先輩は第◯王子
同じクラスの第4王女のケイちゃんが「アタシがファーストフード奢っちゃうわよ!」と豪快で魅力的な提案を言ってくれた。本当は行きたかったけど、部活があると聞いていたから、行けなかった。
でも……ぼくの勘違いだったみたいで部室の入り口に行ってみたところ、『本日はお休み!』とホワイトボードに記入されていた。
(残念……。みんなと一緒にファーストフード、食べに行きたかったなぁ……)
仕方がないため、男子寮に戻ろうと思っていたところ、なぜかドアがわずかに空いていて……誰かのため息が聞こえた。『どうしたんだろう?』と思い、わずかな隙間から誰がいるのかバレないよう密かにのぞいてみる。
すると、そこにはダン先輩の姿が。声を掛けようかと思ったけど……いつもの彼と違っていた。
まず、気になったのは髪型である。いつもは前髪を下ろしているのに、今日の彼は髪を上げていて、オールバックだった。
次に、気になったのは制服。一般科は学ランなのに、先輩はジャケットを着ていた。それに、身につけているネクタイの柄がチェック模様だった……。何か事情があるのだろうか?
先輩に話しかけることはしないで、自室に戻って、すぐパソコンを開く。ルルも同じタイミングで、いつもの従魔スタイルになる。
「サラちゃん、焦ってるね。どうしたの?」
「ダン先輩の着てた制服が、いつもと違ったんだ! なんでだろうと思って……」
すぐにネットで『ザダ校 制服』と調べたところ、やはり『一般科の男子生徒は学ランで、女子生徒はジャケットです』と書かれていた。
「えー! 先輩も男子生徒だから学ランのハズなのに、どうして今日はジャケットを着てたんだろう?!」
「私服なんじゃない?」とルルは何も気にならないようだが、ぼくの隣に来て、一緒に画面を見てくれた。
「でもさ、私服だったら……お外へ遊びに行くのだから、笑顔で準備しない? あのダン先輩が珍しく、ため息をついてたんだよ〜」
「サラちゃん、下の方をスクロールしてみて? なんか違う制服が検索で出てきてない?」
ルルが眉間に皺を寄せながら、該当する箇所を画面に触れて教えてくれた。
「あっ! さすがルル! これだよー!」
ぼくは見つけてくれたルルの頭をヨシヨシしながら、該当する画像をクリックしたところ――驚くべき内容が記載されていた。
「えっと〜。『こちらは特別科の制服です。男子生徒はジャケットになります。チェック柄のネクタイ、かっこいいですね』」
(ん? 特別科……? とくべつか?!)
「えぇ? ……えぇ! なんで特別科の制服を着てたのー?!」
ぼくは驚きでつい震えてしまう。
目を閉じて、あの時見た先輩の制服姿を再度思い出すけど、ダメだ……。先輩が着ていたのは、やはり特別科の制服だった。そして、ぼくは入学式初日、校長先生が言っていた恐ろしい事実を……ルルと共有する。
「ルル、これはとてもまずいかも……。特別科の生徒は王位一桁の王子様だと言ってた……。その定義が当てはまったら、ダン先輩は第1位から9位のどれかが当てはまるってことになる。アダムさんより上位だ……」
「サラちゃん……。でも、先輩のアザを見てないんでしょう? 人間以外なら、あなたと同じでどこかにアザがあるはず。もしかしたら、先輩はたまたまコスプレしてたのかもしれないわよ?」
「コスプレッ……!」
ルルの言ってることが全く意味わからないけど、面白くて……ぼくはツボに入ってしまった。しばらく笑った後、先輩とのエピソードを思い返してみたけど、アザはなかった気がする……。
「でもさ……ぼくみたいに、服で隠れる場所にある可能性もゼロではないよね?」
「そうね。どっちに転がってもいいよう、身を引き締めるしかないわね! だからこそ、栄養補給よ! というわけで……サラちゃん、わたしパスタが食べたい気分〜」
「わかったよ〜! 今日はトマトとひき肉のパスタにするね。このオレガノって香辛料を最後にかけると、さらにおいしいんだよ!」
確かに、ルルの言う通りだ。腹が減っては戦はできない!
お友達とのファーストフードは、どこかのタイミングで行けると信じて……今日はルルと一緒に、夕食を楽しむことにした。
それから2日後――この日はちゃんと剣術部の活動が行われていた。残念ながら双子はお休みだったが、ぼくはいつものように、先輩と二人で手打ちをしながら、休憩も取っていた。
(うーん、今日もぼくが負けてしまった。体格差があり過ぎて、いつも力負けしてしまう……勝てる日は来るのだろうか?)
そう思いながらも、胸の中に湧き上がる「絶対に勝ちたい!」という思いに突き動かされて、休憩の合間にも木刀を握り、何度も素振りを繰り返す。
一方、ダン先輩は同級生のお友達からいただいたらしい差し入れの炭酸水を飲もうとペットボトルの蓋を開けていた。
プシュウウウウ!
炭酸水の泡が思いっきり飛び出す。そして、その中身がたくさん漏れてしまったのか……先輩の手がびしょびしょになっていた。しかも、先輩は……なぜか左手に包帯を巻いているため、取り替えないといけない。先輩は思わず「しまった……!」と呟く。
「あぁー! 大変! そうだ。ダン先輩、ちょっと待ってください!」
(よかった〜。イレギュラーな出来事でサラシが外れても大丈夫なよう、常に包帯をカバンに入れといて……。でも、なんで先輩も包帯を巻いてるんだろう。まさか?!)
ぼくは嫌な予感が当てはまらないことを祈りながら、カバンの中から包帯を取り出して、「ダン先輩、これどうぞー!」と先輩に手渡しした。先輩は、急いで取りに行ってすぐに戻ってきたぼくの姿を見て、「ありがとう」と微笑む。
その後、何か考え事をしているのか、ぼくが渡した包帯をずっと見つめている。
(困っていそうだから渡したけど、何か気に障る行為をしちゃった?)
ぼくが困っていると先輩は察したようで……覚悟を決めた表情をしながら、彼の方から声をかけてくれた。
「サラ……。君はわたしと同じ数少ない剣術検定1級保持者だ――君だけに伝えておきたいことがある」
「えっ?」
何を言うのか、とても怖い――。
「ダン先輩……?」と思わず震える声が漏れてしまった。
だが、先輩はそんなぼくの反応をまるで気にすることなく、びしょ濡れの左手に巻かれた包帯を無言で外し始めた。
そして、むき出しになった手の甲をぼくに向けると、静かにこう言った。
「わたしは……王族なんだ」
「あぁっ!」
どうしよう。嫌な予感が的中してしまった――しかも、最悪な形で。
王族だろうとは薄々思っていたけれど、まさか第二位だなんて。
(予想の斜め上すぎる……!)
ダン先輩の方から見せてくれた箇所をじっくり観察すると、「2」の数字と鬼のような角を象った模様が刻まれている。それは、紛れもなく王族であり、鬼族だという証だった。
(第2王子ってことは……かなり上位じゃないか!)
「ダンダダンダンダダン……!」
「ダン先輩」と言いたいのに動揺しすぎて、自分の思うような声が出せなくなっていた。
(むしろ……歌ってるみたいになってない?!)
「すまん! 動揺させて……」
あっ! このままだと先輩も困ってしまうと思い、数回深呼吸してから、返事をする。
「いや、あの。そうだったんですね。ぼくは知らずに、失礼なことを……」
謝ろうと頭を下げかけたその瞬間、先輩が一歩前に出て、ぼくの目の前で手を差し出した。
「……謝ろうとしないでくれ」
その声は静かだけど、どこか強い意志が込められていて、ぼくは思わず動きを止めた。
「ちなみに、一般科の生徒でわたしのことを王族だと知っているのは今のところ、君だけだな……」
「えっ? 本当に……」
(なんで、ぼくに言おうと思ったのだろう? ちょっと気になる……)
すると先輩はぼくの思っていたことを察していたみたいで「わたしにはまだ弟や妹がいないが、君はなんだか弟みたいで……かわいいと思ったからだ」と、まっすぐな目で言われた。
「えぇ!? うそ……」
(かわいい、って……今、ぼくのこと?)
頭の中で言葉がぐるぐると回り、頬がじんわりと熱くなっていくのがわかった。
先輩からのまさかの言葉に照れつつも、あの目撃した日に特別科の制服を着てた先輩の姿を思い出す。
アザを見てしまったからには、聞くしかない。
「じゃあ……先輩は。本当は、特別科の生徒さんなんですか?」
「そうだ。でも訳あってね、今年から一般科の生徒たちの様子も見ることになった。今は一般科と特別科を併用してる感じだ。特別科には部活という概念はない。でも、一般科だと剣術部がある。わたしも君と同様に、剣術が好きだ。だから、入部することにしたんだ」
(すごい……。特別科と一般科だけでなく、剣術部にも所属してる――三刀流だ)
「大変ですね、ダン先輩……。ぼくが言うのも変な話かもしれませんが、無理しないでくださいね」
「ありがとう」
そう言って、先輩はぼくが渡した新しい包帯を手に取り、慣れた手つきで左手に巻き始めた。
その日の稽古が終わった後、なんと今日は初めて、先輩と一般科の食堂で学食を一緒に食べたのだ。
一緒に食事をするのは初めてだったけれど、先輩は何度も白米をおかわりしていた。食べる量が凄すぎて、『鬼族、半端ないって……』と思いながら、ぼくは毎度恒例のカレーを食べた。水曜日ではないから、理事長のカレーではなかったけど、このカレーも美味しかった。
ダン先輩と別れた後、ぼくは自室に戻り、すぐお風呂に入る。
いつものように鍵を掛けてから、慎重に自分のサラシを外す。
ふと鏡越しに映る自分の姿に目を向けると、左胸には消えることのない王族の証――アザがくっきりと浮かび上がっていた。『このアザがなければ、もっと自由に生きることができたのかな?』と思ったことが何回いや何千回もある。でもこのアザは消えない――ダン先輩と同様に、ぼくも王族なんだと改めて再認識させられた。
そんなブルーな気持ちになりながら、浴槽に浸かり、ドア越しに今日の出来事をルルと話すことにした。
「ルル。ぼくは今日、とても疲れてしまった……。ダン先輩が、第2王子だったんだ……」
「ダン先輩ってとても体格が良いから、鬼族だと思ってたけど、王族だったとはね。確かに、王子様っぽい雰囲気もしていたわ……。でもサラちゃん、そんな殿方と手打ちしてたなんて……あなたの方がすごいわよ」
ルルはぼくが落ち込んでいても、励ましてくれるし、褒めてくれる。そんな優しいルルと話すと、ありのままの自分に戻れた感じがして、リラックスできる。
「ルル、ありがとう。いつも負けちゃうから、とても悔しい。確かに、先輩はとっても大きいだけじゃなく、すごく強いんだよ。ぼくも強くなりたい……そして勝ちたい!」
「いい心構えね! さすがわたしの主人。でもバレないよう気をつけて! 第2王子にバレたら……王宮へ連れて行かれるどころか……もし、彼があなたのことを好きになったら、婚約させられると思った方がいいわ」
突然婚約の話になり、ぼくは豆鉄砲を食らったような顔になる。
「婚約だなんて……ルルってば! ダン先輩がぼくを好きになることはないよ? 先輩と後輩だよ。それに、先輩は第2王子だから、素敵な人に言い寄られて、誰かと付き合ってるかもしれない!」
そうだ――ダン先輩は強いし、学業の両立もできる素晴らしい殿方だ。誰かと付き合ってるに違いない。
そう思っていたけど、ルルは突然静かになってしまった。心配になり、浴槽から出る。
「どうしたの? ルル?」
ルルは下を向いて、どうやら話そうか悩んでいることがある……そんな雰囲気を醸し出していたが「サラちゃん。わたしはあなたの従魔。従魔は主人の魔力をコントロールする以外にも、能力を持っているの――特別な」とぼくの知らない事実を語り始める。
「まず、わたしの能力について話すわ。わたしには、誰が誰のことを好きなのか見える能力があるの。そして、レンゲ様が生きていた頃の異名は――『恋のキューピーラビット』よ」
「えぇ?!」
ダン先輩だけでなく、ルルまで秘密にしていたことを話し始めた。
(その能力とは……好きな人がわかるってことなのだろうか?)
ぼくが半信半疑だったのに気付いて、ルルが早速情報を教えてくれた。
「ちなみに、ダン先輩は彼女いないわよ。今度、聞いてみなさい」
「それって、本当? 占いとかじゃない……?」
「真実よ……」
「じゃあ、ぼくは?!」
ちなみにぼくは「18歳になるまで恋愛はしない!」と言ったけど、ルルは覚えているだろうか?
「サラちゃん、私は覚えているわよ。でもね、今後あなたに好きな人がいても、わたしは主人の恋人を知ることはできないの。逆に言うと、サラちゃん以外の人物であれば、誰でもわかるわ。例えば、アンズちゃんがアダムくんのことを好きとかね」
ぼくは突然、友達の好きな人に関する情報を知ってしまい、「そうなの?」とつい言葉に出してしまった。だって、アダムさんは「幼馴染」と言っていたから。でも、アンズちゃんから誰が好きなのか――聞いたことはなかった。
「ルル、その定義で言うと……ぼくのことを好いている人とかも分かるってこと?」
「そうよ。でも、あなたに教えることはできないの……。だって、あなたの恋愛観を変えるわけにはいかないから。わたしには、言えないように設定されているみたいなの。もし言いそうになったら……フリーズするらしいわよ?」
「えー! さっきまで少女漫画の設定みたいで、ロマンスに溢れていたのに……フリーズって、急にコンピュータの世界観になっちゃうの?!」
ルルの言っている内容に理解が追いついていない気がするし、さすがにここまで連続してぶっちゃけ話を聞くと、ぼくも頭が痛くなってきた。
「サラちゃん、今日は早く寝なさい……。どんな未来になっても、あなたの味方よ。だから、安心しなさい」
まるでお母さんのような口調だ。
ぼくは『まぁ、ルルが応援してくれているからいいや〜』と思い、そのままベッドへ入ることにした。いつものように、うさぎのぬいぐるみを手元に置いて……。『今日は驚くことがいっぱいあったけど、ちゃんと頑張ったよ』と、お母さんに報告するような気持ちで目を閉じた。