誰かの思惑
彩乃はテーブルに片手を置いて背を伸ばし、
立っていた篠原の頬を平手で打った。
パアァーーン!!
乾いた音が門番亭に響き、店内が一瞬で静まり返る。
さっきまで食事や酒を楽しんでいたアクトリアの住民たちが、
一斉に彩乃へ視線を向けた。
篠原は左手で叩かれた頬を押さえたまま、わずかに右へとよろけた。
彩乃は肩で息をしながら、ふーっ、ふーっと荒い呼吸を繰り返している。
真央が慌てて声を上げた。
「あ、彩乃さん・・・
オレはなんとも思ってないよ・・・落ち着いて・・・」
「なんで、あんなこと言われて平気なのよ!
私は我慢できないわ!!」
「ぼ、僕がなんで叩かれるんだ・・・
原因を作った立花に文句言う権利があるだろ!!」
テーブルに座ったままのイチゴが、困った顔して三人を見ている。
「とりあえず、落ち着いて~・・・
みんなが見てるから、座って話そうよ~」
篠原がドカッと椅子に腰を下ろした。
真央は彩乃の肩にそっと手を置き、座るように促す。
彩乃はキッと篠原を一度にらんでから、ゆっくりと腰を下ろした。
彩乃が座ったのを確認して、真央も席に着き沈黙が続く。
その様子を見ていた店内の客たちは、
自分たちのテーブルへと意識を戻し、再び話し声が広がり始めた。
真央は一度、深く息を吐き、静かに語り始めた。
「確かにオレが悪い・・・あのゲームを見つけなければ・・・
こんなことにはならなかったんだから・・・」
話は、数分前の出来事にさかのぼる。
アクトリアに寝間着とはだしの状態で現れた篠原に、
真央たちは服と靴を買い与え、そのまま門番亭へとやって来た。
ここがどこなのかを、彼に説明していた。
―――
「あら? さっき食事取ったのに、また来たの?
一人増えてるわね・・・お友達?」
コロナが店に入ってきた真央たちに声をかけた。
「ちょっと話がしたくて。
飲み物だけでいいですか?」
「もちろんいいわよ。
この時間帯は少しうるさいけど・・・
温かい飲み物がいい?」
「はい、お願いします。」
四人は店の奥の六人掛けのテーブルに座った。
真央と彩乃が同じ側に、対面に篠原とイチゴが座る。
「まず、ここは城塞都市アクトリア。
800年前から魔術師の呪いで封印されているらしい。」
真央が説明した。
「そんなことはどうでもいいよ。
僕のいた世界とここは別世界なんだろ?」
「ああ・・・そうだ。」
「キミたちは学校の授業中に消えた。そしてここにいる。」
篠原は真央と彩乃を指し、イチゴへ視線を移す。
「イチゴは家で居なくなったって、学校の先生が言ってたが・・・そうなのか?」
「そうだね~。
オレは家の自分の部屋にいる時、ここに来たね~」
「ふ~ん。」
篠原は真央と彩乃を、目を細めてじろじろと見ている。
「なに?」
その視線が気になって、彩乃が尋ねた。
「キミたち二人が落ち着いてるのが気になってね。」
篠原はテーブルに肘をつき、指先で真央と彩乃を交互に何度も刺した。
「どういうこと?」
「イチゴに比べて、ここに馴染んでないか?」
イチゴはここに来た直後に死んでいるので、生き返ってからで考えるとまだ数日だった。
それに比べ、真央と彩乃は二週間以上ここで生活していた。
「まあ、オレと彩乃さんはイチゴよりココが長いし・・・」
真央は素直に答えた。
「それって、おかしくないか?
キミたち二人とイチゴと他の四人は同日に消えてるんだぞ。
そういや、他の四人はどこだ?」
「コータとセージ、ユージ、タツヤは死んでる。」
「は? うそ・・・だろ・・・?」
「イチゴも死んでたんだよ~」
イチゴがあっけらかんと答える。
篠原は椅子を蹴るように立ち上がり、罵声を上げた。
「なんだそれ? お前ら頭おかしいんじゃないのか!?」
店内の視線が一斉にこちらへ向く。
「直ちゃ~ん、落ち着きなよ~。
説明するから座って話そうよ~」
イチゴの声に、篠原は三人をにらみつけながら、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
店内の視線も、少しずつ元のテーブルへ戻っていく。
イチゴが、この世界に来て迷宮に潜り、死んだことを説明した。
「それで? 死んだイチゴがなんで生きてるわけ?」
「教会で蘇生してもらった。」真央が答える。
「はあ~? 蘇生って死んですぐだったわけ?」
「いや・・・仕組みはよくわからないけど、
・・・この世界では死体があれば生き返るんだ。」
「じゃあ、他の4人は?」
「いずれ・・・生き返らせる。」
篠原は信じられないって顔をする。
「この世界に死はないってことなのか?」
「それは違う・・・教会の蘇生は絶対ではないんだ。
2度失敗すると、消滅する・・・」
「なんだそれ? ゲームみたいな話・・・」
その言葉にイチゴが答える。
「そうだよ~。 真央が見つけた“ゲームの中”にオレ達はいるんだよ~」
篠原がイチゴの腕を力いっぱいつかみ、胸元へ押しつけた。
「それ、どういうことだ・・・!?
立花が見つけたゲームって、なんだ!?」
「え~っと・・・」
「オレが説明するよ。」
篠原が真央をにらむように見る。
真央は、拾ったゲームに名前を入れると、この世界に引き込まれることを説明した。
「じゃあ、なにか? 僕はキミのせいでここへ来たのか!?」
「原因で言えばオレだ・・・」
「元の世界へ戻れるのか!?」
「わからない・・・」
篠原は立ち上がり、真央の首根っこをつかんで引き上げた。
「お前、本当に反省してるのかよ!? ここへ連れてきた責任感あるのかよ!?」
「絶対・・・帰る方法を見つける・・・」
黙って聞いていた彩乃はうつむき、膝の上のこぶしをブルブルと震わせていた。
「お前のせいで、僕の人生はぐちゃぐちゃになったってことか!?
今まで、一生懸命勉強してきて、学年トップを維持してきたのに・・・
僕のこれまでの努力は全部無駄になってしまった!
お前、責任取れよ!!」
彩乃が机を叩いて立ち上がる。
そのまま乗り出し、篠原の頬を力いっぱい平手で叩いた。
パアァーーン!!
―――ここで冒頭の話に繋がる。
さっきの緊張がまだ残る中、四人は席に座り直し、重い沈黙が続いた。
真央がその空気を受け止めるように口を開いた。
「そうだ・・・オレがあのゲームを見つけなければ、こんなことにはならなかった・・・」
「そうだろ! 全部お前が悪いんだ!」
彩乃が立ち上がる。
その動きに、篠原はビクッと肩を震わせ、少しでも距離を取ろうとする。
その様子をカウンターのそばで見ていた門番亭の主人とコロナ。
「ん・・・!」
コロナは一つ息を吐く。
「そうだね。
他の客に迷惑だから、上に連れてくよ。」
テーブルに近づき、四人に伝える。
「あんたら・・・うるさいよ。
これ以上揉めごと続けるなら、上に行けってウチの旦那が言ってるから。」
「す、すいません。」
真央とイチゴがコロナに頭を下げる。
彩乃と篠原は、まだにらみ合ったままだった。
「ついて来なさい。」
コロナに案内され、四人は三階の上の屋上へと連れ出された。
―――
屋上には柵はなく、四方に小さな瓦屋根が張り出している。
床は二十センチほどくぼんでおり、周囲には雨水を流す排水口がいくつも設置されていた。
木で作られた棒が両サイドに建てられ、その棒には洗濯物を干す為の紐が張られている。
中央にはテーブルとイスが置かれていた。
「ここは、私たち夫婦が仕事終わりにくつろぐ場所だよ。
ココを貸してあげるから、好きなだけ喧嘩しな。
まあ、来訪者にも事情があるってのはみんな分かってるけど、
子供の喧嘩で楽しい時間を壊されるのは迷惑だから・・・わかるだろ?」
コロナは、最後に彩乃に向き合って言った。
「・・・・・・。」
彩乃はその言葉で落ち着きを取り戻した。
「好きなだけ、使っていいから。」
そう言うと、テーブルに飲み物を4つ置き、コロナは階段を下りていった。
世界は淡い灯りに包まれていた。
遠くに見える城壁も、迷宮の穴がある城も、すべてがぼんやりと浮かび上がっている。
「ここ・・・いい場所だな・・・」
真央がそう言うと、彩乃が両手で真央の右手をつかみ、深く頭を下げた。
「ごめん。 冷静じゃなかった・・・」
真央はニコリと笑みを浮かべ、彩乃の肩を左手で軽く叩いた。
彩乃は顔を上げて真央を見つめる。
「お前らは良いよな。 納得してここにいるんだから!」
その言葉に、彩乃の眉がわずかに動いた。
彩乃の中で再び火がともった。
「あんたがここに来たのは、
真央くんはまったく関係ないってのが分からないの!?
確かに、真央くんのタブレットが原因かもしれないけど、
タブレットを手に入れた誰かの恨みを!
篠原! あんたが受けてるってことでしょう!!」
「え? 恨まれてる??」
「だって、そうじゃない!!
タブレットは真央くん以外の誰かが手に入れた。
でも、その誰かがなんの意味もなく篠原! あんたをメイキングする!?」
篠原は彩乃の言葉に体を固めた。
その瞬間、胸の奥にストンと何かが落ちた。
何かの目的があるから、自分はこの世界に送り込まれた。
先に来ていた七人とは別の問題だということ。
篠原は頭を抱え、テーブルに肘をついた。
「そ、そうだ・・・柏木さんの言うとおりだ・・・
ぼ、僕は・・・誰かの思惑で・・・ここに送り込まれたんだ・・・」
篠原はそのまま固まって動かなくなった。
イチゴがそっと篠原の肩を叩いた。
「直ちゃ~ん、大丈夫~・・・オレ達は絶対に元の世界に戻るんだから~」
その声に、篠原の肩がわずかに揺れた。
「イチゴが言うと、あんまりその気になれないなあ~」
篠原がそう言うと、四人の間にふっと笑いが広がった。
そのあと四人は、しばらく言葉を交わさず、
街の喧騒に耳を澄ませながら、城塞都市の淡い明かりを眺め続けた。




