第9話 秋風と栗ごはん
山の木々が、少しずつ色を変えはじめた。
赤、黄、橙――風に舞う葉が、まるで火の粉のように美しい。
いなり庵の軒先には、干し柿が揺れ、ほの甘い香りが漂っていた。
「くこさま〜、これ見てっ!」
ふーちゃんが小さな籠を掲げて駆けてくる。
中には、つやつやとした栗の実がぎっしり詰まっていた。
「山の下で拾ったの! いっぱい落ちてた!」
「まぁ、立派ねぇ。じゃあ今日は“栗ごはん”にしましょうか。」
「やったぁ!」
ふーちゃんの尻尾がぶんぶんと揺れる。
くこは微笑みながら、囲炉裏の火に鍋をかけた。
外では秋風がそよぎ、竹の風鈴がやわらかく鳴る。
狐のまかないレシピ⑨:秋風と栗ごはん
材料(2人分)
・米……2合
・栗……200g(皮をむいて一口大に)
・塩……小さじ1/2
・酒……大さじ1
・みりん……小さじ1
・だし……400ml
作り方
栗は皮をむき、渋皮をきれいに取っておく。
米を研ぎ、ざるにあげて30分ほどおく。
炊飯釜に米・だし・酒・みりん・塩を入れ、栗をのせて炊く。
炊きあがったら10分蒸らし、さっくり混ぜる。
器に盛り、黒ごまを少しふると風味が立つ。
くこのひとこと:
「栗はね、少し手がかかるけど、そのぶん優しい味になるの。
人も同じよ。手をかけたぶん、やさしくなれるの。」
炊きあがった鍋の蓋を開けると、甘い香りがふわっと立ち上がった。
ふーちゃんは思わず目を輝かせる。
「わぁ〜っ……! おいしそう!」
「秋の香りって、どこか懐かしいね。」
「うん……なんだか胸がきゅってする。」
その時、庵の戸口がこんこんと叩かれた。
くこが出ると、そこに立っていたのは――
旅装束の、見覚えのある男だった。
「やぁ……まだ、ここにあったんですね。」
ふーちゃんが首を傾げる。
「くこさま、この人……?」
「ええ。春のあの日、炊き込みご飯を食べていった旅人さんよ。」
男は深く頭を下げた。
「その節は……本当に、ありがとうございました。
あの味を思い出して、また来たくなってしまって。」
くこは穏やかに微笑み、囲炉裏の方へ招いた。
「今日は、栗ごはんですよ。秋の“おすそ分け”です。」
湯気の向こうで、旅人はゆっくりと笑った。
「香りだけで、もう心が温かい……。」
ふーちゃんが器を差し出す。
「どうぞっ!」
「ありがとう。」
男が一口食べると、目を細めて小さく息をついた。
「……変わらない。あの日と同じ、やさしい味だ。」
くこは静かに答えた。
「それはきっと、山と風が同じだからよ。
人の記憶もね、こうして香りの中に生きてるの。」
食後、男は懐から小さな布袋を取り出した。
中には、木彫りの小さな狐の像。
「これを……お礼に。」
「まぁ、かわいらしい。」
ふーちゃんが目を丸くした。
「ぼくに似てる!」
「ふふ、ほんとだね。」
男は深く頭を下げ、静かに去っていった。
風が吹き、落ち葉がふわりと舞う。
その音を聞きながら、くこがぽつりと呟いた。
「人の縁って、不思議ね。
一度きりでも、ちゃんと心に残って、こうして帰ってくるの。」
ふーちゃんは栗をひとつ頬張りながら言った。
「ねぇくこさま。
ぼくらの“おすそ分け”って、きっと幸せを分けてるんだね。」
「そうね。
食べものって、味よりも“気持ち”が届くのかもしれないわ。」
夕暮れ。
庵の前では紅葉が風に舞い、狐火が二つ、秋の空を照らしていた。
金色の光が栗の実を包み、やさしく揺れる。
その光はまるで――
“ありがとう”を伝える誰かの心のようだった。
第10話「冬至のかぼちゃ汁」
――冬の入り、陽が一番短い日。
くこが語る“闇と光”の昔話と、ふーちゃんの小さな優しさの物語。




