序章.万緑の中の静寂 1
シリアスな雰囲気の作品に初挑戦です。
見切り発車なので、後々大きな矛盾点が出てくるかも知れないある意味とてもスリリングなお話です。拙い文章ですが、どうか暖か~く見守ってくださいな。
尚、これは戦争を助長したり批判したりする目的で書いたわけではありません。
また、残酷な表現が所々に出てくると思われますので、気分が悪くなった場合は直ぐに読むのをやめてお戻り下さい。
辺りの大地は色とりどりの緑に覆われ、見渡す限り山々が連なっている。まだ人の立ち入ることのない、両国の境界線に位置するこのリドアンス山脈。鬱蒼と茂った草木は人の行く手を拒んでいるようにも見える。天に昇る太陽からの照りつけるような光も、背の高い木々によって遮られ、山の中は薄暗い。
人の居ないはずのそこに、剣と剣を打ち付け合う、鋭い金属音が響いていた。
少し開けた明るい場所で男女が激しい攻防を繰り広げている。どちらの動きも剣筋が見えないほど速く、的確で隙がない。
「っは!」
少女が一瞬の隙を突いて間合いを詰める。男の腹に向けて右横から剣を振るう。
男はそれを己の剣で軌道をずらしてかわし、後へ素早く飛んで間合いを取る。両者が見つめ合う。訪れる静寂。攻撃のタイミングを図っているのだ。だが、それも数秒のことだった。
両者が同時に前へ一歩踏み出す。
力が真っ正面からぶつかり、当然力の強い方が弱い方を跳ね返す。
少女の剣が後方へ飛んだ。
男の剣が美しい弧を描いて少女の首を狙う。少女は寸前で体を屈めて避け、そのまま男の鳩尾目がけて拳を突き出す。男はそれを予期していたかのように体を後へずらすと同時に、反動を利用して少女の腹を蹴る。それは流れるような美しい動作だった。しかし見かけとは違うその凄まじい威力に、少女の体は横へ吹き飛ぶ。
咄嗟に腹を庇って受け身を取るが、体勢を整えるのが少し遅くなった。その間に男は素早く少女の元へ移動し、止めの一撃とばかりに剣を突きだした。
首元に迫る剣先を、今度は避けきれない。
その切っ先は少女の肌の1ミリ手前でぴたりと止まる。
少し息の上がっている少女は、荒い呼吸で胸が大きく上下している。少女の大きな水色の瞳が悔しそうに男を見上げると、男は剣を鞘に戻した。
「甘い。正面から突っ込んだところで、お前が勝てるわけがないだろう」
男は呼吸一つ乱れていない。灰色の瞳はいかにも涼しげだ。
「今日はこれで終いだ。フィーラ」
悔しさに唇を噛みしめる少女に一瞬目を向け、もう用は無いとばかりに颯爽と去っていく。
少女の目は、それを少し寂しそうに追う。男の背が暗い森に紛れて見えなくなると、少女は反対方向に歩き出す。
黄金の髪が光を集めて輝き、目映い光を放っている。背中の中ほどまである髪は、今は高く一本に結ばれ、少女が動くたびにさらさらと揺れる。
飛ばされた剣を拾い上げ、慎重に剣を見つめる。刃こぼれはないようだと、ほっと息を吐いた。
刃こぼれは直すのが大変だ。何しろここは山奥で、近くに鍛冶屋はないし、剣を作る鉱石も簡単には手に入らない。
また負けた。
少女は今まで、マグラスと言うあの男に勝ったことがない。体格差や今まで培ってきた経験を考えれば当たり前のことなのだが、それでも少女は気にくわなかった。
少女は太い一本の木を見上げると助走をつけて跳ね、木の枝に昇り、枝から枝へと飛ぶように走る。少女が着ていた褪せた麻のような薄い衣が、空気の抵抗を受けてひらひらと舞い、少女は妖精のように森を駆ける。
少女にとって、この山は庭だ。この山の中で迷うことはない。
日の光を反射して輝く湖の畔まで来ると、木からふわりと降りた。透き通った湖は少女の瞳と同じ鮮やかな水色で、水はどこまでも透き通り、魚が群れを為して泳いでいるのが見える。
マグラスに負けると、決まって少女はここに来る。
石を拾っては湖に投げ入れ、溜まった鬱憤を晴らすのだ。それにこの美しい湖を眺めると、不思議と心に爽やかな風が吹き、穏やかになれる。
少女は真っ直ぐに湖を見つめる。強い意志を帯びて、濁りがないその瞳は、清純な彼女の心が滲み出ているようだった。薄暗い山の中ではあまり日に焼けることがないのか、少女の肌は雪のように白く、剣を持つ腕は、先ほどの剣捌きからは考えられないほど細い。
湖畔に腰を下ろすと後に倒れ込んで大の字になる。
水面を通ってくる風は涼やかで気持ちが良い。少女は目を閉じて全身で風を感じた。