独占欲は誤解から始まる【※】
【※注意1】一部、女性同士の絡み有り!
【※注意2】第⚪︎王子によるスキンシップ表現あり(R-15:背後注意!)
更衣室――アンズちゃんが着替えている間、チアガール姿のぼくは後ろを向き、顔を真っ赤にしながら、トップスやスカートの裾を何度も引っ張っていた。
「この格好、落ち着かない……。露出が……」
「おーい、サラッ! どうかな?」
ふと声がした方へ振り向くと、学ラン姿でバッチリ決めたアンズちゃんが会心な笑顔を浮かべていた。元々、綺麗な顔立ちをしているから、男装もおしゃれに着こなしている。
「いいね! かっこいい!」
率直に答えると、アンズちゃんはぼくの手を取って、ウィンクした。
「ありがとう。サラも、その衣装すっごく似合ってるよ! 惚れちゃうかも」
「え!? な、なに言って……!」
「ねぇ、知ってる? お父さんから聞いた話なんだけど、鬼族の風習では――綺麗なおへそを持つ異性を結婚相手に選ぶんだって」
鬼族といえば、ダン先輩だ。
(でも、どうして? いきなり、その話を……)
不思議に思いながらも、初耳な雑学でどこか興味深く感じた。
「ぼく、初めて知ったかも。アンズちゃんのお父さん、詳しいんだね」
「えっへん。あれ……?」
アンズちゃんは透き通った瞳でぼくの顔を覗き込む。
「なんで、その話をしたのか気になるって顔をしているね?」
「あっ……! 気になってるのバレた?!」
「もちろん! サラって顔に出るから。そこが可愛いんだけどね。そんな可愛いサラちゃんに朗報だよ。その縦長で小さいおへそなら、鬼族の花嫁候補まっしぐらだね。結婚しようってプロポーズされるかも。玉の輿どころか王の輿だね!」
アンズちゃんの視線がおへそに注がれていることに気付いたぼくは、慌てて手のポンポンでお腹を隠したが、『鬼族の花嫁』『王の輿』という突拍子もない言葉を聞いて、妄想してしまう。
(ダン先輩に見られて、プロポーズされたら……王妃になるってことだ。絶対におへそは見せないようにしないと。良かった。今、目の前にいるのはアンズちゃんだから平気。……ううん、やっぱり恥ずかしい)
考え込んでいるうちに、羞恥で体が震える。そんなぼくを見て、アンズちゃんはニッと笑い、「ウブだねー! じゃあさ、練習で……試しに壁ドンとかされてみる?」と唐突に右手を壁にドンッと叩きつけた。
(な、何する気なのー?!)
「ちょっ、ちょっとアンズちゃん!? 近いよ……!」
「サラ、素敵なおへそだね。好きだ、私と付き合おう」
恋愛ドラマの俳優さんみたいに、鬼族になりきったアンズちゃんが、プロポーズのセリフを口にしながら、左手でぼくのおへそをスリスリする。
「やっ……だめ……!」
「なーんて――」
その時だった。
トントン、と部室のドアをノックして、誰かが入ってきた。
「嘘っ……!」
まずい。隣の更衣室にいたのは不幸中の幸いだけど、この姿を他人に見られるわけにはいかない。男子生徒として通っているのに、女装趣味だなんて誤解されたら困る。ましてや、本当の性別がバレたら……。
一瞬で血の気が引いたぼくを見て、アンズちゃんが耳元で囁く。
「私が対応するから。ロッカーの中に隠れて」
ぼくを広めのロッカーに押し込み、一人で部室の方へ向かっていった。
ロッカー越しに耳を澄ませる。
「どうして、その服を?」
(声がこもってる……アダムさんかな?)
「蛇口を捻りすぎちゃって……服がびしょ濡れに。それで着替えがこれしかなかったの!」
「フーン。白衣なら今もらってきたが、制服は業者が間違えて保健室に届けたらしい。アンズ、オウレン先生のところへ取りに行ってくれないか?」
「えっ? そうなのー?! わかった、すぐ行ってくる!」
アンズちゃんはドアをバタンと閉め、そのまま走り去っていった。
(どうしよう……アンズちゃん、すぐ戻るよね?)
そう願ったものの、だんだんと足音が部室から更衣室の方へ近づいてくる。
(なんで! 絶対に来ないで――!)
ごくりと唾を飲み込み、ロッカーの隙間から覗く。
アダムさんだと思っていた予想は、外れた。
更衣室に入ってきたのは――ニコくんだった。
「あっ……!」
(うわっ! 声に出しちゃった!)
急いで口を押さえた拍子に、ガンッとロッカーの角に手をぶつけてしまった。
(ぼくの馬鹿! お願いだから来ないで……)
恐る恐る前を向くと、無言でロッカー越しに睨んでいるニコくんと目が合った。
「そこにいるんだろう……」
(開けないで! 部室の方に戻って!)
ぼくの祈りも虚しく、ロッカーの扉を勢いよく開けられてしまった。
「サラ……なんで、そんな格好を……!」
ニコくんは目を見開き、低い声でぼくに話しかけた。
「ち、ちがっ……これは事故で! だって! 水がかかって着替えがなくて!」
ぼくは目をぎゅっと閉じ、体を縮こませて、スカートの裾を必死に引っ張った。ニコくんの前で、素足を晒したことはなかったから。
それでも、ニコくんは立ち止まったまま、動かない。
「ニコくん、見ないで。恥ずかしいから、部室の方に――んっ!」
「Shhh……」
骨太かつ頑丈な指先で、いきなりぼくの口を塞ぐ。
「ん! ん……!」
「似合ってる。でも……誰かが来たら困るだろう?」
大声を聞かれたら、本当に誰かが来てしまう。わかってる……けど、押さえつけられて苦しい。
(お願い、指を離して! 静かにするから……)
必死に目で訴えると、ようやく離してくれた。けれど、鋭い黄色の瞳が真っ直ぐにぼくを捉えていた。
「サラ、その姿、他の奴らには絶対に見せるな」
「えっ……ど、どういう意味……?」
「オレは気に入らない。君が、オレ以外の男から視線を浴びるのが」
(なに、その言い方――まるで、恋人みたいじゃないか!)
「もしかして……嫉妬してるの?」
「そうだな」
即答だった。頬が林檎みたいに赤くなる。
どうして嫉妬しているのかを知りたいのに、ニコくんは畳み掛けるように話を続けた。
「オレも聞きたいことがある。部室に珍しいお菓子箱があった。誰から貰ったんだ?」
「えっ?! あ、あの……その!」
(うわぁあああ! 机の上に、置きっぱなしにしてたんだ!)
動揺して、視線が定まらずキョロキョロしてしまう。
「サラ、オレは回りくどいのが嫌いだ。答えるんだ」
研ぎ澄まされた鋭い瞳。後退りしたいけれど、背中が壁で――逃げ場がない。
「えっ……えっと……図書館で知り合ったお友達から……!」
思わず嘘をついてしまった。
(ごめんなさい。本当は“お友達”なんて軽い存在じゃない。同じ『お』でも――王子様なんて言えない。大きな秘密だから、墓場まで持っていくんだ……)
しかし、ニコくんにはバレてしまったようで――。
「嘘だな、サラ。知ってるか? 君は隠し事をしている時、耳まで赤くなる」
「ひゃあっ……!」
ニコくんはぼくの耳たぶを親指と人差し指で軽くつまみ、じっと睨んできた。その目付きは、「許さない」と告げているようだ。
「わかった……今回は問わない。だが、オレ以外の奴から受け取るな。それと、そのおへそ。鬼族に見られたら、婚姻話になる。知っていて、その格好を?」
「ぼくは知らなかった! アンズちゃんに、さっき教えてもらったばかりで……!」
おへそに熱い視線を感じ、慌てて隠そうとするが、手首を押さえられる。
「やぁ……離して!」
「いや、離さない。それにしても、綺麗な肌だ。吸血鬼族なら誰もが逃さない……本当に美味しそうだ」
ニコくんはしゃがみ込み、目を逸らさずに、ぼくのおへそを凝視する。
「待って、ニコくん! おへそ、見られるのは……イヤだ……」
「サラ……いい匂いがする。落ち着く。好きだ」
「ちょっと……きゃあ!」
吐息がおへそにかかって、くすぐったい。それで身をよじっても、ニコくんは逃してくれない。
終いには、普段なら絶対に言わない、少女漫画のような台詞を口にした。
「他の男に奪われるくらいなら……オレが奪う」
「えっ、奪うって……?」
「君の全てを。だから、まずは――そのおへそを味見する」




