あなたたちも王子様?!
剣術部回です。
今日は、剣術部の部室に一番乗りで着いたものの、まだ誰も来ていなかった。暇を持て余したぼくは、カバンからお気に入りの少女漫画を取り出し、読み始めた。
その漫画は、鬼族の男の子と人間の女の子が数々の試練を共に乗り越え、少しずつ恋心を育んでいく物語。ページをめくるたびに、二人の絆が深まっていくのが伝わってきて、胸が高鳴る。
鬼族の男の子の頭には、鬼特有のツノが誇らしげに生えていて、それが彼の強さと誇りを象徴しているようだった。
……ぼくはふと疑問に思う。
(ダン先輩って鬼族だけど、ツノが生えてないよね?!)
うーんと考え込んでいたところ、いつの間にか双子が部室に来ていたようだ。同時に話しかけられる。
「サラちゃん、お待たせ!」
「練習しよー!」
そうだ! ぼくは強くなりたいと思っている。
なので、少女漫画はカバンの中にしまって、双子と共に剣術の稽古を行うことにした。
「えいっ!」
ぼくは双子の急所を狙い、トドメを刺す。すると――。
「やられたー!」
「うわー!」
二人は同時に大げさな降参ポーズを取った。
最初は1対1で稽古していたけど、あまりにも余裕で勝ってしまうので、途中から1対2の対戦形式になった。それでも、彼らに負けたことは一度もない。
一時間ほど稽古を続けた後、動き疲れた体を休めるためにも、3人で部室へ戻ることにした。
「サラちゃん、動きがめっちゃ速くなったね!」
「思った! 俺たち剣術検定2級だけど、1級はやっぱすごいわ」と双子が感心したように言う。
「ありがとう! いつも稽古の相手をしてくれて、とても助かるよ〜!」と、ぼくも自然とお礼を口にする。
双子は一般科のクラスメイトだから、気軽に話せる。そう思っていたところ、なぜか二人は同時にカバンに手を伸ばし、何かを取り出そうとしていた。
「そういえばさ、今日部長から資格証を持ってくるように言われたんだよー」
「俺も持ってきたよー」
「えっ、資格証? それ見せて!」
ぼくはワクワクしながら、二人の資格証を覗き込んだ――。
『シロ・シトクロム』、『クロ・シトクロム』。
……やっぱり双子だから、同じ姓なんだな……って、あれ?
「え、なんで姓名表記なの?!」
二人は顔を見合わせて、息ぴったりに「 「あちゃー」 」とバツが悪そうな表情を浮かべた。
「実は、俺たち王族なんだよ」
「でも、第12位と第13位だから、ほぼ最下層。補欠みたいなもんさ!」
ぼくはその言葉に思わず目を丸くした。
(ウソでしょ――! もうこれ以上、王子様に会いたくないんだけど!)
そう心の中で叫びつつ、表情には出さないよう努める。
(剣術部……まさか全員、王族だったなんて。しかも、ぼくも含めて!)
王族に会いすぎて感覚が麻痺しそうだけど、それでも毎回こうして驚いてしまう自分がいる。
そんなポカンとしていたぼくに、双子が「おーい!」と手を振っている。
「サラちゃん、今まで通り接してよ!」
「そうだよ! 2桁組の王子なんて、会議に参加できる権利すらないんだから。実質、一般人だよ」
「そうなんだ……1桁ってやっぱり違うの?」
気になって、つい質問をしてしまった。
「全然違うよ! 特に上位の王子たちは、野心家の集まりって感じらしいよ」
「ねー。みんな次期王様になりたくて、バチバチなんだろうね!」
「へぇ……」
王様になりたい――。つまり、今の王様であり、ぼくの本当のお父さんである魔王様の後を狙っているってことなんだ。
(ニコくんは“なりたいとも思わない”って言ってたけど、ダン先輩はどうなんだろう?)
ぼくの中で新たな疑問が膨らむ。
そんなことを考えていた矢先――。
「遅くなってすまない!」
低く温かい声が耳に届く。振り返ると、そこにはダン先輩の姿があった。
「生徒会の活動で遅れてしまった……」
「生徒会ー?! ダン先輩って、とく……ん!」
(ダン先輩って、生徒会にも所属してたんだ……特別科? って、あっ!)
特別科という言葉を口走りそうになった瞬間、ダン先輩の大きな手が、ぼくの口をしっかりと塞いだ。
「そうだ、サラ。わたしと特訓しようか――」
「んー!」
先輩の手が大きすぎて声が出せない。必死に「んー!」とくぐもった音だけが漏れた。どうしていいか分からず、大げさに縦に頷くしかない。先輩はそんなぼくの反応に満足したようで、穏やかな笑みを浮かべながらゆっくりと手を離した。
解放された瞬間、ぼくは急いで言葉を繋ぐ。
「ダン先輩、特訓します!」
その言葉を聞いた先輩は、満足げに頷きながら短く答えた。
「よろしい」
……こうして、ダン先輩の“ご都合とご厚意”によって、“特別科”ではなく、“特訓”という都合のいい言葉に置き換えることで話を収めることに成功した。
「あっ。その前に、双子の資格証を確認するから、その間は自由に過ごしていていいぞ」
そう言いながら、ダン先輩は部室の机に広げられた資格証を手に取り、真剣な表情で必要書類をまとめ始めた。双子は「トレーニングをしてくる!」と言い残して部室を出ていった。一方、ぼくは部室に残り、途中まで読んでいた少女漫画の続きが気になって再びページを開いた。
(やっぱりこの漫画、面白いなぁ!)
鬼族の男の子が、敵の攻撃から人間の女の子を守るため、身を挺してかばう。その後、彼は真剣な瞳で彼女を見つめながら、勇気を出して告白する。
「君がいたから……どんな試練も乗り越えられた。君のことが好きだ!」
(強さと優しさを兼ね備えているなんて、素敵過ぎる! 最高――!)
物語はさらにクライマックスへ。男の子のツノが光り始め、彼の全身から溢れる力が敵を圧倒していく。女の子を守るために、彼は渾身の力を振り絞り、勇ましく戦う姿を見せる。
「こんな風に守られたら、女の子だって幸せに決まってるよね……! この後、一体どうなっちゃうんだろう……!」
物語につい夢中で、思わず声に出して感想を漏らしてしまった。
すると――「『女の子だって幸せ』か、それは気になるな……」と柔らかい声がして、ハッと顔を上げる。
いつの間にか……ダン先輩が、ぼくの隣に座り、漫画を覗き込んでいた。
「せ、先輩!? いつの間に……!」
「サラ、君はとても夢中になっていたね。この漫画、そんなに面白いのか?」
先輩は軽く笑みを浮かべながら、ぼくが読んでいたページをじっと見つめている。その落ち着いた様子に、なんだか照れくさくなる。
(いや、待って。先輩にこの漫画の話を聞かれるなんて……!)
「ダメ――!」
ぼくは思わず悲鳴を上げ、前屈みになって少女漫画を隠した。
(だって、鬼族の先輩の前で鬼族の男の子が出る少女漫画を読んでるなんて……変な後輩だって思われちゃいそう!)
そもそも部室で読むべきじゃなかったのかもしれないけど、この後の展開が気になって仕方なかったんだ。
そんなぼくの必死な様子を見て、先輩はまったく動じることなく、あっさりとした感想を口にした。
「どうして恥ずかしがるんだ? 堂々としていればいい。この漫画の少年のように」
(あぁぁ……! ダン先輩、たったあの一瞬で漫画の登場人物を把握したんだ……動体視力がすごすぎる……)
「でも、ぼくはこの男の子と違って、ツノがないですから……こんな風に堂々となんてできません」
「本当だ! 鬼だからツノが生えているんだな。それにしても面白い設定だ」
先輩は軽く笑いながら、漫画の表紙を眺めている。その無邪気な反応に、ぼくはふと疑問を抱いた。
(待って……ダン先輩って鬼族なんだよね? なのに『面白い』ってことは、この世界の鬼族にはツノが生えてないってこと?)
ぼくの頭の中で、新たな好奇心が生まれた。
(よし、いいこと思いついた! 今日の特訓で、勝負に勝ったら、先輩の頭にツノがあるのか確かめさせてもらおう!)
<次回>ダン先輩(第2王子)とサラちゃん(第一王女)の特訓です。
彼女はツノのことが、非常に気になっているご様子――先輩は気付くのか?
お楽しみに!
<余談>双子の名前の由来
シロ(第12王子):薬名のシロスタゾールから
クロ(第13王子):薬名のクロピドグレルから
シトクロム:酵素名のシトクロムP450から