぞを使う。それは魔族の中にも前世の記憶を持つ者がいることを意味するのではないか。あるいは、この世界と前世の世界は、私が思っているよりずっと近い場所にあるのかもしれない。


ヴァルターが私の前に立ちはだかった。


「二度と魔族に話しかけるな」


「すみません、つい」


「つい、で命を落とすぞ」


怒っているのか心配しているのか、この人の顔からは読み取れない。でもヴァルターの手が微かに震えていることに、私は気づいていた。



翌朝になって、事の裏側が明らかになった。


ヴァルターの諜報部が掴んだ情報によると、魔族メフィストを辺境領にけしかけたのはセルジュ殿下だった。シャルロットのSSR聖女の加護には期限がある。宮廷魔導師ゲーデルが神殿の在庫を横流しして手に入れた「レンタル品」で、残り三ヶ月で消失する。それが発覚すれば、セルジュはシャルロットを妃に迎えた正当性を失う。


だから辺境で騒ぎを起こし、王都の目を逸らす必要があった。魔族の襲撃で辺境伯領が混乱すれば、王都は加護の期限切れどころではなくなる。リゼットが巻き添えになっても構わない。むしろ元婚約者が消えてくれたほうが都合がいい。そういう算段だったのだろう。


「殿下の密書を押さえた。魔族との取引の証拠もある」


ヴァルターが執務室で報告書を読み上げた。声に感情はない。だが羽根ペンを握る指の力が、インク壺を割りそうなほど強かった。


「王都に送る。セルジュの王位継承権は剥奪されるだろう。ゲーデルも同罪だ」


私は向かいの椅子に座って、紅茶を飲んでいた。


「シャルロットの加護のこと、セルジュ殿下はいつから知っていたんでしょうね」


「最初からだろう。承知の上でお前を切り捨てた」


ヴァルターの言い方は素っ気なかった。でもその目は私から逸れなかった。


「怒らないのか」


「怒っていないわけじゃないんですけど、それより」


「それより」


「メフィストのことが気になって」


ヴァルターのペンが止まった。


「あのなぞなぞ、三問とも私の前世で有名なものなんです。この世界の魔族が、別の世界の問いを知っている。それって、魔族の中にも前世の記憶を持つ者がいるってことじゃないですか」


ヴァルターは長い沈黙のあと、ペンを置いた。


「お前の言う前世というのは」


「あ、いえ、その。子供の頃の記憶です」


「……まあいい。お前の推測が正しいとすれば、魔族との交渉に新しい切り口が生まれる。辺境伯として無視できない情報だ」


それから彼は、私の顔を三秒ほど見た。港で初めて会ったときと同じ長さだった。


「リゼット」


「はい」


「この領地にいてくれ。追放令は俺が撤回させる」


「でも、王都の命令で」


「俺の領地だ。俺が決める」


窓の外で海鳥が鳴いた。潮風が執務室のカーテンを揺らす。机の上の青い花が、風にかすかに揺れた。朝、部屋の前に置かれていた花束を、私がここに持ってきたのだ。花を届けていたのが誰か、もう知っている。


後日、王都から届いた報告書によると、セルジュ殿下は魔族との不正取引の罪で王位継承権を剥奪された。ゲーデルは投獄。シャルロットの加護は予定通り期限切れを迎え、宮廷での後ろ盾もなくなったという。


私は報告書を畳んで、窓辺に置いた。ガチャで引いた雑草は、今も部屋の花瓶に挿してある。水を替えていたら根が出てきて、小さな白い花が咲いた。名前の分からない花だ。


ヴァルターがそれを見て「綺麗だな」と言った。花を見ていたのか、私を見ていたのか、分からなかった。聞き返す勇気はない。


この海辺の町は魚が美味しくて、空が広くて、朝になると花が届く。追放されたのだと、もう思っていない。ここに来たのだと思う。雑草しか引けなかった私の、これが当たりだ。


そしていつか、もう一度メフィストに会うことがあれば聞いてみたい。あなたの前世では、どんななぞなぞの本を読んでいたのかと。

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期間限定と知った上で選ぶ王子は刹那を生きてんな。妹も王子に求婚されなきゃ、限られた期間で自分を高く売れたのに。
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