表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第一王女を探さないで〜隠された愛と男装王女の誓い〜  作者: 国士無双
第2章:王子様、ぼくを探さないで
110/112

至近距離〜薔薇姫を知るのは俺だけ〜 ※第一王女→第3王子視点

最初は第一王女視点です。

途中から、第3王子視点になります。

 放課後、ぼくは図書室の地下室で、キーちゃんが書いた魔法家庭学の論文を読んだ。

 

 静まり返った空間にいるのは、ぼくだけ。この静けさは、集中するのにうってつけだった。

 

 最後の一文まで目を通したぼくは、論文を手にしたまま、キーちゃんが作りそうな問題を想像していた。


(記述問題は、この範囲から出そう……)


 イメージが風船のように膨らんでいったところで、地下室のドアがギィイと開いた。


 入ってきたのは――第3王子。

 目的の本を探すように背表紙へ視線を滑らせながら、ぼくがいる本棚コーナーにやって来た。


 一瞬、目が合ったが、第3王子はすぐに視線を逸らした。

 

(えっ……。ぼくのこと、覚えてない?)


 目が点になった。


 この前と違って、一言も喋らないし、考え込む横顔は険しく、むしろ「近寄るな」と言わんばかりのオーラを放っていた。

 

(月曜日に会った時は社交的だったのに、今日は無口。ご機嫌斜めなのかな?)


 ぼくは知っている。

 こういうときに話しかけると、かえって機嫌を損ねてしまうかもしれない。


(また、次に会った時に、お礼を言えばいいよね)


 一人でコクンと頷き、論文を本棚に戻して、チラッと隣を見る。


 第3王子は背が高く、脚立を使わずに、最上段の本を片手でまとめて抜き取った。

 だが、その数が多過ぎて、一気に崩れ落ちそうに――。


「危ないっ!」


 条件反射で、ぼくは咄嗟に両手を伸ばし、第3王子に覆い被さった。


 ドサァ――。


 床に散らばった本の音だけが、静まり返った地下室に響き渡った。


(あれ……痛くない?)


 恐る恐る目を開けると、仰向けになった第3王子と目が合った。

 息がかかるほどの至近距離。体温まで伝わってきて――あろうことか、ぼくは王子様の上に跨っていた。

 

(やだっ、近い……!)


「す、すみませんっ!」

 

 慌てて立ち上がった拍子に、ぼくのお尻に、硬いたんこぶが当たった。

 

「ひゃあっ……!」


 高い声が出てしまい、急いで口を両手で塞ぐ。

 ぼくは血の気が引いた。王子様に怪我をさせてしまった。


(うわぁ……どうしよう! お詫びどころじゃ済まないよ……でも、聞かないと!)

 

 実際に、第3王子は苦しげな表情をしている。ぼくは隣にしゃがみ込み、あたふたしながら、怪我の具合を確かめた。


「ごめんなさい。大きなたんこぶができてるかも……痛くないですか? 保健室に――」

「ふっ……面白いことを言う」


 第3王子は口元にわずかな笑みを浮かべた。

 けれど、その目つきは鋭く、ぼくの顔をじっと観察している。

 

 さすがに、ジロジロ見られるのは落ち着かない。

 その上、さっきのアクシデントで、ポケットからルルのキーホルダーがはみ出していた。慌てて押し戻す。


 幸い、王子様は、ぼくの動作に気づいていない。視線が終始、ぼくの顔に注がれていたからだ。

 

(ぼくの顔、変なのかな……。どうして、そんなに見つめてくるの?)

 

 恥ずかしくなったぼくは立ち上がって、散らばった本を片付け始めた。まとめて棚に戻したかったけれど、背が足りなくて届かない。

 

 脚立を持ってこようと思ったその時――。

 

「元に戻すから、1冊ずつ俺に渡してくれ」


 王子様は身を起こし、ぼくに右手を差し出した。


 指示どおりに1冊ずつ渡しながら、考える。


 月曜日に会った時と違って、今の王子様はほとんど喋らない。むしろ、初めてウェディングドレスを着た時に、会った印象に近い。


 ぼくの中で、答えが出た。


(もしかして、第5王子と同じ二重人格――?!)


 やはり、王族は不自由なのだろう。みんな、何かしら悩みを抱えている。


 第5王子は嫉妬でダン先輩に石を投げていたし、ニコくんは王族のルールに縛られるのを嫌っていた。お母さんも王宮で不自由な暮らしを強いられていた。そういう事情を知ると、ますます王族になりたいとは……思えない。


「はぁ……」

 

 思わず溜息をつくと、王子様の口から感謝の言葉が返ってきた。


「助かった。片付けはもう終わった」

「あっ……」

 

 考え込んでいるうちに、本棚は元通りになっていた。


 用件も済んだことだし、ここに居続けるのも気まずい。

 それでも、地下室を出る前に、確認とお礼だけは伝えることにした。


「あの……本当に痛いところはないですか?」

「大丈夫……」

「良かった! この前、左手を怪我していて、痛そうだったから。絆創膏のお礼に、お菓子までいただいてすみません。ありがとうございました」


 言い終えて、ドアを開ける。

 

 今日の第3王子は、前回と違って、声を掛ける気配すらなかった。


(うーん。真相がわからないのは、悔しい)


 ちょっと負けず嫌いなぼくは、独り言――いや、ふたり言を言う。


「今日のあなた、月曜日と違う気がした……」


 顔を腑せたままドアを閉め、図書室の席に戻って、荷物をまとめる。


(占いがこんなに当たるなんて怖いっ……。これ以上、アクシデントが起きませんように!)

 

 そう祈りながら、駆け足で寮に帰った。


 * * *


 地下室のドアを押し開けると――甘く艶やかな香りが鼻腔をくすぐる。


 どこかで嗅いだことのある香りなのに、思い出せない。だが、体が覚えているようだ。


(懐かしい香り……誰だ?)


 視線の先にいたのは、一般科の男子生徒。

 一瞬、目が合ったが、すぐに逸らした。気安く話しかける必要はない。


 目的の本を見つけ、本棚の最上段に腕を伸ばす。数冊をまとめて抜き取った瞬間、大量の本が崩れ落ちてきた。


 危ういと思い、魔法を使おうとしたが、その前に、柔らかな重みが腰の上にのしかかる。

 本が床に散らばる音だけが響いた。


(……助けてくれたのか?)


 目の前には、驚きで潤んだ青い瞳。

 形の良い小さな唇。仕草には、どこか上品さがある。


(男にしては、繊細すぎる……)


 しかも、「大きなたんこぶ」などという妙な表現まで。思わず口角が緩む。


(幼い。まだ1年生なのだろう。世間に疎いようだ……)


 そして――偶然か。錯覚か。再び、あの香り。

 

(この香り……どこかで……)


 気になりつつも、最後の一冊を棚に戻し、礼を述べる。


「助かった。片付けはもう終わった」


 それ以上の言葉は不要だ。

 なのに、去り際に聞こえた少年の独り言が、心に刺さる。


「今日のあなた、月曜日と違う気がした……」


(ふーん、違いに気付いたか)


 俺の中で確信に変わった。

 この子が、チョコに絆創膏を渡してくれた。そして、俺のことも助けてくれた。


 地下室は再び静寂に包まれた。

 しかし、胸奥では、“香りの記憶”が薔薇の棘のように突き刺さったまま。


(面白い子だ。危うくて、儚い“薔薇姫”。その棘さえも俺に委ねて、本当のお姫様になればいい……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ