従魔ルルとの出会い
午前8時――目が覚めたぼくは手に持っていたウサギのぬいぐるみをベッドの端に置いてから、窓を開けて空気を入れる。
2階に自室があるため、窓の外から海と山が見える。
この風景が大好きだ。山を見て、昨日森で怪我をしていたウサギのことを思い出し、ふとつぶやく。
「あのウサギさん、元気になったかなぁ〜」
「今日の朝会ったけど、元気だったわよ……あなたのおかげで。ありがとう。ところで、あなたのお名前、何ていうの?」
「ぼくはサラ……えっ?」
ぼくがつい会話をしてしまった相手は誰だろう――そう思っていると、窓からうさぎが現れた。しかも、その背中には天使のような羽が広がっている。
頭に輪っか、耳とお腹に赤いハートの模様。それだけでも十分不思議なのに、全身はもふもふで、ふっくらとしていて――しかも、浮いている!
ぼくは信じられず、思わず後ろに下がってしまった。
「うっ、うさぎがしゃべった! わぁ……」
「はじめまして。わたしのことはルルと呼んで。サラちゃんはお父さんとお母さん、いるの?」
目の前にいるうさぎは「ルル」という名前らしい。いきなりルルは、ぼくに両親がいるか確認してきた。挨拶をしながら、本当のことを話す。
「ルル、はじめまして。えっと、ぼくはこのおじさんのお家で育ったから、両親が誰なのかわからない。でも、お母さんはぼくが生まれたあと、すぐ亡くなったみたい……」
「そうだったの……? 失礼なことを聞いて、ごめんなさい。よく見ると、サラちゃんはレンゲ様にそっくりね」
「レンゲ様って誰?」
「わたしがかつて仕えていた奥様よ。知らないかしら? 有名な方だけれども」
「うーん、知らない。調べてみるね!」
ルル曰く、ぼくに似た人物がいるらしい。「本当に?」と半信半疑のまま、1階のパソコンの前に座った。隣にはルル。ちょこんと座って画面を見つめる姿が妙に真剣だ。
ぼくは『レンゲ様』と検索をかけてみた。
「あっ! 顔写真が出てきた! うわぁ――お姫様みたい!」
「でしょう?」
画像で見たレンゲ様は、『絵本に出てくるお姫様』という表現がピッタリかもしれない。
素敵なドレスに身を包み、その銀色の髪は月光のように輝いていて、とても美しかった。
「でも髪の毛の色が……ぼくの黒髪と違うから、似てないよ? それにレンゲ様は女性でしょう? ぼく、男だし……」
「瞳の色が似てるわ! 二人とも青い目をしてるじゃない。レンゲ様、素敵。久しぶりに見たわ……」
ルルは画面越しにレンゲ様を見ただけで、涙を流し始めていた。どうしてだろうと思い、『レンゲ様』について調べた内容をスクロールしながら読んでみる。
「えっ?! レンゲ様はすでに亡くなられているって……。娘さんも行方不明だって……かわいそうに。でも、『夫と息子さんは今も元気に暮らしている』って書いてあるよ。せっかくだし、もっと詳しく調べてみよう!」
そうつぶやきながら、ぼくはレンゲ様の夫の名前が書かれたリンクにカーソルを合わせ、クリックした。
「夫は魔王……つまり国王様ってこと?」
「そうよ。レンゲ様の旦那様は、この国の王様」
すごい。もしかして、ルルはその王様の奥様――王妃様の元で働いてたのだろうか?
「そっか。要するに、ルルはすごいお方のところで働いてたんだね……。あっ、息子さん一人なんだ。でも、写真が載ってないね?」
「確か王族保護法で、写真が出るのに年齢制限があるんじゃない?」
記事をじっくりと読み直してみると、確かにルルの言う通りだった。20歳以上にならないと情報が表示されない仕組みらしい。今のところ、記載されている年齢は15歳だ。
「本当だ。でも息子さんとぼくの年齢が違うね。残念ながら、ぼくはレンゲ様の子じゃないよ〜!」
そうだ――ぼくはまだ10歳。もし息子さんが15歳なら、なんと5歳も年上になるんだ。
「待って、サラちゃんは……」とルルが何か言おうとしていたところで、ガチャと玄関の音がした。
「サラちゃん、ただいま」
この声は、ぼくの家主であるおじさんの声だ。仕事から帰ってきたようだ。
「あっ! おじさんおかえりなさい」
「あれ……珍しい、どうしたんだい? 朝からパソコンを開いて……」
確かにおじさんの言う通り、ぼくはあまり午前中にパソコンを開くことはない。この行為に至った原因はルルから聞いた情報を調べたかったからだ――ありのままに理由を伝える。
「突然ぼくの隣にいるルルが……ぼくに似てる人がいるから調べてって言ったんだ」
するとおじさんはよくわかってないみたいで、漫画のコマで例えると、まるで頭の上にはてなマークが浮かんでいる様子だった。
「ルルって誰だい……?」
おじさんの言う通り、いきなり名前で言ったからわからなかったのかもしれない。ぼくはルルの背中を撫でながら、「ここにいるうさぎさんのことだよ、もふもふしてるよ?」とおじさんに説明する。もふもふで、触り心地が良い。ルルも気持ち良いのかニッコリしながら、リラックスしている。
でもおじさんが言ったのは予想外の言葉だった。
「サラちゃん、ごめん。僕には見えない」
「え? なんでおじさんには見えないの? どうして?」
つまり、ぼくとおじさんで見えてる光景が違うということだ。どうしてそういう現象が起きているのかわからない。
もしかして夢なのかな?
そう思い、自分のほっぺたを軽くつねってみたけど、痛かったから夢じゃなさそうだ。おじさんも自らの顎髭を擦りながら、困っている様子である。
「うーん。とりあえず、オウレンに相談してみるね! ご飯を作るからちょっとお部屋で待ってね」
「うん……」
そうだ…… 困った時は医者のオーちゃんに聞くのが一番手っ取り早い。
ぼくはおじさんの指示通り、2階の自室で待つことにした。ぼく自身がおかしいのではないかと心配になって、いつも寝る時に抱きしめているウサギのぬいぐるみをギュッと腕の中に固定しながら、おじさんのご飯ができるまで大人しくしようと思っていたところ、ルルが指摘も踏まえてアドバイスをしてくれた。
「サラちゃん、あなたは正常よ。人間にはわたしの姿がみえないし、声も聞こえないの」
「えっ……どういうこと?」
「さっきのおじさんは人間でしょう。ちなみにオウレンさんって人間?」
「オーちゃんはエルフだよ?」
もしかして種族によって見える見えないがあるのだろうか。ルルはぼくの返事に「なるほど……」と目を閉じながら、ウンウンと頷いている。
「安心して。エルフ族なら、さっきのおじさんが言ってた人物であるオウレンさんは私が見えるわ。その人がここに来てくれたらいいんだけど……」
「オーちゃんは、おじさんの妹でぼくと一緒にこの家で住んでるよ。あのさ、人間やエルフ以外にも種族っているの?」
ルルは王妃様に仕えていたこともあるから、色々詳しいそうだ。次々と疑問が湧いてきたぼくは、ルルに1つずつ質問してみる。
「あるわよ! えっと、悪魔と吸血鬼と鬼、そして天使ね」
「多いね〜。国王様は?」
「悪魔よ。息子も悪魔」
「んじゃレンゲ様は?」
「レンゲ様は天使よ。天使はこの世界で10人ぐらいしかいないのよ」
「そうなんだ……珍しいんだね」
ルルには言っていないが、ぼくは自分が天使族であることをオーちゃんから教わっていた。でも知らない人に聞かれたら、「人間」って言いなさいと教わっていたから、自らの種族は言わないようにしている。他人事のようにスルーしようと思っていたところ、ルルから鋭いツッコミが入る。
「珍しいけど……サラちゃん。あなたも天使族でしょう?」
ぼくは思わず、ぬいぐるみで顔を隠して「内緒!」とだけ伝えたが、内心は回復魔法を使っているところを見られて、バレてしまったのかもと焦っていた。
一方、1階ではおじさんがオーちゃんこと妹のオウレンに電話をしていた。
「オウレン? サラちゃんのことで相談したいことがある。仕事終わりに、すぐこっちに来てくれないかい……ありがとう。待ってるよ」
おじさんは電話が終わった後、「サラちゃんどうしたんだろう……。それに何を調べてたんだ?」と本音をこぼしながら、ふとパソコンの画面を見る。すると、そこには驚いたことに、『亡き王妃:レンゲ・クラウン』の情報が載っているサイトを開いていた。
「なんでレンゲの名前が……? とうとう本当のことを教えないといけない日が来てしまったのか……」
おじさんはこれから言わないといけないことがあると思うと、気が重かった。