空へ抜けた声
―――翌朝
ゲートウォッチの外は、薄い朝の光に包まれていた。
すぐそばには三十メートル級の城壁がそびえており、その影が建物の前面を覆っている。
メインゲートは東側にあるが、城壁が朝日を遮るため、ここに直射は届かない。
それでも、街全体がゆっくりと目を覚ますように明るさを増していく。
その淡い明るさの中で、真央も目を覚ました。
現実世界では夜遅くまでゲームをしていたが、アクトリアに来てからは、
街が静まる頃には自然と眠りにつくようになっていた。
そのせいか、朝も不思議と早く目が覚める。
アクトリアで買った服に着替え、一階のフロアへと階段を下りていく。
一階には大きめの丸テーブルが五台あり、宿泊客が自由に使えるようになっている。
そのひとつに篠原が座り、ゆっくりと飲み物を口にしていた。
真央が階段を降りていくと、篠原が気づいて目を細める。
「おはよう・・・」
お互い、昨日のやり取りがまだ気まずさを残していた。
先に口を開いたのは篠原だった。
「た、立花・・・昨日は・・・ごめん・・・
八つ当たりだよな、あんなの・・・」
「いいよ・・・
――本当に原因を作ったのはオレだと思ってるから、
気にしなくていいよ・・・」
「わかった・・・これ以上は、この話はなしにしようよ。」
真央は頷いた。
そして話題を変えて口を開いた。
「それで・・・篠原は・・・今後どうする?」
「それは・・・ここでの生活のことかな?」
真央は頷く。
篠原はグラスに口をつけ、しばらく考えた。
「・・・僕には迷宮は無理だよ・・・ずっと体育は“1”なんだから。」
苦々しく笑う。
「でも、この世界にはレベルアップがあるんだ。
向こうでは体育は“1”でも、体を作り替えれる。」
その言葉に、篠原は目を開いた。
「目、良くなるかな?」
「目か~、それは分からないな~」
「だよね。」
二人は思わず笑った。
「あれれ~真央と直ちゃん、仲良くなってる~」
二人は声の方へ顔を向けた。
イチゴが立っていた。ちょうど彩乃も階段を下りてくるところだ。
「おはよ~~」
「おはよう。」
四人は軽く挨拶を交わした。
篠原が口を開く。
「でもさ・・・目が良くならないと・・・
迷宮もなにもないよ。
眼鏡がないと、何にもできない。」
「アクトリアにも眼鏡はあるんじゃないの?」
彩乃の言葉に、真央とイチゴが同時に聞き返す。
「え?」
「そりゃ、あると思うけど、こんなやつだろ?」
篠原が、手に何かを持った形で口の横に構える。
「え?」
真央とイチゴが、もう一度聞き返した。
篠原が説明する。
「中世が舞台の映画とかで見たことないかな? 手に持った眼鏡。
レンズはあるんだけど、耳にかけるんじゃなくて、棒がついてて手に持つやつ。」
「見たことないかも~」
「オレはオペラを鑑賞している貴婦人がしてたような記憶がぼんやりある。」
「まあ、昔でも眼鏡はあるけど、それじゃ戦闘とかできるわけないよ。」
「確かに~」
「それが違うんだよね。」
彩乃が全否定する。
「え?」
三人が“えっ?”となった。
「私が思うに、10年以上前から私達の世界から来訪者が来てるでしょ。
絶対じゃないかもだけど、つるタイプの眼鏡がある気がする。」
「なるほど。来訪者の知識か!」
真央が自分の手にこぶしを打つ。
「?」
「何の話だよ?」
真央は篠原の方を向いて説明する。
「昨日はゲームに“名前を書かれると”
この世界に召喚されるって説明だけだったけど、
来訪者はオレ達だけじゃないんだよ。
10年以上前から来訪者はここへ来ているんだ。」
「・・・何それ?」
「その名前を書くとここに召喚されるっていうゲームは、
30年前に発売されたゲームなんだ。
だから、昔からこっちに来ている来訪者がいるんだよ。」
「ちょ、ちょっと待って・・・よくわからないんだけど・・・
30年前のゲームなのに、10年以上前ってどういうこと?」
篠原は手を広げて、待ってと伝える。
真央がそこは分からないと説明する。
「そこはオレ達もわからない・・・
時間軸の歪みか何かじゃないかと・・・」
「イチゴはよくわからない~」
三人は苦笑した。
「つまり、ワタシ達の世界の眼鏡があるかもって話だよ。」
彩乃が言うと、イチゴはそこだけ理解したように頷いた。
「でも、何で“あるかも”なんだ?」
篠原が彩乃を見る。
「ウッディコさんの話だと、来訪者の何人かは城で働いてるんだって。
城主様は、ワタシ達の世界の知識を取り込みたいらしいの。」
「・・・・・・そういうことか・・・」
篠原は口元に手を当て、考え込むように顔を揺らした。
「じゃあ、僕も・・・城主様に会ってみようかな・・・」
「え~? 直ちゃん、元の世界に戻りたくないの~?」
イチゴが尋ねる。
「そ、そうじゃないけど・・・迷宮で戦うなんて・・・
僕には無理だよ。
それに、眼鏡が無かった場合・・・
城主様に近かったら、僕の知識で作ってもらえる可能性があるだろ?」
「・・・・・・。」
三人は反論できなかった。
「じゃあ、あとでマーロウさんに相談してみたら?」
彩乃が言った。
「この宿のマーロウさん?」
「来訪者は無料っていうのも城主様の権限だから、
マーロウさんなら話を通してくれると思う。」
「なるほど。仕事に出てきたら聞いてみるよ。」
マーロウはこの時間帯には出てこない。
宿のチェックインに合わせ、正午ごろに姿を見せるのがいつもの流れだ。
「マーロウさんが出てくるまで、結構時間あるぞ。
オレ達は迷宮に潜るけど、篠原はどうするんだ?」
真央が尋ねた。
「そうだな・・・眼鏡を探しに行ってみるかな・・・」
篠原は顎を人差し指でこすりながら答えた。
真央は何かを思いつき、指を鳴らす。
「そうだ! パラメーター、調べに行ってみないか?
数値を知っておいた方が、今後の参考にもなると思うし・・・
もし行くなら、迷宮行く前に付き合うけど・・・」
「そのパラメーターってどういう数値なんだ?」
篠原が真央を見る。
「RPGのキャラクターの数値だよ。
職業もわかる。」
「職業って?」
「オレが侍、彩乃さんは魔術師、イチゴは盗賊だよ。
パーティの役割分担みたいなもんだな。」
「ふ~ん・・・
RPGやったことないから、よくわからないな・・・
じゃあ、試しに行ってみようか。」
そう言って篠原が立ち上がった。
―――ナゼール教会
ゲートウォッチを出て、二日目の篠原に街の構造を教えながら、
メインストリートを通ってジャドー広場へ抜ける。
篠原は、城主がいるコンティル城を興味深そうに眺めていた。
ポルト通りを抜け、途中のサン=ラミ通りへ入ると、
目の前に巨大な教会が現れた。
「ここって・・・僕が最初にやってきた・・・?」
「そだよ~。召喚場所はこの教会の裏手って決まってるみたい~
オレ達もここから始まったんだぁ~」
イチゴが説明する。
近づくにつれ、高さ4mほどの真っ赤な両開きの扉が姿を見せる。
その周囲には、石を削って作られた高さ8mのアーチが幾重にも重なり、
扉のまわりに深い陰影を刻んでいた。
アーチの両側にはガーゴイルの像が、不気味にこちらを見下ろしている。
さらにその上には、三角の直線が伸び、
その内部には円がいくつも重なった複雑な文様が立体的に作られている。
「す・・・すごい・・・
こういうの、写真でしか見たことなかったけど・・・圧倒されちゃうよ・・・」
篠原は見上げながらつぶやく。
その横で、同じように見上げたイチゴが言った。
「すごいよね~。オレ、ここの建造物見て、歴史に興味が出ちゃってさ~
大学行って、そういうの知りたくなっちゃったんだ~」
「・・・きっかけって、そんなもんだよ。」
篠原はイチゴを見て、目を伏せて言った。
「さあ、入ろう。」
真央が赤い扉を押すと、鈍い音を立てながらゆっくりと開いていく。
扉の上の複雑な造形の隙間から光が差し込み、床に不思議な文様を落としていた。
右手には直径十メートルほどの円形の一段高いスペースがあり、
その半分は教会の張り出したドームになっている。
そこへ続く身廊があり、両側にはピューが並んでいた。
円を描く壇上が祭壇だと分かる。
だが、荘厳ではあるのだが、教会の中には冷たい圧が満ちていた。
「な・・・なんだよこれ・・・肌寒いというか・・・」
篠原は思わず身を震わせた。
四人が入ると、司祭が近づいてくる。
「今日はどなたの復活の儀式を?」
「いや、今日は“この男”のパラメーターの確認をしたい。」
真央は親指で篠原を示す。
司祭はコクリと頷き、片手を開いて静かに告げた。
「銀を五。」
「ぼったくりかよ・・・ほんと高いな・・・」
真央はバッグから銀貨を取り出し、司祭に渡す。
「こちらへ。」
司祭は身廊を進んでいく。
四人はその後に続いた。
篠原が小声で尋ねる。
「・・・銀が五って、どれくらいの価値?」
「昨日行った門番亭の食事が三十食は食べられるわ。」
彩乃が顔を寄せて答える。
それを聞いた篠原は慌てて真央に小声で言った。
「おい、立花。オレの調べものの金・・・」
前を歩いていた真央が振り返る。
「おごりだ。」
篠原は“マジかよ…”という顔になった。
司祭が祭壇に上がっていく。
祭壇の脇にある巨大な棚から一枚の羊皮紙を取り出し、四人の方へ戻って篠原に手渡す。
司祭は衣の内側から小瓶を取り出し、篠原が広げた羊皮紙の上に中身を垂らした。
どろっとした真っ赤なそれは、血だとすぐに分かった。
篠原はそれを見て青ざめる。
司祭は祭壇の中央に戻り、錫杖を掲げて唱えた。
囁き……詠唱……表せ……理……
羊皮紙に光が落ちる。
その光は羊皮紙から篠原へと細く繋がり、淡く光った。
やがて、垂らされた血がうぞうぞと動き始め、文字と数字へと変わっていく。
光が収まると、羊皮紙には篠原のパラメーターが刻まれていた。
「・・・ま、マジか・・・よ・・・」
この世界の不思議に触れ、篠原の膝がわずかに揺れた。
儀式を終えた司祭は、一度、真央たちに目配せし、
両手を合わせて祭壇を離れた。
真央は司祭を目で追いながら、皆に声をかける。
「こんなとこ、早く出よう。」
―――
外へ出ると、重かった空気が一気にほどけ、
外気がふっと温かく感じられた。
「篠原、羊皮紙見せてくれよ。」
篠原は教会の外壁近くの石のベンチに羊皮紙を広げた。
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NAOYA-SHINOHARA
HUMAN (AGE:17)
CLASSES:THIEF(LV.1)
ALIGNMENT:EVIL
STRINTPIEVITAGILUC
8858159
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四人はベンチを囲むようにして羊皮紙を見つめた。
「僕のパラメーター、どう見るんだ?」
篠原が尋ねる。
彩乃が小さく息をついて言った。
「ひどい数値ね・・・」
「え?」
「直ちゃん~、属性が悪になってる。」
「は?」
「篠原・・・お前・・・相当恨まれてるんだな・・・
ボーナス7で、アジリティだけ上げられてる・・・」
「・・・・・・。」
篠原は怒りに震え、
パラメーターの刻まれた羊皮紙を破ろうとしたが、裂ける気配すらなかった。
「く、くっそお!! 僕を送り込んだやつ! 絶対許さないからな!!」
篠原の叫びが空へ抜けていった。




