第七話 自分を何の能力者だと知るのには才能がいる
Tips:水際世の日本にも配送業者はそれぞれが百戦錬磨の猛者であり、名の売れた者は配送単価も高くなる。八重貸兄弟のようにフリーランスで稼ぐ者も多いが、配送業者を擁し、育て、派遣する大企業も存在する。
「ハッケン!ハッケン!破壊行為ハッケン!」
キーが高くしゃがれた声が、テイシたちの方へ向けられた。たった今ソウヘイの課題をクリアしてしまったテイシの姿を、数メートル離れた木の陰からパシャパシャと写真に収める……下級魔族。
「え……?何あれ!何か魔族に狙われてる!?」
「落ち着いて。アレはカメラッコゾウよ」
ミレナの言う通り、四足歩行のその魔族は、大きさこそ人より背が低いくらいだがゾウの様な体型で、長い鼻を器用に使って一眼レフを操っている。背中にはカメのような甲羅、耳はゾウよりもラッコのような小ささで、腋の皮膚がたるんでできたポケットから二枚貝がポロポロと落ちている。
「カメラ小僧?」
「違う。カメラッコゾウ。カメでラッコのゾウ。おそらく偵察に来てるだけだから戦闘にはならないわ」
「そうだねえ。カメラッコゾウが人を襲う事例も聞いたことがない。テイシ君、あれはおそらくグリフォン市長の手先だろう。せっかく撮ってくれてるんだ、決めポーズでもしてやればいい」
「ええっ!もう……」
嫌々という体で前に出るが、テイシはしっかりと本気のギャグを披露した。
「ちゃんとカッコよく撮ってよー?……はい、チーズ!…味のカニミソ出る体質なんだけど食べるぅ?」
「・・・・・・」
ピースした右手をハサミに見立ててカニを演じ、左手で腹を開くマイムをして「チーズ味のカニ味噌」を勧めるというホラー系ギャグ。これはかなりわかりにくくて厳しい。
「何やってんだアイツ」
「ごめんねレイゴ君、アイツああいう奴なの」
敵味方問わず、見た者の動きを止めるテイシのギャグ。カメラッコゾウは優しいので一応、ギャグの形のままウケ待ちで止まっているテイシを一眼レフに収め、背面のデジタル画面で写り具合を確認すると、そそくさとその場から去っていった。足はあまり早くなく、見送るのにもしばらく無言の時間が生じた。
「あれ絶対カメラマンにも偵察にも向いてませんよね?」
「まずお前が撮られる側に向いてねえよ。腹立つギャグしといて何で普通にツッコミに戻れると思ってんだ」
「え、もしかしてレイゴってギャグ嫌い?」
「気安く呼び捨てすんな!おれは素人のお笑いが嫌いなんだよ」
「何が素人のお笑いだよ!」
「お前のその百点中五点のギャグがだよ……!TPOからして七十点減点だよこの野郎が」
「じゃあレイゴがやってみればいいだろ!」
「やらなくても評価くらいできんだろうが、ああ?腹からチーズ味のカニ味噌とか気色悪いんだよ、腐ってるだけじゃねえか!」
隠れお笑いファンだったレイゴと、意外にも自作ギャグに自信があったテイシの言い争い。それを背に、ソウヘイが崩れた白い塊を見にいく。ギャグのクオリティで喧嘩している場合ではないのだ。カーボンの竹刀では破壊できそうもない、硬く大きな塊。これが技名を叫ぶことで、一撃だなんて。
「……テイシ君」
ソウヘイの真面目な声に、喧嘩が止まる。
「君……これは、どうやったんだ」
「わかんないです……もう一回やれって言われたら無理かも」
「……無意識に原核励起したのか……しかもおそらく未知」
「カーキ色のレンズ?」
「え、耳悪……声でかいのに……」
原核励起とは、未知のアーキア能力者が異能力を発現することだ。原核生物たる腸内細菌と、それを体内に宿す能力者との波長を合わせたとき、能力者の身体は励起状態になる。テイシは思い出を媒介にして、この水際世の環境で何らかの腸内細菌を目覚めさせたのか……。
「僕が、本当に……能力者!?」
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「シャシン!シャシン!」
任務を終えたカメラッコゾウが市長室にのそのそと入ってきた。仕事に飽きて鼻をほじっていたグリフォンがびっくりして椅子に座り直す。
「なっ!てめェ市長室に入るときくらいノックしやがれ!無礼だぞこのグリフォン様に向かって!チキショウ、爪で鼻の穴ケガしちまったじゃねェか」
グリフォンのヒステリーには慣れているので、カメラッコゾウは淡々とカメラを渡す。
「おう、奴らを撮ってきたのか……それなら先に言えこのウスノロがァ!」
写っているのは、チーズ味のカニ味噌を勧めるギャグのポーズをしているテイシ。シチュエーションの意味がわからなさすぎてグリフォンの頭上にハテナマークが浮かんだ。
「……相変わらず腹立つ顔した野郎だ。この画像を総理に直で送っておれ様がキレられたら……ガチで引き裂いてやるからなァ!」
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数分後、総理官邸……にある、誰も知らない部屋にて。総理大臣コヌツチは、彼よりも少しだけ小柄な者に、画像を見せていた。
「父上、例の三分世人だ」
「………………」
「探してる奴か?」
「………………指名手配だ」
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その日の夕方。仕方なしといった面持ちで今日も静岡市役所……もとい敵のダンジョンの1階に帰るテイシ。ちょうど窓口業務を締め切ろうとしていた戸籍住民課のおばちゃんに「あらおかえりなさい、市長は倒せそう?」と朗らかに声をかけられる異常さにも、少しずつ慣れはじめていた。「まあ……アハハ……」と適当な返事でやり過ごし、自分の部屋に逃げこむ。ドアをなるべく静かに閉じ、ひと息おいて、ベッドに座った。
…………で、
「いや僕の能力、何!!?なんにもわかんなかったが!!?」
混乱の叫びがこだまする。ソウヘイは言った、おそらく未知だろうと。けれど、誰も知らない固有の能力が発現したとき、その能力が一見してわからないものであれば、自分でも理解しようがない。謎に生えていた謎の白い塊を、謎に壊してしまったせいで、自分が何をして、何がどう強く、あるいは弱いのかがさっぱりわからないのだ。
そこで彼は考える。自分の能力とは。ついでに能力名も考えてやろう、名乗るときに便利だ。
「硬いものを壊せたわけだから……」
やはりスーパーパワー、究極の力持ちか。試しにあのときの気持ちになってベッドでも持ちあげてみよう。
「ふぅぅ……鑑・定!当石!ふんぬぬぬぬぬ………!」
スーパーパワーなら片手でひょいと上がるかと思ったが、いつも通りだ。というか肩と腰を軽く負傷した。
「っちちぃ……そもそもパワー強化は珍しくないとか言ってたっけ……そしたら僕のはもっとすごいやつ!?」
それからテイシは、職員が皆帰って静まった市役所の一室で、どったんばったんと能力を確かめ続けた。何の特徴もないと思ってイジられ役に徹してきた自分が、突然未知の能力者だと判れば、その興奮は眠気に勝つ。
もしかして時間を止めて無意識にものすごく叩いていた!?
「当石!ふんっ!ふんっ!」時計の針は止まらない。違う。
それじゃあ、空間を切り裂いて内部から破壊した!?
「当石ぃぃ……割れろっ…裂けろっ…」物体にも空中にも、何も起こらない。あと備品壊したら怒られそうなのでやめた。
それなら……他には……えー…と…なんか触れてるものをすごく硬くしてたとか!?
「当石っ……くッ……硬く……硬く……!このふんわりベッドで卵が割れれば……!」割れない。ぽすぽすと卵をふんわりキャッチするだけの、寝心地ほどほどのベッドだ。
硬さとか関係なくサイコキネシスか!?……違う。なんか自分の後ろに大男とか出てオラオラ殴ってるか!?……違う。一生懸命念じたときだけ近くにいる小さな虫さんたちが集まって力を貸してくれてる!?……言い方マイルドなだけでだいぶ気持ち悪い。
「じゃあなんなんだ!え!?壊せたじゃんかよ!もう!!」
癇癪を起こしてベッドに八つ当たりするが、やはりベッドが壊れたり何か起きるわけでもない。
「もうなんだよほんとに……屋内じゃだめなのか……?」
ここまで来たらいろいろ試さずにはいられない。駐車場で特訓だ。カーボン竹刀を持って、通用口から出る。絶対明日までに使いこなしてやる……!
「ちょっとちょっと君、どこ行くの、もう十二時過ぎてるよ」
警備のおじさんに引き止められた。
「あ……あの……ちょっと能力の特訓というか……」
「もー何言ってんのこんな時間に。酒飲んでんの?君ね、一応身元不明人なんだから。夜出歩かないでくれ」
「そ、そんなぁ〜……」
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その日の夜。ミレナの部屋。ドライヤーをかけながら、デスクのスマートスピーカーで音楽をかける。今日の気分は、チルタイムに合わせたローファイヒップホップ。平常心でいたいときはいつもこのルーティンだ。なのに、今日はずっと心が休まらない。理由は、やはりテイシだ。
やっぱりあいつ、わたしがずっと探してた人なのかな。
ミレナは、過去に失った思い出の住処を取り戻したがっている。実際にはもう焼き払われていて、元の森の姿を取り戻すのにはエルフの永い寿命をもってしても間に合わないだろう。だから正確には、思い出の住処を失って、心に空き続けている大きな穴を、思い出の人に似た誰かで埋めたがっている。
居合のような振り抜きで、魔物を倒し、塊を芯から破壊したときだけ、テイシの背中に、求めていたものを感じてしまう。ミレナがずっと出会えていなかった、頼もしさのような、安心のような感情。ただ、
「…………他は全部0点なんだけどなあ」
そう、つぶやいてしまいたくもなる。無駄口が多くて、リアクションが大きくて、やかましい。少なくとも戦いの経験値では下に見ていたはずが、あっさりと才能を発揮してくる。嫌いだ。なのに、どうしてもテイシを目で追ってしまうのだ。
「……ついていけばわかるよね」
ダメそうなら、あいつ捨てて帰ればいいし。ミレナは自分に言い聞かせた。自分はテイシに大した期待なんてしていない。ただ、試してやってるだけなんだから、と。衝動的に彼と同じパーティに居たいと表明した自分からは目をそらして、彼女は今日も白紙の手帳に植物の絵を描く。
今日描いているのは、ゼンマイ。種子ではなく胞子で増える、コケなどに続いて原始的な植物のひとつ。先がくるくると渦を巻いたように丸まるのが特徴で、山菜として食用にされていることでも有名だ。
────花触さんは、"そよ斬り"よりも強い、対象に持続するような風魔法を使えたらいいかもしれないね。
テイシに遅れをとったミレナに、ソウヘイから言い渡されたアドバイス。何度魔法を当てても壊れない塊。言い表せない悔しさでイライラしているときに、アドバイスなんてあまり耳に入らなかったが、ゼンマイの渦巻きを見て、ぼんやりと思い出した。
「渦巻く……風、ね」
勇者パーティの認可が降り、魔族に挑めるようになるまで、あと三日。
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『清水の仕事が終わったら、一回実家に寄ってくれないか』
『元気そうにしてたら、みんなの画像でも撮って送ってくれ』
愛車、アジエアロG10の中でコロッケパンを食べているレイゴのスマホに送られてきた、ライガからのメッセージ。どうやら急な仕事が入ったらしく、山梨方面へ行かなければならなくなったとのことだ。代わりに親元へ顔を出せ、と。
らしくない、とは思った。ライガは多忙で個人の仕事も多く、基本的には二人で行動を共にしながらどうしてもレイゴの予定では追いつけないとき、連絡を合わせて数日かけて合流する、ということはあった。だから単独行動は別に構わないのだが、
「兄貴にしちゃ、キモいな」
家族の写真が欲しくなるような、ナイーブな気持ちになる季節がライガにも来たのかもしれないが、それをレイゴに、こんな文面で頼むのは、おそらく初めてだった。彼は弟の仕事ぶりを褒めるどころかけなすことしかしないし、単独行動から合流するときはいつも先に待ち合わせ場所にいて、「トロいな、稼げねえぞ」などと悪態をつかれるのが日常だ。ただ、誰もいない国道で魔族に襲われるとき、荷物と背中を預け合う。それだけの信頼。だから、言葉を使ってわざわざ何かを頼みこむような人間ではないと思っていたのだ。
運転席のシートを倒して、レイゴは伸びをした。コロッケパンで少々油ぎった口周りを袖で拭い、暗い車内の天井を眺めながら、ライガの言わんとすることを思案する。彼に何かあって送られてきたメッセージなのだとしたら、応えるべきだろう。しかし、情報が少なすぎてわからない。山梨に何か重要な仕事が?
「……母さんの小倉トースト食ってからにするか」
出世欲はないが、睡眠欲と食欲が旺盛なレイゴ。スマホを車の充電器に差して、その日は眠ることにした。
その上空を静かに通過したのは、静岡市長グリフォン。向かう先は、テイシたちが訓練をし、カメラッコゾウが写真を撮ったあの場所……にほど近い民家だ。
バサッバサッ……
「国家の危険分子にメシ食わせるような奴らにヤキ入れてやらねェとなあ?ハッハハァ!」
バサッバサッバサッ……
甲高く早口な悪巧みが、月夜に照らされた平和な民家に影を落とそうとしていた。