愛おしい我が子よ、幸せに ※第三者→第一王女視点【※】
【※注意】本話は、精神崩壊シーン等の描写を含みます(R-15)
また、物語の進行に合わせて、第三者(客観)視点から第一王女視点に切り替わります。
第5王子シアン・デーモンは戸惑いを隠せなかった。
目を閉じ、もう一度開けても、ベンチの上にいたのは――花嫁だけではなかった。
そこには、天使の羽根を小刻みに揺らす白ウサギの従魔がいた。
ぬいぐるみのような愛らしい姿とは対照的に、その従魔は目を閉じたまま、憂いに満ちた表情をしている。
「どうして、従魔が俺の母さんみたいな話し方をする?」
「シーちゃん。女の子を、ましてや稀少な天使族を傷つけることは、絶対にやってはいけないことよ。だけど、ずっと独りにさせてごめんなさい……」
従魔が一粒の涙をこぼした瞬間、シアンは緊張の糸が切れたように膝から崩れ落ちた。
「ぐっ……! アイツがぁ……!」
このシアンにとって、「独り」という言葉は禁忌だ。
心の均衡が崩れ、もう一人の、方言を話す人格が胸奥から蠢き出す。
「大丈夫よ、何も怖くないわ」
穏やかで心地良い声に、シアンは顔を真っ青にしながらも、必死に前を向いた。
だが、その優しい声とは裏腹に、目の前の従魔は涙を流し続けていた。
「なんで……泣いている……?」
「わたしには、わかるの。貴方、孤独の中でも、一人で頑張ってきたのよね……」
「っ……!」
シアンは、らしくない自分の心の脆さに、身体の震えを抑えられない。
母と会話できた喜び。
そして、今の自分が失われる恐怖。
普段は感情を表に出さないシアンだが、背中の漆黒の羽根だけは、動揺を映すようにパタパタと小刻みに揺れていた。
「シーちゃん、怖がらないで。離れ離れになっても、どんな未来になっても……わたし、貴方のことを応援し続けるからね……」
「おかしい、わからない……」
従魔と同じように、シアンの目にも涙が浮かぶ。
「母さん……俺、もっと話したいのに……」
立ち上がろうとしても、身体が言うことを聞かない。
思うようにいかない現実に、シアンはとうとう声を上げて泣きじゃくった。
「うっ……嫌だっ、戻りたくない……! なんで……!」
ついにシアンは地べたに伏し、涙をこぼしながら子供のように首を振った。
「俺は……大好きな女の子と、幸せになりたいだけなのに……」
だが、その猶予も長くは続かなかった。
悔しさに耐えきれず、シアンは「うわぁあああ……」と大声を上げ、溜め込んでいた哀しみを全て吐き出した。
その泣き声は、次第に嗚咽に変わっていった。
* * *
ぼくはどれだけ気絶していたのだろうか――と思ったけれど、それよりも気になったことがある。
(あれ、誰かの泣き声が……。大丈夫かな?)
ガバッと目を覚まし、身を起こす。
どうやら、ぼくはベンチで横になっていた。
でも、ベンチにいたのは、ぼくだけではなかった。
ルルが従魔の姿でそこにいた。
しかも、小さな手で拭っても拭っても涙が止まらないらしく、目を閉じたまま、わんわん泣いていた。
「ルル?! どうしたの?」
慌てて抱きしめると、ルルは弾かれたように目を見開いた。
「あれ……。わたし、どうしてこんなに泣いているの……?」
呆然とするルルを見て、ぼくは言葉に詰まった。
それでも、ルルを安心させたくて、話しかける。
「大丈夫だよ、ぼくがいるから大丈夫。悲しかったんだよね? えっと……」
視線を巡らすと、なぜかオオバコお姉ちゃんがうつ伏せで倒れていた。
さらにその近くで、第5王子が横向きに倒れている。
漆黒の羽根は消えかけているのに、彼は涙を流していた。
(えぇっ! 泣いてる……! まさか、オオバコお姉ちゃんの命が――)
予想のつかない状況に、ぼくは冷や汗をかく。
けれど、お姉ちゃんの背中に天使族特有の羽根は見られない。
(天使族は亡くなると、羽根が消えずに実体化して残る。なら……)
オオバコお姉ちゃんは、生きている。
無事で良かった。
でも、胸がざわざわして、落ち着かない。
(何があったの? もしかして、ぼくの頭突き事件がきっかけで、大人同士で揉めた?!)
ぼくは、第5王子のことを放っておけなかった。
ベンチを降り、泣いている彼の前でしゃがむ。
「あの……何が起きたの?」
「ごめん。俺が……悪かったんだ……」
(あ、あの第5王子が謝った――!)
ぼくはポカンとしてしまった。
「許してくれ。このままでいたいのに……目を閉じるのが、怖いんだ……」
らしくない。
第5王子は子供みたいに、寂しそうな表情をしていた。
その上、漆黒の羽根も、泣き疲れたかのように、力無く項垂れていた。
「ぼくも……いきなり頭突きをして驚かせたかもしれない。ごめんなさい」
「いいんだ。だけど、このまま意識を失うのは嫌だ。もう一人の俺は、君にプロポーズしたことを知らない……。まぁ、いくら拒んでも、いずれ、俺は意識を失ってしまう……」
「あっ……!」
大きな手掛かりを掴んだぼくは、腑に落ちた。
今の第5王子は、自分の中に別人格がいることを自覚していて、ちゃんと分かっているんだ。
つまり、このまま意識を失って、方言を喋る性格に戻れば、何もかも忘れてしまう。
前も同じことがあった。
ダン先輩の言葉を聞いた途端、突然人格が変わったのを見たことがある。
あの時は唐突だった。
でも、今回に関しては、本人が戻りたくないらしく、必死に抗っている。
「どうすればいいんだろう?」
「膝枕を、させてくれ……」
「ちょっ……!」
あろうことか、第5王子はぼくの太ももに頭を乗せた。
「これなら、俺は怖くない……」
「そう……」
「あと、何か歌ってほしい……」
さっきまでの冷酷さが嘘のように、今の王子は子供――いや、赤ん坊のように駄々を捏ねていた。
体格は立派な大人の男性なのに。
(意外。ここまで甘えん坊だったとは……)
そもそも、いきなり歌ってほしいと言われても、ぼくはアンズちゃんみたいに歌手を目指しているわけではないから、すぐには歌えない。
「どんな歌がいいのかな?」
悩んでいたら、「サラちゃん、わたしと一緒に歌いましょう?」とルルがぼくの頭の上にちょこんと座った。
「ルル! 曲はどうする?」
「わたしたちといえば、天使族の讃歌があるわ」
「そうだね……」
ルルの美しい声に合わせて、ぼくも小声で歌う――。
Piume bianche, fiori bianchi.
《白い羽根、白い花》
Noi siamo angeli.
《わたしたちは天使》
Amato figlio mio, sii felice.
《愛おしい我が子よ、幸せに》
Per vivere giorni splendidi.
《輝かしい日々を送るために》
Spieghiamo le nostre ali.
《わたしたちは翼(羽根)を広げる》
Per conoscere un dolce amore.
《甘く素敵な恋を知るために》
Facciamo sbocciare i fiori.
《わたしたちは花を咲かせる》
Addio, mio caro amore.
《さようなら、愛するあなた》
Le piume sono il nostro legame.
《羽根はわたしたちの絆》
Addio, mio caro amore.
《さようなら、愛するあなた》
I fiori sono i nostri ricordi.
《花はわたしたちの思い出》
Amato figlio mio, sii felice.
《愛おしい我が子よ、幸せに》
Noi siamo angeli.
《わたしたちは天使》
Non seguirci mai più……
《わたしたちを追わないで……》
歌い終えた頃には、第5王子は規則正しい寝息を立てていた。
知らぬ間に、漆黒の羽根は消えていたが、頬には涙の跡が残ったまま。
けれど、その寝顔は、生まれたての仔馬のように、無垢でとても穏やかだった。
【※ご挨拶】皆様、いつもご愛読いただき、誠にありがとうございます。
「続きが気になる!」「膝枕はいつまで?」「オオバコお姉ちゃんたち、どうなった……」と感じていただけましたら、高評価やブックマーク、リアクションで応援していただけますと幸いです。
評価はページ下部にある【☆☆☆☆☆】から、
リアクションは顔マークをタップすると選べます。
皆様の一つ一つの応援が、執筆の大きな励みになります。
それでは、また次回。
次のお話も、どうぞお楽しみに。




