第一章.金の虚像と剣の花 1
揺れている。
一定の間隔で感じる揺れで、フィーラは目を覚ました。
まず目に映ったのは灰色の布。すこし首を捻って横を見ると、視界が目にも留まらぬ早さで変わっていく。腕を動かそうとするが、なぜだか上手くいかない。脚も動かない。
フィーラは男に荷物のように抱えられていた。辺りは木ばかりで、まだ森を抜けていないことが知れる。男は人一人抱えているとは思えない早さで走っている。
自分の体に目をやると、大きな布がぐるぐると体に巻かれていた。どれだけ巻いたのか、フィーラの手足が動かないのはこの布のせいらしい。
ずっと同じ体勢で担がれていたせいで体があちこち痛い。できるだけ大きく、しかし実際には小さく身じろぎすると、気配に気付いた男が肩の上のフィーラを見た。
「気付いたか。つらいだろうが、しばらくこの体勢で耐えてくれ。町に着くにはまだしばらくかかる」
男の口調から、本当にフィーラを気遣っているのがわかった。でもフィーラは男に気を許すつもりはさらさらない。思えば、この男の名前さへ知らないのだ。どうして他人であるこの男を信用することが出来ようか。
その上今、フィーラの頭の中はエンマのことでいっぱいだった。
「エンマは?まさかあのまま置いて来たの?私はエンマに触れてさえいない。エンマの所に戻る!エンマはどこ?会わせてよう!」
目を瞑れば、すぐにエンマの優しい笑顔が目に浮かぶ。
フィーラの一番大切な人。
「セシリアにあの女を埋葬するように言った。手短にすませるだろうから穴もあまり深いものは掘れないだろうが、後で他の奴に行かせてちゃんと土を盛って墓を作らせる。残念だがもうあの女には会えない。死んだんだ。おまえも分かっているだろう?」
男の声には、自分より弱い子どもへの哀れみが含まれていた。
フィーラの頭の中をぐるぐると回る残像。青白いエンマの顔。腹から流れる血。床に広がる血の海。閉じた瞼。
嘘だ。あんなの嘘だ。
「そんな、そんなわけない。まさか、そんな。どうしてエンマが」
フィーラは目の前で自分の世界が音をたてて崩壊していくのを感じた。
頭の中が真っ黒く塗りつぶされる。信じたくない。嘘だと笑い飛ばしたかった。エンマがこの世にいないなど、そんなことがあり得るのか。
山奥に閉じこめられていたフィーラにとって、エンマだけが唯一無二の存在だった。
エンマがシンダ?
死、んだ?
……死?
「ぁ、あ、あ、ぃいやあああああああああーーー!!」
嘘だ嘘だ嘘だ!
「っひ!」
急に息が出来なくなった。苦しい苦しい。助けて、エンマ。
口をぱくぱくと開けるけれど、上手く息を吸うことができない。
どうしよう。どうしよう。
フィーラは完全にパニック状態に陥っていた。
「っち!落ち着け。ゆっくり息を吸うんだ。ほら」
男は足をゆるめて辺りを見渡し、石の転がっていない場所を見つけると、フィーラをゆっくりと地面に下ろして背中をさすった。
フィーラは深く息を吸う。
そして吐く。
単純な動作がひどく難しく感じた。いつもどうやって呼吸をしていたのか、わからない。
そんなフィーラの背を男は辛抱強くさすってくれた。おかげでだいぶ楽になった。
「よし。もう大丈夫だな?まだ少し休ませてやりたいが、今はゆっくりしている暇がない。できるだけ早く山を出たいんだ」
男は乱暴とはいわない程度の動作でフィーラを担ぎあげ、走り出した。
フィーラは無言だった。目は空虚を映していた。
フィーラの頬を、一筋の涙が通った。