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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「てれすこ」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2025/09/25


落語声劇「てれすこ」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約20分


必要演者数:4名

      (0:0:4)

      (4:0:0)

      (3:1:0)【性別準拠人数比率】

      (2:2:0)

      (1:3:0)

      (0:4:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


多度屋茂兵衛(たどやもへえ):名前の分からない珍魚(ちんぎょ)の話を聞いて、漁師も分からないな

       ら、適当(てきとう)な名を言えば褒美(ほうび)がもらえるだろうと考え、

       事実、その通りになるが…。


女房(にょうぼう):茂兵衛(もへえ)の女房(にょうぼう)。

   捕まった茂兵衛(もへえ)の為に神仏(しんぶつ)に願掛(がんか)けしている。


役人:奉行所(ぶぎょうしょ)にて働くお役人様。

   茂兵衛(もへえ)の態度が怪しいと気づいている。


奉行:奉行所(ぶぎょうしょ)を任されている天下のお奉行(ぶぎょう)様。

   北町なのか南町なのかは語られていない。


漁師:沖合(おきあい)で名前の分からない珍魚が網にかかっていたのを奉行所(ぶぎょうしょ)へ届け

   に来る。


農民:江戸のどこかのなんとかという名前の村民(そんみん)。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


茂兵衛:漁師:

役人・農民:

奉行・枕:

女房・語り:




枕:昔から所(ところ)変われば品(しな)変わるなんという言葉がございますが、

  よくよく聞いてみますてえと品(しな)が変わるというのは違うんだそうです

  。名が変わると言う方が本当なんですな。

  交通が今ほど発達していなかったころは、その土地特有の方言なんと

  いうものが色濃くあったものです。

  近ごろはどちらへ参りましても言葉の違いというものはそうそう無く

  なってきましたが、当時はそうはいかなかったようでございまして。


漁師:今日はぼちぼちってとこだなァ…ん?

   何だこりゃ?見た事のねえ魚(うお)だな。

   うーん…もしかしたら、お役人様とかなら知ってるかもしれねえ。

   よし、奉行所(ぶぎょうしょ)さ持ってくべ。


   【二拍】


   お願(ねげ)えでございます!お願(ねげ)えでございます!


役人:どぉ~れ。

   うん?なんだ、その方(ほう)は?


漁師:わたしどもはここらの浜方(はまかた)の漁師でごぜえますだ。

   実はこんな魚(うお)が網(あみ)にかかりましたが、名前(なめえ)が分からねえんでごぜえ

   ます。

   お役人様なら存(ぞん)じておられると思って参りましただ。


役人:ほう、珍魚(ちんぎょ)がとれたと申すか。


漁師:いやぁ、赤くはねえから金魚(きんぎょ)ではねえですだ。


役人:そうではない。

   珍しい魚(うお)を珍魚(ちんぎょ)と申すのだ。


漁師:はあ、さようでごぜえますか。

   それで、なんという魚(うお)でごぜえますか?


役人:ともあれ、これへ出して見せよ。

   !むむ、これは…。


   【つぶやく】

   うぅむ…このような魚(うお)、今まで見た事がないぞ…。

   というか漁師が知らんのにわしが知るわけなかろうが。

   しかし、ただ知らぬと言ったのではわしの面目(めんもく)が…。


   っど、どれ、この魚(うお)はひとまずこちらで預かりおく。

   おって沙汰(さた)をいたすゆえな。


漁師:へ、へえ、わかりましただ。


語り:自尊心がお高めな役人様、まさか知らぬとも言えずに漁師が持ち込

   んだ謎の魚を、同僚や上役(うわやく)達と額(ひたい)を寄せ集めて相談しあうもやっぱ

   り答えは出ない。

   現代でしたら潮(しお)の流れの具合(ぐあい)で、どの辺から来たという事も判明す

   るのでしょうが、そこは昔の事ゆえどうにもしょうがない。

   しかし、自分達の面子(めんつ)にかけてもただ知らないとうっちゃっておく

   わけにもいかない。

   だいいちお上(かみ)の沽券(こけん)にかかわるという事で、これを一枚ずつ丁寧(ていねい)に

   描(えが)き写すと、人の集まる所へ張りだした。


農民:茂兵衛(もへえ)さん、聞いたかい?


茂兵衛:何がだい?


農民:なんでも、珍魚(ちんぎょ)がとれたらしいだよ。


茂兵衛:なに、金魚?

    別に金魚は珍しくもないだろう。


農民:金魚でねえ、珍魚(ちんぎょ)だ。

   おらと同じこと言ってるべ。

   珍しい魚(うお)のことだ。


茂兵衛:ははあ、なるほどなあ。


農民:なんでも、名前(なめえ)がわからねえんだとか。

   名前(なめえ)を知ってる人間は奉行所(ぶぎょうしょ)まで名乗り出れば、褒美(ほうび)がもらえるん

   だと。


茂兵衛:へえ、褒美(ほうび)かぁ。

    どのくらいもらえるんだい?


農民:百両(ひゃくりょう)だって話だぁ。


茂兵衛:百両(ひゃくりょう)!

    これァまた大枚(たいまい)だなぁ。

    とりあえず、その魚(うお)を見てこようか。


    【二拍】


    お、あの張り紙だな。

    どれどれ…はいごめんよ、はいごめんよ。


    え~なになに…?


    此度(こたび)、沖合(おきあい)にてかような珍魚(ちんぎょ)がとれる。

    魚(うお)の名を存(ぞん)じおる者あらば、役所まで申しいでよ。

    褒美(ほうび)として金百両(きんひゃくりょう)をつかわすものなり…へえ、ずいぶんとでかい

    褒美(ほうび)だな、こいつは。

    漁師も知らねえんだ。適当こいてもバレねえだろ。


    【二拍】


    お願いでございます、お願いでございます!


役人:どぉ~れ。

   む、何じゃその方(ほう)は?


茂兵衛:手前(てまえ)は多度屋茂兵衛(たどやもへえ)と申しまする者でございます。

    張り紙にありました魚(うお)の名を存(ぞん)じておりますゆえ申し上げたく、

    まかり出でましてございます。


役人:おぉさようか。

   では付いて参れ。


   申し上げます。かの珍魚(ちんぎょ)の名を存(ぞん)じておる者を連れて参りました。


奉行:おお、その者がか。

   してその方(ほう)、珍魚(ちんぎょ)の名を存(ぞん)じおるというのはまことか?


茂兵衛:はい、存(ぞん)じておりまする。


奉行:そうか。

   して、あれは何と申すのだ?


茂兵衛:その前に、張り紙で一度拝見いたしましたが、魚(うお)そのものはまだ

    見ておりませぬ。それゆえもし申し上げましたとして、万一(まんいち)にも

    間違(まちが)いましては相(あい)なりませぬゆえ、念の為に実物を拝見(はいけん)いたし

    とうございます。


奉行:うむ、いかにももっともじゃ。

   あぁこれ、かの珍魚(ちんぎょ)をこれへ。


役人:ははっ。


   【二拍】


   さあ、これじゃ。

   とくと見て調べるがよい。


茂兵衛:ははっ。ではご免(めん)くださいまして…。


    【二拍】


    ふむ…ふむ…。

    あぁこれならば手前(てまえ)、存(ぞん)じておりまする。

    申し上げましたる節(せつ)は、張り紙にございましたご褒美(ほうび)、

    手前(てまえ)に頂戴(ちょうだい)願えますもので?


奉行:うむ、間違(まちが)いなくその方(ほう)につかわす。

   して、何と申すのじゃ?


茂兵衛:ははっ。

    しからば恐れながら申し上げます。

    かの魚(うお)の名は、「てれすこ」と申すものでござりまする。


奉行:…うむ?何と申した?


茂兵衛:「てれすこ」にございまする。


奉行:「てれすこ」…とな?


役人:【声を落として】

   な、なんじゃその名は…。


語り:あまりに珍妙(ちんみょう)な名前が飛び出してきたので、周(まわ)りはぽかーん。

   しかし茂兵衛(もへえ)は大真面目(おおまじめ)かつ、神妙(しんみょう)な顔をして申し立てる。

   さすがにそれは違うのではないかと役人たちは思った。

   …思ったんだけど、自分達も知らないものだから否定もできない。


奉行:…なるほどのう。

   その方(ほう)は博学(はくがく)であるな。

   これ、約束通りに褒美(ほうび)の金子(きんす)・百両(ひゃくりょう)を持って参れ。


役人:は、ははっ。


   【二拍】


   さあ、褒美(ほうび)の金子(きんす)じゃ。

   受け取るがよい。


茂兵衛:ははーっ、ありがたき幸せに存(ぞん)じます。

    では、これにて御免(ごめん)をこうむりまする。


    【二拍】


役人:恐れながら申し上げます。

   お奉行(ぶぎょう)、いくらなんでもこれは怪(あや)しゅうはござりませぬか?


奉行:うむ…とはいえ、我らも知らぬ事ぬえ、何とも否定はできぬ。

   そうじゃの…。

   よし、こうしてみよう。

   まずこの魚(うお)を日にあてて干(ほ)すのじゃ。


役人:日干(ひぼ)しにいたすのでござりますか?


奉行:うむ、その後の事はおって指図(さしず)いたす。


語り:奉行(ぶぎょう)の命令でさっそく「てれすこ」を日干(ひぼ)しにいたしますと、

   以前とはだいぶ形も変わり、大きさも縮(ちぢ)んで、趣(おもむき)がずいぶんと

   違って参りました。


役人:申し上げます。

   「てれすこ」にございますが、日干(ひぼ)しにいたしたものが出来上(できあ)がり

   ましたゆえ、何とぞご一見(いっけん)を…。


奉行:おお、できたか。どれ…。


   うむ、だいぶ様変(さまが)わりいたしたようだの。

   しからばこれをまた紙に描(えが)き写すのじゃ。

   そして以前と同じように、

   此度(こたび)も沖合(おきあい)にてかような珍魚(ちんぎょ)がとれる。

   魚(うお)の名を存(ぞん)じおる者あらば、役所まで申しいでよ。

   褒美(ほうび)として金百両(きんひゃくりょう)をつかわすもの


   …と書くがよい。


役人:えっ、また百両(ひゃくりょう)も!?


奉行:うむ。

   さすればこれが本当に「てれすこ」かどうかわかるであろう。


役人:なるほど、さすがお奉行(ぶぎょう)は知恵者(ちえしゃ)でございますな!

   ではさっそくにも。


語り:かくしてお奉行(ぶぎょう)の発案(はつあん)のもと、日干(ひぼ)しにて仕上(しあ)げたてれすこの干物(ひもの)

   を紙に書き写し、再び懸賞(けんしょう)を掛けてあちこちに張り出されることと

   相なりました。

   当然、また多度屋茂兵衛(たどやもへえ)の耳にも入るわけでございます。


農民:茂兵衛(もへえ)さんよぅ、また沖合(おきあい)で珍魚(ちんぎょ)がとれたんだと。


茂兵衛:へえ、またかい?

    ずいぶん金魚がとれるもんだね。


農民:茂兵衛(もへえ)さん、金魚はもういいべよ。


茂兵衛:あはは、たしかにしつこかったな。


農民:今度も名前を知ってたら奉行所(ぶぎょうしょ)さ届け出ろだと。

   そうすりゃまた褒美(ほうび)に百両(ひゃくりょう)くだされるらしいべ。


茂兵衛:はぁぁ、また百両(ひゃくりょう)も!?

    …金ってのはあるとこにはあるもんだなぁ…。

    ちょいと見に行ってくるよ。


    【二拍】


    へへ、これァまた百両(ひゃくりょう)いただきだな。

    今度は…よし、あれでいくか。


    お願いでございます!お願いでございます!


役人:どぉ~れ。

   うん?その方(ほう)は先日参った、茂兵衛(もへえ)ではないか?


茂兵衛:はい、さようでございます。

    実は張り紙にありました魚(うお)でございますが、名を存(ぞん)じおり

    ますゆえ申し上げたく、まかり出(い)でましてございます。


役人:なに、また知っておると。

   ふうむ…さようか。

   こちらへ付いて参れ。


   申し上げます。かの珍魚(ちんぎょ)の名を存(ぞん)じておる者を連れて参りました。


奉行:おおそうか…うん?その方(ほう)は確か、多度屋茂兵衛(たどやもへえ)であったな。


茂兵衛:はい、茂兵衛(もへえ)にございます。


奉行:してその方(ほう)、こたびの珍魚(ちんぎょ)の名も存(ぞん)じておると申すか?


茂兵衛:はい、存(ぞん)じておりまするが、魚(うお)そのものはまだ見ており

    ませぬゆえ、もし万一(まんいち)にも間違(まちが)いましては相(あい)なりませぬもんで、

    念の為に実物を拝見(はいけん)いたしとうございまする。


奉行:それはもっともなことじゃ。

   これこれ、かの珍魚(ちんぎょ)をこれへ持って参れ。


役人:ははっ、ただちに。


   【二拍】


   さあこれじゃ。

   とくと見て調べるがよい。


茂兵衛:ははっ。

    はて、この魚(うお)は干物(ひもの)になっておりまするな?


奉行:うむ、こたびはちと日が経(た)ち過ぎたゆえな。

   やむなく日干(ひぼ)しにして保(も)たせたのじゃ。


茂兵衛:そうでございましたか。

    では失礼を仕(つかまつ)りまして…。


    【二拍】


    ふむ…なるほど…。

    あぁなるほどこれならば手前(てまえ)、存(ぞん)じております。

    それで、申し上げましたる節(せつ)はご褒美(ほうび)の百両(ひゃくりょう)、

    たしかに手前(てまえ)に頂戴(ちょうだい)してよろしいもので?


奉行:うむ、間違(まちが)いなくその方(ほう)につかわす。

   して、何と申すのじゃ?


茂兵衛:ははっ、恐れながら申し上げまする。

    かの魚(うお)の名は、「すてれんきょう」と申すものでござりまする。


奉行:…なに?いま何と申した?


茂兵衛:「すてれんきょう」にございまする。


奉行:「すてれんきょう」、とな…!?

   【床を扇子で叩いて】

   多度屋茂兵衛(たどやもへえ)、不埒(ふらち)であるぞ!

   この魚(うお)はな、過日(かじつ)その方(ほう)が「てれすこ」と申した魚(うお)を日干(ひぼ)しにいた

   したものぞ!なにゆえ名前が変わるのだ!

   さては褒美(ほうび)欲しさに目がくらみ、知りもせぬ名を騙(かた)ったか!

   上(かみ)を偽(いつわ)る不届(ふとど)き者め!

   吟味(ぎんみ)のうえ、受牢(じゅろう)三月(みげつ)を申しつける!!

   召(め)し捕(と)れィ!


役人:これッ、立てッ!

   不届(ふとど)きな奴め、さあ引っ立てろッ!


茂兵衛:【つぶやくように】

    うぅ、欲に目がくらんで、柳(やなぎ)の下に二匹目のドジョウがいるよう

    に見えてしまった…。


語り:さあ大変な事になりました。

   取り調べの末(すえ)、確かにこれは褒美(ほうび)欲しさに適当な名を騙(かた)ったに相違(そうい)

   ないと一決(いっけつ)いたしまして、いよいよお裁きの日を迎えます。

   お白州(しらす)に引き出されました多度屋茂兵衛(たどやもへえ)、やせ衰え、やつれた顔を

   うなだれて悄然(しょうぜん)と砂利(じゃり)の上に控(ひか)える。

   正面にはお奉行(ぶぎょう)様、左右には目安方(めやすかた)公用人(こうようにん)、同心(どうしん)たち

   がずらりと居流(いなが)れます。


奉行:多度屋茂兵衛(たどやもへえ)、その方(ほう)、「てれすこ」と申せし魚(うお)をまた、「すてれ

   んきょう」と申し、上(かみ)を偽(いつわ)る不届(ふとど)き者。

   重きお咎(とが)めもあるべきところなれど、上(かみ)の慈悲をもってその方(ほう)に

   打ち首を申しつくる。

   最期(さいご)に望みあらば、上(かみ)においてその願いを叶(かな)えつかわす。

   酒、たばこ、なんなりと申してみよ。


茂兵衛:…ありがとう存じまする。

    叶(かな)うことでございましたら、何とぞお慈悲(じひ)をもちまして妻子(さいし)に

    ひと目(め)、お会わせ願いとうございます。


奉行:妻子(さいし)にひと目(め)会いたいと申すか。

   良かろう。

   これ、茂兵衛(もへえ)が妻子(さいし)をこれへ連れて参れ。


役人:ははっ。


   【三拍】


   さあ、中へ入るがよい。


女房:お前様…!


茂兵衛:!?お前、そんなに痩(や)せてどうしたのだ…!?

    わたしは受牢(じゅろう)の身ゆえ仕方(しかた)がないが…もしや、病(やまい)なのか…!?


女房:いいえ、病(やまい)ではございません。

   お前様が受牢(じゅろう)になってから、一日も早く身(み)の証(あか)しの立つようにと

   神仏(しんぶつ)に祈っておりました。

   火の通(とお)ったものを口にしない、火物断(ひものだ)ちの断食(だんじき)もしようとしました

   が、それではお乳(ちち)が出なくなって子供が可哀想(かわいそう)ですから、蕎麦粉(そばこ)を

   水に溶(と)いたのをいただいております。

   かようにやつれたのは、それがためにございます。


茂兵衛:そうか…それほどまでに苦心(くしん)して、わたしの為に断(た)ち物(もの)をしてい

    てくれたのか…。

    だが、わたしはもういけない。打ち首という事に決まってしまっ

    た。


女房:そ、そんな、お前様…うっ、うぅぅ…。


茂兵衛:泣くでないよ。仕方(しかた)のない事だ。

    これも定(さだ)まる因縁(いんねん)と諦(あきら)めるより致(いた)し方(かた)がない。

    思い残す事が無いと言えば嘘(うそ)になるが、なにより一つ、

    お前に言い残しておきたい事がある。

    よく聞いておいてくれ。


女房:は、はい…おっしゃって下さい。


茂兵衛:いいかい、その子供が大きくなった時に、イカの干(ほ)したものを

    決してスルメとだけは言わしてくれるなよ。


語り:妙な事を言うと思った方もおられるでしょうが、昔は今と違い、

   控訴(こうそ)するという事ができなかったのでございます。

   例えば先のスルメを例に挙(あ)げますてえと、

   「イカは生(なま)の状態ならイカ、干(ほ)して干物(ひもの)にした物をスルメと申しま

   す。ですので「てれすこ」は生(なま)の、「すてれんきょう」は干物(ひもの)に

   なった状態を指します。」これができないわけです。

   「黙れッ!」と頭から威圧されますてと、もう二の句(く)が継(つ)げなくなって

   しまう。

   これが為に、お奉行(ぶぎょう)へ申し上げるわけにはいかないから我が子への

   遺言(ゆいごん)という形で申し開きをしたと、こういうわけであります。


奉行:!

   おお、多度屋茂兵衛(たどやもへえ)、その方(ほう)の言(い)い訳(わけ)、相立(あいた)った!

   即刻(そっこく)無罪を言い渡す!


女房:えッ!?お、お前さん…!


茂兵衛:わ、わたしが…無罪でございますか…!?

    あ、ありがとう存(ぞん)じます…!


語り:茂兵衛(もへえ)さん、手の舞(ま)い、足の踏む所を知らず、女房(にょうぼう)と抱(だ)きあって喜び

   ました。それもそのはず、わずかスルメの一枚で命が助かった。

   しかしこれは助かるのはもちろん道理(どうり)でして、


   女房(にょうぼう)が火物(ひもの)(干物(ひもの))断(だ)ちをしたからでございます。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


三遊亭圓生(六代目)



※用語解説


・金子(きんす)

お金の事。


・沙汰(さた)

この場合の沙汰は、決定した事などを知らせること。


・沽券(こけん)にかかわる

品位や体面、信用、あるいは名誉に差し障りがあること。


・不埒(ふらち)

道理に外れて不届きなこと。


・受牢(じゅろう)

牢屋にはいること。


・控訴(こうそ)

判決に不服がある当事者が、さらに上級の裁判所(控訴裁判所)に判決の

再審理を求める手続き。


・手の舞い足の踏む所を知らず

有頂天になって、われ知らずに体が躍りだすことにたとえる。


・百両(ひゃくりょう)

一両は約八万円。

したがいまして、約八百万円なーりー。


・目安方(めやすかた)

江戸時代の町奉行所に属していた役職で、訴状(目安)の整理や奉行の

陪席を務める「内与力」の一つ。




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