第11章 大学生活の後半期における文学体験
この期間の一年半は、やっと農作業の手伝いから解放され、友人が間借りする部屋に同居。昼間は大学の授業に明け暮れ、夜は毎夜遅くまで友人と二人で人文科学系の学問および理工系の専門書の学究に誠心誠意努力した歳月である。
<<<読書会および合宿体験による人格形成>>>
学生YMCAを拠点とした読書会や合宿という体験を経て、また他の文化活動を通じ友人が出来てから、白水修一の文学体験は豊かになった。その時代の印象に残る作品群。
(1)オスカー・ワイルド著「獄中記」
英国のオスカー・ワイルドが同性愛の罪で相手の父親から告訴され、有罪となり、牢獄で二年間の獄中生活を余儀なくされた。その刑期の終わり頃に心情をつづった聖書の一部に匹敵する随筆である。
ワイルドは、19世紀末、英国文壇の寵児として、絢爛たる才能を小説、戯曲、評論などで文才を発揮する。
しかしながら自由と名声と地位と財産を一夜にして喪失。その上に大半の人々から嘲笑される身に転落。牢獄にて始めは悶々とし、忍従の精神を学び、そして運命を受け容れた。
監獄のなかにおいて、自己を静観する心を学ぶという精神の経過を(天国から地獄かつ絶望心に、そして立ち直りつつある過程を)随筆に書き留めた懺悔の秀逸な書である。
修一は、聖書研究部に所属して居たので聖書もよく読んだが、結果的にこの
「獄中記」が暫くの間、人生のバイブルであった。
「・・・苦悩はきわめて永い一つの瞬間である。これは季節に分かち得ないものである。ただ、その情感をしるし、その訪れを書きとどめうるばかりである。」
「繁栄、快楽、成功、それらの本質は粗末で中核は平俗なものでないとは言えない。
しかし悲哀はあらゆる造化物の中で最も敏感なものである。心のあらゆる隅々に起
こるものの何一つとして、悲哀がそれに触れて激しく絶妙な鼓動に慄えぬようなものはない。・・・・・・・・・・。
悲哀とは、愛のほかの如何なる手が触れても血を噴き出す傷痕である。否、愛の手が触れる時すらも痛苦でこそなければならないし、血がにじむものである。」
ワイルドは悲哀こそが人が生きる上で体験する真実の、かつ真理の情感であると悟ったと言っている。
修一も上記の一説を暗記して、みずからのバイブルとし生きた覚えがある。さらに、似たような事柄が書かれた箇所を暗唱していたものである。
それと判決を言い渡される法廷を出る時に、大勢の視線が嘲りの軽蔑した眼で彼を見たが、独りの友人だけが敬愛の眼差しで見てくれ、
敬意を示す行動を取ってくれたことを、この様な最悪の状況の中で、この様な態度を取る友人こそが真の友人だと感じたという一節も、長い年月、修一の生きるモットーとなっていた。
聖書研究部に居ながら聖書の一説よりも、上記の事柄を修一の生きる上でのヒューマニズムのいしずえに致していたものである。
(2)「されどわれらが日々」・・・柴田翔著
東大の文学部教授の柴田翔氏が書き芥川賞を受賞。昭和39年8月に単行本として出版。
修一の持つ版は第10版であった。わずか10カ月の歳月。発売時にいかに若い人に人気があったか伺える小説である。
この本も学生YMCAの読書会のテキストである。
東大の大学院の学生だった柴田氏が、60年(昭和35年)安保闘争にどこまで関与したかは、いまだに修一には分からない。
しかし私小説風に語られるこの小説の主人公の大橋文夫もまた東大の大学院生として登場し、小説の背景は60年安保闘争に参加する学生だった友人達と、東京女子大学生である恋人の節子との絡みである。
彼らとの出来事を「長い手紙」と言う思想や心情、感情、態度が分かり易い形式で書かれた物語であった。従って読者には理解し易い形式と内容の小説だった。
不明だったのは、どこまでが真実であり、何処からが想像の世界の虚構かが、昭和40年当時、二十歳の地方都市の一学生白水修一には判断が難しくあった。
それゆえに結構、真実の物語として感動と興奮と羨望の眼差しで読んだ記憶が鮮明に残る小説である。
(3)「永遠なる序章」・・・椎名麟三著
この「永遠なる序章」という椎名麟三が書いた小説は、修一が学生YMCA読書会にて、自分の考えた意見・感想を初めて堂々と発言出来たテキストとしての印象深い代物である。大学三年次の秋季の終わり頃のことだった。
余談で思い出すと読書会が終わり駅に向かう修一を、同席して居た女学生・有沢が追いかけて来て「白水さん。少し感想を聞かせてください」と呼び止められた。
白水と有沢は、市街地の中央部にある釜めし屋に入り込み、三時間も「永遠なる序章」に始まり、文学全体について語り合った。
次も逢う約束を交わしたが、故有って実りのない男と女の関係で終わった。
椎名麟三の「永遠なる序章」は太宰治の小説に比較すると、とてつもなく難解な内容であり、観念的であり、かつ文章が難しい小説である。
読書会のテキストでなければ途中で読むことを止めて居たと思う。椎名麟三がクリスチャンゆえに選択されたテキストだと修一は思う。
主人公の砂川安太は義足であり、肺結核を患い、医師から余命が長くないと言われており、身寄りもない貧困。
安宿に泊まっている貧乏な労働者というギリギリの状況が設定されている。これらのことが不思議でない戦後直ぐの時代であった。
しかし明るく希望を持ち優しい人物設定に描かれて居た。インテリで医師の青年とその妹、宿の女将などが登場する。
生きるとは何か。人間、どこまで耐えることができるか。希望と絶望とはどう違うか。幾つも主題が見付かる複雑な内容であるが、意外と同年代で読んだ人が多い作品だった。
この当時、他に修一にとり、印象深い作家と作品は次の通りである。
◆スタインベック;怒りの葡萄
◆石川達三;青春の蹉跌
◆森鴎外;雁
◆下村胡人;次郎物語
◆大原富枝;婉という女
◆三島由紀夫;金閣寺
◆サン・テグジュペリ;星の王子様
◆川端康成;雪国眠れる美女山の音
◆福田恒存;随筆:人間この劇的なるもの、随筆:芸術とはなにか
◆谷崎潤一郎;鍵
◆大江健三郎;性的人間
◆パール・バック;大地
◆メルヴィ;白鯨
◆O・ヘンリー;短編集
◆カフカ;変身、審判、
◆シュトルム;みずうみ
◆ヘルマン・ヘッセ;知と愛
◆トーマス・マン;ヴェニスに死す
◆ドストエフスキー;カラマーゾフの兄弟(第3章)、罪と罰、地下生活者の手記




