第1話
モルックとは、フィンランドのカレリア地方の伝統的なゲーム「キイッカ(kyykkä)」をもとに、Lahden Paikka社(当時Tuoterengas社)が1996年に開発したスポーツである。
母国フィンランドでは、サウナとビールを楽しみながらプレイされる“ゆるスポーツ”として親しまれ、とても簡単なルールで老若男女が楽しめる——らしい。(一般社団法人日本モルック協会HPより)
ルールとしては、ざっくり言えば「木の棒で木のピンを倒す」だけ。
ピンは1から12までの番号が振られ、1本だけ倒せばその数字が得点。複数本倒せば、倒れた本数がそのまま点数。ぴったり50点で勝ち。オーバーしたら25点に逆戻り。
——つまり、酔っていたら絶対勝てない。だが、酔っていたほうが面白い。
そんな“理性と本能のせめぎ合いスポーツ”を、いま最も必要としている町がある。
そう、山梨県甲府市だ。
富士山のふもと、水もうまい、果物もうまい、酒もうまい。
だが人口は減り、観光客も思うほど金を落とさない。
町の財政と空気は、まるでモルックのピンのように傾きかけていた。
「ということで、君たち、何か地域活性イベントを言いなさい」
町おこし団体の会長・田中が言い放つ。
白髪混じりの頭をかきながら、机をバンッと叩く。会議室の時計が“カチリ”と鳴った。
沈黙。誰も口を開かない。
「小林の案、『地元野菜フェス』とは?」
「……あ、はい。農家さんとコラボして——」
「ありきたり。没」
「中林の案、『地酒ナイト』とは?」
「……あ、はい。ワインや日本酒を——」
「ありきたり。没。あと俺、肝臓弱い」
「大林の案、『スポーツフェス』?」
「……あ、はい。健康志向の若者を呼び——」
「それ、都内でできるだろボケェ!!!!!」
田中のツッコミが響く中、ひとりだけ静かに手を上げた男がいた。
中田。地元出身、天然パーマ、顔はモアイ像。
将棋の奨励会で羽生善治の生まれ変わりと言われた鬼才だが、地元ではただの“動ける系モアイ像”として知られている。
「私が提案するのは——『アルティメットモルック』です」
会議室に走る一瞬の静寂。
“アルティメット?”
“モルック?”
“なにそれ、必殺技?”
全員の頭上に「?」が浮かぶ。
中田はゆっくり立ち上がり、スーツのボタンを留め、右手を天に突き上げた。
「まず、山梨は東京の隣。富士山もある。自然もある。果物もある。観光客も多い。……なのに観光客が思ったより金を落とさない理由——それは“日帰り”だからです!」
田中が腕を組む。「ほう?」
「人は来る。でも泊まらない。泊まらないと金を落とさない。仮に一泊一万二千円としましょう。そして泊まるとなれば、飯を食う。夕食は外食で、ワイン、日本酒、ウイスキー、居酒屋に五千円。次の日も朝や昼に飯を食おうと思えば、一人当たり、トータルで二万円くらいの出費になる。でも、これが日帰りならゼロ円! 東京から来るくせに、金は一滴も置いていかない!」
彼の目がギラリと光る。
「ならば——酔わせて泊まらせればいい!」
「お、おい中田……」
「まさか……」
「そう!」
彼は机の上にあったジョッキを持ち上げた。中身はウイスキー、氷なしの原液。
「“アルティメットモルック”は4対4のチーム戦。順番に木の棒を投げ、得点を競う。だが——」
彼は指を立てる。
「投げる前に“宣言”するんです。『3番を倒す!』とか『4本いく!』とか。外したら……このジョッキを飲み干す!」
「なっ⁈」
「飲み干す⁈」
「そう。酒は罰だが、飲むのは誰でもいい。チームで押し付け合ってもいいし、潔く飲んでもいい。50点に届く前に全員がつぶれたら——負け」
中林がごくりと唾を飲む。
「……つまり、点数制×アルコール制……?」
「そう。まさに究極——“アルティメット”」
中田は胸を張る。
「この世界大会を山梨で開催し、東京いや、世界中から来た酒カスどもを酔わせて、そのままホテルに泊まらせる。二次会の地元の居酒屋は満席、宿泊業も潤う。これはもう——」
彼は両手を広げ、声を張り上げた。
「——プロジェクトXです!」
会議室に響く沈黙。
次の瞬間、田中がぼそっと言う。
「……さすが羽生善治さんの生まれ変わりだな。まだ羽生善治さん存命だけど」
窓の外では、富士山が夕陽を浴びて赤く染まっていた。
——こうして、史上初の『アルティメットモルック・ワールドカップ in 山梨』の幕が上がる。




