帰宅
真央の住む地域は過疎化と高齢化が進んでいる。
街灯だけがぽつぽつと灯り、夜道は薄暗い。
人影はほとんどなく、空気はひどく静かだった。
鎧が歩くたびにガチャガチャと音を立てる。
真央は街灯を避けながら、自宅へ向かって歩く。
時折、後ろを振り返る癖が抜けない。地下迷宮で身についた習慣だ。
「さすが、ウチの田舎は人がいないな。
向こうの世界の方が人いるよ・・・
これなら、誰にも見つからず帰れそうだな。
まさに田舎さまさまって感じだ・・・」
あまりの静けさに、思わず笑みがこぼれる。
国道から離れているため、車の音はほとんど届かない。
人の足音が響くほどの静けさで、闇に紛れるのは容易だった。
家々からは、ときおりテレビの音が漏れてくる。
耳の遠い老人が多く、どの家も音量が大きいのだ。
「1年しか経ってないけど、テレビの笑い声・・・懐かしいな・・・」
――――――――――
無事に自宅へたどり着いた。
家の前をうろうろしながら外観を確認する。
「家の見た目は変わらないな・・・時間はそれほど経ってないはずだけど・・・
それより、問題はコレだよな・・・」
自分の鎧姿を見て、真央はあきれたようにため息をつく。
「はぁ~・・・とりあえず、脱いでどっかに隠すか・・・」
カチャカチャと音を立てながら鎧を外し、向こうの世界で着ていた簡素な服だけになる。
鎧と武器は庭の木の陰に隠した。
「とりあえず、ここなら夜の間は大丈夫だろう・・・後で部屋に持ち込もう。」
ひとつ深呼吸してドアを開ける。
「ただいま~~~!」
ガチャーン!
ダイニングから何かが落ちる音がした。
開いていたドアから母親が顔を出す。
「ま、真央!?」
次の瞬間、顔をぐしゃぐしゃにして駆け寄り、抱きついてきた。
「あんた! 3年間もどこに行っとったと!!」
「え? 3年?」
「そうたい、3年の間、たいへんやったとよ!!」
(・・・1年じゃなく、3年経ってるだって・・・?
・・・篠原の予測通りってことか・・・)
衝撃で頭が回らない。
そこへ父親が歩いてくる。
真央の顔を見ると表情が緩んだが、すぐに眉をひそめた。
「ちょっと真央! あんた、やっちゃ臭か!
なんね、そん格好は!? よそわしか~!!」
母親は匂いに気づき、飛び退いた。
「え? 臭いかな?」
「やっちゃ臭かよ!!
今すぐ風呂に入ってこんね!!」
母親は風呂場へ走り、お湯をためる音が響く。
真央は自分の肩に鼻を寄せたが、
自分の匂いなのでそこまで気にならない。
しかし、直前まで地下迷宮で三日以上戦い続け、
汗と返り血まみれだったことを思い出す。
(そりゃそうか・・・)
父親が鼻をつまみながらつぶやく。
「ホームレスんごたっ、ひどぉ~臭かぞ・・・」
「ええっ!? そんなに!?」
「そん着とるもんも一緒に洗わんねよ!
洗濯機に入れたら、ほんとぶっ殺すけんね!!
絶対ぶっ殺すけんね!!」
風呂場から母親の怒声。
父親は無言で頷く。
「どれぐらい酷いのか、よくわかりました・・・」
風呂に入ると、三回目のシャンプーまで泡立たなかった。
汚れのひどさに自分でも呆れる。
――――――――――――――
風呂から上がると、家中にコーヒーのいい香りが漂っていた。
ダイニングでは、両親がテーブルに座りコーヒーを飲んでいる。
真央の席にもマグカップが置かれていた。
二人は“座りなさい”という顔をしている。
(さて、困ったな・・・説明を求めてくるだろうけど・・・
話しても信じて貰えないだろうし・・・どう説明すべきかな・・・)
真央は座り、スティックシュガーを半分だけ入れて混ぜる。
母親が切り出した。
「色々聞きたかことあるとばってん・・・まず、今までどこ行っとったと?
知っとる?
あんたたちの失踪は【神隠し事件】って言われて、警察も探しよるとよ。」
「は? 神隠し事件?」
「そうたい! あんたと彩乃さん、
授業中にみんなのおる前で消えてしもうたけん、そう呼ばるっごとなったとよ!」
父親は黙って頷く。
「で、どこ行っとったと!?
コータくんと、イチゴくんたちも一緒やったと!?」
「ごめん・・・覚えてないんだ・・・
記憶がないって言うのかな・・・気が付いたら夜の教室にいて・・・」
「記憶なかって・・・なんねそれ・・・」
母親は困惑し、父親を見る。
真央はその視線がつらくて、コーヒーを一口飲んだ。
「おいしい・・・」
久しぶりの甘いコーヒーが胸に染みて、涙があふれた。
「あ、あれ?」
慌てて涙を拭う真央を見て、母親が声を上げる。
「やっぱり、なんかあったとやろ!?
じゃなかったら、コーヒー飲んだだけで泣いたりせんやろ!!」
「・・・・・・・。」
真央は手を持つカップに視線を落とし、言葉を失くしてしまった。
父親は母親の肩に静かに手を置く。
「真央、3年ぶりに帰ってきたとやけん。
まずはゆっくり休みなさい。
ただ、こいだけは覚えときなさい。
失踪したお前たちだけの問題じゃなかと。
関係しとる家族ん中には、精神的に参っとる人もおらす。
被害者の会を支えとるボランティアもおらす。
それに、警察の方々もおらす・・・
大勢の人たちにお世話になっとっとば、忘れたらダメばい。
やけん、何か思い出したら、必ず教えなさい。」
「う、うん・・・わかった・・・」
父親の言葉は静かだが重い。
その目は“話せることがあるなら話せ”と語っていた。
真央は席を立ち、自分の部屋へ向かう。
「よかったと?
あん子、絶対なんか隠しとる気がすっとばってん・・・」
「隠しとってもよかさ、いつか話してくるっじゃろ。
あん姿ば見て、問い詰めるより休ませるほうがよかやろ。」
「そがんね~・・・ばってん、何ばしたらあがん汚れになっとやろ?」
「そいより、明日からちょっと忙しゅうなるばってん、任せてよかかな?
警察にはおいが連絡しとくけん。」
「よかよ。
家族会には私から報告しとくけん。」
「またメディアが来るかもばってん・・・
出来るだけ早よ、仕事ば切り上げて帰ってくるけん・・・」
―――
真央は部屋に戻り、PCの電源に手を伸ばしたが、
押すのをやめてベッドに横たわった。
一年ぶりのベッドは洗濯された匂いがした。
「かあさん・・・ベッド整えてくれてたんだな・・・ありがとう・・・
あしたは・・・早起きして・・・」
母親の優しさに包まれながら、真央はすぐに眠りに落ちた。




