イチゴの成長
――迷宮入り口
迷宮に入る前に真央が二人に声をかける。
「打ち合わせどおりにいくよ。
まずオレがレベルアップの確認、そのあと彩乃さん。
イチゴは、とりあえず戦闘を見ててくれ。」
「わかった~」
彩乃は頷き、イチゴも返事をした。
三人は慎重に入り口の階段を下りていく。
「うひ~、こんな感じだったっけ・・・
前回は走るように降りて行ったから、見てなかったよぉ~」
彩乃がひきつった笑いをこぼす。
「あんたたち、ホントやらかしてるわね・・・」
「面目ない~w」
地下一階にたどり着く。
三人は辺りを警戒しつつ見回した。
「今日はこの辺にはいないな・・・右の部屋行ってみようか?」
彩乃が頷く。イチゴは口を尖らせた。
階段前の通路はまっすぐと右に分かれている。
三人は右の道をゆっくりと進んだ。
二十メートルほど進むと、左側に重そうな迷宮の扉が見えてくる。
その扉付近には複数の死体が転がっている。
蒼白な肌に血がこびりつき、ひどく不気味だった。
イチゴは初めて見る死体にビクリと体を震わせる。
「こ、この人・・・死んでるの~?」
「オマエもこんな感じで死んでたんだぞ。」
「う、ウソでしょ~?」
「ホントよ。
毛布でくるんで二人で苦労して、教会まで運んだんだから・・・」
予想外の会話に、イチゴの顔から血の気が引いていく。
「うう・・・死にたくないぃ~・・・」
真央は扉の前に立つと、後ろを振り返る。
「準備はいいかイチゴ? 突入するぞ。」
彩乃は一歩下がり、真央といつものフォーメーションを作る。
イチゴは何も言わず頷く。
バン!!
真央は足でドアを蹴り開け、身をかがめて部屋に侵入する。
彩乃はドアをくぐると、すぐ右へ飛びのき、周囲を見渡して警戒した。
十日ほどかけて、二人で築いてきたフォーメーションだった。
部屋の中には、コボルトと思しき影が数体。
暗い部屋の中では、確実な数を確認できない。
真央は一番右側の一体に踏み込み、右上から左下へ袈裟斬りにした。
コボルトは大量の血を吹き出し、一撃で倒れる。
近づいたことで敵の正体と数を把握した真央は、二人に伝えた。
「コボルト、残り2体!」
残ったコボルトが真央へ襲いかかる。
真央はとっさに防御姿勢を取った。
彩乃が杖を振り、LATINOを描く。
空中に描かれた文字は、最後の一筆を待っている。
彩乃は右手の杖を左肩の方へ振りかぶり、力強くTの横線を描き切った。
魔法が完成し、文字は敵へ向かって高速で飛びながらガスへと変わる。
青いガスのようなものが二体を包み込み、コボルトはその場に倒れ込んだ。
「す、すごい・・・二体とも・・・」
彩乃は自分の魔法の成功率が上がっているのを感じた。
真央はすぐに寝ているコボルトを一体倒し、残り一体となった。
「イチゴ。」
真央が呼ぶ。
「すごかったね~、真央も彩乃もかっこいいよ~」
イチゴは、目の前で繰り広げられた戦闘をどこか他人事のように言った。
真央は表情を変えずに告げる。
「最後のこれ、お前が殺せ。」
「えっ? オレが・・・?
む、無理だよ・・・」
「無理でもやるんだよ。
この寝ている状態すら殺せないと、
イチゴ・・・お前また死ぬぞ。」
イチゴは彩乃を見る。
彩乃は真剣な顔で頷いた。
ドッドッドッドッ・・・!!
イチゴの心臓が早鐘のように鳴る。
真央も彩乃も、ただ見ているだけだった。
その表情に、イチゴは“やるしかない”と悟る。
ゆっくりとコボルトへ歩み寄り、ロングソードを振り上げる。
さっきまで軽かったはずのソードが、急に重く感じた。
へっぴり腰のまま、ソードを振り下ろす。
刃は当たったが、力が足りず浅い傷しかつけられない。
痛みにコボルトが目を覚まし、イチゴへ飛びかかる。
ガアアアーーーッ!!
「ひ、ひい!!」
イチゴは恐怖で尻餅をつく。
次の瞬間、真央が横を通り抜けながら一文字に斬り払った。
ビシャッ!
大量の血がイチゴに降りかかる。
「ぺっ…ぺっ…! 口に・・・」
コボルトが消滅すると同時に、イチゴについた血も黒い霧となって消えていく。
イチゴは驚きながら自分の体を見つめた。
「す・・・すごい・・・」
イチゴは胸に手を当て、まだ早鐘のように打つ鼓動を感じていた。
そして、今の油断で死にかけたことを反省する。
(・・・真央の言うとおりだ・・・しっかりしないと・・・)
「イチゴ!」
再び真央が呼ぶ。
イチゴは押し寄せる興奮のまま真央を見る。
真央は右手の親指を立て、後ろを示して言った。
「初仕事だぜ。」
イチゴが振り向くと、そこには宝箱があった。
「早速、出ましたか〜」
へたり込んでいた体を、膝を立てて起こす。
そして宝箱へ近づいていく。
頭の中ではガルシアの教えが反芻していた。
――まず、鍵穴から中を覗き込め。
イチゴは宝箱の前にしゃがみ、手をついて鍵穴を覗き込む。
――次に、穴から見えるギミックを探せ。
イチゴはできるだけ広く見えるように、頭を上下左右に動かしてギミックを探す。
――ギミックを見つけたら、あとは種類だ。
液体の袋が仕込まれているのを見つけた。
「“毒の矢”だ・・・」
後ろで見ていた真央と彩乃が、思わず「おお〜」と声を漏らした。
イチゴは一度、膝立ちのまま二人を見る。
「毒の矢は、普通に開けると袋の圧力が上がって、それが毒針を押し出すらしい・・・」
「どうすんだ?」
真央が尋ねる。
「袋の液体を抜く。」
「どうやって?」
今度は彩乃が聞いた。
イチゴは腰の道具入れから、小さな針を取り出す。
「これで袋に穴をあけて、液体を抜くのさ〜。」
イチゴは再び鍵穴に向かう。
宝箱に触れないように、穴へ針を覗き込みながら差し込む。
――絶対に袋以外には触れるなよ。
針の先がブルブルと震える。
イチゴの額に汗が浮き、ぽたりと迷宮の床へ落ちた。
「落ち着け・・・落ち着け・・・オレ、落ち着け・・・」
一度、イチゴは体を起こし、深呼吸して気持ちを整える。
後ろで見ていた真央が心配になり、近づこうとした。
だが彩乃がその手を取って止めた。
振り返ると、彩乃はしっかりとした目で真央を見つめている。
その眼を見て、真央は小さく頷き、後ろへ戻って手を組んだ。
再びイチゴは鍵穴へ向かう。
針は落ち着かず、相変わらずプルプルと震えている。
だが、さっきより自分が落ち着いていることに気づいた。
(・・・・・・いけ)
針が袋に触れ、ぷつ、と小さな音がして穴が開く。
液体がじわりとあふれ出てきた。
「ぶふぅ〜〜〜〜っ!!」
罠を外すと、イチゴは体を起こして大きく息を吐く。
針が揺れないように、ずっと息を止めていた。
「ふぅ〜〜〜っ」
後ろで緊張して見ていた二人も、同じように息を吐いた。
イチゴは箱を開ける。
中にはお金とショートソード。 そして、毒消しのポーションが入っていた。
「おお、やっぱ宝箱は手に入る物が違うな…」
「そうなの~?」
「ああ。単なるドロップ品だとお金だけなんだ。
いきなりアイテムが入るとは・・・イチゴ様さまです。」
真央はイチゴに手を合わせて拝む。
「拝むな~~w」
彩乃が笑いながら真央に尋ねる。
「で、真央君。レベルアップの確認できた?」
「ああ、全然速度が違う。
力も上がってるみたいで、刃が相手にぶつかった時の衝撃が軽くてびっくりしたよ。」
真央は手のひらを見つめ、少し興奮気味に話した。
「私も魔法の効果が上がってるみたいだったよ。」
「戦闘しやすくなった感じだけど、不用意に奥へは行かないでおこう・・・」
「そうね。この世界の怖さは実感してるもの・・・」
「イチゴ、次いけるか?」
「もち!」
イチゴはグッドサインを出した。
部屋の中にモンスターがいないことを確認し、三人は通路へ戻る。
地上への階段前まで戻ってきた。
「ここが一番安心できるわね。」
左側に階段が見える。
死ぬほどのダメージを受けても、すぐに階段へ逃げ込めば生き残れる。
安全地帯ではないが、心強い場所だった。
「真央!」
イチゴに呼ばれて、真央が振り返る。
「ソードの振り方教えて!」
イチゴの口調はいつもと違っていた。
真央は、イチゴの真剣さを感じる。
「いいよ。
さっきの戦闘での振りを見たけど、装備変えた方が良いかもな。
宝箱から出たショートソードに変えてみなよ。」
「ショートソードじゃ、ダメージが弱いんじゃ?」
「いや、ちゃんと振れないロングより、
ショートの方が絶対使いやすい。
今はショートで行くべきだよ。」
真央の提案を受け入れ、イチゴは頷いた。
手に持つソードをしまい、バッグから手に入れたばかりのショートソードを取り出して構える。
「たしかに、これだけで全然違うね…
楽に振り回せるよ。」
イチゴは右に左にブンブンと振り回す。
真央がソードを構えて説明を始める。
「基本は振りかぶって振り下ろす。体育の剣道で習っただろ?」
イチゴが頷く。
「右利き、左利きがあるから、イチゴの構えやすい形でいい。
十日ほどの経験しかないけど、前手にソードを下げて構えた方が、
敵の突撃にすぐ対応できる気がする。こんな感じ。」
真央はソードを剣道の構えより少し斜めにし、剣先をわずかに下げた。
彩乃は階段の一段目に座り、両手で顎を抱えて二人のレクチャーを眺めている。
たまに、自分の杖で動きを真似したりしていた。
ヒタッ…ヒタッ…
先ほど戦闘していた部屋の方から足音が聞こえてきた。
彩乃はそれに気づき、右手を見る。
真央とイチゴはまだ気づいていない。
彩乃は立ち上がり、右を見つめたまま二人を呼ぶ。
「真央君!! イチゴ君!!」
二人は彩乃の声に反応し、彩乃を見る。
すでに戦闘態勢の彩乃を見て、敵が来ていることを理解し、
彩乃の前の左右に距離を取って位置取りした。
「見えないな・・・」
「任せて!」
彩乃はYALITOを発動させる。
炎の矢が迷宮の闇へ走り、モンスターの横を通り過ぎる瞬間、一瞬だけ姿が浮かび上がった。
「ゴブリンだ! 数は2!」
「真央! 右のゴブリンはオレにやらせて!」
「行けるのか?」
「絶対とは言えないけど、オレもやらないと!」
「わかった、任せたぞ!」
真っ暗な闇の中からゴブリンの姿が見えてくる。
さっきの魔法攻撃で警戒しているのか、ゆっくりと距離を詰めてきた。
左側のゴブリンが真央に飛びかかる。
真央は剣先を下げた構えから、手首を返して水平にし、
飛びかかるゴブリンの腹へスッと剣先を入れた。
そのまま一歩踏み込む。
刺さった剣先が、ゴブリンの腹を右へ向かって割いた。
横目で見ていたイチゴがつぶやく。
「すご…」
「グガ…ガッガガガ…!!」
腹を裂かれたゴブリンはわめきながら、迷宮の床におびただしい血をまき散らしのたうつ。
真央は後ろから近づき、首筋へ剣を突き刺した。
「ガッ…」
ゴブリンは絶命し、霧散する。
(イチゴは?)
真央がイチゴを確認した瞬間、イチゴはゴブリンへ向かって走り出した。
「おい! イチゴ!」
危険だと思った真央が呼ぶ。
ゴブリンは突っ込んでくるイチゴへ剣を振り下ろした。
イチゴは足から滑り込む。
剣はイチゴのヘルメットをかすめ――
ガギィンッ!
ヘルメットがはじけ飛んだ。
衝撃でイチゴの視界が一瞬、白くはじける。
だが、そんなことは気にせず足元へ滑り込みながら、
ショートソードでゴブリンの足を切りつけた。
ゴブリンは前のめりに倒れ込む。
イチゴは寝転んだままソードを振り上げ、背中へ突き刺した。
「ガアアアアッ!」
ゴブリンは痛みに叫ぶ。
イチゴは立ち上がり、ソードを引き抜くと、もう一度刺した。
次の瞬間、ゴブリンは霧散した。
「・・・・・・・・・。」
イチゴは霧散していくゴブリンを見つめ、それから自分の手にあるショートソードを見た。
二人はイチゴに駆け寄る。
「イチゴ君、かっこよかった!」
「え~? そ、そうかな~。真央の教え通りには全然できなかったけど~」
イチゴはいつもの口調に戻っていた。
左手で照れるように後頭部をかく。
「いや、あれはあれで良いぞ。イチゴの覚悟を感じた。
一つ、壁を越えたみたいだな。」
真央はイチゴのブレストプレートを拳でコツンと叩いた。
「うん!
真央~、今日はまだまだ行くでしょ?」
イチゴがこぶしを突き出す。
「もちろんだ!」
「行こう!」
三人はこぶしをぶつけ合い、迷宮の奥へと歩を進めた。
――
その後、イチゴにレベルアップが来るまで、入り口付近の三つの部屋を往復して戦闘を行った。
だが、イチゴは何度か宝箱の罠の判定をミスし、毒やダメージを受けた。
しかし、用意していた毒消しと回復ポーションがパーティ全員を守ってくれた。
そして所持ポーションが尽きる頃には、買った金額の四倍ほどの収入を得ていた。
確実に効率が上がっているのを、真央と彩乃は感じていた。
「ポーションが尽きたね。」
彩乃が言う。
「そろそろ地上に戻ろう。」
その声に反応して、イチゴが口を開く。
体に異変を感じていた。
「体が熱いんだけどぉ~・・・これぇ、何?」
真央と彩乃は、前日の自分たちの現象と重ね合わせて目を合わせ、頷いた。
「いいタイミングだ。さっさと地上へ戻ろう!」
地上に出ると、今まで圧迫するような空気がどこかへ消えていった。
アクトリアは夕日で真っ赤に染まっていた。
「もう夕方なんだね~」
イチゴは夕日に染まる街並みを見つめ、生き残った実感を噛みしめていた。
「おつかれ!」
真央はイチゴの肩を抱く。
彩乃は手を組んで背伸びをした。
「飯行こ! 飯!」
三人は無事に生きて地上に戻ったことを喜び、街の雑踏へ消えていった。




