1本のゲーム
―――ゲートウォッチ
朝、真央が目を覚ますと、体の内側に“変化”があるのがわかった。
「本当に・・・寝て起きたらレベルアップしてる・・・」
トントン!
部屋のドアを叩く音がした。
「真央君、起きてる?」
「ちょ、ちょっと待って・・・!」
彩乃だ。
真央は慌ててドアを開ける。
ドアの前に立つ彩乃が、開口一番に尋ねた。
「感じた?」
「うん、感じた。
あと・・・呪文を覚えた感覚がある。
ラティノとリュマピックの二つ。」
「私はモグデフとリュマピックの二つ。
それと・・・体力が上がってる“気がする”。」
この世界ではステータスを自由に見ることができない。
教会でお金を払って、初めてパラメーターが確認できる。
「パラメーター知りたいけど・・・お金は節約したい・・・」
真央が悩んでいると、彩乃があっさり言った。
「いいんじゃない、実戦で確認すれば。」
その前向きさに、真央は少し驚く。
レベルアップの影響なのか、彩乃の性格なのかはわからないが、
言っていることは正しい。
「そうだね・・・イチゴを起こして迷宮で試そう。」
―――コンティル城 外城門前
「このまま迷宮に入るの?」
彩乃が真央に聞いた。
「いや、今日からイチゴが宝箱を開けるからさ。
失敗したときのことを考えて、ポーションを買っておこう。」
「ポーションってどこで売ってるの?」
「モーリスさんから聞いといた。
ジャドー広場の“アモリス”って店が扱ってるらしいんだけど・・・」
二人がきょろきょろと周囲を見回していると、
イチゴが通りがかりの女性に声をかけていた。
女性は親切に店の場所を指さしながら説明し、
イチゴは丁寧にお礼を言ってから二人を呼ぶ。
「お〜い、こっちだって〜!」
イチゴが聞いた情報を伝える。
「ジャドー広場から右に抜ける道を入ったところにあるって・・・」
三人は建物と建物の間の細い抜け道へ入っていく。
「ここだ。」
裏通りに、くすんだモルタル壁の建物があった。
入口は赤いレンガで縁取られ、古い木の扉が静かに客を迎えている。
レンガ枠の上には“アモリス”と刻まれた木の看板が打ち付けられていた。
三人は扉を押して中へ入る。
扉に取り付けられた大きめの呼び鈴が鳴り響いた。
ガラ〜ン! ガラ〜ン!
彩乃はその鈴を見上げながら店内へ足を踏み入れる。
店内に入ると、さまざまな匂いが混じった空気が鼻の奥をくすぐった。
呼び鈴の音に気づき、
店の奥の部屋から初老の女性が姿を現した。
「いらっしゃいませ〜。
おや、その恰好・・・これから迷宮かい?」
古い木の棚が両側の壁にずらりと並び、
その棚には小瓶がぎっしりと陳列されている。
カウンターの奥には、引き出し棚が何段も積み重なり、
薬屋らしい雑然とした雰囲気を作っていた。
「あの・・・ここでポーションを売ってるって聞いてきたんですが・・・」
「何のポーションだい?」
「“毒消し”と“回復”のポーションです。」
「何個いるんだい?
「持てるだけ。あと、お金が足りるだけ。」
初老の女性が目をぱちくりとさせ、
次の瞬間、ニヤリと笑った。
「若いくせに、よくわかってるじゃないか! 気に入ったよ。名前は?」
「真央です。」
「マオ! 覚えとくよ。
その二人はメンバーかい?」
「はい。彩乃とイチゴです。」
二人はぺこりと会釈した。
「そうかい、そうかい。
あたしは“エルミダ”だよ。
――とりあえず、有り金全部出しな!」
三人はカウンターに、それぞれが持つお金を置いていく。
「ふむ・・・まだ冒険を始めたばかりとみたね。
これだと十分な数は買えないよ。
だから、いいかい――
無くなる前に戻ってきな。
無理はするんじゃないよ。」
三人はコクリと頷いた。
「とりあえず、この金だと“毒消し”が四つ、“回復”が三つだけか・・・」
予想より少ない数に、真央が思わず顔をしかめる。
その表情を見て、エルミダがふっと笑った。
「よし! おまけで“回復”を一つつけてやろう。
そのかわり――絶対に帰ってくることだよ。」
イチゴが手を挙げる。
「エルミダさ~ん。
宝箱の罠って~、どうやって見抜くんでしょうか~?
いろんな人に聞いてるんですが~、わかる人いなくて・・・」
「イチゴは盗賊かい?」
イチゴはコクリと頷く。
エルミダは店の奥へ向かって大声を張り上げた。
「ガルシア!! ちょっと来な!!」
奥の部屋から、小柄な中年の男が姿を現す。
見た瞬間にホビットだとわかる体格だった。
「ガルシア、あんた若いころ盗賊やってたろ?
この若いのに罠の見抜き方、教えてやりな!」
ガルシアはイチゴをじろりと見る。
「ヒューマンが盗賊やんのか・・・時代も変わったもんだ。」
その言葉にイチゴがむっとする。
「盗賊やったらダメなんですかぁ~?」
真央と彩乃が慌ててイチゴを押さえ、真央が説明する。
「違うんです、僕らは来訪者で――」
「来訪者!?」
エルミダとガルシアが同時に声を上げた。
二人は顔を見合わせ、驚きを隠せない。
「そういや、十日ほど前に噂になってたね。
久しぶりに来訪者が来たって・・・あんたたちだったのかい・・・」
ガルシアが腕を組む。
「来訪者なら話は別だ。
ヒューマンが盗賊やっても問題ねぇ。」
イチゴが首をかしげる。
「どういうことですか~?」
ガルシアはため息をつきながら説明する。
「来訪者は、アクトリアにいる人種とは完全に別物ってことだ。
要は――アクトリアのヒューマンと、来訪者のヒューマンは
“能力の作り”が違う。」
真央はその言葉に息をのむ。
(・・・確かに、ゲームの中の人間は基本パラメーターが決まった存在。
そのゲームとは別世界の人間ってことか・・・?)
「イチゴつったか? ちょっと裏手に来い。
基本を教えてやる。」
ガルシアはイチゴを店の奥へ連れていった。
エルミダはその背中を見送り、真央と彩乃へ向き直る。
「マオ、アヤノ。
お前たちも“ゲーム”とかいうなんとかに、
名前を書いてここへ来たのかい?」
二人はコクリと頷く。
「知ってるんですね。」
「ここには何人も来訪者がポーションを求めて来たからねぇ。
その時に話を聞いたのさ。
そのゲームが人から人へ流れ、
遊ぼうとすると――
お前さんたちの世界からアクトリアへ来てしまうってね。」
バンッ!
「エルミダさん! 今の・・・!」
真央は思わずカウンターに両手をついた。
エルミダは驚いて半身を引く。
「な、なんだい。びっくりするじゃないか。」
「あ、すいません・・・
今、“人から人に流れ・・・”って言いましたよね。」
「ああ。
なんでも、ゲームが勝手にやってくるって言ってたよ。
ポストに入ってたり、人から貰ったり・・・決まった形はないらしいが、
自分で買ったって話は聞いたことがない。
みんな“偶然手に入れた”って言ってたね。」
(オ、オレも偶然だった・・・)
真央は眉間にしわを寄せ、
背筋に冷たいものがすっと流れた。
彩乃が心配そうに覗き込む。
「どうしたの・・・?」
「いやなことに気づいて・・・」
「・・・教えて。ひとりで抱え込まないで・・・」
彩乃は真央の手を両手で包み、胸の前にそっと持ち上げる。
まっすぐに真央の目を見つめた。
「オレの拾ったゲームも、“矢島慎吾さんのゲーム”を偶然手にしたんだ・・・
今の話を考えると、あのゲーム・・・たった一本かもしれない・・・
たった一本が、人から人へ渡り歩き、
そのたびに誰かをこの世界へ送り込む・・・」
「・・・そ、それは何のため・・・?」
真央はうつむき、眉間に深いしわを寄せた。
「わ、わからない・・・
でも・・・なんか引っかかるんだ・・・」
エルミダは真央の様子を見て、静かに口を開いた。
「これは迷宮に潜った冒険者が言ってたことだがね・・・
“迷宮には謎のメッセージ”が記されている場所があるそうだよ。」
真央が顔を上げる。
「ど、どんなメッセージなんです?」
「よくわからないんだが・・・
“世界の成り立ち”とか、“抜け出す方法を見つけた”とか・・・
そういう内容らしいよ。」
「・・・・・・ノクサリウス・・・」
真央の口から、無意識にその名が漏れた。
不穏な響きに、エルミダが鋭く反応する。
「ノクサリウスが何だっていうんだい?」
「え?」
「今、アイツの名前を呼んだだろう!?」
真央は自覚がなかった。
彩乃に視線を向ける。
「言った・・・?」
彩乃は静かに頷いた。
エルミダは真央へ一歩踏み出す。
「このアクトリアは、ノクサリウスの呪いによって封印された。
迷宮も、呪われたその日に開いたと伝えられてる。
800年経った今――
その名前が“偶然”で出てくるはずがないよ!」
真央は両手を広げ、落ち着いてほしいと示す。
「――ノクサリウスのことは、門番のウッディコさんに聞いたんです・・・」
そして、ゲームの設定を思い返す。
“かつて強国だったアクトリアは、狂王ポレドーが
国を守るアミュレットの力で周囲を制圧していた。
ある日、城壁近くに大穴が開き、衛兵を迷宮へ送ったが、
中には魔術師ワグナーの配下の魔物がひしめいていた。
優秀な兵士を送り込んでも皆傷だらけで戻るばかり。
やがて怒ったワグナーがアミュレットを奪い去り、
ポレドーは賞金と奪還の触れを出して冒険者を集めた。”
――そんな世界観だった。
「エ、エルミダさん・・・
アクトリアは、なんでノクサリウスに呪われたんですか?」
エルミダは静かに答えた。
「800年前、当時のアクトリアの王が、魔術師ノクサリウスを殺したんだよ。
だがノクサリウスは、自分の死を“引き金”にする魔術を仕込んでいた――」
真央と彩乃は息をのむ。
「その魔術は、自分の命を媒体にして、この城塞都市を丸ごと飲み込み、
地上から切り離した。
そして・・・外城壁の内側に、巨大な迷宮が口を開いたのさ。」
(ポレドーとワグナーの関係は近いけど・・・
ワグナーは生きている。
でも、この世界ではノクサリウスは死んでいる・・・
関係は薄い・・・はずだけど・・・)
「――ノクサリウスは、本当に死んだのか・・・?」
真央は、考えがそのまま口に出てしまった。
エルミダが驚いて立ち上がる。
「・・・な、なんだって?」
真央は慌てて手を振る。
「あ、いえ・・・ただの勘です。
本気にしないでください。」
「脅かさないでおくれよ・・・心臓が止まっちまう。
800年前の人間が生きてるとしたら、エルフくらいのもんだよ。」
そう言って、エルミダは胸を押さえながら椅子に座り直した。
そのとき、店の奥からイチゴとガルシアが戻ってきた。
「あれえ〜、なんか雰囲気悪いね〜?
なんかあったの?」
イチゴが口を開いた瞬間、
真央たちの間に漂っていた重い空気がふっと軽くなる。
真央はエルミダへ向き直り、静かに言った。
「オレたちは元の世界に戻るため、迷宮に挑みます。
その時、迷宮に記された文字も絶対に見つけます。
そして、この世界の謎・・・必ず解き明かします。」
「えらく鼻息あらいねぇ。
でも、そういうのは好きだよ。頑張りな!」
ガルシアがイチゴに向かって言う。
「いいか。宝箱の罠は複雑だ。
絶対に“簡単だ”なんて思うんじゃねぇぞ。」
「はい!」
三人はアモリスを後にした。
そして迷宮へと向かう。
準備は――整った。




