第6話 星降る夜の甘酒
夕暮れ。
山の向こうで蛙の声が響き、川面には小さな灯りが揺れている。
夜風が頬を撫でるたび、金木犀のような甘い香りがかすかに漂った。
くこ庵の軒先では、ふーちゃんが縁側に座って星空を見上げていた。
「くこさま、星がいっぱい……!」
「ほんとだねぇ。今年はよう見える。」
くこは茶碗を二つ持って現れ、湯気の立つ瓶を手にしていた。
「ふーちゃん、今日はね、“星祭りの前夜”なんだよ。」
「ほしまつり?」
「ええ。昔、この山の神さまたちが“願いを交わす夜”だったの。
――それでね、今日のまかないは“甘酒”。」
狐のまかないレシピ⑥:星降る夜の甘酒
材料(2人分)
・米こうじ……100g
・炊いたごはん……150g
・水……200ml
・お好みで生姜、はちみつ、塩少々
作り方(簡易版)
炊飯器にごはんと水を入れ、60℃程度に温める。
米こうじを加えてよく混ぜ、蓋を開けたまま保温モードで6〜8時間。
とろみがついて甘い香りがしたら完成。
温めて飲む場合は、生姜を加えると香りが立つ。
くこのひとこと:
「甘酒ってね、“飲む光”なの。
夜が暗いほど、優しい味になるのよ。」
「くこさま、これ……お米なのに、あまい!」
ふーちゃんが目を丸くして茶碗を覗き込む。
「そう、麹が“眠ってる甘さ”を起こしてくれるの。まるで人の心みたいにね。」
夜風が吹き、庵の外で竹がさらさらと鳴った。
空には無数の星がきらめき、流れ星がひとすじ、尾を引いて消える。
「ねぇ、くこさま。」
「なぁに?」
「ぼく、願いごとしたい。」
「いいね。星はきっと、聞いてくれるよ。どんなお願い?」
ふーちゃんは尻尾を丸めて、少し恥ずかしそうに言った。
「……ぼく、くこさまみたいになりたい。」
くこは、ふっと笑った。
「ふふ、そんなこと言われたのは初めてだわ。」
「だって、くこさまは優しいし、なんでもできるし……」
「でもね、ふーちゃん。私だって昔は、火も灯せなかったの。」
くこは空を見上げた。
「誰かのために灯したい、って思って初めて光るのよ。
きっとそれが、“狐火のはじまり”なんだと思う。」
ふーちゃんは目をぱちぱちさせながら、茶碗の中の甘酒を見つめた。
そこに、星の光が反射して、小さなきらめきが浮かんでいる。
「……ぼくの中にも、光あるかな。」
「もちろんあるさ。まだ小さいけれど、ちゃんと灯ってる。」
その夜、庵の周りに小さな火が次々と浮かんだ。
まるで星が地上に降りてきたように。
「わぁ……きれい……!」
「ふーちゃんの願い、届いたみたいね。」
「えっ、これ……ぼくの?」
くこは微笑み、ふーちゃんの頭をやさしく撫でた。
「うん。これは“はじめての光”。
誰かを想ったとき、心の中の火が外へ出るんだよ。」
ふーちゃんの瞳がうるんで、星の光を映した。
「ぼく、これからもいっぱい灯したい。」
「ええ。そのたびに、この庵も少しずつ明るくなるよ。」
夜空の星々が流れ、風が鈴を鳴らす。
庵の前には、ふーちゃんとくこのふたつの影。
その間に、金色の狐火がいくつも揺れていた。
第7話「風鈴とかき氷」
――夏祭りの日。
山を吹き抜ける風とともに、ふーちゃんが初めて“誰かをもてなす”お話。
甘く、涼しく、そして少しだけ切ない夏の章。




