第5話 春告げのおいなり寿司
冬が明け、山に春が訪れた。
雪解けの水がせせらぎをつくり、梅の花が小さく揺れている。
鳥たちの声がにぎやかに響き、いなり庵にも久しぶりの陽だまりが差し込んでいた。
「くこさま! 見て見て! 菜の花、咲いてたよ!」
ふーちゃんが両手いっぱいに黄色い花を抱えて駆け込む。
くこは囲炉裏のそばで微笑み、湯気の立つ急須を置いた。
「春だねぇ。……さて、ふーちゃん。」
「ん?」
「今日は“まかない”を、あなたが作る番ですよ。」
ふーちゃんの尻尾がぴくんと跳ねた。
「ぼ、ぼくが!?」
「そう。春のまかないを、自分の手で作ってごらん。
——思い出の味を、あなたの形で。」
狐のまかないレシピ⑤:春告げのおいなり寿司
材料(2人分)
・ごはん……1合分
・油揚げ……4枚
・醤油……大さじ2
・砂糖……大さじ2
・みりん……大さじ1
・酢……大さじ2
・塩……ひとつまみ
・白ごま……小さじ1
・刻み菜の花、桜でんぶ、錦糸卵……お好みで
作り方
油揚げは半分に切って袋にし、熱湯で油抜きをする。
鍋に醤油・砂糖・みりんを入れて煮立て、油揚げを煮含める(中火で7〜8分)。
ごはんに酢・塩・ごまを混ぜ、酢飯を作る。
桜でんぶや菜の花、錦糸卵を混ぜ、春らしい色に仕上げる。
油揚げにごはんをやさしく詰める。
くこのひとこと:
「ごはんを詰めすぎないこと。空気が入ると、笑顔の形になるんだよ。」
ふーちゃんは、真剣な顔で油揚げを手に取った。
「これ……くこさまみたいな匂いがする。」
「ふふ、それは“庵の香り”だよ。私も、昔は同じように緊張してた。」
煮立った甘辛い香りが庵いっぱいに広がる。
外ではウグイスが鳴き、春の風が障子をそっと揺らした。
「お揚げさん、やわらかくなってきたね。」
「うん。……なんか、話しかけたくなるね。」
「そうよ。食べものって、命を持ってる。だから、ありがとうって言ってあげるの。」
やがて、ふーちゃんの初めての「おいなり寿司」が完成した。
菜の花の黄、桜でんぶの桃色、卵の金色がまるで春の絵の具のように並んでいる。
「どう?」
「きれいだねぇ。春そのものだよ。」
くこはそっと一つを手に取り、口に運んだ。
ふわりと甘じょっぱい香りが広がり、噛むほどにやさしい味が滲み出る。
「……うん。ちゃんと“あたたかい味”になってる。」
ふーちゃんは照れくさそうに笑った。
「くこさまの真似、してみたの。お揚げに“ありがとう”って言ったんだ。」
「そう、それで十分。味はね、気持ちの通訳みたいなものだから。」
その日の夕暮れ。
庵の前の坂道を、風がやさしく通り抜けた。
桜の花びらがひとひら、ふーちゃんの尻尾にとまる。
くこは縁側に座り、湯気の立つ茶をふたりぶん並べた。
「ふーちゃん。春のまかない、合格です。」
「やったぁ!」
ふーちゃんは尻尾をぶんぶん振りながら笑う。
くこはその姿を見つめながら、静かに目を細めた。
「……師匠も、きっと喜んでるわ。あの人も“初めてのおいなり”で、焦がしてたもの。」
ふーちゃんが目を丸くした。
「えっ、くこさまでも焦がしたの!?」
「ふふふ。若気のいたり、ってやつね。」
二人の笑い声が、春の山に響いた。
その瞬間、庵の前にふわりと桜色の狐火が灯る。
まるで、春そのものが祝福しているようだった。
第6話「星降る夜の甘酒」
――夏祭りの前夜、庵に届いたひと瓶の甘酒。
夜空の下で、くことふーちゃんが語る“夢”の物語。




