魔王
真央が彩乃のキャラメイクを決定した瞬間、教室がザワザワと騒ぎ始めた。
タブレット画面に集中していた真央は、何が起きたのかわからず顔を上げる。
黒板に向かっていた教師が振り返り、声を張った。
「こらー! うるさいぞ!」
「先生! 柏木さんが消えました」
「あのな・・・
人間は消えるような物じゃないんだぞ!!
ん? 柏木がいないな?
どこ行ったんだ?」
「だから! 消えたんだって!!」
生徒の一人が怒鳴るように言った。
真央の全身に電気が走る。
(えっ・・・?
彩乃さんが消えた・・・?)
教室のざわつきは収まる気配がない。
「異世界にでも呼ばれたんじゃないんすか~w」
「ちょっと男子!!
こんな時にふざけないでよ!!」
彩乃と仲のいい女生徒が怒鳴り返す。
真央は慎重に思い返した。
(オレが彩乃さんのキャラメイクしたタイミング・・・
まさか・・・ゲームの中に・・・?)
額に汗が滲む。
あまりに突飛すぎて、首を何度も振った。
(いやいや・・・
そんなことがある訳ないじゃないか・・・ラノベじゃあるまいし・・・)
教師は必死に教室を鎮めようとする。
「おい! みんな静まれ!
他の教室に迷惑だぞ!!」
だが、生徒たちの耳には届かない。
教室のドアが開き、隣のクラスで授業していた先生が入ってきた。
「村田先生、いったい何の騒ぎですか?」
ドアの所へ行き説明する。
「すいません、目黒先生。 うるさくして・・・
よくわからんのですが、女生徒が消えてしまったと・・・」
「誰ですか?」
「佐伯です。」
目黒先生は彩乃の席を確認する。
「確かにいませんね。
村田先生は見たんですか?」
「いえ・・・授業中にいたのは見たんですが・・・」
二人は消えた彩乃について話し続ける。
真央は、昨日コータ達を作ろうとした時のことを思い出していた。
(あのメッセージ・・・よく考えればおかしくないか?
ゲームの警告メッセージって
【同じ名前は作れません】とか
【同じ名前は使えません】が
普通だよな・・・
【同じ人間】って言うか?)
タブレットの画面を開き、キャラクター一覧を表示させる。
そこには『彩乃』の名前があった。
(昨日作ったコータ達は一覧にはいない・・・ってことは・・・
みんなでつるんで行動中・・・ってことか?)
再び画面に手を伸ばす。
(――アクトの難易度知らないアイツ等が、
あの世界でやっていけるのか?
他のキャラ作って接触・・・)
その瞬間、指が止まった。
同じことをすれば、また一人この世界から消える。
一つの考えが、真央の頭の中で何度も何度も反芻される。
(アクトってオフラインゲームだから、ログアウトがない・・・
そもそも、戻る方法はあるのか?)
額に汗が滲む。
(いや、オレが送り込んだんだ!!
オレが助けないで、誰が助けるって言うんだよ!!)
真央は自分のキャラクターを作り始めた。
キャラ名はオンラインゲームで使っている「魔王」。
真央をもじった名前だ。
ボーナスは幸運にも一発で『26』が出た。
26をパラメータに割り振り、クラスは“戦士”と“魔術師”を兼ねる“侍”を選ぶ。
【決定しますか?Y/N】
真央は大きく深呼吸し、Yキーをタップした。
目の前が真っ白になり、意識が飛ぶ。
座っていた椅子がガタガタと揺れた。
教室がさらにざわつく。
「先生! 今度は立花君が消えました!」
二人の教師が教室の後ろを見る。
「はああぁ!?」
―――――――
真っ白な空間が、ゆっくりと色と形を帯びていく。
視界がはっきりした時、そこに広がっていたのは見たこともない景色だった。
目の前には巨大な教会がそびえていた。
壁は削り出した石で作られ、装飾の施された窓がずらりと並ぶ。
中央には中世の建築を思わせる大きな丸窓が、重々しく構えている。
さらに壁の上部には、悪魔のような石像が規則正しく並んでいた。
「な、なんだここは・・・世界観が違うんじゃ・・・」
後ろを振り返る。
そこには巨大な城壁がそびえていた。
高さは30メートル近くある。
真央はアクトの設定を思い出す。
狂王と魔術師の争い、城のすぐそばに開いた巨大な穴――
だが、今目の前にある光景は、ゲームの設定とはまったく違っていた。
(どこだよ・・・ここ・・・)
足元は土。
気づけば履いているのは上履きのままだ。
周囲を見回すと、馬が何頭も柵につながれている。
フンが放置され、鼻をつく独特の匂いが漂っていた。
石積みの囲いのそばに、制服姿の彩乃が座り込んでいた。
体を抱え込むようにしてガタガタと震えている。
よく見ると、周囲の人々が真央と彩乃を見つめ、何やらひそひそと話していた。
真央は彩乃に駆け寄る。
「彩乃さん!!」
名前を呼ばれた彩乃は、びくりと肩を震わせて顔を上げた。
「ま、まおくん?」
制服のまま座り込み、体を抱え込んで震えている。
真央はそばまで行き、できるだけ落ち着いた声で問いかけた。
「大丈夫?」
彩乃は唇を震わせながら、必死に言葉を探しているようだった。
その目は涙で潤み、恐怖と混乱が入り混じっている。
周囲の視線が二人に集中していた。
石造りの建物の影から、革の鎧を着た男たちや、
ローブ姿の女性たちがひそひそと話している。
まるで“異物”を見るような目だ。
馬のいななきが響き、フンの匂いが風に乗って漂う。
土の地面、石壁、ガーゴイルの像――
どれも現実離れしていて、真央の心臓がドクンと跳ねた。
(アクトの世界観にこんな描写はない・・・ここは別世界だ・・・)
彩乃は震える声で言った。
「ここ・・・どこなの・・・?
わたし・・・授業受けてたはずなのに・・・気づいたら・・・」
言葉が途切れ、再び肩が震える。
真央は深く息を吸い、覚悟を決めたように彩乃の肩に手を置いた。
「大丈夫。オレがいるよ。
絶対に守るから」
その言葉に、彩乃の表情が少しだけ緩んだ。
だが、周囲の視線はますます強くなる。
石畳の向こうから、鎧を着た男がこちらへ歩いてきた。
腰には剣。
胸には紋章。
明らかに“この世界の住人”だ。
真央は無意識に身構えた。
「お前たち・・・来訪者だな?」
男が問いかけると、周囲の人々が輪を縮めるように近づいてきた。
二人はその言葉に驚いた。
「ら・・・来訪者?」
「ああ・・・あんたら来訪者は、“訳が分からず”が普通だったな。
ここ10年ぐらい、来訪者の来訪はなかったんだが・・・
昨日五人来て、今日はあんたら二人だ。
こりゃ、久しぶりに来る感じかな・・・」
男はそう言うと空を見上げた。
真央は男の言葉に反応した。
「き、昨日の五人・・・!? その五人は?」
「昨日の五人?」
輪の中の男が口を開く。
「ああ、昨日の五人なら迷宮に行ったぞ。
チートとかスキルとか、わけのわからない事ばかり言って、装備もちゃんとしないし、
迷宮をなめてる感じあったんで、止めたんだがな・・・」
真央の脳裏に衝撃が走った。
(確実に死んでる・・・)
青ざめる真央を見て、彩乃がそっと腕をつかむ。
「真央くん、どうしたの?」
真央は一度彩乃に視線を落とし、添えられた手に自分の手を重ねた。
「大丈夫・・・守るから・・・」
彩乃は真央の言葉の意味がわからず、ただ不安そうに見つめ返した。
男が再びしゃべりだす。
「よし! 今日来たお二人さん!
ついて来な。 飯でも食いながら、ここのこと教えてやる!」
そう言うと、男はくるりと背を向け、歩き出した。
真央と彩乃はその背中を見つめ、動けずにいた。
ついてこない二人に気づいたのか、男は振り返り、手をひらひらと振って四本の指で招いた。
その仕草は妙に慣れていて、まるで“迷子の子ども”を呼ぶようだった。
真央は彩乃の手をそっとつかむ。
彩乃は驚いたように目を瞬かせたが、拒むことなくその手を握り返した。
二人は男の後を追って歩き出した。




