初迷宮
――次の日
真央と彩乃は装備を購入し、迷宮へと向かった。
迷宮は城の外城壁の中庭にぽっかりと大穴を空けているらしい。
二人が外城壁の中庭に足を運ぶと、そこには――
地面が“抜け落ちた”ような巨大な穴が、口を開けていた。
直径は二十メートルほどだろうか。
縁には石が積まれているが、中心は暗闇に沈み、底がまったく見えない。
風が吹き込むたび、穴の奥から低い唸りのような音が響いてくる。
「どうやら、この穴みたいですね・・・」
「ち、ちょ〜・・・不気味ね・・・」
彩乃が息をのむ。
真央も言葉を失っていた。
さっきまでの“街の生活感”とはまるで違う。
ここだけ空気が重く、冷たい。
穴の周囲には兵士が数人立ち、緊張した表情で見張っている。
迷宮は、ただのダンジョンではない。
“何か”が潜んでいる場所だと、二人は直感した。
真央は彩乃を見て、今日の目標を話す。
「いいですか・・・
当面の目的はコータ達を見つけることです。」
「う、うん・・・」
「多分、地下1階で死体になってるはず・・・」
「・・・死んでる前提って酷くない?」
昨日からツッコミが鋭い彩乃に、真央は一瞬間が開く。
「・・・そ、それぐらい、甘くないんです。」
目の前には迷宮へ続く階段があった。
十段も降りれば真っ暗で何も見えない。
乾いた冷たい風が吹き上がり、かすかに腐臭が混じっている。
「さあ、初迷宮・・・慎重に行きましょう。」
「う、うん・・・」
階段を慎重に降り、地下1階にたどり着く。
迷宮は暗く、十メートル先は闇に溶けて見えない。
壁は巨大な石で組まれており、地下にこんな建造物があること自体が理解できない。
その壁に、うぞうぞと動く影があった。
赤紫色のスライムが、こちらへウゾウゾと静かに近寄ってくる。
真央はショートソードを構えた。
だが――
「む、無理無理無理ぃ〜〜!!」
彩乃が悲鳴を上げ、階段を全力で駆け戻っていく。
「ちょ、ちょっと待ってよ、彩乃さぁ〜ん!!」
いきなりのパーティ崩壊に、真央も慌てて追いかけた。
二人は明るい地上へ戻る。
「はっ、はっ・・・はあ・・・はあ・・・」
「まって、まって・・・」
彩乃は膝に手をつき、荒い息を整える。
真央も息を切らしながら言った。
「に、逃げる時は・・・声ッ・・・声かけて・・・」
彩乃は真央を見て、震える声で言う。
「ね、ねえ・・・
戦闘技術もないのに、あんなの無理よ・・・
ホントに私、メイジなの?
魔法だって、どうやって使えばいいのかわからないし・・・」
「あ・・・っ」
真央は大事なことを忘れていた。
(そうだ・・・オレも魔法使えるんだった・・・
Lv.1だと覚えてないんだっけ?)
ゲーム感覚で突っ込んだ自分を反省しつつ、コータ達のことが頭をよぎる。
(あいつらのこと、悪く言えないな・・・)
アクトのPC版では、魔法はキーボードで呪文を入力するシステムだった。
綴りを間違えると発動失敗になる。
その理屈を思い出し、とりあえず口に出してみる。
手を前に出し、「ヤリト」と唱えた。
「やっぱ、出ないか・・・」
その声に彩乃が反応する。
「やりと・・・? それ、なに?」
「ハリトは、メイジLv.1の魔法なんですけど・・・」
真央は近くの木の枝で地面に呪文を書いた。
・LATINO
・YALITO
・MOGDEF
・RUMAPIC
「それ、私も使えるの?」
「覚えてるかどうかにもよりますけど、Lv.1の時点でどれかは使えるはずです。」
(*侍のLv.1は、魔法は覚えていない。 真央はそのことに気づいていない)
「読み方はあってるの?」
「たぶん・・・」
真央は首を軽く傾げる。
「あってないと出ないよね?」
「でしょうね・・・」
「ゲームではどうやって使うの?」
「キーボードで入力です。
綴りを間違えると、【唱えたが失敗した・・・】的な。」
キーボードをたたく動作をしてみせる。
「細かいわね・・・
じゃあ、綴りを発声したら?」
真央は手を構え、綴りを一文字ずつ発声する。
「Y」「A」「L」「I」「T」「O」
彩乃は見てて恥ずかしくなって、苦笑する。
「でないねーw」
その時、彩乃が何かを思いついた。
「あ! あたしぃ〜、思いついたかも〜♪」
立ち上がり、目をつぶって集中する。
そして、杖で空中に筆記体で文字を描く。
Hを書き始めた瞬間、空中に淡い光の筋が生まれ、文字が浮かび上がる。
だが、彩乃は綴りを間違えてしまい “YALTO” と書いてしまった。
文字は周囲に飛び散るようにはじける。
「あっ!」
見ていた真央が声を出し、尋ねた。
「もしかして、間違えました?」
彩乃は、自分の体から“何かが抜ける”ような感覚に襲われ、
手に持つ杖を見つめる。
そして、真央を見てペロッと舌を出す。
「“I”を抜いちゃった。
もっかいやる!」
「はい。」
彩乃は同じ動作を繰り返し、今度は綴りを間違えずに空中に描く。
すると、ローブの裾がふわりと浮き、
炎の矢が正面の岩へ飛んだ。
ピュン! ・・・パチュン!
彩乃はまた何かが抜ける感覚を覚え、ガックリしながら言う。
「何これ・・・しょぼくない?」
「レベル1ですから・・・」
二人は見つめ合い、にやりと笑う。
「でも・・・出たわね。」
「ですね・・・行ってみますか。」
再び、入り口から階段を下りていく。
「ほんと暗すぎ。足元もよく見えないし。」
「プリーストの仲間欲しいですね・・・」
グニュッ。
彩乃は足元に“柔らかい何か”を踏んだ感触がした。
下を見ると、スライムだった。
「ひっ・・・!」
彩乃は慌ててHALITOを発動させる。
だが、一撃でスライム倒すことはできなかった。
彩乃の背筋がゾワリとする。
もう一度発動させようとしたが、慌てて呪文を間違える。
呪文がはじけ、後ろで光が散ると迷宮内が一瞬明るくなった。
真央が振り返る。
「いやああああああああ~~~~~!!」
またも彩乃は階段を全力で駆け上がっていく。
真央も慌てて追いかけた。
「待って! 待って!
待ってってぇ、彩乃さぁ~ん!!」
――再び地上。
彩乃は地面にしゃがみ込み、肩で息をしていた。
真央も息を整えながら言う。
「逃げる時は・・・一言・・・お願いしますって・・・」
彩乃は涙目でつぶやく。
「魔法利かない・・・あれ、強いスライムだよね・・・」
「いや、あれは弱い方のスライムです。」
「・・・あれで最弱とか・・・
あと、2回目失敗した・・・戦闘中冷静に文字書くなんて・・・超ムズイわ・・・」
真央は苦笑しながら説明する。
「飛び道具が楽しいからって、ヤリトはホント弱い魔法なんですよ。
“ヤリト唱えるぐらいならラティノ唱えろ”って、そんな語録があるくらいです。」
彩乃は呆れたように真央を見る。
「そんなの聞いてないんだけど・・・」
「ゲームだと常識なんですけどね・・・」
「私、アクトやったことないしー」
鋭いツッコミに、真央は言葉を詰まらせた。
「・・・この世界がアクトの世界に近いとしたら、力押しって言葉は通用しないですよ。
パーティメンバーがそろってれば別でしょうけど。」
彩乃は弱々しく言う。
かなりへこんでいる。
「・・・じゃあ、パーティメンバー探すぅ〜」
「Lv.1のオレらと組んでくれればいいんだけど、単なるお荷物でしかないからなあ〜」
その言葉が、彩乃の胸に重く落ちた。
「お、お荷物・・・」
真央は彩乃のすぐ横に座り込み、やさしく声をかける。
「だからさ・・・」
彩乃は顔をあげる。
「ちゃんとしたコンビプレイしようよ。
お互い得意な攻撃で共闘すれば、絶対うまく行くって。」
真央は手を差し出した。
彩乃はその手を取り、ぽつりとつぶやく。
「・・・ヘタレのくせに口はうまいよね~」
真央の動きが止まる。
目を伏せ、小さく言った。
「それ・・・やめて・・・」
「じゃあ、どうする?」
彩乃は茶化すような目で真央を見つめた。
しばらく黙って見つめあう。
「よ~し、行きますかぁ~!!」
真央は立ち上がって力強く言った。
彩乃はあきれた顔して言う。
「でたよ。」
真央は完全に無視して、次の戦闘の手順を伝える。
だが、声は裏返っていた。
「と、とにかく! LATINOぶっ放してください。
オレがその後、ぶん殴りますんで!!」
――再び迷宮内。
目の前に現れたスライムに、彩乃はLATINOを発動する。
淡い光がスライムを包み、赤紫の身体がその場でぴたりと止まった。
真央がショートソードでつついても、まったく動かない。
「・・・寝てますね。」
「よし、今のうち!」
二人でスライムを殴りまくり――
ついに、初勝利となった。
「やったぁ!!」
「初勝利ですね!!」
二人は手を合わせ、思わず笑顔になる。
眠らせて撲殺する。
これが今の二人にとって、最善のコンボ技だった。
その後も何度か戦闘をこなし、MP回復のために地上へ戻るのを繰り返した。
戦うたびに、彩乃の描く文字は少しずつ速く、正確になっていった。
真央も敵との距離の取り方が自然と身についていく。
二人は、確かに“冒険者”になりつつあった。
そんな戦闘が終わったある時、彩乃が大きな声で真央を呼んだ。
「真央君、見て、見て!!
あいつら宝箱持ってたわ!! 何が入ってるのかしら!?」
彩乃は嬉しそうに箱を開けようとする。
とっさに真央が止めようとした。
「待って! 開けちゃだめだ!!」
「キャッ!!」
彩乃の手に細い針が刺さっていた。
「針・・・?」
(あっ・・・)
彩乃は立っていられず、そのまま床に倒れ込んだ。
真央は慌てて駆け寄る。
「彩乃さん!! 彩乃さん!!」
彩乃は薄れる意識の中、今起きたことを反芻する。
(これ・・・毒だ・・・宝箱開けたら毒針が飛び出す罠・・・
真央君言ってたよね・・・とんでもなく難易度高いって・・・
そんなこと忘れて、調べもせず開けちゃうなんて・・・
ぐらぐらする・・・このまま死んじゃうのかな・・・
死んだら・・・どうなるんだろう・・・
もし、生きてたら・・・真央君に・・・き・・・こう・・・)
彩乃は静かに意識を失った。
―――
彩乃はバッグを枕にして迷宮内で目を覚ます。
「あ・・・生きてる・・・」
起き上がり、体を確認する。
「あれ? 毒は・・・?」
「気が付いた?」
近くで真央の声がして、彩乃はそちらを見る。
真央は死体のそばで何かを物色していた。
彩乃はびっくりして大声を出す。
「って、なにしてるの!?」
「え? 追いはぎだけど。」
「犯罪行為、サラっと言うんだね!!」
真央はそのまま物色しながら答える。
「迷宮内の死体に人権なんてないよ。
転がってる死体持ち帰って生き返らせるなんて、
知人じゃないとやらないでしょ?
――この人が毒消し持ってたおかげで、
彩乃さんの毒を治せたしね。」
彩乃は目線を落とし、体を確認するようにボソリとつぶやく。
「それで、私助かったんだ・・・」
「それに・・・」
真央の続ける言葉に、彩乃は顔を上げる。
「誰かもわからない死体より、
彩乃さんの方が大事だから・・・」
「え?」
真央は慌てて言い直す。
「い、今のは!
パ、パーティ仲間の彩乃さんが大事って意味ね!!」
彩乃はもう、このパターンに笑いしか出ない。
「夫婦漫才かよ・・・」
彩乃は、自分の口からふっと出た言葉がおかしくて仕方ない。
笑っているところに、真央がやってきて50センチほどの杖を差し出した。
「なにこれ?」
「あの死体が持ってたんだ。
今彩乃さんが使ってる杖より+2だから、攻撃力が上がるはずだよ。」
彩乃は杖をまじまじと見る。
「見た目ほとんど同じね。」
「そういや、あっちで死んでるコータ見つけたよ。」
真央が少し怪訝そうな顔しながら指さして言う。
そこには顔は蒼白で目は半開きのコータの姿があった。
「ひっ!!」
「撲殺だった・・・コボルトあたりかな?」
「ちょっと!
親友の死体をそんな軽く報告しないでしょ!!」
彩乃は慌てて立ち上がり、寝ている間にかけられていたローブを急いで着る。
「じゃあ、早く生き返らせないと!」
「いや・・・
コータは後でいい。」
彩乃は目を丸くする。
「なんで? パーティ仲間必要でしょ!?」
「コータは戦士だから要らないかな。」
「は?」
真央は淡々と説明を続ける。
「ちゃんと説明するとね。
まず、オレ達には生き返らせるための金が潤沢じゃないってのが一つ。
次に、今パーティに必要なのは僧侶か盗賊。
理由は簡単で、回復魔法が使える僧侶。
宝箱の罠を解除できる盗賊。
戦士のコータは・・・何度考えても今はいらない・・・かな。
侍のオレとも役割かぶっちゃうしね。」
「一応ちゃんと考えてるのね・・・」
彩乃はこぶしを握り、ブルブル震える。
(なんだろう・・・
“彩乃さんが大事”って言ってくれたけど・・・
こうやって論理的に説明されると、
私も“必要だから”ってだけに聞こえてムカつくわね・・・)
「彩乃さん、帰るよ〜」
「え? 地上に戻るの?」
「この世界は無理しちゃダメなんだ。
余裕ができて先へ進む。
今日はそれなりに稼げたし、
一度地上に戻って休もう。
コータの場所は覚えた・・・
オレ達が生きてる限り、生き返られる。」




