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通夜の恒例行事

作者: 雉白書屋

 とある夜。田舎の広々とした民家にて……。


「祝! 享年九十五歳! おばあちゃんを送ろうたいかぁぁぁぁぁぁい!」


「フゥゥゥゥ!」

「いよっ!」

「わぁぁぁぁ!」

「いえーい!」

「やっちゃいまショォォォウ!」


「……は?」


「ははははっ、イエーイ!」


「いや、イエーイじゃなくて、リョウジくん。ちょっと」


「ん? なーに? ヨウコちゃん」


「いやあの、何これ? 今日、お通夜って聞いてきたんだけど……」


 そう、通夜。ヨウコはこの夜、夫のリョウジと共に亡くなったという彼の祖母の家までやって来たのだが、大広間に集結した彼の一族のこの謎の盛り上がりように気圧されていた。


「ん、通夜の恒例行事だけど?」


「え? 恒例なの?」


「あー、ほら従来の通夜は寝ずの番。遺体を夜通し見守る儀式なんだけど」


「え、あ、うん。でも……」


「うん。今はまあ、どこもなんか葬式の前夜祭みたいな感じだよね」


「その言い方は気になるけど、まあ、そうだよね」


「うちはこれ」


「いや、これって親指クイッとされても……」


「一番! 逆立ちいきまぁぁぁぁぁす!」


「……一発芸大会なの?」


「ふふふっ、大叔父さん張り切ってるなぁ」


「んー、ま、まぁみんな楽しそうだからいいのかもね。葬式は残された人のためにって言うもんね」


 縁側から裸足で勢いよく外に出て、禿げ頭を砂利に付けた彼の大叔父にヨウコはつい冷ややかな視線を送ってしまい、慌てて自制。取り繕うようにそう言った。とそこへ、ヌッと後ろから影が。


「楽しそうぅ? そんな甘い考えじゃぁあんたぁ……死ぬよ?」


「あ、大叔母さん」


「死ぬ!?」


「ひひひひひっ、まあ、せいぜいおきばりやぁ」


「ふふふっ、大叔母さん、相変わらずだなぁ」


「いや、あたし、他人のお通夜で死にたくないんだけど……」


「はははっ、大丈夫大丈夫。そう無茶なのには当たらないって」


「当たる……?」とヨウコがリョウジの指すほうへ顔を向けると、そこには箱があった。どうやらくじを引き、そこに書いてあることをすればいいらしい。「四番! ジャグリングしまーす!」と、紙を掲げ、そして畳の上にひらひらと落とした男が空のビール瓶を四本掴み、その場でジャグリングを始めた。


「そんな種目みたいな」

「ぬぅぅぅぅぅぅ」

「そうだよ。さ、僕らもそろそろ引かせてもらおうか」

「ふぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

「まあ……自分で何やるか決めるよりはいいような気もって、まだ逆立ちしてる!?」


「ふふっ、大叔父さん、頑張ってるなぁ。はい、どうぞ」


「ん、ありがと。さて、なにかな……」


【犬の肛門舐め】


「どう? なに引いた?」


「……何も書いてなかった」


「えっ!? ああ、お祖母ちゃん、ミスしたかぁ。しょうがないな。歳も歳だったし」


「あ、お祖母さまが何やらせるか決めてるのね……」


「そうそう。あ、すみませんー。この子、もう一回引きまーす」


「ふぅ……お願い、お願いよ……今日が初対面だけど、なんなら会ったうちに入るか微妙だけどお願い、お祖母さま……」


【犬のちんちん舐め舐め】


「……ねぇ、あなたのお祖母さんって犬好き?」


「いや? 飼ってはいるけど別に普通だと思うよ。もう亡くなったお祖父ちゃんが昔拾って来たとかで腐れ縁みたいな感じだって言ってたし。ああほら、あそこにいるよ」


「うん、わかってる。ずっとこっち見てるし……。じゃあ、親族の中にとてつもなく怨んでいる人、いたりする?」


「お祖母ちゃんが? いや、どうかな……いないと思うけど……それで、ちょ、何で紙、飲んだの!?」


「え、あー、これがうちの風習なの!」


「えぇ……そう……なんだ、へぇー……」


「引きたいのはこっちよ」


「それで、なんだったの?」


「え! え、と、それで、えっとねぇ、あ、あれよ、お手玉!」


 ヨウコがそう言った瞬間、場がしんと静まり返った。縁側から生ぬるい風が吹き込む。


「え……お手玉……」

「今、お手玉って誰か言ったよね……」

「あの子よ……」

「嘘でしょ」

「そうか……」


「え? え? なに? この空気……」


「……うちの先祖はね、みんな、その時代の体制の下で拷問を担当していたんだ」


「ご、拷問……? 体制って政府とか……?」


「うん。あ、もちろん、お上に禁止されるまでだけどね。江戸後期までかな? でも、その名残というか、贖罪……かな。こうして一族の誰かが亡くなると、犠牲者たちの怨霊に連れて行かれないよう、みんなで番をするんだ。みんなでこんな風にあれこれやって、できるだけ苦しんで見せて溜飲を下げようって」


「そぉぉぉいぅぅぅことぉぉぉぉ」


「まだ逆立ちを……え、いつまで? まさか、一晩中?」


「うん。大昔は一晩中、ヤスリで肌を削るとか針を刺すとか殴り合うだのやってたらしいけど、まあさすがに時代が進むにつれて緩く緩く、と最近は休憩入れたりとかその内容も軽くなって、でも……お手玉は……母さん、あれだよね……」


「ええ……お祖母ちゃんったら……あまりきついのは入れないわって言ってたのに……でも仕方ないわね。決まりだから……」


「え、わた、わたしはただ、お手玉って、ジャグリングと同じじゃ……あ、まさか隠語……拷問……お手、玉。手を、玉に、まさか指を全部切るとか……いや、いや、いやぁ!」


「お祖母ちゃん……犬の睾丸を触って、『ほら、お手玉よぉ』ってよく言ってたんだ」


「結局犬かよ!」

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