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第4章 太宰治文学からの救いと危うさ


修一は一年生の冬休みに太宰治集を買って読み始めた。当時、太宰はまだ人気作家だった。太宰文学から与えられた影響は、龍之介集を読んだときに感じた「客観的な社会性ある知的啓蒙性ある文学」と言うものとは全く異なった印象だった。

昭和23年に書かれた「人間失格」を幾度も読み返した。その後「斜陽」と「ヴィヨンの妻」を読んだ。その他の随筆的なものは敢えて読まなかった。

太宰治の私小説風と呼ばれる作品「人間失格」、「斜陽」、「ヴィヨンの妻」の三作品は、戦後のなか2年間で書かれたものとあった。

それらはいずれも孤独感を覚えさせる暗い内容であり、全体を通して虚無的であり、頽廃的な破滅性を帯びた物語だった。

特に「人間失格」は、主人公の「私が」手を変え、品を変え自己卑下し、道化師を演じるという描写は、修一に同意を求めると同時に優越的な安堵感を抱かせた。太宰作品は詩的な文体、独特な情緒、優れた小説技巧とドナルド・キーンが解説に書いているように、当時、文学に未熟な修一を夢中にさせ、魂を吸引する力があった。感情の移入というよりも、もっと大きな悟性の移入が起きたという印象だった。


太宰作品の二番目に読んだのは「斜陽」。戦後の混乱期である昭和22年2月から書き始め、わずか10カ月後に単行本として出版されて、脚光を浴びた小説。

この斜陽に拠って太宰は流行作家になれた、と修一は知った。

さらに「ヴィヨンの妻」を3月に発表。11月に愛人大田静子との間に娘が誕生。昭和23年2月「人間失格」を書き始め完成させた。このような彼の自伝を知った修一は尊敬と侮蔑する青年であった。

その年の6月に或る女性と玉川上水にて入水。三十九才でなくなると記してあることに、人間に対する裏切り者という感覚を修一は覚えた。さらに自殺心中を五回も試行した複雑な人生を生きた作家であることを知り、若い修一は失望を禁じ得なかった。

太宰治は青森の豊かな家庭で育ち、一見すると恵まれた環境に生まれ、問題のない人生と思われがちであるが、「解説や年譜」欄を読み解くと、晩年期の小説に描いている苦悩や苦痛を抱え、それを乗り越える手段として、自ら波乱万丈の短い人生を創り、生きながら得た人間・作家だとわかった。

小説の技巧が抜群に上手い太宰が、戦後の変化が激しかった晩年期に書いた三作品を読んだ十九歳の修一にとり、その度に太宰治の文章は、特に「人間失格」は、人格が未成熟な青年だった修一にとり、主人公がその感覚と思想と語り掛け、グイグイと修一の皮膚の中へと入り込んで来る強烈な読後感であった。

修一には、この時に感情の移入と言われる体験を有した記憶が強くある。

そして修一が初めて堕落性を帯びた感覚と生活を始める体験を持った瞬間となった。

太宰の小説技法は、一人称でもって語り掛けるような繊細な文章であり、プロット展開が上手な手法であり、伝記風の物語であり、主人公のキャラクターに感情を移入することが容易であり、そして修一はこれらを度々経験する羽目になった。

修一は、この当時、親や世間から授かる価値観で生きる未熟な若者であった。修一がこのような価値観を自己否定し、みずからの価値観を築いたのは、二年後の

ことであった。


太宰治は生まれた環境と、その後の挫折や屈辱、屈折した体験が複雑なコンプレックスの塊と化し、猛烈な孤独感と虚無感を抱いており、薬物中毒に悩むなど、極めて複雑な境遇の人生を生きたと人物だと修一は理解した。

そして修一も当時、田舎者、野菜農家の子供、貧乏などの五種類ほどの要素を抱えた劣等感のかたまりの若者であった。またこの時は、読書仲間がひとりも居なく一人で読書をするという孤独な若者だった。太宰と同じ「照れる」というナイーブな性格も持ち合わせて居た。これらが相まって太宰治文学の世界へ共感し入り込んで行った。


厳しいビジネスマン人生を送りキャラクターが変貌して居た修一が、退職後に若い年代に影響を受けた文学作品を懐かしく読み返す体験を有した。諸作品は色な想いを持って読み返すことが出来た。しかし太宰の「人間失格」だけは、感覚が付いていけずに幾度も跳ね返され、遂に読み終えることが出来なかった。


「斜陽」の登場人物に付いての白水修一の知識と想いと思い出;

元華族のとても上品であり本物の貴族であるお母さま。

三十才になる離婚歴あり、札付き作家上原の愛人を志望し、子供を授かることを願望する娘のかず子。

モルヒネ中毒の戦地引き上げ者であり「人はみな同じ者」という言葉に耐えることができないと言いつつ、姉への遺書を残し自宅で自殺する弟の直治。

この三人の家族の短い期間の生活を、娘のかず子という女性からみた没落貴族の落ちぶれ滅んでいく様の運命について、女性独白という形式で描いた巧妙な小説という思いを新たに致した。文章がとても平易であり、プロットも変化に富んだ割に分かり易く、登場人物の性格描写も明確であり、とても読みやすく面白い物語であった。発行当時にベストセラーとなり「斜陽族」という社会現象が、修一の中学生時代に起きた事を懐かしく振り返った。

修一がネットで調べると、作家大田治子対談のアップ記事があった。小説「斜陽」の元となる日記を提供したのが治子の母であり、歌人であり、太宰の愛人だった大田静子であること。母から父が太宰であることを聴かされていたと述べていた。


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