剣術部
ぼくは朝から椅子の汚れを落とさないと……と大慌てしてしまったが、無事解決できたこともあり、今日という日を楽しみにしていた。なぜなら、剣術部の見学会が今日の放課後に開催されるのだ。
同じクラスに、双子の兄弟がいるのだが、彼らはぼくの名前だけでなく、ぼくが剣術検定の最上級保持者だと知っていたらしい。それで、見学会があることを昨日のお昼休みに教えてくれた。
ぼくは、このザダ校に剣術部という部活があると知り、単純に嬉しくなってしまった。
さて、そんな待ちに待った放課後がやってきた!
アダムさんたちにバイバイとお別れした後、急いで剣術室の入り口に向かう。そしてノックして、ドアを開けた。
すると、そこには例の双子と、タートルネックのセーターを着た顧問の先生らしき人物がいた。三人で、先に説明のやり取りをしている様子だった。
ぼくは「こんにちは!」と挨拶をして中に入った。
三人の近くまで行くと、顧問の先生の体格に思わず驚く。背がとても高く、筋肉質だ!
茶色の髪を下ろし、同じ色の瞳を持つ先生は、キリッとした表情をしていた。
(そうだ、ネットで調べたことがある! この国にはいろんな種族がいるけど、一番背が高いのは鬼族らしいから、鬼族なのかな?)
いずれにせよ、こういう時は初対面の印象がとても大切なのでハキハキと丁寧に挨拶をする。
「初めまして、顧問の先生。ぼくはサラです! よろしくお願いいたします!」
……ぼくの挨拶がマズかったのだろうか。なぜか顧問の先生だけでなく、双子も大爆笑し始める。
(どうしよう、何か変なこと言った?)
ぼくは焦って、目がグルグル回ってしまった。そんなぼくを見て、先生が笑いながらも自己紹介をしてくれた。
「驚かせてすまない。初めまして――わたしはダン。わたしも君と同じこの学校の生徒なんだ……学年は3年生だ、よろしく」
(ウワァー!)
ぼくは心の中で叫びながら、頭を抱えてしまう。初対面でやらかしてしまった……先生じゃなくて先輩だったんだ! 思わず汗が噴き出る。とりあえず、謝ることにした。
「ごっ、ごめんなさい! えっと、なんとお呼びすれば……?」
「ダンと言う」
「えっと……そしたらダン先輩でいいですか?」
ふと怒られたらどうしようと思ったが、先輩は穏やかな表情で「大丈夫」と言ってくれた。むしろ、ぼくの身体つきを見て……心配された。
「先輩――いい響きだ。ところで君はとても小柄だが、剣術の経験はあるのか?」
(まるで、ぼくが初心者のような言い方をしている……!)
悔しくて思わず、ぷくっと顔を膨らませてしまった。
一応、説明会ということで、カバンの中に入れておいた剣術検定1級の免許証を取り出す。1級所持者はこの国で5人しかいないから、お見せすれば認めてもらえる……そう信じて。
「ちゃんと持ってきました!」
すると同じクラスの双子がぼくの資格証を見て、驚いてくれた。
「すごいね!さすがだ、サラちゃん」
「やるなぁ、サラちゃん!」
なぜか、二人から「サラちゃん」と呼ばれる。
(どうしてだろう……? まぁ、いやな響きじゃないから良しとするかぁ)
ふと双子ではなく、ぼくのことを小柄だと言った先輩の様子を見てみると、なぜか目をキラキラさせていた。『何かアドレナリンが全開に出るようなこと、言ったっけ?』と自分の発言を振り返りながら、先輩に声をかける。
「ダン先輩……?」
先輩は言葉を発さず、あろうことかいきなり――ぼくの両わきを支えて高く持ち上げた。そして、そのまま勢いよく抱きしめてきた!
ぼくは突然の出来事に驚いてしまい、声を上げる間もなかった。一方、先輩は感極まったのか……大声で思いを伝えてくれた。
「すごいッ! わたしと同じ1級保持者がいるなんて……運命だ――!」
「うわぁあああ!」
大変なことが起きた!
他人とこんなに体を密着したことは一度もない。今すぐにでも離してほしいけど……身体が大き過ぎてピクリともしない。これ以上近寄られたら、女性だとバレるのではないかと思い、ビクビク震えてしまう。
(逃げられないのならば……声を出すしかないっ!)
「ダ、ダン先輩……苦しいです……! このままだと息ができなくて、死んじゃう!」
ぼくがなんとか絞り出した蚊の鳴くような声に、先輩はハッとして「あっ、すまない!」と慌ててぼくを離してくれた。
「わたしは嬉しかったんだ……同じ目標に向かって頑張った仲間がいると思うと」
褒められて嬉しい。正直にそう思ったけど、その理由で初対面のぼくにいきなりハグするなんて!
少女漫画でも流石に出会ってすぐ抱きしめる描写なんて……なかなかないと思う。
(違う! 何を考えてた……? ぼくは今、男として学校に通ってるんだ!)
つい女々しい考え事をしてしまったと思い、ぼくは茹蛸のように体全体が赤くなる。
みんなに照れているのはバレている。ならば、本音を言うしかない!
「ダン先輩のお気持ちはとても嬉しいです! でも恥ずかしいです……」
「すまない、サラ。でも、君はとても頑張ったんだね」
先輩は反省するどころか、ぼくの顔を見て、ニコニコ笑っている。なんだか自分の方が悪いみたいで、とても気まずい……。
そんな様子を見ていた双子は、「夫婦漫才みたい~」と冗談を言いながらニヤニヤしている。
「でも、ぼくと先輩は今日が初対面だよ!」と反論すると、先輩も「サラの言う通りで、初めて会ったばかりだ」と微笑んでくれた。そして、そのままぼくの方を向いて、「そうだ、せっかくだし手打ちしないか?」と提案してくれた。
「ぜひ!」と即答して、すぐ準備を始めることにした。
(嬉しい! 手打ちができるなんて……!)
実のところ、ぼくは師匠以外と手打ちをしたことがなかった。だから、この部活で剣術ができると思うとワクワクしてきた。ちなみに今日は説明会ということもあり、実戦ではなく、木刀でやり合うことにした。双子が「始めー!」と掛け声を出す。二人には、審判をやってもらうことにした。
キュイイイン!
先輩は力が有り余りすぎているのか……一振りがとても大きい。その隙を狙いながら、ぼくは先輩に立ち向かう。先輩には「小柄」と言われたが、ポジティブに言い換えれば『動きやすさと小回りが武器になって強み!』と言うことになる。先輩も「おっと! 早い!」と驚いている。
(勝ちたい……!)
もちろんそう思っている。でも先輩の力強さに負けそうである。なぜなら、先輩の身体があまりにも大きすぎて……なかなか近くに辿り着けない。案の定、先輩の力にねじ伏せられて、ぼくの木刀が手から離れて飛んでいってしまった。
(ぼくの負けだ……)
思わず、ムスッとつい口が山のような形をしていたみたいだ。ダン先輩はそんなぼくを見て微笑む。
「サラ、君は負けず嫌いなんだな。でも君は今まで対戦した中で強かった、また手打ちしよう――」
「悔しいです……! また手打ちしてください!」
ダン先輩はとても強い――でもこうやって部活でメンバーと話しながら、練習ができるなんて、とても楽しい! また明日以降も部活に行きたいとワクワクしていた。
でも……後日、ワクワクどころかヒヤリとする出来事が起きてしまった。
例えると、ミルクチョコだと思って食べてみたら、ビターチョコだったときの衝撃のように。