きらきらのルカ
その犬のなまえは、ルカといいました。
ルカには、いつもやっていることがありました。
それは毎日、じぶんの心をとり出して、きゅっきゅっとみがくことです。
ルカがまだ小さかったころ、だいすきだったお母さんがいいました。
「いいかい、ルカ。心というのは、ほうっておくとすぐにホコリがついたり、さびついたりしてしまうものなの。だから毎日、きれいにみがいて、いつもきらきらにしておくのよ」
お母さんはもうしんでしまいましたが、ルカはそのいいつけを守りつづけました。
うれしいことがあった日は、心はやわらかいピンク色にかがやきます。
そのときは、やさしくなでるようにみがきます。
かなしいことがあった日は、心は、すこしくもってつめたくなります。
そんなときは、あたたかい息をふきかけて、みがくのです。
「きゅっきゅっ。きゅっきゅっ。きらきらになあれ」
そうやって心をみがいていると、ルカはとてもよい犬になれたような気がして、ほこらしい気持ちになるのでした。
けれど、ルカが生きているこの世界は、きれいなことばかりではありませんでした。
あるさむい冬の日のことです。
ルカが庭にいると、奥でうずくまっている一匹のネコにあいました。
ネコはガタガタとふるえて、今にもきえ入りそうな声でないています。
「おなかがすいて、もううごけないニャ…」
ルカはかわいようにおもい、とっておいた干し肉を、ぜんぶネコにあげました。
「さあ、これをおたべ。げんきにおなり」
ネコはよろこんで肉をたべました。
しかしそのあと、ルカは路地のうらで、あのネコが、ほかのネコたちとはなしているのをきいてしまいました。
「いやあ、あの犬はほんとうに、おひとよしだニャア。ちょっとふるえるフリをしただけで、ごちそうをぜんぶよこしたよ」
ネコたちは、いじわるくケラケラとわらっていました。
ルカの胸が、ズキンといたみました。
その夜、心をとり出してみると、そこにはベッタリと泥のようなよごれがついていました。
「かなしいなあ。ボクはただ、たすけたかっただけなのに」
ルカは泣きながら、そのよごれをふきとりました。
きゅっきゅっ。きゅっきゅっ。
なんどもこすって、ようやく心はまた、きらきらとかがやき出しました。
また、ある年の春のことです。
ルカには、友だちの犬がいました。
そして、ずっとおもいを寄せていた女の子の犬もいました。
ルカは友だちに、その女の子のことをうちあけました。
「ボク、あの子のことがだいすきだ。だから、こんど、気持ちを伝えようとおもうんだ」
「それはいいね! おうえんするよ!」
そういって、友だちは、せなかをたたいてくれました。
けれど、それはウソでした。
友だちはルカにかくれて、その女の子にわるいウワサをふきこみ、彼女の心を彼のほうへむけてしまったのです。
気づいたときには、二人はよりそって、ルカのまえからさっていきました。
「ごめんよ、ルカ。でも世の中は、はやいもの勝ちだからさ」
彼はそういって、わらいました。
ルカは、ふかい井戸のしたに、おとされたような気持ちになりました。
その夜のルカの心は、もう泥よごれどころではありません。
まるで、するどいナイフで切りつけられたように、ふかいキズがいくつもきざまれて、血がにじんでいました。
「いたいよう、いたいよう」
ルカはポロポロと涙をながしました。
もう、みがくのなんてやめようか。
ルカはおもいました。
まじめにいきたって、バカにされるだけだ。
やさしくしたって、ぬすまれるだけだ。
しんじたって、うらぎられるだけだ。
心をきらきらにしていたって、なに一ついいことなんてないじゃないか。
いっそ泥だらけでキズだらけのままにしておけば、もうよごれやキズを気にすることもないじゃないか。
ルカは、その日、心をみがかないまま、寝てしまいました。
次の日も、その次の日も、ルカは心をみがきませんでした。
心はどんどんよごれて、かがやきをなくし、石ころのようにかたくなっていきました。
ルカの目からも光がなくなり、だれを見ても「どうせまた、ボクをだますんだろう」とうたがうようになりました。
けれど、一週間がすぎたころです。
ルカはなんだか、おちつかなくなってきました。
からだのおくのほうが、ムズムズするのです。
まるで、水あびをしないでいるときのような、どうしようもない気持ちわるさが、こみあげてくるのです。
「ああ、もう!」
ルカはたまらずおき上がり、キズだらけになった心をとり出しました。
「いいことは、ないかもしれない。だれも、ほめてくれないかもしれない。でも…」
きゅっきゅっ。きゅっきゅっ。
ルカは手をうごかしはじめました。
「ボクが、いやなんだ。心がよごれていると、ボクが気持ちわるくてしかたがないんだ」
それはもう、お母さんとのやくそくだからというよりも、ルカにしみついたことでした。
ごはんをたべるように、いきをするように、ルカは心をみがかずにはいられないようになっていたのです。
よごれはなかなか落ちませんでした。
うらぎられたキズあとも、すべてはきえませんでした。
それでも、ルカはみがきつづけました。
汗をかき、涙をながし、ていねいにみがきました。
するとどうでしょう。
キズあとはのこっていましたが、ふしぎな色でひかりはじめ、心はまえよりもふかく、しずかな、うつくしいかがやきをもつようになったのです。
「うん。やっぱり、このほうがおちつくや」
ルカはひさしぶりに、ふかくいきをすうことができました。
それからなん年もの月日がながれ、ルカはおじいさんになりました。
すっかり年を取り、走るのもおそくなりましたが、心だけは、みがきつづけていたので、だれよりもきらきらでした。
ある夕ぐれどき、ルカは線路のちかくをあるいていました。
踏切のおとが、カンカンカンカンとなりはじめました。
電車がちかづいてきます。
そのときです。
線路のなかに、何かがいるのがみえました。
それは、まだ小さな子犬でした。
線路のみぞに足がはさまってしまい、うごけなくなって泣いていたのです。
「ママ! ママ! こわいよ!」
電車はもう、すぐそこまでせまっています。
ゴオオオオオというごう音がひびきます。
ルカに、「キケンだ」とか「たすからないかも」といったかんがえはうかびませんでした。
ルカのきらきらな心が、かってにからだをうごかしたのです。
「あぶない!」
ルカは、線路の中へとびこみました。
そして、鼻さきでおもいっきり子犬をはじきとばしました。
子犬は線路のそとへころがり出ました。
ドン!
大きな音とともに、ルカの体はとびました。
いたみはありませんでした。
ただ、しずかさだけが広がっていました。
「ボクは、しんだのかな」
ルカが目をあけると、そこはうつくしいお花畑でした。
じぶんのからだをみてみると、キズついたおじいさんのすがたではありません。
すべすべとした、わかいころのからだになっていました。
そして、胸のうちに、あの心がありました。
これまで、毎日毎日、来る日も来る日もみがきつづけた心。
だまされても、うらぎられても、つらさで泣きながらでも、それでもみがくことをやめなかった心。
その心はいま、まるで夜空の星をすべてあつめたかのように、まばゆいばかりの光をはなっていました。
「おや、なんとうつくしい」
どこからともなく、やさしい声がきこえました。
その声がしたほうから、光のたまがちかづいてきました。
よくみると、それは神さまでした。
神さまは、ルカのかがやく心をみて、目をほそめました。
「たくさんのたましいをみてきたが、これほど、きらきらにみがかれた心は、そうそうみられるものではない」
神さまはルカをやさしくなでました。
「つらいこともおおかっただろう。よごされて、キズつけられて、なげ出したくなる夜もあっただろう。それでも、おまえは、このかがやきを手ばなさなかったのだね」
ルカは、お母さんのことばを、おもい出していました。
『いいかい、ルカ。心はいつも、きらきらにみがいておくのよ』
神さまは、にっこりとほほえみました。
「さあ、お行き。おまえのようにうつくしい心をもったものが行くべきところへ。そこで、おまえのお母さんも、まっているはずだよ」
神さまにだき上げられ、ルカのからだは、ふわりと空へうかび上がりました。
その心のかがやきは、空たかくのぼり、ひとつのあたらしい星となって、いまも夜空でやさしく光っています。
きらきら。きらきら。




