火の灯る街で
―――ゲートウォッチ
三人はゲートウォッチへとやってくる。
イチゴをマーロウに紹介し、部屋のカギと支度金の金貨を受け取った。
「ねえ、レベルアップのための休憩ってどうするの?」
彩乃が真央に尋ねる。
「それもわからないよ。ゲームは休憩のコマンドだから・・・」
カウンターで聞いていたマーロウが口を挟んだ。
「レベルアップは一回寝るといいと聞くよ。
寝てる間に体が作り変えられるって感じって話だ。」
マーロウの話を聞いて、真央は彩乃を見て尋ねた。
「寝れる?」
「さすがに無理かなあ~・・・あ、LATINOかけてみる?」
「それ、オレは寝れるけど、彩乃さんは寝れないやつw」
彩乃は“そっか~”と顔をしかめた。
時間は、昼を過ぎて少し経った頃だった。
「今日は迷宮なしで、装備買い出しでもいいよぉ~」
イチゴがそう言うと、二人がイチゴを見る。
「イチゴがそれでよけりゃ・・・」
「イチゴ君、すぐ迷宮行ったって話だから、
アクトリアを案内しようよ。」
「アクトリアって何ぃ~?」
「これだよ・・・」
彩乃は笑いながら説明する。
「アクトリアはこの城塞都市の名前よ。
ノクサリウスによって封印された都市アクトリア。」
「へえ~~」
「これ、あと四回説明するのかなあ・・・」
真央のつぶやきに、彩乃が吹き出した。
「全員知らないもんねぇ~」
イチゴもケラケラと笑った。
―――コンティル城前 ジャドー広場
狭い上り坂のメインストリートを登りきると、視界が一気に開け、
ジャドー広場へとつながる。城に隣接する広場だ。
広場には小さな出店がいくつも並び、人々が行き交い、
この城塞都市の“生活の中心”のひとつになっている。
ジャドー広場から外城の壁に沿って伸びる道は二つ。
右側がデュック通り、左側がポルト通りと呼ばれていた。
三人はコンティル城の外城門の前に立っていた。
イチゴは外城門を見上げ、しばらく言葉を失っている。
外城の壁は八メートルほどの高さがあり、
外城門の上部はさらに一段高く造られている。
そこには上から矢を射るための細長い縦穴が四つ、
その間には足元からも矢を射られるように小さな四角い穴が並んでいた。
外城門の扉は開け放たれており、
いつでも外城の内側にある迷宮へ潜れるようになっている。
真央は、イチゴが見上げたまま動かないことに気づき声をかけた。
「イチゴ、どうした?」
「来た時は“セージ”と“ユウジ”に引っ張られるように
みんなで“ここを通った”から、全然見てなかったんだぁ~」
「見てどうよ?」
「オレさぁ~、映画とかアニメとか小説とか関心なかったから、
こういうのは“歴史上の建築物”ってしか思ってなかったけど~、
リアルに目にすると全然違うね~・・・
今、登ってきたメインストリートも狭くて圧迫感すごくて~・・・
ちょっと今、感動してる~・・・」
そう言って、イチゴは外城壁にそっと手を添えた。
彩乃がうんうんと頷きながら、その様子を見守る。
「元の世界に戻れたら、いいアニメと小説教えるよっ!」
彩乃が言うと、イチゴは手でグッドサインを作った。
「よろしくね!」
道具屋は、外城に沿って伸びるデュック通りにあった。
城門から続くメインストリートは、敵が侵入した際に
侵攻速度を遅らせるため、道幅が三メートルほどと狭く作られている。
だが、城の真正面に広がるこのデュック通りとポルト通りだけは別だ。
ゆったりと歩けるように道幅は十メートル近く取られており、
城へ向かう人々の流れを受け止める“表玄関”としての役割を果たしていた。
三人はそのデュック通りを進んでいく
―――道具屋ガラリエ
外城門から四十メートルほど進んだ場所に、ガラリエはあった。
二階建ての建物で、
一階はきれいに塗られたモルタル壁がどっしりと構え、
基礎部分の角は巨大な整形石で固められている。
まるでその石の上に二階部分が“乗っている”ように見えた。
二階は細かい石と木材を組み合わせ、
その隙間にモルタルを流し込んだ造りになっている。
入口や窓の縁だけは整形石で縁取られ、
建物全体の無骨さの中に、わずかな直線の美しさを添えていた。
入口付近には樽が四つほど立てられ、
錆びた剣や折れた弓矢が雑然と突っ込まれている。
樽に貼られた値札には、大きく「タダ」と書かれていた。
「ここだよ。道具屋ガラリエ。」
真央がイチゴに伝える。
「ふぉ~~っ・・・」
イチゴは見る物すべてに感動している。
「ほら、入るわよ。」
外観に見入って立ち止まっているイチゴの背中を、
彩乃が両手で押しながら入っていく。
店内に入ると、樽に突き刺さったロングソードやショートソード、
木箱に雑然と放り込まれたダガーやメイスが並んでいる。
木で組まれただけの店内は狭いが、武具でぎっしりだった。
壁には高そうな剣が飾られ、
まるで“いつか来る主人”を静かに待っているようだった。
「らっしゃい!」
カウンターから声が飛ぶ。店主のガラリエだ。
「マオとアヤノじゃねえか。
どした? もう武器変えるのか?」
「違いますよ。
新しい仲間を連れて来たんです。
イチゴって言います。装備をそろえたくて。」
ガラリエはイチゴを舐めまわすように見つめた。
「・・・イチゴも来訪者なのか?」
真央が頷く。
「職業はなんだ?」
イチゴが答える。
「・・・盗賊です。」
「マオ、初期装備で良いんだよな?」
「はい。」
「ちょっと待ってな――」
ガラリエはそう言うと、
棚や樽から装備品を次々と取り出し、カウンターに並べていく。
「盗賊はアヤノと違って、装備品の選択肢は多い。
武器ならこの3つだ。
・ダガー
・ショートソード
・ロングソード
メイスもあるが、お前らの予算じゃ他の防具が買えなくなる。
防具はこの3つ。
・レザーアーマー
・チェインメイル
・ブレストプレート
盾はこの2つ。
・スモールシールド
・ラージシールド
兜はこの1つだけだ。
・ヘルム
こんなもんだな・・・」
イチゴは並べられた武具を見て、ゴクリと息を飲んだ。
人を傷つける物を持った経験など、
せいぜいカッターナイフか家の包丁くらいだ。
ダガーですら、包丁の二倍はある。
「真央は~どれ使ってる?」
「オレはロングソード・チェインメイル・スモールシールド・ヘルムの四つだよ。」
「じゃあ~、オレもそれで・・・」
「ダメだ。」
ガラリエが即座に止めた。
「イチゴ、おめえは盗賊という職業だ。
戦闘以外に、宝箱の罠と向き合う必要がある。
武器は同じで良いが――
死にたくなければ、防具は一番いいのを選べ!」
イチゴは真央と彩乃を見る。
二人は静かに頷いた。
「じゃあ~、そうします。」
鎧をイチゴの体に合わせてもらい終わった頃には、
外はすっかり暗く、日はとっぷりと沈んでいた。
道具屋ガラリエを出ると、街灯のランプに火が灯され、
城塞都市のあちこちに淡い光が浮かび上がっていた。
夜の闇を押し返すように、子供の声、母親の叱る声、
仕事帰りの人々の話し声が混ざり合って響いている。
イチゴはその光景を見つめ、
自分が育ってきた環境の“すごさ”を初めて肌で感じていた。
電灯のないこの世界では、夜を照らすのは火の光だけ。
住民たちが街灯に火を点して回る姿を見て、
イチゴは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
「真央ぉ~!」
呼ばれて振り返ると、イチゴがまっすぐこちらを見ていた。
「ノクサリウスが~・・・このアクトリアを呪ってるって言ったけど・・・
この世界って、壊れた世界じゃないんだねぇ~・・・」
「・・・?」
「――確かに呪われて、小さな世界になっちゃったのかもしれないけど、
迷宮以外は、みんな普通に幸せに生活してるんだね~・・・
ここで生まれて、ここで死んでいく・・・
八百年続いてきた歴史が、ちゃんとここにあるよ・・・
オレ、この世界・・・すごく好きだな~・・・」
真央には、イチゴの言葉の深さがすぐには理解できなかった。
「パピーに言われて・・・専門学校に行けばいいって決めた自分が、
なんか恥ずかしいよ~。
オレ・・・この世界を見て、ただ流されてたんだな~って気づかされたよ・・・」
「・・・そうか。」
「この世界を見て、建物を見て、生きてる人たちを見て・・・
歴史に興味が出てきたんだ・・・」
彩乃は黙って聞いていた。
その横顔は、どこか優しく、どこか誇らしげだった。
「元の世界に戻ったら・・・大学に行くよ。
パピーやマミーには悪いけど・・・未来はオレの物だからさ~」
真央はイチゴの背中を軽く叩いた。
「オレには自信をもって言えないけど・・・
そんなんで、いいんじゃないか?
オレなんてゲームばっかで、何にも考えてないし・・・
イチゴみたいにしっかりしてないよ。」
「私も、まだ十日しか経ってないけど・・・
この街が好き。ここの人たちが好き。
きっと・・・迷宮があっても、なくても、
ここの人たちは変わらないと思う・・・」
「呪い、解いてあげたいね~」
「そうだな。」
三人は、夜の街を照らす淡い光を眺めながら、
明日からの迷宮での戦いに静かに決意を固めていた。




