第9章 カタルシスについて(魂の浄化と芸術の力)
(注釈。カタルシス=悲劇の与える恐れや憐れみの情緒を観客が味わうことによって、日ごろ心にうっ積されていたそれらの感情を放出させ、心を軽快にすること)
この様に文学の優れた作品は、我々を希望と勇気ある生き様へと導く。あるいは逆に絶望と不安へと、交互に導く。また人間性における美しさと同時に醜さも曝け出す。虚無や絶望、そして希望や光明。
これらが交差する行程に乗って、作者が描く物語の中へ読み進むときに想像力を駆使し、自分自身をその中へ感情移入する。そのときに我らの自我の内面にその精神作用が魂のカタルシスを覚醒させて心身を浄化し、精神の破壊、破滅や衰弱の危機から救ってくれる。
その時、暫らくの間は、精神の自律と安心・安定状態に回帰したものであったと、修一は振り返る。
そして、白水修一は瞑想し次のような論理を見出した。
人が何がしかの仕事をこなし生きていく時に、誰しもが時として体験する難局や苦難、苦痛。
それを打破し乗り越えるため、人々はその方法を学び、努力し、研鑚し、それらからの突破を目指す。
その様な行程を長く続ける時に人は、ストレスの蓄積という目に見えない疲労の根源を体内に背負うこととなる。
これは真剣に仕事に打ち込む人々が、誰しもが経験する事態である。
その事態を超越する手段のひとつが、芸術に触れることで味わうカタルシス作用による効果にあったと、修一は信じた。
文学という芸術が有する要素。それは、すなわち想像力や概念化能力、物語性の創造力などのスキル向上の機会付与、さらには芸術の神髄でもあるカタルシス効果の発揮、そして読書することに依る生きていく上で役立つ諸々の智恵や知識の啓蒙、そして人間性への深い理解の手助け、西洋文化を知り触れる機会など、多面的な要素を帯びた芸術だと思う。




