ぼくは亡き王妃様の娘
「はぁ……はぁっ!」
ぼくは思わず、息を切らしてしまった。つい、ニコくんの手を繋いで、勝手にファーストフード店へ案内してしまった。
「ごめん! つい……ここに来ちゃった……」
「いや、ここでいいよ。さっきはありがとう。オレのために怒ってくれて」
ニコくんは息を切らしておらず、颯爽としていたけど、やや照れているようにも見えた。
「当たり前だよ! ぼくは許せなかった。大切なお友達を傷つけられたのだから!」と答えながらもキュルルルル……とお腹が鳴ってしまった。
(めちゃめちゃ漫画の主人公っぽいセリフを言ったのに、なんてマヌケなお腹の音が!)
そんなぼくの様子を見て、「走り過ぎて、お腹が空いたんだな……」と、珍しくニコくんが気を遣ってくれた。
「じゃあさ、さっきのことはもう忘れて、食べよう?」
ぼくは気を取り直してメニューを手に取った。
「あぁ」
彼も小さく頷き、一緒に選んでくれた。
選んだ後、ぼくたちは無言で食事を始めた。お互いお腹が空いていたせいか、ファーストフードの独特の味をゆっくり楽しみながら咀嚼する。食べ終わった頃には、なんだか気持ちも落ち着いてきた。
「どんなバイクにした?」
「いつ頃取りに行くの?」
そんな他愛のない話をしながら、ぼくたちは食べた後、寮へ戻った。
「ニコくん、またね!」
「……あぁ、また明日」
別れ際、彼の背中を見送る時に、ふと寂しさを感じた。自室に戻ろうかと思ったけれど、今日の出来事を思い返し、ぼくの方からもう一言だけ声をかけることにした。
「そうだ! 今日はニコくんと一緒に……バイクを見に行ったり、お食事できて、本当に楽しかったよ。また、ぼくと遊ぼう?」
(我ながら、正直に言いすぎたかも……?)
そう思いながらも、扉を閉じることにした。
でもこの前、彼だって、ぼくよりも思い切ったことを正直に言ってくれたのだから、言ってみただけ。
彼がどんな顔をしてたのかは見えなかったけど――。
さて、ぼくは鍵をしっかりと閉めて、オオバコお姉ちゃんからもらった手紙を開く準備をした。
中身を確認しようとしたその時、ふと視線を感じた。
(あれ……?!)
いつの間にか、カバンに付けていたはずのルルが、恒例の獣魔スタイルになっていた。
「ルル!」
「サラちゃん、今日は大変だったわね。でも安心して。ここには私以外、誰もいないわよ。早速、読んでみたら?」
ルルの気遣いにほっとして、ぼくは頷いた。
「りょーかい!」
ぼくたちは、二人だけの空間で手紙を読み始めた――。
『親愛なるサラちゃんへ。
対面じゃなくて手紙を通して、いきなりの告白になってしまってごめんね。でも、これだけは伝えたかったんだ。
実はね、君が生まれる前から君のことを知っていたんだよ。私がニボルさん家の隣に引っ越す前、一時期、王宮内で働いていたことがあってね。
そこで君のお母さんと知り合ったんだ。彼女はとても素敵な女性だったよ。
さて、今回どうしてこの手紙を渡したか、気になるよね?
実はこの前、古い資料を整理していたら、生まれたばかりの君と君のお母さんが写っている母子写真を見つけたんだ。君にこそ、この写真を持っていてほしいと思ってね。
あと、他の人に見られないように、私関連のスナップ写真も前後に挟んでおいたよ。うまく活用してね!
アデュー!
とある研究者Oより』
ぼくは手紙を読み終えて、言葉を失った。
だって、これまで一度も、お母さんと一緒に写っている写真なんて見たことがなかったから。
隣にいたルルも、目を丸くして驚いていた。
「えっ……レンゲ様と一緒に写ってるなんて!」
……封筒の中身を確認したいけど、胸がドキドキする。
(あの綺麗な王妃様……いや、お母さんと一緒に写っているなんて、本当に?)
ルルも「わかるわ、緊張してるのでしょう? まずはオオバコちゃんの写真でも見ない?」と気遣ってくれた。
「そうだね。3枚入ってるから、一番前と一番後ろがオオバコお姉ちゃんの写真ってことだもんね!」
「ええ。前から見ていきましょう!」
「うん!」
ぼくたちは写真を全部裏返しにして、机の上に並べた。
まずは一枚目から――そこには、バイクに乗って自撮りしているオオバコお姉ちゃんが写っていた。
風が強い日に撮ったみたいで、髪がぐしゃぐしゃになり、どことなく画家のインスピレーションを受けた瞬間みたいな、独特な表情をしている。
「あっはっは! 自撮りが来るとは思わなかった!」
ぼくは思わず吹き出してしまった。
ルルも隣で、「オオバコちゃんは本当におふざけ好きよね~」と呆れたように笑っている。
次に、一番後ろの写真を見る。
「 「えっ……」 」
思わず、二人で絶句する。この勢いだと、おふさげ写真が来ると思っていた。だけど、オオバコお姉ちゃん以外にも……王妃様が写っている写真だった。二人とも高級そうな衣装を身に纏っていて、豪華な建物で撮ったようだ――王宮なのだろうか? それにしては、表情がなんだか曇っている気がする。
「すごい光景ね! レンゲ様とオオバコちゃんが一緒にいたなんて!」
「だね! それに、このオオバコお姉ちゃん、ぼくと同じくらいの年齢じゃない?」
「本当ね……! さて、とうとうメインの写真ね!」
ぼくは覚悟を決めて、最後に残した写真を捲る。
すると、そこに写っていたのは――亡き王妃様であるお母さんが、幸せそうな笑顔で赤ちゃんを抱きしめている写真だった。赤ちゃんは目を閉じて眠っているようだったけれど、その黒髪はぼくと同じ色をしていた。
それだけなら、自分だとは断定できなかったかもしれない。でも、赤ちゃんの左胸には、ぼくと全く同じアザがあった。数字の「1」と王冠、そして天使の羽根が描かれた、王族の証ともいえるアザだ。
さらに――赤ちゃんの背中には、天使族の証である白い羽根が生えていた。天使族は女性しかいない。
つまり、ぼくは生まれた時から女の子だったんだ――。
……本当のことを言うと、自分は第一王女ではないんじゃないかって、いつも思っていた。
だって、お母さんと一緒に写った写真が一枚もなかったのだから。
でも……この写真で確信に変わった。
ぼくのお母さんは、王妃様だったんだ。
ルルは「レンゲ様……サラちゃんと一緒にいたんだね」と感動している。
ぼくもお母さんと一緒に写っている写真を見て、嬉しいと思ったのは本当だ。
でも、この事実を受け止めるのが、怖いと思ってしまった。
「ルル、どうしよう。ぼくは亡き王妃様の娘なのに、このままウソをついていいの――?」
気持ちの整理が追いつかない。いつの間にか、視界が揺らぐ。
ぼくは涙が溢れてしまった。
ルルがすかさず、ぼくの背中をさすってくれた。
「サラちゃん……。おじさんも言ってたけど、レンゲ様の遺言はあくまでもレンゲ様の意志。あなたはあなたが生きたいと思う道を進めばいいのよ?」
「うん。とりあえず、今はこの学校生活を楽しみたい。でも、お母さんと一緒に写ってる写真を他の人に言いふらしたりせずに……一目散でぼくのところに渡してくれたオオバコお姉ちゃんには感謝だね!」
「本当ね。オオバコちゃんったら、義理堅いところがあるのよねぇ〜」
「いいお姉ちゃんだよね。そうだ! 今日はみんなの目標が達成できたのだから、泣いたらダメだー!」
ぼくは気持ちを切り替えることにした。
なお、このぼくとお母さんが一緒に過ごした時間もあるって言う証拠が残ってる大切な写真は誰にも見られないように、机の引き出しに鍵をかけて保管することにした。
<余談・あの後>
ニコは彼女の言葉を反芻していた。
「『楽しかったよ。また、ぼくと遊ぼう』……か」
彼女にしては、随分と勇気を出して言ったんじゃないだろうか。
彼女がどんな環境で育ったのかは知らない。しかし、その所作や纏う空気を見る限り、きっとどこかの貴族のお嬢様なのだろう。
オレやアダムと比べるとまだまだ幼いけど、たまに女の子らしいストレートなことを言う。
そんな時、正直どう返せばいいのかわからない。無理に言葉を探そうとすると、なんだかぎこちなくなりそうで。
(でも、不思議と悪い気はしない。むしろ……彼女といると、肩の力が抜けるような、そんな感覚になる)
それに、オレ自身が王族だという現実を、ほんの少しだけ忘れさせてくれる。
オレは今日という日を忘れることはないだろう。
オレのために怒ってくれて、そっと繋がれた小さくて繊細な手。
思わず、その愛らしさに目を奪われた――。