幸福という名の殺意〜天使達ノ集イ〜 ※第三者視点【※】
【※注意】暴力・拘束描写あり(R-15:背後注意!)
今回は第三者視点でお送りいたします。
バイク乗りの服装をした小柄な彼女は、地面に落ちていた青い薔薇を迷いなく踏みつけた。
そして、第5王子と、眠り姫のように眠るサラのもとへズカズカと詰め寄った。
「学会の発表ネタにとっておきたいくらい、面白い見世物だね。ふざけないで!」
バチンッ――!
第5王子を鋭く睨んだ彼女は、吐き捨てるように言ったと同時に、王子の右頬を全力で平手打ちした。
「ぐっ……!」
研究者らしからぬ強烈な一撃に、王子は顔を歪めた。
腕に抱えていたサラを支える手が緩み、その華奢な身体を取り落としそうになった。
その一瞬の油断を、彼女は逃さなかった。
空間転移の魔法を編み上げ、サラの身体をベンチへ移動させた。
「遅くなってごめん、サラちゃん。ゆっくり休みな……。私がシアンをボコボコにしとくから」
彼女は淡緑色の長髪を指先で弄りつつ、「さて、どうしたものかね〜」と余裕のある言い振りを見せた。
一方、王子は嫌悪感を露わにし、漆黒の翼を大きく広げて、押し殺した声で話し始める。
「あんたの名前は……オオバコ、だったか。何しに来た?」
「何しに来た? それはこっちのセリフなんだけど。サラちゃんをどこへ連れ去るつもり?」
「王宮だ。この娘は第一王女。俺の妻にする」
恍惚とした顔で再びサラに歩み寄ろうとする王子を、オオバコが冷たくあしらった。
「俺の妻にする? はぁ……本当に悪魔族って自己中なんだから。私たち天使族が、そんな暴挙を許すわけないでしょ――」
言い終える前に、オオバコはバイクの上に置いていたヘルメットを鷲掴みし、第5王子に向かって投げつけた。「よっ!」と、鼻で笑うような、涼しい顔で。
だが、王子はそのヘルメットを、淡々と片手で受け止めた。
「よくも庶民の分際で、王子の俺に対してふざけた態度を取るものだな……」
「へぇ〜。今日のあんたは、方言を話さないんだ!」
「何……?」
不服そうに眉間に皺を寄せる王子を見て、オオバコは「白々しいねー」と愚痴をこぼし、ズボンのポケットから、閃光手榴弾を無造作に取り出した。
「シアン。正直に答えなかったら、これをあんたの顔面に叩きつける。だから、私の質問に答えてくれる?」
「物騒な真似を……。俺は一刻も早く王宮に行きたいんだ。だが、手短に済ませるのなら許そう」
王子は腕を組み、不遜な態度のまま、質問を待っていた。
対して、オオバコは心臓を射抜くような鋭い質問を投げた。
「あんたが殺したんでしょう? レンゲ様を」
その問いは、サラの母であり、亡き王妃に関する内容だった。
「レンゲ」の名が出た途端、王子は動揺を隠せず、明らかに呼吸が乱れていた。
「あれ〜? 呼吸数が増えてるね。隠しきれていないよ、シアン。あんた、あの事件を境に、不自然な方言を使い始めたよね。それまでは、今みたいに澄ました話し方をしてたくせにさ?」
「違うッ! 俺は殺してない!」
必死の抵抗とは裏腹に、王子の背後の翼は力無く項垂れていた。
オオバコはその隙を逃さず、冷徹に言葉を重ねた。
「『俺は殺してない』って言ったね。もしかして、現場で見ていたの? レンゲ様が事切れる瞬間と――犯人の姿を」
「これ以上、聞きたくない! 俺たちの邪魔をするなァアアアッ――!」
怒りが沸点を突破し、王子の額に血管が浮き上がった。
忿懣遣る方ない表情をした王子の魔力に呼応し、オオバコが踏み潰したはずの青い薔薇が、ドロリと、粘りつくような赤いリボンへと変質していく。
そのリボンは毒蛇のようにうねりながら、獲物を狙って、音もなく動き出した。
「はぁ、声がデカすぎ……うぉっ!」
リボンが生き物のようにオオバコの手足を縛り上げ、閃光手榴弾を握る手ごと、彼女の自由を奪い去った。
「最悪……っ! って、あんた! ちょっと……!」
オオバコは悪態を吐きながら、絡まった呪縛のリボンを振り払おうと必死に踠く。
「話しかけるな。俺には時間がないんだ。第一王女との結婚を、貴様も反対するというのか」
「当たり前! レンゲ様は王宮を嫌がってたんだよ! 娘にまで同じ目に遭わせたくないって! 私は、サラちゃんにだけは辛い思いをしてほしくないんだ!」
「そんなの関係ない。俺がサラを幸せにすればいいだけの話だ。俺たちの未来を拒む邪魔者はいらない――お前を殺す!」
完全なる殺意――王子は容赦なく、オオバコの首にも、ギュッとリボンを巻き付けた。
「ヴぅっ、……!」
首を締め付けられ、オオバコは呻き声を漏らす。
それでも、王子は魔法を緩めず、なおさら魔力を注ぎ込んだ。
「くっ……どうして……。そのリボン……ソヨウ様の、……魔法……っ」
「その名前を言うなぁ! 俺は、母さんに見て欲しかった! 第一王女と結婚式を挙げて、俺が幸福を掴み取る姿を……っ!」
黒い翼を大きく広げて、王子は哀しき凶行を完遂しようとしていた。
オオバコは死を覚悟し、瞳を閉じる。
『レンゲ様、ごめんなさい……!』と。
しかし。
「やめなさい、シーちゃん!」
凛とした、透き通った声が路地裏に響き渡った。
その響きに郷愁を覚えた王子は驚愕して、魔法を反射的に解除してしまった。
縛り上げていた赤いリボンが、あっという間に解けていく。
直後、拘束を解かれたオオバコは、「ソ……さま、ありがと……」と呟き、そのまま地面に崩れ落ちた。
「俺のことをシーちゃんって呼んでくれた……。いるのか、お母さん!」
王子――シアンは縋るような声をあげ、光が差し込むベンチの方へ勢いよく振り返った。
だが、そこにいたのは。
愛らしい姿をした真っ白なウサギの従魔――ルルだった。
シアンのお母様「ソヨウ」の名前の由来は、生薬の「紫蘇葉」から来ています。
花言葉は『力が蘇る』・『善良な家風』
次回もお楽しみに。




