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アクチュアリー ―封印都市アクトリア―  作者: ブラックななこ


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19/23

静かな断絶

朝の学校の廊下。


教室の入り口の上部には白いパネルが固定され、黒い文字で“3-C”と刻まれている。


廊下には、誰一人いない。

黒板の右端には6月28日とチョークで書かれている。

黒板の上の時計は7時55分を指していた。

始業の35分前。


教室の一番後ろの窓際には、すでに久美が登校していた。

カバンも開けっぱなしのまま、ひたすら勉強している。


――


廊下の向こうから、かすかな足音が聞こえ始めた。


コツ、コツ、と規則のないリズムで近づいてくる。

誰かが階段を上がる音も混じる。


教室の扉が、そっと開いた。


「おはよー・・・」


まだ眠そうな声。

椅子を引く音が教室の静けさを切り裂く。


続いて、二人、三人と生徒が入ってくる。

廊下にはスニーカーの擦れる音、笑い声、鞄の金具が揺れる小さな音が重なっていく。


教室の空気が、ゆっくりと“朝のざわめき”に変わっていった。


それでも久美は、後ろの席でペンを走らせ続けている。

周囲の音がまるで耳に入っていないかのように。


――


始業時間が近づくにつれ、廊下を走る足音が増え始めた。


「セーフ!」


男子生徒が息を切らしながら駆け込んでくる。

椅子を引く音、鞄を机に置く音が、教室の静けさを少しずつ削っていく。


その時、始業の鐘が鳴った。


キ~ンコォ~~ンカ~ンコォ~~ン!


どこか音程の外れた、少し音痴な鐘の音。

まるで不穏な未来を予告するように、教室に響き渡った。


直後、廊下をバタバタと走る足音。

教員が慌てた様子で教室の前を駆け抜けていく。


朝のホームルームの時間が一気にあわただしくなる。

しかしホームルームは始まらず、教室内がザワザワとざわめき始めた。


「先生来ないね?」

「何かあったのかしら?」


そのざわめきを聞きながら、久美の口元に笑みが浮かぶ。


「おっと・・・ダメダメ・・・まだ確認できてない・・・」


やっと担任の幸田がドアを開けて入ってきた。

走ってきたのか、息が少し上がっている。


「起立! 礼! 着席〜!」

日直の号令で、全員が挨拶を交わす。


「おはよう。遅れてごめんね。

ちょっと朝からバタバタしてて・・・」


「何かあったんですか?」


「・・・何も・・・何もありませんよ。」


幸田の声は、わずかに上ずっていた。


「授業まで時間がないから、ホームルームは短く行います。」


そう言って、出欠は取らず、空いている席を確認し始める。


「え〜っと、みんな来てるわね。

休みは、立花くんと、柏木さん・・・・・・」


二人の名前を口にしたところで、幸田の言葉が止まった。

教壇の前の生徒が、その様子に気づく。


「せんせい・・・?」


幸田はハッとし、無理に表情を整えながら次の言葉を探した。


「――はい、あと少しで期末テストです。

その後は模試もあるので、進学組は頑張ってね。


じゃあ、もうすぐ授業が始まりますので、朝のホームルームはここまで。

日直、おねがい。」


「起立! 礼! 着席〜!」


号令が終わると、幸田は逃げるように教室を出ていった。


授業が始まるまでのわずかな時間、隣のクラスが騒がしくなる。


「なんだ?」


C組の一人が廊下に出て、D組の教室の方をのぞき込む。

何かを聞いたのか、慌てて戻ってきて叫んだ。


「D組の・・・“し、篠原”が失踪したって!!」


教室が一気にざわめきに包まれた。


その瞬間、久美の腕に鳥肌が走った。

眼鏡をはずし、顔を両手で覆う。

笑っていることを隠すためだ。


肩が小刻みに震え始める。


(本当だった・・・あいつの言ったことは本当だった!!)


手の隙間から、笑いをこらえきれない口元がのぞいた。

両手をどかし、上方向へゆっくりと視線を滑らせる。


「次は・・・」


次の瞬間、久美はブンブンと小刻みに首を振った。


(だめだ、だめ、だめ、慌てるな!!慌てるな!!・・・

一気にいなくなったら、怪しまれる・・・徐々に・・・徐々に・・・)


そして、再び両手で顔を覆った。

肩が震え、指先まで痺れるように震え続けていた。


(徐々に・・・徐々に・・・)


久美の呼吸だけが、教室のざわめきの中で異様に浮いていた。


―――


門番亭の窓際の丸テーブル。

真央はテーブルに腕を乗せ、両手で固くこぶしを握っている。


イチゴが尋ねた。


「じゃあ、これからも来訪者がくるの~・・・?」


イチゴの問いに、真央は力強く答える。


「来る! ――間違いなく来る!」


「これからどうする?」


彩乃が真央に視線を向ける。


「オレ達も教会裏に行こう!

もし知っているヤツならタブレットが原因。

知らないヤツならVPSが原因だ。」


真央はそう言って立ち上がった。

隣の彩乃も続く。


イチゴも立ち上がり、持って行けそうなものを探して、

“パニーニのような押し包み”を二つほど手に取った。


そして、門番亭を後にして、教会裏へと急いだ。


―――


なだらかな坂を下ると、教会の屋根が狭い通路の隙間から見えてくる。


すでにアクトリアは夜に沈み、街灯の光だけが闇を押し返していた。

それなのに、教会裏だけは明るく、人が集まっている。

それぞれが手にロウソクを持ち、訪れた来訪者を囲んでいた。


その輪の中心から、叫び声が響く。


「近寄るな!! なんだお前たちは!?

ここはどこだ!? どこなんだよぉぉーっ!!」


「大丈夫だ・・・オレ達はお前に危害を加えようとしているわけじゃない。」


いつもと違うウッディコの声だった。

ぶっきらぼうな調子ではなく、相手を落ち着かせようとする声。


三人は人の輪に近づく。


「すいません、ちょっと中に入れてください。」


輪をかき分けて進むと、叫んでいる男の姿が見えた。

完全にパニック状態だ。


「ぼ、僕は自分の部屋で勉強していたんだ! なのに、気が付いたらこんな場所に!?

一体、何が起きたんだ!!」


「しのはらくん・・・?」


泣き叫ぶ男を見て、彩乃が小さくつぶやいた。

その声に反応して、真央とイチゴが確認する。


「篠原?」


「あれって、直ちゃん〜?」


「眼鏡かけてないし、髪の毛セットしてないから、ぱっと見分からないけど・・・

あれ・・・間違いなく篠原君だわ・・・」


「じゃあ〜?」


イチゴが真央に尋ねる。


「タブレットで決まりだな・・・」


真央は少しほっとしながら答えた。


篠原は近くの石を拾い上げ、頭の横に構える。


「近づくなって言ってるだろ!!」


そう言って、石を振り回した。

ウッディコは手を下げ、手のひらを見せて何も持っていないと示す。


「頼む、落ち着いてくれ。

オレ達はキミを保護しようとしているだけだ。」


「保護ってなんだ!?

保護して何をする気だ!?」


まったく話が通じない。


彩乃がウッディコの方へ歩いていく。


「彩乃さん、何を・・・?」


ウッディコのそばまで来ると、彩乃は彼の腕にそっと手を添えた。


「アヤノ?」


彩乃は小さく頷き、篠原に声をかける。


「篠原君!! 落ち着いて聞いて!!」


篠原は自分の名前が呼ばれ、叫ぶのを止めた。


「だっ、だれだ・・・!?」


目を細め、ウッディコの前に立つ彩乃を確認しようとする。

だが、篠原の視力では距離が離れすぎていて顔が見えない。


「柏木です!」


「かし・・・わぎ・・・?」


彩乃はゆっくりと篠原に近づく。

その足音に、篠原はビクッと肩を震わせ、石を握り締めた。


真央はその様子を見て、彩乃の前に走り寄り、腕を広げて遮るように立つ。

篠原に聞こえないよう、小さくつぶやいた。


「彩乃さん・・・不用意すぎるよ・・・」


彩乃は前に出された真央の腕を、両手でしっかりとつかんだ。

それ以上は近づかず、その場から声をかける。


「柏木彩乃です。 隣にいるのは立花真央です。」


「柏木彩乃と・・・立花真央?」


篠原は、つけていない眼鏡を探すように指を動かしたが、空を切る。

目をさらに細めるが、よく見えていない。


ゆっくりと、こちらへ近づいてくる。


「3−Cの柏木彩乃と、立花真央です。

わかりますよね?」


彩乃がそう言うと、篠原は構えていた石をそのまま落とした。


「授業中に消えたって・・・柏木と立花なのか・・・?」


その瞬間、篠原のパニックがようやくほどけ、

正常な思考が戻り始めた。


寝間着姿で、裸足だった。

緊張が切れたのか、土の地面に膝をつく。


彩乃と真央が近づいて声をかける。

遠くで見ていたイチゴも駆け寄ってきた。


「篠原君、よかった・・・落ち着いてくれて・・・」


彩乃の言葉に、篠原がかすれた声で返す。


「・・・消えた君達がいるってことは・・・僕も消えたってこと・・・?」


「直ちゃ〜ん、イチゴもいるよぉ〜」とイチゴが突っ込む。


その声に篠原が反応した。


「イチゴ!?

一カ月以上休んでたけど・・・イチゴもこの世界に!?」


イチゴのクラスは3−Dだった。

同じクラスだったので、篠原はすぐに理解した。


「ふう・・・」


真央は緊張を解き、ウッディコの方を見る。

ウッディコも、周りを囲む人たちも心配そうに見つめていた。


真央が大丈夫と指を立てて合図すると、

囲んでいた人たちの表情から緊張が消えていく。


ウッディコが近づき、真央に尋ねた。


「知り合いなのか?」


「オレは・・・あんまり交流はないけど、

彩乃さんとイチゴはあるみたいだね・・・」


「なら、あとは任せても平気か?

オレ、もう仕事終わりを過ぎてんだ・・・」


「良いですよ。オレ達で説明しときます。」


「すまんな・・・」


そう言って、ウッディコは集まった人たちを解散させ、

門へと戻っていった。


篠原は顔を確認するため、立ち上がって三人に顔を近づける。

目はずっと一文字になっている。


「本当に・・・本人なんだよな・・・?」


「ホントだよ〜」


イチゴは篠原の肩を抱き、顔を見せる。


「あ・・・イチゴだ・・・」


篠原は、やっと緊張を解き、安堵の涙が流れた。



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