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第六話 技名を叫ぶから技は強い

Tips:魔法には属性があり、炎は風に強く、風は水に強く、水は炎に強い。同じ属性どうしがぶつかる時も相性が悪い。また、この三すくみの上位に光魔法と闇魔法がある。この二つは互いに弱点を突き合う関係だ。

テイシたちと別れた八重貸兄弟は、翌日、それぞれの納品先へ荷物を届けていた。兄のライガは、漁港近くの食品加工工場へ冷却ユニットを。

「いやーお疲れさま、助かったよ。ここの搬入大変だったろ?敷地狭くて、大型トラックの運ちゃんには『曲がりにくすぎる』っていっつも文句言われてんだ、へへ」

「そんなそんな!わたくしの配送技術をもってすれば、ここなんてモンゴルの大草原なんかと同じでございやす!」

「へっへっへ、お世辞が上手いね八重貸んとこの兄ちゃん」

「とんでもございやせん!そんじゃまた次もご依頼お待ちしておりやす!今回はご用命ありがとうございやした!失礼!」

「クライアントへの謝意を忘れずに」。ライガの終わりなき仕事の流儀のひとつだ。ふたつめは、「仕事の邪魔になるものは排す」。彼はトラックに乗る前に、工場の門の外にいた何かの存在に向かって一飛びのジャンプで接触しにいった。

「よっ……と」

「っ……!」

「お前さんそろそろおれたちのこと尾行しすぎだ。下手すりゃ東京から追ってきただろ?」

「…………」

ライガを尾けていたのは、サングラスに黒スーツの、髭を剃ったドワーフ。何も喋らない。

「何だ?おれの荷物に文句あるのか?邪魔するならそろそろ目障りなんで消えてもらう」

「……依頼だ」

「ほあ?」







******








レイゴは郊外の一軒家に、小さな箱を届けていた。住んでいるのは、小柄な人間のおばあさん。

「こんなところにわざわざありがとねえ……まあ、あの子たちの写真がこんなに」

小さなダンボールの中には小さなブリキ缶。東京の世田谷区に住む三人家族から依頼された届け物は、妻の実家に独りで住む、電子メールに疎い母親──つまりはこのおばあさんに、「元気で暮らしている」と伝えるメッセージだった。

「ほらあなた、これ見て。わたしの孫娘もこんなに大きくなって。かわいい子でしょう?」

「……ああ」

おばあさんに見せられたのは、高校の卒業式の写真だろうか。魔族の支配が強い都内でも、花飾りがされた校門の前で家族三人、笑顔で写っている。

「ばあさんはあっちじゃ暮らさないのか?依頼してくれれば、おれは人でも運ぶ」

「いいのよ。私はここで生まれて、ここの景色が大好きだから。娘たちのことも、こうして届けてくれる人がいるもの」

「そうは言ってもあんた、ここは清水でも郊外だ。下級魔族がほっつき歩いてるエリアのすぐ隣だろ?さすがに危ねぇって」

「それでも、この山とあの海が見える景色を捨てたら、生きてる意味がないの」

「……ああそうかい」

レイゴは、目を合わせなくなり景色を見はじめた彼女の言葉を、消化不良で飲みこんだ。この静かな雑談も悪くないが、そろそろこの辺りの仕事を探しにでも行こうか。

「……そんじゃ代金は先に頂いてるんで。長生きしてやってやれよ」

「そう?ちょっとお待ち!うちの庭で採れたミカン、持っていって」


ヨタヨタとミカンを取りに奥へ戻っていくおばあさんを待ちつつ、レイゴも海と山を見た。

「まあ……暮らしてえ景色ではあるよなあ」

喧騒も、魔族襲来アラートもない、穏やかな生活を想像して、いつかの理想の生活のことを考えていると、その感傷を邪魔する言い争いが歩いて近づいてくるのが聞こえた。



「テイシ君今日は眠れた?」

「いや眠れるわけないでしょ!?ビビるようなこと課長が言うせいで!ほんと生きた心地しない」

「まだ市長にビビってるようじゃ勝てないんだけど?」

「だからって敵陣の中で寝てるみたいな言い方しなくてもいいのにって思わない!?ミレナも思わない!?」

「まずはね、うるさい」

「声量にも慣れてよ!?」



昨日出会った、勇者パーティ……になりかけの連中。

「こんなとこまで来て何してんだ……」

苦笑いと半笑いの中間の表情で眺めていると、ミレナがこちらに気づいたようだ。

「あ、レイゴ君だ」

なぜか彼女はレイゴに対しては表情が明るくなる。もしかしてこの子、おれのこと好きなのか。今まで、何かと要領の良い兄ライガと比べられて割を食うことの多かったレイゴの人生。初めての、兄と比べて自分が良いと思ってくれる人なのか。

ライガと違ってがっつくことはしないし、むしろそういうメンタリティはダサいとすら思っているレイゴでも、さすがに少しは意識してしまう。ただここは、冷静に。平常心で。

「何だ、またあんたらか」

よし、興味無い雰囲気を装えてる。

「おお、配送屋の……弟の方の」

「ダサいトラックじゃない方の」

「レイゴ」という名前で一瞬ピンと来ていなかったソウヘイとテイシも、顔を見て思い出した。いや、お前たちには本当に興味無い。

「別に兄貴のアレはダサい訳じゃない。あれは大型車好きが見たらわかる要素満載なんだよ」

「ふーん」ついつい出てしまった反論を、ミレナは適当に流す。「ここで何してたの?実家?」

「違えよ、仕事。なんかここのばあさんが土産くれるって言うから待ってんだ」

ちょうどそのタイミングでおばあさんがミカンを持ってきた。

「あらあらお友達も来たの?ほらこれ、甘ーいやつ。お友達と分けるのよ」






もぐもぐもぐ…………








「ほんで、あんたらは何しに町のこんな端っこまで?」

おばあさんに勧められ、縁側に並んで座りながらミカンを頬張る四人。

「ちょっと、グリフォンを倒すために……僕が戦えるようになるための、修行をね」

「あんたマジで戦うのか?彼女もおっさんもよく付き合うなあ」

「そういえば……ミレナも課長も、どうして僕にこんな付き合ってくれてるんだろ」

テイシは二人の方を振り返った。

「まあ、テイシ君がやりたいって言ったというのもあるがね」

ソウヘイはミカンを皮ごと食べている。

「魔族にダメージを与えられて、一撃で消滅させる実力と運を兼ね備えてるのはこの目で見たからね」

「か、課長……」

「へえ、おっちゃんが言うなら何かしらあるな」

ソウヘイの言葉をレイゴはすぐに信用した。

「え、元から面識あったの?」

「いや。だがわかる。このおっちゃんは戦闘経験がある」

「ええっ!そうなんですか課長」

「え?全然?……僕はただの公務員だよ。魔族の部下」

「ほんとにそうかねえ……?」

テイシ越しにレイゴにのぞき込まれるソウヘイは、海を見ながらミカンを飲み込んだ。その様子をレイゴは、あまり変わらない表情の細い目つきで見つめる。

「テイシ君や花触さんの方がよっぽど戦えるさ。若いしね」

たとえばほら、とソウヘイが指した先にあるのは、二つの……ゴツゴツとした白い何かの塊。テイシたち三人が先ほど歩いてきた道の先にある荒涼とした平原で、不自然に地面から生えている。少し遠くに見えるそれを、テイシとミレナも目を細めてのぞき込んだ。

「何あれ……岩?」

「課長が用意したんですか?」

「いやあ、なんか生えてるからね。あれを魔族だと思って攻撃する練習をしてもらおうかなって。ああ、奥さん、ミカンご馳走様ね」

ソウヘイはぴょこんと縁側から降りて、「おいで」と二人を連れていく。レイゴも一応ついていった。









******








「勇者パーティが認可されるまでの数日間、これを壊すのを目標にしてもらおうかな」

ソウヘイに出された課題の塊。地面から生えているそれは、高さ一メートル、幅奥行数十センチほどの、山のような形。しかし近くで見ても材質がよくわからない。岩だとしても、こんなに白いものは他に周りで見当たらないし、やはり不自然だ。


「どのくらい硬いのかな……」と、テイシが触ろうとすると、

「あー、あんまり素手で触らない方がいいよ、ベタベタが取れなくなるから」ソウヘイが止めた。

「何でできてるんですか一体!ベタベタって何!?」

「ね、変だよね」

「テイシ、私にもあんまり近寄らないで」

「まだ!触ってないから!」

塊の正体について何か知っていそうな雰囲気のソウヘイ。謎めきはじめる彼の行動を、レイゴを黙って見ている。


「じゃあ、はい。まずは花触さんから。攻撃魔法を塊に当ててみなさい」


貸出用の一般魔法杖を手渡されたミレナは、MPを消費し、攻撃魔法を発動する。


「風魔法……"そよ斬り"!」


ミレナの得意分野は風属性の魔法。カマイタチを起こし、塊に命中した!……しかし、多少えぐれた跡がついただけで、破壊には至らない。

「花触さんの魔法もまだ護身用レベルだからね。スライムをつぶしたりして追い払うくらいにはなってたけど、勇者の戦力としては今後の鍛錬が必要かな。はい次、テイシ君」

手渡されたのは、やはりカーボンの短い竹刀。

「これで壊せるわけなくないですか!?」

「まあまあ、やってみなって」


不満は溜まる一方だが、仕方なく竹刀に力を込める。白い塊の中央にクリーンヒットするよう、その核を見つめ…………今、開眼!


「どぅれぇえええい!!」


自慢の声量で気合いを入れ、思いっきり振り払う!あの時魔族を消滅させたように、その核を破壊する勢いで!そして命中!鳴り響く音は、



ビィン



カーボンがしなり、弾かれる音。

「全然効かないじゃん……硬すぎる……」

肩を落とすテイシ。しかしレイゴは振り払いのフォームを評価した。

「たしかにおっちゃんの言う通り悪くない。見込みがないようなことを言って悪かったな」

「え?……そうなの?あ、ありがとう……」

「ハハ、でも今のままじゃ市長にダメージを与えるのは無理だね」

腕を組み笑うソウヘイから、ここでワンポイントアドバイス。

「テイシ君ね、"技名"言った方がいいよ」

「技名?」

「うん。花触さんだって、風魔法そよ斬りって言ってたでしょ。まああれは普通に学校とかで習う技名だから皆言うやつなんだけど」

技名って、学校で習うんだ……ダサいなあ……。とテイシは言いかけるが心にしまうことができた。

「技名がないと、MPを消費する強力な技にはならない。能力値(パラメータ)の育っていないテイシ君に市長を倒す手立てがあるとしたら、まずは技名だよ。テイシ君はどうせ自分流になるだろうし、自分で今ちょっと付けてみたら?」


急に技名を言えと言われても……と、テイシは悩むが、彼の中に、ひとつ、言葉があった。










******










十二年前、三分世────


中村英士(エイジ)は、貴金属の鑑定士をしていた。大きな震災があった後の日本では、先行きの不安からか、現物資産である金の価格が不安定で、高くなったと見るや売りにくる客などで多少忙しい日々を過ごしていた。

妻を失い、抜け殻になりそうだった自分を繋いでくれているのは今の仕事かもしれない。息子の提士(テイシ)も、立派に育てなければ。そう自分に言い聞かせながら、自分の店兼自宅で、今日も金の鑑定をしていた。


「ただいま、父さん」

「おう、おかえり」


息子のテイシが小学校から帰ってきた。悲しそうでも、つらそうでもなく、かといって何か良い事があったようでもない表情。あれだけ好きだった母親を失って、塞ぎこまない方がおかしいのに、毎日を普通の顔でよく頑張っている。この子も、日常を前に進めようと努力しているんだ。そう感じるとき、エイジは目頭が熱くなる。


「何してるの?」

「んん?お客さんの金製品が本物か調べてるんだよ。ほらこれな、古いもので、金の純度を示す刻印が薄れて読めなくなってる」

「うん」

「純金か、18金か、それとも金メッキか……それを鑑定して、買い取る値段を決めるんだ」

「じゃあ金メッキだったらいいんだね」

「安く買い取れるからな。……じゃねえよ、金メッキは嬉しくねえだろお客さんが。嘘ついて安く買って高く売ったら、父さん仕事なくなっちゃうよ」

「うん」

「昔は試金石っていうのがあったんだ。金ってのは柔らかい金属だから、石にちょっと擦りつけて、跡がどのくらい付くかで金の割合を見るんだよ。『当て石』とも言ったらしい」

「あテイシ?あ、テイシ?」

「ええ?……ああ、お前とおんなじだな。あテイシだ!ハハ」

それは、テイシが久しぶりに見た父親の笑顔だった。

「まったくしょうがねえな、小学生がダジャレ言って。ハハハ……」

エイジは、不意のダジャレがツボにハマったらしい。

「あー笑った笑った。……はあ、テイシいいか」

息をつき、気を取り直して、彼の父親は語った。

「世の中には、偽物がいっぱいある。金も、宝石も、人間もだ」

「モノマネ芸人の人?」

「あー、じゃなくて……ダマそうとしてくる奴だな。お前もいつか、そういう奴に損をさせられるかもしれない。向こうがダマそうとしてなくても、思い通りにいかないこともあるだろう。そういう時は、心に『当て石』を持っておけよ。全員を疑わなくていい。自分のルールを決めて、こういう人なら信じたいっていうルールが、お前の味方になってくれる」


自分の名前に似ていて、心に残りやすい言葉だった。


「お前の今の『当て石』は、何にする?」

「うーんうーん……父さんみたいに笑ってくれる人!」

「そしたらみんな信じちゃうだろ!ハハハ……」







******







テイシは、技名に悩んだとき、「当て石」という言葉が一番に降ってきた。次の一撃は、僕がこの世界で勇者をやれるかどうか、自分を信じられるかどうかの試金石にしよう。


「……技名決めました。いきます」

「お、意外と早いね、行ったれ行ったれー」



白い塊の前にもう一度立ち、踏ん張る。力を込め、次こそと踏み込んだ!



「鑑・定!"当石(アテイシー)"!!」



塊の中央に当たる。さっきは弾かれた竹刀が、しなりもせずに硬度を保ち、ガキィンと大きな音を立てて振り抜かれた!



「え……」

「おお」

「……マジか」



数日かける予定だった課題、見事に合格。テイシもその成果に「え!?え!?」と自分で驚いた。

「技名決めただけなんですけど!?」


そう、大事なのは叫ぶ技名。大事なのに、


「でもダジャレかあ……」

ソウヘイが苦い顔をした。客観的に見れば、「当石(アテイシー)」はダサかった。




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