至福の日常〜幸せを噛み締めて〜
晴れてピラティス講師になったオーちゃんの指導のもと、ぼくとキーちゃんは、ピラティスマシンの上でトレーニングに励んでいた。
「吸って〜、吐いて〜。サラちゃん、肩の力を抜いて〜!」
「ぴゃっ! オーちゃん、ちょっとキツいよぉ……!」
アドバイス通りに力を抜こうとした途端、体勢を崩して変な声が出てしまった。
「うふふ。美は柔軟性から生まれるのよ。まぁ、サラちゃんは元々、美人さんだけどね?」
オーちゃんは優しい表情を浮かべながら、楽しそうに指導を続ける。
隣のキーちゃんは、「ははっ……! オウレン、君は面白いことを言う。そのセリフ、すっかり講師じゃないか!」と爆笑していた。
(あぁ……。ずっと緊張していた分、こういう穏やかな時間っていいよね!)
そう思っていたのは、ぼくだけではなかった。
オーちゃんの横で、ルルも「がんばって〜!」とパタパタ羽を動かして応援しながら、とても楽しげな様子だった。
こうして、ぼくたちは一時間ほどかけて、初のピラティスレッスンをじっくり満喫した。
仕上げのストレッチを終えた後、ぼくはタオルで汗を拭っていた。
そこで、キーちゃんが「換気をしよう」と窓を開けてくれて、心地良い夜風が通り抜けた。
「あら! サラちゃん、なんだかいい香りがするわね? この香水、確かダン――」
ルルが鼻をクンクンさせながら寄ってきて、誰の香水か言いかけた。
(まずい! オーちゃんとキーちゃんの前で、ダン先輩の香水をつけていることがバレたら、絶対質問攻めされる!)
「わやや、待って! 汗臭いからダメだよ!」
ぼくは慌てて、自分の手でルルの口を優しく塞いだけれど、手のひらに伝わるルルの柔らかな毛並みがくすぐったい。
さすがにルルも空気を読んでくれたのか、「わかってるわよ」とでも言いたげな顔をして、さっと別の話題を振ってくれた。
「き、気のせいだったわ! それより、サラちゃんのトレーニングウェア、とっても似合ってるじゃない! さすがね。オーちゃんとキーちゃん!」
「どういたしまして、ルルちゃん。いやぁ、オウレンのセンスはさすがだな。サラちゃん、本当によく似合ってるよ」
キーちゃんは目尻を下げてぼくの姿を見た後、オーちゃんの方を振り向いた。
一方のオーちゃんは、どこか寂しそうな表情を浮かべていた。
「オーちゃん? どうかしたの?」
「似合ってるわよ。その……最近のサラちゃんは、本当にお花が咲いたみたいに綺麗だわ」
「えっ!? そ、そんな……!」
改めて、そう言われると照れてしまう。
なのに、キーちゃんまで話に乗っかってきた。
「私も同意見かな。だからこそ、男には気をつけて。距離感が独特な王子様もいるからね」
「あっ……」
そうだった。
第3王子にあんな至近距離で詰め寄られたのを、オーちゃんとキーちゃんに見られてしまったんだ。
キーちゃんの言葉に、あの時の出来事が脳裏をよぎり、顔がぽっと赤くなる。
たまらず体操座りをして膝に顔を埋めると、オーちゃんが「キハダさん。その話はやめましょう!」と少し機嫌を損ねて、頬を膨らませた。
キーちゃんは「しまった」と眉間に手を当ててから、オーちゃんの気持ちを前向きにさせる言葉を告げた。
「すまないね、オウレン。でも、サラちゃんの変化にいち早く気付いているのは、ずっとそばにいる君だろう?」
「そ、そうね。どうも、キハダさん……」
オーちゃんは俯きながらも、嬉しそうにほっぺたに手を当て始めた。
(オーちゃんとキーちゃん、なんだか前より仲良くなってるかも?)
二人のやり取りがどこか仲睦まじく、甘酸っぱい雰囲気に癒されていたところ、玄関のチャイムが鳴った。
「あっ!」
ぼくはお腹が空いていた。
急いでリビングの方へ走ると、鮭の入ったクーラーボックスを抱えたおじさんが立っていた。
「サラちゃん! ただいま!」
「おじさん、おかえりなさい! あのね、オーちゃんがピラティスの試験に受かったから、さっきまでレッスンを受けてたんだよ!」
「オウレン、受かったのか。良かったね! じゃあ、今夜は鮭をたっぷり焼こう!」
「やったー!」
ぼくとおじさんが仲良く会話をしていると、オーちゃんたちもやってきた。
まず、キーちゃんが「お邪魔しております。差し入れです」とおじさんにプリンを渡していた。
「こんばんは。ありがとうございます!」
「ニボルさん、こちらこそ。この前は助かりましたよ」
「キハダ理事長先生。もしよろしければ、一緒に晩御飯を食べていきませんか?」
おじさんの方から、キーちゃんを誘ってくれた。
「よろしいのですか?」
「もちろん! 鮭を焼いて、ご飯とお味噌汁を出すだけの簡単な献立ですが……」
「美味しそうですね。それでは、お言葉に甘えて。食事前に着替えてきます」
「どうぞ。サラちゃんとオウレンも着替えておいで」
「はーい!」
ぼくたちは各々、トレーニングウェアから普段着に着替えて、食事を楽しんだ。
おじさんが焼いてくれた香ばしい鮭を味わい、食後のお楽しみには、キーちゃん差し入れのプリンを食べた。
当初、キーちゃんはお酒を飲まずに帰る予定だったけれど、おじさんの「ゆっくりしてください。はい、お酒だよ〜」という言葉と、美味しい鮭の誘惑に勝てなかったみたいで、一晩泊まっていくことになった。
賑やかに同じ食卓を囲んでいると、ぼくたちは本当の家族のようだった。
翌朝、おじさんが作ってくれた和風ハンバーグをみんなで食べてから、ぼくは自室で勉強に励んだ。
大好きなお友達と一緒に勉強し、美味しいご飯を食べて、夢を叶えたオーちゃんたちの笑顔を見て、大好きなルルと過ごす――最高の日常だ。
この充実した生活を味わえる幸せを噛み締めながら、楽しい土日を送った。
なお、実験部のみんなと教え合った、あのハンバーグ修行の成果もあってか、その後のテスト期間も無事に乗り越えることができた。
次回は、久しぶりにある王子様が登場します。
どうぞお楽しみに!




