アクチュアリー
5月17日(水) AM8時00分
玄関のドアが開き、スマホ片手に学生服姿の立花真央が出てくる。
平日の朝、いつもの光景だ。
「いってきます。」
― チーン! チーン!
スマホからメッセージを知らせる通知音が頻繁になっている。
その度にスマホを手に取り、返信を打ち込む。
(今、家を出た。 いつもの所で)
(OK!)
(オレはあと5分ほどで出るお~)
メッセージの相手はコータ・セージ・ユウジ・イチゴ・タツヤとのグループ。
コータとイチゴは真央と非常に仲がよく、小学校時代からの親友だ。
中学に入ると、他の小学校からの学友が増えるとセージと仲良くなり、高校に入って他の町の中学からユウジとタツヤが入って6人となった。
(昨日のチカちゃん見たか?)
(見た見た、笑ったわ~w)
(オレ、ゲームやってて見てない)
メッセージはあっという間に流れていく。
くだらない話を永延と続けるグループだ。
スマホの入力している時、にぎやかな声に目線を通学路の先に移すと、井戸端会議中の3人のおばさん達を発見し、慌ててスマホをポケットに入れた。
(やべえ・・・見られたかな?)
「おはようございま~~す。」
「真央君、歩きスマホはダメよ。」
知り合いの近所のおばさんだ。
いつも小言を言ってきて面倒くさい。
いったい、いつ歩きスマホしてるのを見ていたのかわからないが、相手にしないのが一番。
変な噂を流されると困るので、愛想だけは振りまいておくのが、正しいご近所付き合いだ。
とにかくすばやく通り過ぎようと足を速めた。
「今度見たら、学校に通報するわよ。」
― ギクリ
スマホの無い生活はありえない。
速めた足を止め、覗き込むようにおばさん達へ目線を配る。
「そ、それだけは・・・」
「あはははは・・・行ってらっしゃい。
もう三年生なんだから、
ゲームばっかりしてないで、ちゃんと勉強するのよ。」
(くそ、母さん、世間話でそんな事までしゃべってるのか・・・)
完全に遊ばれている。
関わりあわないのが一番だが無理だろう・・・
「は、はい・・・」
真央は再び歩みを始め、通り過ぎていく。
もう自分の事など忘れたように、三人は別の話題に移っていた。
「聞きました? 矢島さんとうとう慎吾君の事諦めて整理するみたいよ。」
「らしいわね・・・」
(矢島さんって・・・たしか、オレが生まれる前に失踪してる人だったと思ったけど・・・)
井戸端会議を横目に真央は学校へと急いだ。
―――――
― キーンコーンカーンコーン!
口加高校に下校のチャイムの音が鳴り響いている。
下駄箱へと学生達が向かっている。
真央が通う高校は20年ほど前までは進学校だったのだが、
生徒数確保の為に偏差値が下がってきていた。
それでも国立大学の推薦枠が残る程度の水準は保っている高校だ。
「真央! 待てよ! 一緒に帰ろうぜ!」
真央が振り返ると、山本幸太郎が軽く走ってきた。
「コータ、一人か?
他のやつらは補習?」
「あいつらは進学組だからな。
物理の補習に出るってよ。」
「コータは部活に行かなくて良いのか?」
「テスト前なんで、今日から終わるまでは部活は休止なんだよ。」
「あー、なるほどね。」
二人が革靴に履き替えていると、イチゴがやってきた。
「真央! コータ!
待ってくれよ、オレも帰るぅ~。」
「あれ? 補習受けるんじゃないのか?」
「実はパピーから連絡が来てさ~」
下駄箱から革靴を引っ張り出しながら、イチゴが話し始める。
コータが眉を上げる。
「パピーって、離婚した?」
イチゴの家は、彼が八歳の時に離婚し、
母親の実家があるこの町へ引っ越してきた。
「そそ、パピーってミュージシャンじゃん!
進学どうするんだ?って聞かれてさ。
大学行くつもりだけど……って答えたら、
やる事決まってないなら、音楽業界なら世話できるぞって言われてさ~」
「それで?」
「マミーはさ……
大学行けって言ってくれたけど、無理させたくないし……
オレが早く働けば自由になれるじゃん!」
「それは……
離婚の原因になったあれか?」
「そそそ~~!
金出すっていうし、進学やめて専門学校行くことにした!
専門学校って入試テストないんだぜ! ウケるw」
イチゴに暗い話題は似合わない。
お気楽で、何でも笑い飛ばす――
真央にとっても、グループにとっても欠かせない存在だ。
そんな下校の途中――
真央は、ゴミ集積場に置かれた“見覚えのある絵面の箱”に気づいた。
「おい!おい!おい!おい! ・・・マジか!!」
真央はゴミの集積場へと駆け寄り、ゴミ収集庫の蓋を勢いよく開けた。
ガゴォォーン!!
余りの勢いに金属製のゴミ収集庫はものすごい音を鳴らし、衝撃でガタガタと揺れる。
震える指でゴミ袋の結び口をほどき、その袋の中から見覚えのある箱を手に取る。
その瞬間、真央の体にぞくりと悪寒が走る。
(なんだ・・・?)
思わず周囲を見回し、悪寒の正体を探る。
「真央~、どうした~?」
さっきまでハイテンションだった真央が急に黙り込んだことに気づき、
コータが心配そうに声をかけてきた。
背筋をなぞるように、冷たいものがまだ流れている。
「い、いや・・・何でもない・・・」
気のせいだと自分に言い聞かせ、意識を“手に入れたゲーム”へと切り替える。
祈るような気持ちで、そっと箱を開け、中身をのぞき込んだ。
――あった。
箱の中には3.5インチのFDDとマニュアルが入っていた。
あまりの奇跡的な出会いに真央は神に祈った。
「おー、ジーザス!!」
「なにゴミ漁ってんだよ。w」
「ゴミだと!? この神ゲーがゴミだと!?
貴様、言ってはならぬことを言ってしまったな!!」
手にした箱を、すごい勢いでコージの顔に押し付けるように差し出す。
コータはあまりの近さで確認できない、
ちょっと後ろに反り返って差し出された箱を確認する。
真央が見つけた箱は、30年以上前の超有名ゲーム【アクチュアリー】だった。
「え~っと・・・アクチュアリー???
PC9801シリーズ?? なんだそれ??
神ゲーって事はゲームなん?」
「ああ、伝説のゲームだよ。
これはNECから発売されていた16ビットコンピュータ、PC-9801専用のパッケージ。
アクチュアリー#1だよ。
初の3Dダンジョンゲームで、手に入れるには、
本来であれば数万は出さないとオリジナルは手に入らないんだぜ!
やべえ~~~、テンション上がりすぎる~~~!!」
真央はゲームの箱を胸に抱え、背伸びした後、足をバタバタと足踏みして喜ぶ。
二人は真央のテンションについてこれない。
ゲームを抱えて跳ねる真央を呆然と見つめている。
「・・・・・・・・。」
さっきはのぞき込んだだけだったので、
真央はパッケージの蓋を完全に開けて中を確認する。
その瞬間、先ほどよりも強い悪寒が背中を走った。
まるで誰かに睨まれているような――そんな視線を感じる。
真央は再び周囲を見渡す。
二人はその様子を不思議そうに見ていた。
「なんかあったか?」
コータがもう一度尋ねる。
真央は周囲を見回しながら答えた。
「なあ・・・誰かの視線を感じないか?」
「えっ?」
二人もつられて周囲を見回す。
「――まったく」
「もって」
コータとイチゴが続けて答え、けらけらと笑う。
「オレだけか・・・何だろう?
背中がゾワゾワするんだ・・・」
「それは、ゴミを漁ってるからだべぇ~~」
「お仕置きだべぇ~~」
コータとイチゴが往年のアニメを真似して茶化す。
その瞬間、真央が感じていた“視線”が、
ふっと緩んだ気がした。
「しかし、こんな高価な物、なんで捨ててあるんだ?
もしかして、他にも何かあるかも?」
真央は再び収集庫を漁り始める。
「お、なんかいっぱいあるぞ!?」
収集庫にはアクチュアリーが入っていたゴミ袋以外にも
ソフトが入ったものが5袋ほどがあったが、
入っていたのは98用のアダルトゲームソフトだった。
「ちっ、エロゲーばっかかよ・・・
まあ、アクチュアリーだけでも超ラッキーだしな・・・」
「ワリい! これやるんでオレ先に帰るわ! また明日な!!」
コータ達の方をにやけながら振り返ってそう言うと、ダッシュで帰ってしまった。
二人はその姿を呆れ顔で見つめている。
「ああ、またな・・・・って、聞こえてないかw」
「ほんと・・・ゲーム好きだよなあ~
でもさ~、古いコンピュータゲームって遊べるん?」
「さあ・・・?
まあ、持って帰るって事は遊べるんだろ?」
「だよねぇ~w」
このゲームが、のちに世界へ恐怖をもたらす存在だとは――
この時、誰一人として気づいていなかった。




