容姿だけが全てじゃないんだから!
「容姿だけが全てじゃないんだから!」
魔女は涙を流しながら手を取る二人に対して言い放った。
煌びやかな夜会のつかの間の休息に夜風をあたる為に外に出ていた魔女は前から好意を持っていた公爵家の子息フランシスから夜会終わりに話があると伝えられていた。
もしかすると自分の思いに応えてくれると少しだけ期待した魔女はそれはそれは美しい姿で現れた。
見惚れる紳士に頬を染める淑女。今日の夜会は魔女の為に行われたのかもしれないと噂が出始めていた。
主催者の王家も久しぶりの魔女の夜会の参加に威信をかけて豪華絢爛なものに仕上げた。
魔女に手を貸してもらわなければいけないほど国力が衰えている訳ではないが助けてもらえるのならば嬉しいかな…と少し大人の考えがあったのだった。
魔女が二人を見ながら涙を溢れさせていた時、フランシスは驚きながら振り返る。
「魔女様、魔女様、どうか私の話を聞いてください」
フランシスの必死の声かけにも魔女には届かない。
魔女は手で涙を拭いながら
「ええ、大丈夫よ。あなたは、そこの美しい人と結ばれるために私の申し出を断るのでしょ。それも、その女性の目の前で」
魔女は、綺麗なドレスから普段着の黒いローブに戻ると
「でも、最後の私のプライドとしてあなたのお断りの言葉は聞かせないで」
そう言いながら魔法で箒を出すと
「容姿だけが全てじゃないんだから!」
と言いながら飛び去ってしまった。
「魔女様!」
フランシスの言葉は最後まで魔女には届かなかった。
※ ※ ※
「で、我が国ではそれ以降女性の容姿を必要以上に磨いてはいけないという話から美しさは罪となって容姿の良いものは嫌悪の対象になってしまったと…。」
フランシスの生き写しとされる自分の容姿を全身が写すことができる鏡で確認すると小さく溜息をついた。
モンフォール家嫡男のアルベールは今日16歳の誕生日を迎える。
「今日の誕生会も開く必要ないんじゃないか?」
アルベールは気怠そうに従者のトマに訴える。
トマは大きく首を横に振りながら
「そういうわけにはいきません。アルベール様のご両親が無事に成長された記念として毎年行っている事でございますよ」
アルベールの装いの微調整をしながら力説する。
「でも、私はこの年になって婚約者もいないんだよ。このまま干からびて生涯を終えるんだよ」
悲しい表情でトマに訴えると「うっ」と唸るトマが鏡越しに見える。
どうやら自分の従者を困らせてしまったようだった。アルベールは表情を元に戻すと
「ごめん、ごめん。少しいじわるを言いすぎてしまったね。まあ私もこの家に生まれこの容姿の意味を理解してからは覚悟はしているから」
と言って振り返ってトマの肩をポンポンと叩くと
「じゃあ、父様と母様とかわいい妹が待っていることだしそろそろ行こうか」
と言いながら自室を出た。
そして、トマの背中を見ながらフランシス達のその後を思い出す。
実際魔女が目撃した現場は、フランシスが婚約者に別れをいう場面だったらしい。
基本的には親の決めた結婚だったがお互い情がないわけでもなく婚約も婚約解消も当の本人たちのいない場所で行われていたということもあり、フランシスとしてはきちんとけじめをつけるつもりだったと自身の残されていた日記に記されていた。
「婚約者と結婚するのも魔女と結婚するのもフランシスにとっては同じ感覚みたいだったのは少し驚いたよな」
アルベールは思わず自分の考えを言葉にしていた。
内容は聞いてなかったがもうすぐ会場につくためトマにお静かに!と少し注意をされてしまう。
アルベールは片手で謝罪した。
会場が近づくにつれ来賓の声や楽団の華やかな演奏が聞こえてきた。
憂鬱が少しだけ軽くなる。
トマがパーティー担当の人と少し会話をした後、
「それでは、このまま入場してください」
といいながら少し大きなドアを思いっ切り開けた。
ドアが開くと人々の視線を一気に浴びた。
アルベールはなるべく無表情を意識しながら両親が待っている場所まで歩いていく
両親は微笑みながらそんなアルベールを待っていた。
美しさに嫌悪感を覚えるのは女性だけではなく男性も対象になっていた。
もちろんフランシスに似ているアルベールもどちらかと言うと美しい分類に入ってしまう。
反抗期に少し体を作ってしまい、綺麗に筋肉もついてしまった。
今日の来客はモンフォールに連なる人々だったのでアルベールに嫌悪感を出してはいけなかった。皆がんばって笑顔を保とうとするので異様な雰囲気に変わりつつあった。
アルベールはそんな会場に入場してしまいかなり後悔をした。
そして、そんな雰囲気を早く終わらせるために
「本日は、私の誕生会に来ていただき誠にありがとうございます。それでは、失礼します」
と挨拶をして両親にだけ聞こえるように
「申し訳ございませんが、私は退場させていただきます」
とだけ伝え、トマにアイコンタクトをした後そのまま会場を去ってしまった。
トマがドアを閉める瞬間、母様が目元をハンカチで押さえ、父様が守る様に肩を抱いていた様子をみたアルベールは眉間に皺を寄せながら閉まる瞬間まで見つめていた。
自分の感情を抑えきれないアルベールはトマに知られる前に一人になりたいと伝えると今日は使用されていない離れの庭にそのまま出かけた。
フランシスが生涯住んでいた小さな屋敷に備わっている庭だった。
アルベールはその庭が大好きでこういう気持ちが沈んでしまう時によく訪れていた。
庭師もそれを知っているのだろう、綺麗に手入れが行き届いていた。
いつものベンチに腰を掛け上を見上げるととても綺麗な空が一面に広がっていた。
自分と同じ瞳の色なのに空は誰にも嫌われていなくて少し羨ましかった。
貴族と呼ばれている自分だが、感情だってもちろん備わっているんだ。
両方の瞳から悲しみの塊があふれ出る。
「私は、一体この世界に何をしたというのだ」
このままいっそのこと自分が似てしまった主が住んでいた離れに住もうと思い始める
「そうだ、一人でいればこのような感情に振り回される必要なんかないじゃないか」
アルベールは立ち上がると今の考えを執事を通じて両親に伝えてもらおうと母屋に戻ろうとした時
「フランシス、どうしてそんなに悲しんでるの?」
アルベールの目の前に黒いローブを着た女性が立っていた。
即座に膝をつきながら
「もしかすると、そのお姿は魔女様でしょうか?残念ながら私はフランシスではなくその子孫のアルベールと申します」
アルベールの言葉に魔女は驚く
「えっちょっと、ん?フランシスの子どもなの?」
「いいえ、フランシスは生涯独り身を貫きました」
アルベールが魔女の質問に答える。頭を下げているため魔女の表情は分からない。
「え…。あの女性と結ばれたんじゃないの…?」
「フランシスの元婚約者のその後は詳しく分かりませんが他の方と幸せになられたとフランシスの日記に書いてありました」
その言葉を聞いた後、足音がアルベールに近づいてくる。そして魔女のローブらしきものがアルベールの視界に入ってきた。
その後、布が擦れる音がすると魔女の瞳がアルベールの視界に入ってくる。
「もしよかったら、もう少し詳しくお話を聞かせてもらえるかしら?アルベール君」
そう言いながらアルベールの手を取り、一緒に立ち上がった。
アルベールを心配したトマが離れまで探しに来てくれたので、そのまま魔女を応接室にお迎えし二人でお茶会を開くことになった。
アルベールと魔女はトマに入れてもらったお茶を楽しむと、魔女がおもむろにフランシスの日記を見せてもらえないかと提案してきた。
フランシスの日記など興味を持つのはアルベールぐらいだったのですぐに了承し自ら日記を持ち出し魔女に手渡した。
「ごめんね、すぐに目を通すから」
と言いながらアルベールの前で日記を読み始める。始めから全て読むのではなく必要なところだけをピックアップして呼んでくれているらしく宙に浮いた日記がひとりでにパラパラとページがめくられた。
必要な内容を読み終えた魔女は、日記を掌に戻すとそのままアルベールに返却した。
そして、アルベールを見つめた後
「ごめんなさいっ!!!」
思い切り頭を下げる。
魔女の行動が理解できず目を見開くアルベールだった。
魔女は言葉を続ける
「これってかなり私の勘違いじゃない!それなのにフランシスの生涯を台無しにするし、この国の美醜感を狂わせるし、もうダメダメじゃない!!」
反省の弁を述べながらも後悔が追いつかないらしく最後の方は涙目になって謝罪していた。
魔女は突然立ち上がり、アルベールの傍に近づくと膝をつきながら手を握り
「私がちゃんと元に戻すから!アルベールは少し待っててね。フランシスにはもう何もできないぶん貴方の残りの人生だけでも取り戻すからね!」
魔女はアルベールに決意を表明するとそのまま帰ってしまった。
あまりにも情熱的、どちらかというと直情的な魔女に終始唖然としていたが彼女がいなくなり静かになった部屋で
「私はもう、大丈夫なんですけどね」
と一人言葉をこぼしていた。
※ ※ ※
16歳で成人となったアルベールは学園と領地のフォローをしながら日々をすごしていた。魔女の決意を目の当たりにしたがあまり世の中の美醜に関しては変化がないと思われた。
魔女の決意も忘れかけていたころ、王宮から一通の招待状が届いた。
久しぶりに大きな夜会を催す運びとなったので成人したものは全員参加するようにとのことだった。
もちろんアルベールもその参加者に含まれる。
夜会の参加は仕方ないとして
「パートナーですわね」
「そうだな…。」
「私は一人でも大丈夫ですよ」
「そんなっ!お兄様が一人で参加なんて、私が一緒にいけないのですか?」
モンフォール家族会議が行われていた。
母親、父親、アルベール、妹の順で意見を出していくが婚約者のいないアルベールがエスコートする相手がいない問題を解決する手だてが見つからない。
「それは、大丈夫よ!だって私があなたのパートナーとして参加するからね」
モンフォール家には娘が一人しかいないはずが、もう一人女性の声が聞こえてきた。
その主の方を見ると
「魔女様!」
アルベールは驚きながらその声の主に話しかけた。
相変わらず黒いローブを身にまといながらニコリと微笑むと魔女はアルベール以外の家族に挨拶をする。
「初めまして、モンフォール家の方々。私は、情熱の魔女アンヌと呼ばれているわ。私の勘違いで、このモンフォール家の皆とアルベールに辛い思いをさせてしまって本当にごめんなさい!」
アンヌはアルベールにしたようにモンフォール家の人たちにも頭を下げた。
その行動に驚いたモンフォール当主が
「魔女様、どうか頭をお上げください。フランシス叔父上の事は仕方がないのです。本人たちを蔑ろにしていた叔父上の祖父の驕りがモンフォール家の判断を鈍らせていたのかもしれません」
「優しい言葉をありがとう。その言葉を受け取るわ。さて、話を戻すと今回の夜会は私がアルベールの今の状況を打開したいと思って王家にお願いしたの。その一環としてこの夜会は私と共に参加してね」
そういって魔女が指を鳴らすと目の前に衣装の入った箱が出てきた。
「当日は、この衣装をきて参加して欲しいの。大丈夫、魔法で作って時間が来ると消えてなくなるとかじゃなくて、ちゃんと仕立て屋で頼んだから。」
魔女はそういうとウインクを残して消えていった。
アルベールの母親は侍女を呼びその服を夜会まで厳重に管理するように伝えると
「なんだか疲れちゃったから部屋に戻るわ」
と言ってどこかに行ってしまった。
「お兄様…なんだかすごいことになりましたわね。私も、明日の学園の予習がありますのでこれで失礼しますね」
と言って同じく部屋を出ていった。
父親とアルベールの二人になった部屋でおもむろに父が声をかけてくる
「アルベール、今まですまなかったな。我が公爵家の力をもって今までの価値観を強引に変えることはできなくもないが実際には何もしてやれなかった」
自分の行動を鑑みながら謝る父親に掛ける言葉が思い浮かばず困った表情をするアルベールは静かに新しく出されたお茶を口にするだけだった。
夜会当日、魔女にプレゼントされた衣装を来て再び姿見で確認する。
全身、黒色に身を包んだアルベール。柔らかな金色の髪は服と同じ色の黒いリボンで一つにまとめている。光に当たると黒からかすかに紫に変化する。
あまりにも美しい姿にトマは思わず息を漏らす。美しさは嫌悪の対象と言われているが人の本質として本当にそうなのか?と疑問をもってしまう。
「アルベール様、本日もなんといいますか…。」
言葉を選び損ねるトマに苦笑いをしながら
「いいよ。気持ちだけ受け取っておくから」
といってそのまま部屋を出ていった。
豪華なエントランスで魔女を待っていると
「お待たせ!」
どこから現れたのか二階の踊り場からひょっこり出てきた魔女は微笑みながらタタタッと走って階段を降りてくる。
「魔女様ドレスの裾が長いのですから危ないですよ!」
アルベールの注意もよそにそのまま走ると最後の2,3段目で見事に裾を踏みそのまま一階に顔面からダイブしそうになる。
アルベールがかけより魔女を抱きしめてその危機を回避すると、お互いほっとした息が聞こえる。
アルベールは安心すると今度は魔女を抱きしめていた事を思い出し急に恥ずかしくなった。家族以外の異性とこんなに近くにいた経験がなく思わず顔が赤くなるのがわかった。
(魔女とはいえ)女性はこのように柔らかく軽やかな存在なのだな
とアルベールはしみじみ思った。
「これは失礼しました。魔女様」
アルベールはとっさに魔女から離れると謝罪をする
あたふたした対応のアルベールを見ながらニヤリと笑うと
「心配しなくてもこんな経験これからいくらでもできるよ」
と言いながらエスコートを催促するように小さくカーテシーをする。
アルベールも気持ちに余裕ができたのか少し声を出し笑ってから
「僭越ながら魔女様のエスコートをさせていただきます」
と言って魔女の手をとった。
※ ※ ※
今日の夜会の会場の王宮に近づくにつれアルベールの表情は固くなっていく。思い出すのは数カ月前の自分の誕生会、あの時はまだ身内と呼べる人たちが集まっていたが今回は主な貴族は全員呼ばれているらしい。自分がどのような視線を浴びせられるのか想像するだけで無意識に体が震えた。
そんなアルベールを気遣うように魔女が外の景色を見ながら
「うわぁ~相変わらずこの城下町はにぎやかね。国を上手に動かしているっていい事だわ!」
明るく自分の時代の街並みを説明してくれた。
アルベールの緊張も少しほぐれたところで目的地についた。
外から失礼しますという声と同時に馬車のドアが開かれる。
アルベールを見ると一瞬驚いていたがすぐに元の表情に戻る。
先に降りたアルベールが魔女をエスコートした。
アルベールの家族は後で入場する予定だった。
魔女は、アルベールの腕をグイっと引っ張ると耳元で
「私がいるんだからもう少し自信を持ちなさい!」
軽く叱責すると「さぁ~行くわよ!」
とエスコートされるはずなのにグイグイとアルベールを引っ張っていった。
会場で二人の名を告げると担当の者が会場の者と少し話をした後、
「この後すぐにコールしますのでご入場をお願いします」
という。頷くと
『情熱の魔女 アンヌ様とモンフォール家子息アルベール様 ご入場』
その声と同時にドアが開かれる。
魔女はアルベールにだけ聞こえる声で
「この二つ名本当に辞めたいのよ…。あなたへの謝罪がなければ絶対使わないんだからね!」
そう言いながらウインクをした。
アルベールは「ありがとうございます」と微笑むと魔女は少し頬を赤らめて
「あいかわらず、貴方たちは…もう!」
と言いながら会場に入った。
二人を見た貴族たちは驚きと現状が理解できない状況で少しパニックになった。
そんな雰囲気を気にせずに魔女は目が合う貴族に微笑みながら二人は進んでいく。
アルベールに対する視線は相変わらずで、さっそく居心地が悪くなるが先に今日の主催者にご挨拶をしなければいけなかった。アルベールよりも先に魔女が王様と目が合ったらしく
「あっシャルル見つけた!アルベールちゃっちゃと挨拶しに行こう!」
魔女と共にシャルル王の近くに行くと、周囲に侍らせていた近衛兵が行く手をそっと遮った。アルベールは内心焦ったがここは魔女に任せるしかないと思いそのまま前に進む。
しかし、魔女はその対応が気に入らなかったらしく
「ちょっと!シャルル!これどういう事?」
怒りを表しながらさらに近づこうとする。
怒っている魔女を確認したシャルルは青ざめながら近衛を手で退くように促す。
リーダー格の近衛が不服そうにすると
「お主は、魔女殿に恨みでもあるのか?私は、怖いから早く魔女殿に言い訳がしたいよ」
とやんわりと注意した。近衛はその言葉に驚き魔女を確認した後目礼をしてから王の後に回った。
シャルルは魔女とアルベールをみて
「今日はよく来てくれたね。魔女殿、先ほどは失礼な対応で申し訳ない」
シャルルがすぐに謝罪したので周囲にいた有力貴族が驚いた。それほどこの女性は重要人物であることが理解できたからだ。
「本当だよ!あんまりな対応だったらシャルルの昔話をここで披露する必要があった...。」
「魔女殿!本当にお許しを」
どうやらシャルルは魔女に弱みを握られているらしく、魔女の言葉を遮って再び謝罪をした。その慌てぶりに魔女はスッキリしたのか許すことにしたらしく
「この子が、フランシスの呪いにかかっているアルベールだよ」
まぁ~かけたの私だけどね~。と魔女ジョークを言っていた。
もちろん周囲は笑えない。
アルベールは礼を取ると
「モンフォール家のアルベールと申します。」
シャルルとアルベールは親戚関係にあったがアルベールの噂に巻き込まれないようにお互い会わせない約束をしていた。しかし、シャルルは彼の事はよく知っているらしく優しい視線でアルベールを見つめる。
「ようやく会うことができたね。これを機会に王宮へ遊びにおいで」
シャルルの言葉に近くにいた側近の一人が
「陛下、そのような軽はずみな発言は...。」と難色を示した。
その反応にアルベールは仕方がないなと思いながら側近の意見に賛成するように頷いた。
しかし、それは魔女が許さなかった。
「シャルル、今日の夜会の目的をきちんと説明しているのか?私はアルベールに悲しい思いをさせるために連れてきたわけではないよ」
魔女は、側近を睨みながらシャルルに訴えた。そして、会話を続ける
「だいたい、そのような価値観にした私が、アルベールと一緒に入場してきたのだ、君もこの意味を理解できるだろ?」
魔女は顎でその側近に確認する。
側近はとたんに顔色を悪くしながら
「はい...。陛下から聞いております。しかし...私にはまだ理解できません」
魔女は小さく溜息をつくと
「そうだよね。価値観なんてすぐにどうにかなるわけないか...。でも、それを元に戻すのが君の仕事でもあると思うよ」
そういいながら魔女は再び誰かを探し始める。
アルベールは自分のせいで大人たちが揉めているのでどうすればいいのか分からなかった。
すると、魔女が大きく手をふる。その場にいた人たちが魔女の視線を追うと
「イザベル?」
シャルルが自分の娘の名を呼ぶ。
魔女はそうそうと同意しながらイザベルが近づくのを待っている。
「魔女様!お久しぶりです!」
どうやらイザベルと魔女は以前から親交があったようだった。
シャルルは驚いていたが女性二人は気にせず会話をする。
「イザベル、元気そうで良かった。どう?恋愛は上手くいってるかい?」
イザベルの恋愛事情を聞くと、彼女は顔を真っ赤にして
「魔女様!このような場所で聞くのは止めてください!またお茶会しましょう!ねっ?」
焦りながら誤魔化していた。父親の前で話すことではないと周囲の人たちも少しイザベルに同情した。
「イザベル...そのような相手がいるのかい?」
初めて聞いた内容だったシャルルは悲しそうにイザベルに確認する
「その話は、また明日にでも!今日は、私は魔女様のお願いを実行しに来ましたのよ!」
脱線しそうになった話題を強制的に戻したイザベルは魔女の方を見ると
「少しお待ちくださいね!」
と言いながらその場を一旦辞した。
アルベールはもう空気になっていた。
しばらくすると、イザベルが強引に連れてきたのか
「痛いよ!イザベル!そんなにひっぱらなくてもどこにも行かないから!」
と少し怒りながら連れてこられた少女がいた。
シャルルはその声の主を知っているらしく、おやっといいそうな表情になる
その少女はイザベルしか見えていないらしく
「だーかーら何度言ったらわかるのよ!夜会ってこれからでしょ?そんなに慌てなくても逃げないと思うの!ゆっくり見ないと素敵な王子様を見つけられないでしょ!」
とプリプリ怒りながらイザベルに愚痴を言っていた。
「ごめんなさいね。どうしても紹介した人たちがいたの」
と言って、イザベルは立ち止まって話しかけた。
「これはこれは、確か家に遊びに来てるんだったね。サロメちゃん」
シャルルの声に驚き
「これは、陛下にご挨拶申し上げます」
と先ほどのイザベラに対しての口調とは別の淑女らしいカーテシーと共に挨拶した。
「うん、今日も綺麗だね」
シャルルの言葉に周囲の側近は驚くが
「ありがとうございます。陛下みたいな素敵な男性に誉めてもらえるととてもうれしいです」
と容姿を誉めたシャルルに対し素直にお礼を言った。
その様子に再びアルベールを含めた周囲が驚いた。
サロメと呼ばれる少女はその雰囲気が理解できず、イザベラの袖をグイグイ引きながら
「なんだか雰囲気がおかしいけれど大丈夫なの?」
と問いかけた。するとイザベラは少し言葉を選びながら
「ええっと、サロメはこの国に来るときに少しお勉強したと思うんだけど...。この国では容姿の話はあまりそのよろしくなくて...。」
イザベラのヒントにサロメはあっ!と思い出す。
「そうでしたね。たしか魔女様に呪われてええっと容姿を誉めるのを良しとしないんでしたよね?」
サロメの明け透けとした物言いに魔女は笑う
「フフフ。そうなのよ。サロメの国ではそういうのはないのかい?」
魔女が確認するとサロメは頷きながら
「はい、そうですね。この国の隣国と呼ばれていますが大丈夫です。そのような常識はございませんね」
とニコリと笑いながら魔女に答えた。
「そうか、では、私の隣にいるこの男性とかはどう?」
と言いながら突然アルベールの背中を押した。驚いてよろめきながらサロメの前に出てしまう。
アルベールはまたいつもの視線を浴びると思い、思わず俯いてしまう。
しかし、相手の反応はなにも無かった。どれだけ絶望されているのかビクビクしながら前を向くと
「・・・。」
サロメは両手で口を押さえながらアルベールをじっと見つめていた。
時々口をパクパクさせながらイザベラへ視線を送る。
しばらくその様子を周囲にいた全員が見ていたが、当の本人がしびれをきらしたらしく
「...ちょっと、イザベラ紹介しなさいよ」
と周囲に聞こえているが小声でサロメが訴える。
「えっ?魔女様の事?」
とイザベラが天然を発揮させると肘で間違いを指摘する。
「違うわよ、いま、わたしの、目の前にいる、この方に決まっているでしょ!」
最後の方はほぼ普通の音量だったのでアルベールも驚き思わず魔女の方を見る。
もちろん魔女はニヤニヤしている。
イザベラはサロメの言いたいことを理解し、ごめんなさいねぇ~と言ってから
「サロメ、この方はモンフォール公爵家嫡男のアルベール様ですわ」
イザベラに突然紹介され、名を知っていることに驚きながら
「アルベールでございます」とサロメに礼をした。
サロメは頬を赤く染めながらイザベラに自分を紹介しろと急かした。
その様子がおかしくて周囲の大人たちもクスクスと笑い出す。
イザベラも苦笑いしながら
「アルベール様、この方は、隣国の第三王女のサロメ様です。素敵な殿方を募集中ですのよ」
と一言付け加えた。
「イザベラぁ!」
思わずサロメはイザベラを睨みつけた後、アルベールには淑女のカーテシーを返した。
そして、扇子を広げて「後で覚えておきなさいよ!」と小言を言った。
シャルルもさすがにイザベラの一言に驚き
「二人は幼少の頃から仲が良くてね。こんな感じなんだ...。」
ごめんね。とアルベールに付け加える。その様子はまさに父親だった。
アルベールも思わず笑ってしまい
「ハハ。大丈夫ですよ。」と伝えた
とその姿をみたサロメが再び固まってしまった。
どうやらサロメは恋に落ちてしまったようだった。
魔女とイザベラはその様子をみて上手くいった事を悟った。
「アルベール君、サロメさんと踊ってきたらどうかな?」
魔女の提案にアルベールとサロメは驚く。
「しかし、魔女様...。」
アルベールはこんな自分が誘っていいのか迷っていると
「アルベール様、私も踊りたいです!」
とサロメが恥ずかしそうに伝えた。
その言葉が嬉しくて思わず微笑むアルベール、そして女性からそのような誘いをさせてしまったことに少し落ち込む。
「アルベール、女性をいつまでも待たせるものではないよ」
シャルルの一言もあり、アルベールは小さく頷くと
「サロメ様、一緒に踊っていただけますか?」
サロメは花が咲いたように微笑み
「はい!喜んで!」
そう伝えると、手に手を取って二人でダンスホールへと向かった。
二人の後ろ姿を見ながら魔女は
「この国に閉じ込めずに近くの国に留学でもさせればアルベールがここまで傷つく事がなかったのかもね」と思わずつぶやく。
「そうだね。意外とこの価値観は狭い範囲でしか通用しなかったんだね」
シャルル王もしみじみといった。自分自身もサロメ相手に容姿を褒めることに忌避感など覚えなかったからだ。
「二人が踊り終わったら、私はこの会場でモンフォール家とフランシスに謝罪をするよ。」
魔女はそう伝えた後、
「シャルルにも迷惑をかけたね。申し訳ない」
そう言って魔女・アンヌはシャルル王に謝罪をした。
最後までお読みいただきありがとうございました。