お隣さんは第10王子
とある日――ぼくは家の横にある倉庫で、ルルと一緒に少女漫画を読んでいた。この漫画は、おじさんが異世界転生する前の世界で発行されたもので、今の世界とは雰囲気がまるで違う。だからこそ、読んでいてすごく面白い……。
(しまった! いきなり異世界転生の話をしちゃった――!)
実はぼくと一緒に住んでいるおじさんは――異世界転生者なのだ。おじさん曰く、どうやらこの世界に来る前、異世界転生専門の女神様と契約を交わしたのだとか。契約した際に『今までと変わらない生活をずっと送りたいから、僕が読んでる漫画や使ってた車を送って〜』と言ったらしい。それで、おじさんの好きな漫画が色々倉庫の中に入ってある。
今読んでいる少女漫画は、主人公の女の子が突然隣に引っ越してきた男の子と最初は犬猿の仲だったけど、だんだん惹かれていくという展開だ。ぼくはその感想をありのままルルに話した。
「やっぱり、この女の子、最終的には好きになると思ったんだよね!」
「へぇ……。サラちゃんって、恋愛したことあるの?」
ルルは突然、ぼくの恋愛事情を聞いてきた。
「ぼくはないよ! だって、つい最近まで自分のこと、男だと思ってたし……。それに、こんな田舎だとぼくと同い年の子にはなかなか出会わないんだよ?」
「そうなの〜。あら。なんかわたし、気になるもの見つけたかも」
そう言ってルルは、倉庫の奥底の方へ、背中に付いてる天使のような羽根を使って飛んでいった。そして、ルルはそこで面白いものを見つけたようだ。
「サラちゃん! これ、レンゲ様の日記が見つかったわ!」
なんと今は亡き王妃様――いやぼくのお母さんの日記が出てきたそうだ。
「えっ、ぼくのお母さんの日記……?」
「えぇ。この筆跡はレンゲ様よ、読んでみない?」
「うん! ぼくも読みたい!」
早速、日記を開いている。
『10月8日――今日は娘が産まれた。女の子の場合、私が名前を付けていいと言われたわ。名前は決めている……サラちゃん。色白でかわいい。これからもよろしくね』
初めて見るお母さんの文字に……かつて生きていたんだと実感する。
「うれしい! ぼくのお母さんが名前を考えてくれたんだ!」と率直な感想をルルに伝える。ルルも微笑んでいる。他にも記載されていそうで、ついページをめくってしまう。
『今回の出産は帰省できて、本当に良かった。それにニボルの作るだんご汁はおいしいから、レシピを教えてもらって作ってみよう。いつかサラちゃんに食べさせたいなぁ〜』
一緒におじさんが書いただんご汁のレシピも日記に挟んであった。
ぼくはお母さんの文章を見て、泣いてしまった。
なぜなら、ぼくのお母さんはこの世にいないから、お母さんの手料理を食べることはできない……。
「ぼくだって、お母さんのご飯食べてみたかったし、お母さんとお話ししてみたかった。会いたいよぉ、お母さん……」
「サラちゃん、泣かないで……」
ルルも一緒に泣いてしまった。でも泣いたってお母さんは戻ってこないのだ。しばらくして、二人で落ち着いたこともあり、お母さんが書いた内容を全部見てみることにした。
すると、お母さんの恋愛観について書かれたページが出てきて、思わずギョッとしてしまう。
『私は恋愛をしたことがなかった。貴族や王族の場合、告白すると言うことはすなわち籍を入れるという認識になる。一般家庭のお家で生まれて、自由な恋愛も経験してみたかった。でも素敵な子供たちに出会えて、幸せだわ。あっ。この内容は特に、主人には内緒ね……』
この文面だとお母さんは恋に落ちたことがないけど、結婚した……ということになる。
「お母さんのこの書き方だとお父さんから告白? いや違う……結婚してって言われたのかな?」
「そういうことになるわね」
「えっ……ぼくのお父さんは、怖い人なのかな? 俺様系とか!」
「うーん……。俺様なのかもね。レンゲ様って断れない性格をしてたから……」
お母さんの日記を読んでみると、お父さんは仕事一筋でお母さんを縛りつけていたのかな、と感じてしまった。おじさんたちからぼくの正体を聞かされた後、現国王様――つまり、ぼくの本当のお父さんについてパソコンで調べてみた。いろんな物事の改善点を見つけるのが得意で、前王様のような人体実験といった過激なことは一切行っておらず、国民から大人気らしい。
でも、ぼくはずっとこの家で生きていくし、いつかはおじさんの養子になるだろう。だから、実際にお父さんに会うことはないだろうな、と思う。
それでも、今のぼくには例のアザがあるから、王族という立場だ。
もしぼくが好きな人を見つけて、その人に告白した場合、それはただの恋愛では終わらず、結婚へと進むことになる。相手にそんな重い立場を背負わせてしまうのは違う気がする……。
だから今は、恋愛以外でやりたいことに集中しようと思う。
大人になってから、好きな人と恋愛するくらいでちょうどいいよね。
(そうだ! やりたいこと、あった!)
ぼくは日記を読んで思いついたことをルルに伝えて、提案してみた。
「ルル! ぼく、だんご汁を作ってみたい。お母さんはこの世にいないけど……気持ちだけでも届けたい!」
「素敵なアイデアね。ニボルさんに材料があるか聞いてみましょ?」
ぼくたちは倉庫を出て、お家に戻り、おじさんにだんご汁を作りたいと言ってみた。
おじさんは優しい顔で笑いながら、冷蔵庫の中を確認する。
「サラちゃん……いいアイデアだね。でも、ゴボウとニンジンがないかも。今から買いに行ってくるよ!」
「ありがとう!」
料理を開始する前におじさんは車の鍵を持って、買い物をしに出かけたようだった。この時のぼくはまさか――ぼくの家の隣に、同い年の男の子が一人で引っ越してくるとは思わなかった。いや……正確に言うと、その男の子は蜂に刺されてアナフィラキシーショックになり、路上で倒れていたそうだ。おじさんが買い物した帰りに倒れている姿を見て、放って置けないと思ったみたい。おじさんは彼が無事か心配で、慌てて帰ってきていたから、ぼくも手当のサポートをした。
そして、お医者さんのオーちゃんが帰って、すぐ診てもらっている間にぼくはおじさんとだんご汁を作ることにした。
その時に、おじさんから「彼は最寄りの駅から2時間ほど歩いて移動してきたんだよ」と聞いた……。大変だったと思う。
実を言うと……その時、お母さんの分も作っていたけど、翌朝男の子が起きてお腹がとても空いている様子だったので二人で食べた。彼は、いっぱいおかわりしてくれた。ぼくは嬉しかったし、当時は『すごい。少女漫画みたいにお隣さんが来ることってあるんだ……!』と思っていた。
ちなみに、彼の名前はアダム・クローナル――彼のことをぼくは「アダムさん」と呼んでいる。アダムさんは第10王子で……つまり、ぼくと同じ王族だった。でも王族だと威張るようなことは全くしないし、困った時は助けてくれるから心強い。
実際に、ぼくが初めて生理になった時、彼が魔法で必要品を取り揃えてくれた。そのため、ぼくは彼のことを兄のように慕っていた。
だけど、おじさんの提案で彼にはぼくのことを王族だと言わないで、貴族出身だと偽ることにした。王族だと伝えてしまうと、王宮に連れて行かれる可能性もゼロではないからだ。
そんなぼくたちは、それぞれ最年少で最難関の資格を取得した。彼はこの国でたった10人しかいない「研究取扱者」として認められる国家資格を、ぼくは剣術検定1級を突破したのだ。
今日はぼくの資格証明書が届いた日――アダムさんに資格証を見せるため、2階の自室へ案内した。
「へぇ……剣術検定1級の資格証ってこの大きさなんだ。なんかA4サイズは、ちょうどいいな〜」
「紙のサイズが気になるの? アダムさん、おもしろいね!」
彼が来て、半年近く経ったが大親友のように仲良くなった。実際、彼もおじさんと同様に異世界転生者だから、彼が元の世界で35年間生きてきたことを加味すると、ぼくよりかなりお兄さんではあるが……。
チョコレートが食べたくなり、二人で2階の自室から1階のリビングへ向かおうとした。その時、ぼくは勢いよく階段を駆け降りてしまい、足を滑らせて転んだ。慌ててアダムさんがぼくを引っ張り上げようとしたけれど、バランスを崩してしまい、結局二人そろって階段の途中で倒れ込んでしまった。
ルルが慌てて、ぼくに声をかけてきた。
「サラちゃん、大丈夫?!」
ぼくは小さく「うん……」と答えた。ルルの存在はぼくにしか見えない。だって、アダムさんは王族ではあるけれど――人間だから、従魔であるルルには気づけないのだ。
その直後、アダムさんも心配そうに声をかけてくれた。
「サラ、怪我してないか?」
「大丈夫だよ……アダムさんも無事? あっ……きゃあ!」
ぼくは恥ずかしい声を出してしまった。
なぜなら、アダムさんの右手がぼくの服の上からだけど、左胸に触れていて、ぎゅっと揉まれていたから……。
離して欲しいけど、どう言えば良いのかわからなくて、今の状況を伝える。
「あの、アダムさん……その……胸が……」
「ごめん……」
そう言って、アダムさんはすぐ離してくれた。でも離した後、彼はずっと考え事をしていた。
(どうしよう? 階段で危ないことをしたから、怒ってるのかな?)
「アダムさん、ぼくの方こそごめんなさい……」と謝ったところ、彼から予想外なアドバイスをいただいた。
「いや、無事でよかった。それよりサラ……。ちょっと失礼なことを言うかもしれない。その、下着は付けてないのか? 結構膨らんでいるから……女の子ってバレるかもしれない……。サラシを巻くとか、何か対策した方がいいかも。俺から言うより、オウレン先生に相談した方がいいな……」
図星だった。
怪我した白ウサギに回復魔法を使って以降、胸がより膨らむようになり、生理もとうとう来てしまった。
男として生きていかなければならないぼくにとって、それらの出来事は懸念事項だった。
「うぅ……アドバイスありがとう。聞いてみる……」
ぼくは項垂れてしまった。アダムさんはそんなぼくの姿を見て、「まぁ……今はいいのかもしれないけど、ザダ校に入学したいんだろう? 女性だとバレたくないんだったら……」と問題解決に向けた助言をしてくれた。
「うん! ぼくはザダ校に行きたい! いろんな人と出会って、多くのことを学びたいと思ってる……だから、ちゃんと聞くよ!」
ぼくは彼に感謝をしながら、オーちゃんに相談して、今後の対策を練り、胸隠しでサラシを巻くようになった。そして15歳になったぼくは彼と同様、ザダ校に受かって無事入学することになった。
でも、この時のぼくはちゃんと想像できていなかった。まさか……男子生徒として入学したのに、多くの王子様となぜか巡り合ってしまう運命になるなんて……。
<余談>
Q. なぜアダムさんは資格証の大きさが気になっていたの?
A. 実は、アダムさんが前世で取得していた薬剤師免許はB4サイズだったんです。
カバンからよくはみ出してしまい、何かと扱いに困っていました。
ちなみに、医療系の国家資格免許証はほとんどがB4サイズなんだとか!
<参考>
このエピソードは、以下の期間に該当します。
ファンタジア・サイエンス・イノベーション:
第一部【序論】転生王子、異世界研究の道を歩む
(※こちらはアダムさんが主人公になります)
【引っ越し編】しかめっ面に蜂 → <第一部完>酒は百毒の長
本エピソードは、「研究王子の魂百まで」に至る間の出来事として描かれています。