偽りの少年、真実の王女
夕方――玄関から誰かの声がする。
「ただいまー。兄さん、サラちゃんがどうかしたの?」とエルフの女性ことオーちゃんが帰ってきたようだ。早速、おじさんのいるリビングへ移動していた。
「オウレン!ごめんね、お仕事中に電話して」
「大丈夫よ。それより、私たちのサラちゃんがおかしくなったって……どうしたの?」
オーちゃんはぼくの様子が心配で、慌てて帰ってきたようだ。ぼくはルルと一緒に、2階の自室からリビングへ向かう。そして、オーちゃんに聞いてみた。
「オーちゃん、おかえりなさい。オーちゃんは見える……?」
ぼくの頭にルルがちょこんと座っている。ルルは律儀に「はじめまして」とオーちゃんに挨拶をする。
するとオーちゃんも「はじめまして。あら……久しぶりに従魔を見たわ」とルルの方を見て、挨拶を返していた。
「本当だ。ルルの言った通り、オーちゃんには見えてるし、聞こえるんだ!」
ぼくとオーちゃんだけが見えていて、ルルの声も聞こえるが、おじさんは何が起きているのか全くわからないようだ。オーちゃんがおじさんに対して、現在の状況も踏まえて助言する。
「兄さん、不安にならないで。見えないし、聞こえないかもしれないけど、従魔は危害を与えたりしないわ」
「そうなんだね。やはり人間には見えないのかい……?」
「そうね、見えるのは……わたしのようなエルフや魔力が強い王族だけね……」
不思議に思った。なぜなら、ぼくは当てはまっていない気がして……。思った疑問を直接聞いてみることにした。
「どうしてぼくも見えるの?! ぼくは王族じゃないし、エルフでもないのに……」
「サラちゃん……」とオーちゃんは困り顔でどう返事をすれば良いのか悩んでいる。
おじさんはぼくの肩に手を当て、こう話しかけた。
「オウレン、今日伝える時が来たんだ。サラちゃん……これから言うことに衝撃を受けるかもしれない。2つの事実を言うことになるけど、覚悟はあるかい?」
「ぼくは男だから覚悟はできてるよ! おじさん、教えて?」
おじさんは真剣なまなざしでぼくを見つめた。ふと、悲しげな表情が一瞬浮かぶ。やがて、静かな声で話し始めた内容は、ぼくの心を大きく揺さぶるものだった。
「まず、君は男じゃない。女の子だ……」
「え……! だって、ぼくは……」
「そうだね。サラちゃんのお母さんから遺言で……保護する間は男の子として、育ててほしいと言われたんだ」
「保護する間だけなの? いやだ! ぼくはこの家にずっといたいよ!」
もしかして、ぼくはこの家を出る日が来てしまうのか……。
(それに、お母さんが遺言で『男の子として生きてほしい』って言ってたのには何か事情があるのかな……?)
「それは僕だけでなく、オウレンも同じ意見だ。しかし、君の本当のお父さんは生きている。君を探してるかもしれないし、君を見つけたら例の王宮に連れて行くだろう……」
「王宮ってお母さんが嫌がってた場所だよね……。ぼくは、お母さんが王宮のことを嫌いなのは、王宮へ行った時、何か嫌な思いをしたからだと思っていた。おじさんは僕のお母さんのことだけでなく、お父さんのことも知ってるの? おじさんはお母さんとどういう関係だったの?」
「あぁ……。君のお母さんは元々貴族出身で、僕たちの家の近くに別荘があって、そこで住んでいたんだ。僕たち家族ととても仲が良かった。そうだね、単刀直入に言うと――サラちゃん、さっきパソコンでレンゲを調べていただろう?」
なんでいきなりレンゲ様の名前が出てくるのか不思議だが、もしかしたら、さっき、おじさんに調べている画面を見られたのかもしれない。何も悪いことはしていないため、正直に調べたことを自白する。
「うぅ……調べてたよ……。でもそれがどう関係してるの?」
「実は、僕とレンゲは旧知の仲だったんだ。だからこそ、君に本当のことを言う。レンゲは君のお母さんだ」
「うそっ……?!」
信じられない、レンゲ様がぼくのお母さんだなんて……。
すると、ルルが「やっぱりね……」と涙を流しながら、ぼくの頭をヨシヨシする。
一方、ぼくはレンゲ様がお母さんと知って、とある推測を聞いてみる。
さっき、調べた時に見てしまった――ぼくの本当のお父さんについて。
「じゃあ、ぼくのお父さんって……?」
「現国王様。そして君は――国王の娘、第一王女様だ」
『第一王女』――その言葉が、胸に突き刺さる。
王妃様が亡くなった直後に行方不明となった、あの第一王女。ずっと噂だけで誰も見つけられなかった存在。
まさか、その第一王女がぼく自身だったなんて……!
信じられない。
ぼくのこれまでの人生が、すべてひっくり返るような気がした。
男として生きてきたぼくに、この事実はあまりにも重すぎた。
でも、1の数字に見覚えがあった……。
ふと、ぼくは着ている服の隙間から、自分の胸を覗く。
左胸にある――1の数字と王冠、そして天使の羽根が描かれたアザ。このアザは、産まれた時から消えずに……ずっとある。
それに……ぼくは、自分の体に起きている変化に戸惑っていた。
おじさんたちには言えなかったけど、自分の胸が膨らみ始めていることに気づいていた。
男なのに、どうして?――ずっとそう思っていた。
だけど、もしぼくが「女性」なら、この変化は説明がつく。
胸が膨らむのも、体の違和感も、すべて……。
(でも、どうして今になって――?)
そう不安に思いながら、ぼくがジッと胸にあるアザを観察している様子を見て、オーちゃんが教えてくれた。
「サラちゃん、数字に見覚えがあったのね。胸のところにアザがあるでしょう。それは人間以外の王族にしか現れないし、そのアザは消えないのよ」
「そうだったんだ……いつもゴシゴシ擦っても、消えなかったからずっと気になってた……ぼくはどうすればいいの?」
突然事実を知ってしまい、これからどうなってしまうんだろうという恐怖心で、涙が溢れてしまう。
おじさんは優しくぼくを諭す。
「サラちゃん……驚かせちゃってごめん。それに、今まで色々制約させてしまった。レンゲは王宮の生活が合わなかったらしい。でも、レンゲはレンゲで――君はサラちゃんだ。亡きレンゲの言いなりになる必要はない。サラちゃん自身が、王族のところに帰りたいと思ったら、遠慮せず言うんだ」
「いやだよ……。ぼくは行かない! ぼくにとっては、ここが家族で、おじさんたちと別れたくないよ……」
お母さんが辛いと思っていたところに、自分も行くなんて想像ができない。それに、生まれてからずっとここで育ってきたぼくにとって、違う環境に行きたいなんて、ちっとも思っていなかった。泣きながらも結論を出したぼくの答えに、おじさんも安堵している。
「そうかい……ありがとう。サラちゃんから他に知りたいことはないかい?」
「あっ……そのぼくは人間じゃなくて、天使族なのは……お母さんも天使族だったから? ルルが言ってたんだ。ぼくのところに来る前、お母さんのところにいたこともあるんだって。それでぼくを見た瞬間、レンゲ様に似てるって言ってた……」
なんで自分自身が天使族なのかちゃんとわかっていなかった。でも、お母さんが天使なら……。
その質問については、オーちゃんが答えてくれた。
「そうね、サラちゃんのおっしゃる通り、あなたのお母さんも天使族よ。そして、あなたやあなたのお母さんに従魔が憑いているのは――二人とも魔力が強いから。そもそも、従魔は上位の王族しか所有していないの。なぜなら、上位の王族家って魔力が強すぎる余り、人間が気を失ってしまうみたい。それを防ぐだけでなく、魔力をコントロールするために、獣魔へ魔力を与えて、抑えているって感じよ」
「そうなんだ……『魔力』って、その魔法が使える『能力』とは別なんだっけ?」
ぼくはおじさんがよく「魔法っていいよね〜、ぼくはその能力がないみたいで……」と呟いていたので気になっていた。
「能力は人間が魔法を使えるかの指標ね。人間には魔力がない。だから、人間で能力があっても、魔法を使うときは言葉を発する必要があるの。他の種族は魔力があるから、不要なんだけどね……」
「つまり、本当のぼくは天使族だから唱える必要はないけど、もし今後人間として王女とバレずに生きていくのなら……言葉を発した方がいいってことになるよね?」
そうだ。ぼくは18歳まで、『王族生まれの天使族の女性』ということを隠して、『一般家庭で育った人間の男性』として過ごしていければ、王女とバレることはない。
そう思ったから、確認してみた。すると、オーちゃんはぼくの手を握りしめた。
「サラちゃん……なんて賢いの! そういうことになるわ、さすがね。でも、あなたの進む道は、隠さないといけないことが多くて……大変かもしれない。だからこそ、困ったときは私たちに相談して!」
「そうだ、僕もサラちゃんにできることなら、なんでも助けるからね」とおじさんも一緒に、後を追って味方してくれた。
ぼくは一人じゃない――大好きなおじさんとオーちゃんがいる。
今日聞いたことは正直理解し難いところもある。
でも、二人がいる……それだけでも心強かった。「うん!」と返事をした後、3人で仲良く晩御飯を食べることにした。
このまま穏やかで幸せな生活が続きますように――そう願いながら。