少女漫画のような優しい世界
昨日は、バイト終わりのアンズちゃんをみんなで待ってから、一緒に寮へ戻った。
アンズちゃんはやっぱり忙しかったみたいで、かなり疲れていた。
(アンズちゃん、無理し過ぎてないか心配。頑張り屋さんだから……)
そう思いつつも、ぼくも1週間の疲れが溜まっていたので、お風呂に入ったあと、すぐ眠ることにした。
さて、今日は土曜日。寮を出たぼくはバスで移動し、無事におじさんの家へ辿り着いた。
「ただいまー!」
元気よく挨拶をして、中に入ったところ、なぜかおじさん以外の男性の靴が置いてあった。
(あれ……? お客さんかな?)
不思議に思いながらリビングに向かおうとしたけど、どうやらおじさんは誰かと打ち合わせ中。
ドアに手をかけたところで、ちょっとだけ会話を立ち聞きすることにした。
「ぷろていんダニー先生! 次回の話ですが……シコンちゃんはどうしてもバニーガールにならないといけないんですか?」
「?!」
(ぷろていんダニー先生?! 誰のこと? でも、シコンちゃんって名前、知ってる! そうだ……ニコくんが好きな漫画のキャラだ!)
「シコンちゃんはね〜、狼男のエースくんを助けるために、動物の格好にならないといけないんだよ〜! この設定は外せないんだ! 今の時代、萌え要素は必須だからね〜!」
おじさんが、まるで飾り切りの椎茸のようなウキウキした目で、楽しそうに語っていた。
「そうですか……。バニーガールなら“萌え”も入ってますもんね。わかりました、私のほうで説得してみます。いま若い子の間で、シコンちゃん、かなり人気ありますから」
「それは嬉しいね〜。ご飯もだけど、誰かが喜んでくれるって、いいもんだよね〜」
「はい。ではまた来週、これにて失礼いたします。……って、あれ?」
いつの間にか、お客さんがぼくの目の前にいた。いきなりのことで、思わず声が裏返る。
「あっ、あの……!」
「初めまして、『少女漫画Hello』編集部の者です。お邪魔しました〜」
お客さんはそう言って、颯爽と去る。
でも、ぼくは聞き逃さなかった!
(『少女漫画Hello』って、有名な雑誌だよね……。どうしておじさんと漫画の話をしてたんだろう?)
気になったぼくは、リビングへ向かった。
すると、おじさんはぼくの姿を見るなり、なぜか慌てはじめた。
「さっ! サラちゃん! おかえりなさい! い、今からご飯つくるよ! ちょっと待ってね!」
こうやって早口になる時、おじさんは決まって何かを隠している。しかも、さっきのお客さんは“編集部の者”って言っていた……。
「おじさん、さっきの編集者さんと、何の話をしていたの?」
「いや、サラちゃん、それはね……えーっと……」
なぜかテーブルの紙を慌てて封筒にしまおうとするおじさん。
でも、ぼくは見逃したくなかった!
「見せてー!」
「あっ、ちょ、まっ――」
おじさんは急いで紙を封筒に戻そうとしたものの、手が滑って――。
「あぁっ!」
「うわぁあああ!」
ふたり同時に驚いた声をあげる。
そして、舞い上がった紙の一枚が、ぼくの顔にピタッと張り付いた。
(……なにこれ?)
恐る恐る紙を顔からはがして見てみると――そこには、丁寧に描かれた漫画の原稿が!
「これって……!」
ぼくはじっくり見てしまう。
そこに描かれていたのは、うさぎのようなコスプレをしたシコンちゃんが、狼男のような、ニコくん似の青年にお姫様抱っこされているシーンだった。
(か、かわいい……! だけど、少女漫画でこの衣装って攻めすぎじゃない!?)
しかも、こんなラブラブな場面を見るとは思っていなかったから、顔が赤くなってるかもしれない。
(……だけど、どうしておじさんがこんな原稿を持ってるの? それに、“ぷろていんダニー先生”って、もしかして――!?)
「サラちゃん……」
おじさんは、なにやら覚悟を決めた表情をしていた。
「ど、どうしたの? おじさん……」
ぼくもざわ……ざわ……しながら、同じく覚悟を決める。
「実は僕……漫画家の活動をしてるんだ」
「えっ?!」
「シコンちゃんは、僕が作ったキャラクターなんだ」
「えー?!」
「僕、いい歳したおじさんだけど……少女漫画家になったんだ」
「えぇー!」
(まさか、こんな身近に、少女漫画の作家さんがいたなんて――!)
なんて返事をすればいいのかわからなかった。
それに、ぼくはまだ、おじさんの描いた漫画を読んでいない。
でも――お友達のニコくんが、この作品をすごく気に入っていたことは、しっかり覚えていた。
だから、そのことを伝えることにした。
「おじさん、ぼくのお友達がね、この漫画を読んで、主人公のシコンちゃんがすごく魅力的だって言ってたよ! だから……頑張って。ぼくも応援してる」
「サラちゃん……優しいね。しかも、お友達がそんなふうに言ってくれるなんて……本当にうれしいよ」
おじさんは、照れ笑いしたあと、声をひそめる。
「ちなみに、このことは……ぼくとサラちゃん、二人だけの秘密にしてくれるかい?」
「もちろんだよ!」
「ありがとう。じゃあ、お礼にサラちゃんの大好物、瓦そばを作るよ! その間、2階でゆっくり休んでて」
瓦そば――おじさんの得意料理だ。
牛肉、錦糸卵、ネギに、香ばしい茶そばを合わせた、最高に美味しい一品。
「わーい! おじさん、楽しみにしてるね!」
うれしくなって、ぼくは2階の自室へ移動した。
窓を開けて、山と海の景色を眺める。お気に入りのこの場所で……。
すると、キーホルダー姿だったルルがいつのまにか従魔の姿に戻っていて、窓辺にちょこんと座りながら、ぼくに話しかけてきた。
「サラちゃん、まさかおじさんが、あのシコンちゃんの産みの親だったなんてね……!」
「うん、びっくりしたよ……」
「ってことは、メイド服のシコンちゃんのネタを考えたのも、おじさんってことよね!」
「うぅ……!」
メイド服――その言葉で、つい思い出してしまった。
(ニコくんにメイド服を着せられた、あの事件を……)
ぼくが羞恥を覚えている中、ルルは追い打ちをかけるように話を続ける。
「わたしが思うに、サラちゃんってザダ校に入ってから、女の子の服を着る機会が一気に増えたわよね? 一般科の女子生徒の制服に、メイド服! そして……ウェディングドレス!」
「うわぁああ……!」
「どれもとっても似合ってたわ。この流れだと、次はバニーガールかしら?」
「ば、バニーガールって……?」
「あら? おじさんも話してたじゃない。シコンちゃんが着てた、あのコスチュームよ!」
(シコンちゃんが着てたってことは……)
「さっきの……あの漫画のシーンのこと……?」
「そう、それよ!」
「……!」
さっきのシコンちゃんの姿が、頭に浮かんでしまった。
白いウサ耳に、白いもふもふのうさぎの尻尾。それだけなら、まだいい。
でも――ボディスーツは、体のラインが全部わかってしまうタイプだった。
(そ、そんなの……ぼくが着るなんて……!)
想像しただけで、顔が真っ赤になっていくのがわかった。
「む、無理だよ! あんな服装、ぼくにはできない……!」
「そう? って、顔が真っ赤よ、サラちゃん!」
「だ、だって……恥ずかしいんだもん……」
恥ずかしさに耐えきれず、ベッドのそばに置いてあったうさぎのぬいぐるみを手に取り、顔を隠した。
そのタイミングで、1階からおじさんの声が響いてくる。
「サラちゃーん! 瓦そば、できたよー!」
「……はーい!」
気持ちを切り替えるように立ち上がり、階段を降りてリビングへ向かう。
テーブルの上には、おじさん特製の瓦そば――牛肉、錦糸卵、ネギが彩りよく盛り付けられた、あたたかい料理が待っていた。
一口食べただけで、心までほぐれるような、やさしい味。
「本当に……おいしい。この味、大好き……!」
「良かった〜!」
おじさんは、ぼくが食べる様子を見て、嬉しそうに笑ってくれた。
(やっぱり、ぼくはこの家で生まれ育ったんだ。このままずっと、こんな生活を続けられたら……)
そして、成人したら、王女ではなく、ただの一人の“女の子”として生きていけたら――。
そんな願いを込めながら、ぼくは最後の一口まで、しっかりと味わった。
<余談:心の声>
サラちゃん(おじさんが少女漫画家だったこともビックリしたけど、確かに、ニコくんがその漫画を読んで、「この作者なら、次回、面白い展開にしてくれる」って言ってたかも……)
ルル(私が思うに、シコンちゃんのモデルは、レンゲ様だと思うのよね。サラちゃんはレンゲ様の娘。つまり! ニコくんが読んだら、またサラちゃんに着させるんじゃないかしら? ニコくん、むっつりさんだから。ふふっ、今後が楽しみね!)
<余談:おじさんのペンネーム名の由来>
おじさんの名前はニボルさんですが、彼の名前はある薬名が由来です。
その薬の作用機序が抗PD-1抗体薬です。
そこから、Protein Danny【ぷろていんダニー】と(作者が)アレンジした形になります。
ペンネームに“Protein”を入れたのは、「タンパク質=命の材料」という調理師として働いてきたニボルさん(おじさん)の信念から。
次回もお楽しみに!




