あなたも王子様?
ぼくは前の席に座っている同じクラスの男の子と、ひょんなことから仲良くなった。
昼休みが始まってすぐ、アンズちゃんたちに呼ばれて昼ごはんを食べに行った時のこと。どうやら、ぼくは自分の席と勘違いして、1つ前の席に漫画を置いてしまったらしい。戻ってきてから『漫画がない!』と焦ったけど……その男の子の席にしっかり置いてあった。
「あっ! ぼく間違えて、君の席に漫画を置いちゃった……ごめん!」
「ん? 大丈夫。この漫画、おもしろいな」
「えっ? おもしろいよね。もしよかったら、続きも読む? そうだ、ぼくの名前はサラ! よろしくね!」
「あぁ」
彼の名前は『ニコ』くん。身体が大きく、白髪に黄色い目をしていて、感情があまり顔に出ないタイプだ。
ぼくが彼の机の上に間違えて置いてしまった後、誰のかわからなかったけど面白そうだから読んでみたんだとか。そんなぼくは、ニコくんと漫画を貸し借りする仲――いわゆる趣味友達になった。
ニコくんはとてもクールな同級生だが、なぜかクラスメイトの悪魔族の子たちからは「無口で顔が怖い」と警戒されているらしい。それに、アンズちゃんとケイちゃんも「あの男の子、吸血鬼じゃない? 気をつけないと血を吸われるかも……」「吸血鬼って不気味なイメージがあるわ!」と、【吸血鬼族】について否定的な意見を口にしている。
でも彼は全く気にしていない。そんな一匹狼で心身共に強いニコくんだけど、ぼくは彼が苦しんでいる表情を見てしまった。
とある日の放課後――担任の先生から「これ、ニコに渡してくれる? 終礼が終わってすぐ帰ったんだ……」とプリントを渡された。
ぼくはニコくんが元々あまり群れるタイプではないことを知っていたから、人通りの少ない校庭にいると思い、木陰のあたりへ向かった。
ところが、彼は意外にも誰かと二人で話していた。だが、その相手の顔は木の影に隠れてよく見えない……。
すると、突然――。
「グハッ……!」
ニコくんが苦しげに声を上げた。
「このぐらいの魔力で当てられるとは……。特別科ではなく一般科に進学して正解だったな。行方不明の第一王女様も見つけられないとは――実力不足では?」
(えっ、どういう状況?)
どうして喧嘩をしているのか原因はわからないけれど、二人とも魔力を放出していた。その威圧感は明らかに一般科の生徒が出せるレベルを超えている。
そして、ぼくは話し相手の言葉が引っかかった。
「特別科ではなく一般科に進学して正解」だなんて……。
何より恐ろしいのは、第一王女の話――つまり、ぼく自身のことで会話をしていた。どうしてニコくんに第一王女の話をしているのだろう?
そう疑問に思ったものの……ぼくが話し合いに参戦するわけにはいかないし、絶対に第一王女だとバレるわけにはいかない。だけどニコくんが魔力で抑えられて、辛そうな声が聞こえる。
できることはただ一つ――大声で彼を呼ぶことだった。
「ニコくん――!どこにいるのー? プリントを渡しにきたよー!」
思いっきりお腹の底から大きな声を出した気がする。
「はぁ……お友達が来るな、この現場を誰かに見られる訳にはいかない。今回はこれで許す……」と言って、ニコくんの話し相手はすぐ消えた様子だった。誰なのか全く見えなかったからわからなかったけど、ぼくの思いつき作戦は成功した様子だった。
彼の荒い息が次第に落ち着いていくのを、校舎裏からじっと見守っていた。すると――。
「そこにいるのか……? サラ……」
彼の低い声が静寂を破った。ぼくの声だと、どうやら彼にはわかっていたらしい。
さっきまで話していた人物がいなくなっていることを確認してから、ぼくは彼の元へと足を向けた。
「ニコくん! ごめん、すぐ行けなくて…….。大丈夫? 服が破けてるじゃないか?! ぼくのハンカチ、使って?」
「すまないな、助かった……」
顔色がやや悪いものの、不幸中の幸いで傷跡は一切ない。ただ、魔力負けしたのか、服の一部が切れているのが見えた。
(あんなに強い魔力を持つ人物が……この学校にいるなんて。一体、誰と話していたんだろう?)
次々と疑問が溢れるし、とても気になってはいたが、彼はあまり多くを語るタイプではないため、詳細は聞かないことにした。
そして翌日――ニコくんは新品のワイシャツを着ていた。なぜわかったかって?
ニコくんの首裏に値札が付いていた。誰も気づいていない。
……いや、みんなニコくんのことが怖くて言えないんだ。吸血鬼は怖いってイメージがこの世界ではどうやら先行しているらしい。どうして、そのイメージがつくと、全員右向け右で、そう思うんだろう。
ニコくんは確かに、最初の印象は無口でミステリアスだった。でも、会話してみると意外と面白いし、今回みたいに値札を付けたまま服を着てるから、どこか抜けているところがあるのかもしれない。
さすがに教室でハサミを取り出して切るわけにはいかないし、クラスメイトに見られるのも気まずい。そこで、休み時間になるのを待って、声をかけた。
すると、彼は無言で更衣室へ案内してくれた。
「どうした?」
「あの……首の裏に値札が付いてるんだけど、取ってもいい?」
彼はキョトンとした顔をしていたが、「よろしく頼む」と椅子に座って、背中を向けてくれた。早速うさぎのペンケースからハサミを取り出して、値札の紐を切ろうとしたが、彼の髪の毛が首の後ろまで伸びているため、大変切りにくい。
「ごめん! 髪を切ったらいけないから、ちょっと触れるね」
ぼくはそう言いながら、彼の髪を切らないように髪をまとめて左手で持ち、ハサミを持つ右手で紐を切った。
『無事に取れた!』と安堵した直後――ぼくは固まってしまった。
彼の首裏に6のナンバーと吸血鬼をモチーフにしたアザがあった。やっぱりニコくんは噂通り、吸血鬼族なんだ……いや、待って!
(このアザって、まさかニコくんは第6王子……? うそッ?!)
ダン先輩だけでなく、ニコくんも王族だなんて……。まだ入学して数週間しか経っていないのに、なんでまた違う王子様が現れるの……?
たまたまにしてはおかしい――王族同士は惹かれあってしまう運命なのだろうか?
ぼくが、ずっと左手で髪を持っていたのが気になったのか声をかけられる。
「サラ……取れたか?」
「ぁあ……! 取れたよ!」
変に上ずった声を出してしまったが、ぼくはパッとすぐ離した。
値札が無事に取れたことだし、二人で教室に戻ろうと思って、更衣室から出ようとドアノブをひねろうとしたけど、ぼくの後ろにいたニコくんが突然更衣室の内鍵を掛け始めた。
ガチャン!
「えっ?」
困った。大変なことが起きてしまった……なぜかぼくは閉じ込められてしまった。
ニコくんの手によって。
「ニコくん、どうして?!」
ふと後ろを振り向くと、彼がいつの間にか目の前に立っていた。そして、ぼくが逃げないようにするかのように、両肘をぼくの左右に置く。いわゆる少女漫画で言う『壁ドン』の形だ。
(でも、今のぼくは男子生徒だから、胸キュンなんてしないけど……)
それに、彼は無口なだけじゃなく、「成長期で180cm以上ある」って言ってたから、その高身長で上から見下ろされると……どうしても圧を感じてしまう。
怖いけど、彼の顔を見上げたまま返事を待つことにしたが――まさか、彼から驚くべき提案をされるなんて思いもしなかった。
「安心しろ。嘘をつかなければ、出してやる……」
彼の言葉に、思わず動揺する。まるで『ぼくの正体を知っているの?』と問いかけられているようだ。
「やだ! 意地悪なこと言わないでっ……!」
「ふーん。このままキスしてもいいのか?」
彼との距離がさっきより近づいている。息がかかるほどの距離感に、全身が一瞬で熱くなった。
(なんで、急にキスだなんて言うの……?)
動揺で頭の中が真っ白になる。なのに、彼の顔はさらに近づいてくる――鋭い目つきが、心の奥まで突き刺さる。
本当にされそうだ。そう感じた瞬間、ぼくは震える手を握りしめ、意を決して、自分の本音をぶつけることにした。
「ダメ! キスは恋人同士がすることって、貸してる少女漫画に描いてあったでしょう! ぼくは好きな人に捧げるって決めてるんだ!」
(あぁあああ! ぼくは何を言ってるんだろう……)
自分の恋愛観をつい叫んでしまったことに恥ずかしくなる。
穴があったら入りたいなんてものじゃない。穴に入ったぼくを一生探さないで……。
「フッ」
どうやらニコくんのツボに入ったらしい。肩を揺らして笑う彼は、ようやくぼくから距離を取ってくれた。
(もしかして、この方法……意外と効果アリかも?)
安堵の息をついたのも束の間だった。
次に彼が発した言葉は、まるで鋭い矢のように胸を貫いた。
「それよりもサラ。オレは回りくどいのが嫌いだ。単刀直入に聞く――君、女の子だろう?」
「えっ……?」
その瞬間、時間が止まったかのような感覚に襲われた。
頭が真っ白になる。
心臓が鼓動を刻む音が、やけに耳に響く。
(なんで……どうしてそんなことを……?)
突然の忠告にビックリして、その場から動けず、腰が抜けてしまった。
<余談>
主人公→165cm
ニコくん→188cm