城塞都市アクトリア
学校からの帰り道。
真央はグループチャットの招待に応じ、参加ボタンを押した。
軽くあいさつ文を打ち込み、送信する。
【みんな久しぶり~立花真央です。】
ピロン! ピロン!
送った瞬間、返信が次々と返ってくる。
「うおっ!?」
【うおぉ マジか?久しぶり!】
【どこ行ってたんだ? やっぱ異世界か?w】
【戻ったって親が教えてくれたけど、本当だったんだ】
【お帰り~】・・・
ものすごい勢いでチャットが流れていく。
(ははは・・・意外とみんな暇なんだな)
就職したやつ、大学に行ったやつ、地元に残ったやつ。
生活はバラバラなのに、こんな明るい昼間から参加してくるお気楽さに、真央は思わず笑った。
――夜になると、さらに参加者が増えた。
真央はベッドに横になりながら、同級生たちとのやり取りを続けていた。
人数が揃ったところで、核心に触れるメッセージを投げる。
『当時のオレの荷物受け取ったんだけど、タブレットが無いんだよね
誰か知らねえ?』
【それって誰かが盗んだってこと?】
【先生には聞いてみた?】
『聞いたけど知らないって言われたよ・・・』
【真央が消えた後って・・・
先生が“報告に行く”って自習になったんで、オレ机離れたんだよな~】
【隣は誰だったっけ?】
【ワタシ!ワタシ!
でも、ワタシもあん時成美んとこに集まってたからなー】
【真央君の後ろって、ガリ勉ちゃんだったよね?】
【アイツか~
アイツは真面目に自習してそうw】
話題が安永の名前に移った瞬間、真央はほくそ笑む。
(うまく安永の話題に持っていけたな)
『連絡先って知らないよね?』
【あんなムカつくヤツの連絡先、誰も知らないっしょwww】
【アイツ交流する気まったくないからなー】
【京大の推薦貰ってから高飛車になってたしなぁ】
【推薦貰えたのって自分の実力じゃなくて
成績トップの連中が居なくなったからだってのにさー】
(ハハハ…嫌われすぎだろwww)
【そうそう、あんなの運が良かっただけじゃん】
【それ!ガリ勉に“それ”言った連中がいたね!】
【あった、あった!
その言った二人が行方不明になって
安永が消してるんじゃないかって
学校の怪談みたいになってさーw】
【あ~、あったね~www】
真央はベッドに寝転んだままスマホを眺めていたが、
その一文を見た瞬間、反射的に上体を起こした。
胸の奥で、何かが“カチッ”と噛み合う。
同級生で最後に送られてきた二人。
それまで成績優秀者ばかりが送られてきていたのに、
突然、不良グループ寄りの二人が送られてきた理由――
ずっと引っかかっていた謎が、今の会話で完全につながった。
『オレ、風呂入るから落ちるね』
【ほーい、まったね~】
【また話そうぜ!】
真央はチャットを閉じた。
これからどう動くか――考えるべきことは山ほどある。
同級生の誰一人として、安永の連絡先を知らなかった。
真央はベッドに横たわり、天井を見つめながら思考を巡らせる。
「安永の親に聞いても教えてくれないだろうし・・・
今まで友人関係なんて作ってないヤツだし、
友人だって説明しても、男のオレじゃ怪しすぎる・・・
新学期が始まったばかりのこの時期に
同窓会の連絡とかってのも変だしな・・・
まして、本人に連絡されて
オレの名前を伝えられたりしたら――完全に悪手だ・・・」
真央は、次の被害者を出さないためにも、早くタブレットを取り返す必要があった。
だが、安永を見つけ出すための糸口は、どこを探しても見つからない。
「よし!
時間はかかるが、アレしかないか・・・」
言葉にした瞬間、胸の奥で何かが吹っ切れた。
そのまま力が抜けるように、真央はベッドへ沈み込む。
思考が途切れ、まぶたが落ちるまで――ほんの数秒だった。
――落ちていく意識の中で、あの日の記憶が静かに浮かび上がる。
―――
バッチーン!!
背中に強烈な衝撃が走り、真央は思わず顔をしかめた。
痛みの余韻が残る中、耳に聞き覚えのない声が飛び込んでくる。
その隣で、彩乃が目を丸くしていた。
「おう、なにボーッとしてるんだ?」
「え?」
「紹介がまだだったな“来訪者”。
オレはここで門番をやってるウッディコだ。
二人はなんて名前なんだ?」
「オレは立花真央。」
「・・・私は・・・佐伯彩乃・・・です。」
ウッディコは二人の名前を復唱しようとするが、口の中でもごもごと詰まってしまう。
「長い名前だな・・・マオとアヤノでいいな。」
「フッ・・・フフッ・・・」
その様子に彩乃が思わず笑い、真央もつられて目を細めた。
三人は教会の横を抜け、石が敷き詰められたなだらかな道を登っていく。
右側には石を積んだ壁が続き、途切れた場所からは住居が見える。
左側には石灰モルタルの家がところ狭しと並んでいた。
真央と彩乃は、その世界を物珍しそうに見つめる。
まるで遊園地のアトラクションに迷い込んだような気分だった。
そんな時、彩乃が声をかける。
「ねえ、真央君・・・ここって一体どこなの?」
真央には答えがある。
だが、アクトの中がこんな世界だとは思ってもいなかった。
彩乃の問いに、言葉が出てこない。
「わからない・・・ウッディコさんにあとで聞いてみよう。」
彩乃はコクリと頷き、真央の手を強く握った。
教会裏からしばらく歩くと、高い城壁が正面にそびえ立ってきた。
「ウッディコさん、ここってどれぐらいの大きさなんですか?」
ウッディコは目線をこちらへと落とす。
「ここは城塞都市“アクトリア”。 上から見ると胃袋みたいな形してる。
もともと小高い丘に築かれた城塞都市だ。
長い方の距離は1200メートル、短い方は700メートルぐらいだ。」
「その外側には何が?」
「景色はあるが、出る事はできない・・・
ここは魔術師ノクサリウスの呪いで封印された場所だ。」
「えっ?」
二人が驚く。
ウッディコが続ける。
「この城塞都市は800年ほど前に封印され、外界と完全に遮断された。
その時、城の中庭に大穴ができ、そこの中は迷宮となっている。
二重城壁の内側で農業や畜産を行い、
800年の間、世代交代しながら今に至っているんだ。」
「800年・・・アクトリア・・・」
(アクトリア・・・アクチュアリーに似てるな・・・)
真央は一番気になる部分を聞く。
「あの・・・アクチュアリーって知ってますか?」
「・・・アクチュアリー・・・聞いた事ないな。」
その答えに真央はがっかりと肩を落とす。
彩乃が聞いてくる。
「真央君・・・何か知ってるの?」
「えっ、なんで?」
「その、アクチュアリーって言葉? 名前?
聞くって事は、何か知ってるって事じゃ・・・」
彩乃の鋭い指摘に、真央は素直に答えた。
「す、すいません・・・後で詳しく話しますが、
彩乃さんがここに来たのは、オレが原因です。」
「どういう・・・」
その言葉を遮るように、ウッディコが大声で言う。
「ついたぞ! オレがおすすめする飯屋“門番亭”だ!
そこの角が城門のメインストリートだ。
右に曲がると城門があって、オレの仕事場だ。」
ウッディコは指で歩いてきた道の先を指し示しながら説明する。
見ると、メインストリートと言っても道幅は三メートルほどしかない。
二人が連れてこられたのは、そのメインストリートからさらに入った、
狭い路地裏にある店だった。
一階部分は石組みされ、窓は大きなものが一つ。 その奥に大きな入口がある。
見上げると三階まであり、路地裏は道幅が二メートルほどしかないため、
反対側の建物に挟まれ、ものすごい圧迫感があった。
二階から上の窓は、木で組んだだけの両開きの窓枠がついている。
「なんかすごいね。」
彩乃も同じように上を見上げている。
その顔には不安はない。 むしろワクワクしているようにも見えた。
「さあ、入れ。
食いながら話そう。」
ウッディコはまた真央の背中を思いっきり叩く。
真央は痛みに背中を丸めて耐える。
彩乃は、今度はクスクスと笑った。
ウッディコにテーブルに案内される。
「ここ座っとけ、門番亭のオヤジと話してくる。」
テーブルから離れると、ウッディコは女性と少し話して、カウンターの方へ行った。
テーブルにさっき話していた女性が近づき、木で出来たコップを置く。
「お水よ。 あんたたち来訪者なんだって?」
二人はコクリと頷いた。
「私はコロナ。 ここ門番亭の女将よ。
あんたたち名前は?」
「真央です。」
「彩乃です。」
「マオ、アヤノ、いい常連さんになってね。」
そう言うと、仕事に戻って行った。
テーブルは二人っきりの空間となった。
二人は同時に口を開く。
「あ・・・」
「ね・・・」
被ったので言葉が詰まる。
真央が先に話始めた。
「彩乃さんは、最近流行ってる異世界とか召喚とか転生とか
聞いた事ありますか?」
「ラノベ好きだから知ってるわよ。」
「えっ、意外ですね・・・
てっきり現代文学派かと」
「異世界とか転生とか結構好物よ。」
「マジっすか・・・」
彩乃の意外な趣味に、真央は言葉に詰まる。
この世界がそんな甘い世界ではない事を知っているからだ。
「で、でも、この世界は・・・
彩乃さんが知っているそのどれとも違います・・・
チートなんてありません・・・
そして、そんな世界に引き込んだのはオレ・・・
すいませんでした!!」
ガン!!
真央は立ち上がって、テーブルに額を打ち付けた。
「えええっ!?」
彩乃がびっくりする。
ウッディコはこっちを見て“おいおい・・・”と肩をすくめ、
“何やってんだ?”って顔をしている。
真央は説明する。
ゲームにキャラクターを作ると、この世界に送り込まれるということ。
そして、そのゲームはとてつもないハードなRPGだということ。
「なるほど・・・なんとなくわかったわ。
それで・・・元の世界にはどうやって戻るの?」
「・・・・・・」
真央は再び頭を下げる。黙ったままだ。
彩乃は尋ねる。
「何それ?」
「すいません・・・」
「・・・それって――戻る方法は分からないってこと?」
真央は頭を下げたまま答える
「・・・はい。」
彩乃はそんな真央を見て笑い出す。
「あはははは・・・」
緊張がほどけたように、彩乃は笑い出した。
真央は下げてた頭を上げ、彩乃を見る。
「えっ・・・お、怒らないんですか?」
「だって、真央君
元の世界に戻れるかわからないのに、
ここに来てくれたんでしょ?」
「そうです。」
「そんな人を怒れないよ・・・
それより、いいじゃん!」
「え、何が?」
「一人であそこにいた時、真央君来てくれたでしょ?」
「はい。」
「とっても嬉しかったんだよ。
だから許す。」
笑ってる彩乃を見て、真央は思う。
(マジで天使だ!)
「ここに来た理由は分かったけど・・・
なんで、私の名前を一番最初に登録したのかな?」
真央はビクッ!と肩を跳ねさせた。
「えっ・・・あ、いや・・・そ、それは・・・」
言葉が喉につかえる。
視線が泳ぎ、手が落ち着かず、テーブルの木目を指でなぞる。
彩乃はじっと真央を見つめている。
責めるような目ではない。
ただ、答えを待っている目だ。
「彩乃さんのエルフ・・・強そうだな・・・って」
出てきた言葉に、彩乃は思わずイラッとした。
「ええ~?
エルフじゃないんだけどぉ~」
自分の耳を触りながら、不満そうに言う。
(ですよねー! その通りです・・・でも、本当にエルフにしようと・・・)
真央は心の中で答えるだけで声にならない。
心臓の音がバクバクと口から出そうなぐらいだ。
彩乃がさらに追い詰める。
「何だろうな~♪」
その声にビクッとし、真央の口から勝手に言葉がこぼれた。
「すっ・・・」
「す?」
「す、少し……遅すぎですよね。
ウッディコさん。」
「ヘタレかよ・・・」
「・・・・・・」
―――教室
二人の先生が驚いている。
確かに、さっきまでいた。視界の端で確認できていた。
なのに、話している間に消滅した。
「今度は立花が消えただと!?」
「おいおい!!
一体何が起きてるんだ!?」
村田が教室の生徒に指示を出す。
「わ、私はこのことを校長と教頭に報告してくるから・・・
しばらく自習してろ!!」
そう言って、教室を後にした。
「・・・・・・。」
目黒は教室に目配せをすると、ドアを閉め、隣の教室へ戻って行く。
その瞬間、教室は談議場と化した。
最初は隣の教室に聞こえないように小さい声だったが、
どんどんテンションが上がっていく。
「なあ! 後ろのやつ消えたところ見たやついないのかよ?」
教室の前の方に集まっている女生徒が話している。
「男子、めっちゃ盛り上がってるけどなんなの?」
「中二病ってやつよ。」
一人が机で頬杖しながら男生徒の方を見ている。
「ほんと、男子って高3にもなっても子供・・・
あれで、来年大学生だぜ・・・ないわー」
「サッキー。
彩乃のこと、心配じゃないの?」
頬杖をついている女子に、机をはさんだ隣の女子が尋ねる。
「心配だよ・・・
でもさー
彩乃って、あんなんでSFとかファンタジー好きじゃん。
案外喜んでんじゃね?」
「言えてる。」
教室の後ろで男生徒が集まり騒いでいる。
机に座り、ガタガタと揺らす。 教室の中に音が響く。
「オレ、柏木さん消えるの見たぜ!!」
「マジか!?」
「どんな感じだった?」
「一瞬で消えた感じだった! あと、なんか“ふわっ”て風感じた!」
「それって、やっぱ召喚だよな?」
「くぅ~~、オレも行きてえ~」
教室の一番後ろの窓際で、真面目に自習している女生徒がいる。
何かをぶつぶつ言っている。
「うるさい・・・うるさい・・・ちゃんと自習しろ」
安永久美だった。
手に持つシャープペンシルは、折れそうなほどブルブルと震えている。
久美はイライラした心を落ち着かせるため、一度上へ息を吐いた。
目線を落とすと、真央の机の中に明るく光るタブレットを見つけた。
「タブレット・・・? 立花君の?」
タブレットに手を伸ばして手に取る。
画面には【彩乃 MAG】【魔王 SAM】の文字が縦に並んでいる。
「ゲーム画面・・・?」
次の瞬間、画面がロックして真っ黒になった。
「あ・・・」
そこに村田先生が怒鳴り込んでくる。
「くおらあぁ! 自習してろって言ったろう!!」
久美はビクッ!!として、タブレットを自分の机の中に隠した。




