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第五話 海沿いに行ったらそこの海鮮丼は食べとけ

Tips:魔族は大きく分けて、上級魔族、中級魔族、下級魔族で説明される。上級魔族は武力もさることながら知能も高く、自治体や国の行政を奪った後も多かれ少なかれ運営を回す実力がある。下級魔族もその立場を目指すものの、言語野が発達途上に終わる個体も多く、日本語での会話が困難な者すらいる。

怒り狂うグリフォン。フロントがバンパーで固められてほとんど凹んでいないトラックとワンボックス。入り口が潰れた定食屋。もし警察を呼べたならどこから説明すればいいやらという状況で、八重貸兄弟を名乗る男は歌舞伎のような決めポーズで自慢げだ。


「いや……弟の方全然自己紹介に参加してないじゃん!お兄さんだけだよノリノリなの!というか車事故ってますけど!?」


テイシの叫びを意に介さず、八重貸(ヤエガシ)頼我(ライガ)はミレナにも名刺を渡した。

「おやお嬢さん……いやお姉様と呼ぶべきですか?なんと麗しい!ここで出会ったのも何かのご縁、八重貸兄弟の兄で八重貸男前ランキング一位の方で八重貸セレクション五年連続最高金賞のわたくしライガが、あなたにいつでもお荷物をお届けしますよ」

「え……?え……?いや別に大丈夫ですけど」

「そぉーんなこと言わずに!わたくしめのセールスポイントは何といっても『大量輸送』!魔族が国道を跋扈するこの時代で、インフラ用資材や保存食を!この大型トラック『ニシヒガシ グランドステラ NX2000 エグゼクティブカスタム』を操るわたくし、八重樫兄弟のライガが必ずお届けします!」

「いやほんと大丈夫です。いらない」

「大量輸送なのに!?」

「個人に大量輸送しないで。あと男前じゃないですよね」

「くそっ!フラれたっ!」

やはりセールスではなくナンパのつもりだったらしい。出会って早々の暴れっぷりに、弟の礼吾(レイゴ)が「ホラ行くぞ兄貴、納品ヤベえんだろ」と引きずっていく。

「……サーセン皆さん、うちの兄貴こういうやつで」

「オイコラてめぇコラァっ!謝る相手はこのグリフォン市長様だろうがよコラ!」

「あ、忘れてた、どうも兄貴がサーセンした」

「この存在感で忘れることある!?おれ様一応七メートルはあるんだが!?……ったくどいつもこいつもナメた野郎だ!ヤエガシ兄弟って言ったか?お前らはおれ様ではなく地元警察に逮捕させる!どんな権力者を怒らせちまったか、後で思い知るんだな!」


グリフォンは大きな風を立てて羽ばたく。態度とはうってかわってその姿は威厳を感じさせ、己の力でこの地の長に立ち続ける説得力を感じさせる背中を見せ、静岡市役所に帰っていった。


静岡市役所に…………?


「あの……課長、僕が昨日泊まったのって」

「え?そうだよ。あのグリフォン市長が、最上階で、毎日仕事してる、静岡市役所だよ」




ガッツリ敵のダンジョンで寝泊まりさせられた──!




美味しく頂いた晩餐が実はぜんぶカエルの肉でした、的なドッキリの最上級を味わった気分だった、とテイシはのちに語った。不安と疲労を少なくとも癒しはしてくれたあの個室がグリフォンのお膝元で、しかも今日もまたそこに帰らなければならないだなんて。

「別のとこに変更とかできないんですか!?」

「あーダメダメ。テイシ君はまだ身柄を確認中の身なんだから、そうホイホイ移動されたら困られちゃうよ。だいたい君、勇者やりたいんでしょ?市長を打ち倒す意思があるからやるんじゃなかったっけ」

テイシの動揺を飄々と受け流すソウヘイは、定食屋の店主の背中をさすって元の身長に戻している。

「だからって!なんでいきなりボスバトルに直面してるんですか僕!もうちょっと、昨日みたいな倒しやすい魔族からお願いしますよ!」

「現実はチュートリアルを用意してくれないさ。三十年前だって、僕らはある日突然魔族と直面したんだよ」

戦いは、心構えの前にやってくることもある。

「でもまあ、勇者課って、言ってしまえばギルドみたいなものだからね。装備は安く買えるし、市長の倒し方の作戦会議なんかは協力するからさ」


とりあえず店に戻ろう、と壊れた入り口の破片を踏み割りながら店の状態を確認しに戻るテイシたちの背中を見て、ライガとレイゴは顔を見合わせた。

「あいつが、勇者ァ……?」





******






グリフォンに壊されたのは入り口だけだったのが不幸中の幸いで、店主が「せっかくだから」と八重貸兄弟も店に入れてランチを仕切り直すことになった。

「ハハ、引き戸さえ直せばいいんだから!あい上マグロ丼定食四つ!…………あとポキ丼一つおまたせ……」

物損被害に対して気丈に振る舞えるのは、水際世に暮らすゆえなのか。店主の背が少し縮むのは、本当にポキ丼のせいなのか。魔族という、災害に似た生物と隣り合わせで生きる世界で、今求められる強さは、自分にあるだろうか。定食の澱んだ味噌汁が、豆腐とワカメを隠していく。


「あ…そういえば」

ポキ丼の前に付け合わせの漬物をつまむミレナが、八重貸兄弟を見て喋りだした。

「どうしましたミレナさん!やはりこのわたくしライガにご用命を!?」

「あなたじゃなくて。えっと弟の……」

「……レイゴです」

「レイゴくんね。……レイゴくんは何を運ぶ人?」

ミレナがレイゴに注目したのにガッカリしながら、ライガが味噌汁をかき回し、レイゴの代弁をした。

「ああーこいつはね、おれと違ってチマチマしたもんを格安で運んでるんですよ。車も小っちぇえし野暮ったいでしょう?稼ぎも少ねえわ、大して役に立ってねえわ、パワーも使わねえわで……男として魅力的なのは圧倒的に!この!ライガ!わたくしめをおすすめします」

ずっと喋り続けているライガを、レイゴは一瞬睨んだ。ミレナはライガのアピールを無視して、レイゴの考えにもう少し踏みこむ。

「どうして小さいものばかりを?」

「……別に小さいもの専門ではない。おれが運ぶのは『一点物』……世界にそれひとつしか存在できないような、思い出の詰まった品、手紙、時にはヒトやペットも……遠方に住む大切な人に届けたいって依頼は必ず絶えない」

「ね!?ミレナさん、こういうやつなんですようちの弟は。変なやつでしょ?」

「ふーん……ねえ、あんた」

ミレナがそう言って話しかけたのは、中トロを大切そうに食べている最中のテイシだ。急に飛んできた会話のボールに思わずむせる。

「グフっ、ゴホっ……えっ何、僕?」

「そう僕。このレイゴって人、パーティに入れたいんだけど」

「ええっ!?」「……はあ?」

「だって、なんかいい人じゃん」

「いいけど……急にタメ口だし!なに、どうしたの」

ミレナの決定はいつも相談なく、突然。これからの旅で、テイシたちはこれを何度も味わうことだろう。

「……断る。おれの愛車『ハツドウ アジエアロG10』には今も全国へ届けなければならない荷物が大量に積んであるんだ。それを放ったらかしで勇者稼業などできん。だいたいその…テイシって言ったか。お前絶対弱いだろ」

グリフォンに散々怯えた姿を見られて、否定する材料もない。テイシは「す、すみません……」と頭を下げる。あまりの情けなさにライガも鼻で笑う。

「フっ、そいつぁレイゴの言う通り!おれもレイゴも一応、パワー増強の一般アーキア能力を持ってはいるが、それでも二人がかりで手を焼く魔族連中は国道に山ほどいる。グリフォンほどの知性のある上級魔族はまた別としても、あの程度のデカさと破壊力でビビってるようじゃ勇者はやめた方がいいな。ミレナさんもこんなヘボ男くんとパーティを組むなんて変わった趣味を……ハハ」

配送で荒れた日本中を走ってきた男たちが言うならそうなのだろう。テイシはその説得力に自信をなくし頭を抱えてしまった。……と、その時、

「は?黙れよクソダサトラック」

未だ誰にも読めないミレナの琴線に触れ、暴言が飛び出した!

「く、クソダサ……!?」

「あんたたちが思うより、この人は強いから。コレはね、守りたいと思った瞬間に身体が動く人。まっすぐに、的確に。私はそういう背中についていく」

「コレ」呼ばわりをしながらも、ミレナはテイシの味方でいてくれるようだ。

「……ていうか!あんたもあんたでヘコむな!私が恥ずかしいのよあんたのその態度で!」

「い、痛ッ!す、すみません!自信持ちます!」

ミレナに後頭部を叩かれ平謝りする「勇者」に、レイゴは「フッ、どういう関係だよ」と表情を少し緩ませた。



「クソダサトラックって……クソダサ……ええ……?」











******



そのころ、グリフォンは静岡市役所の最上階、市長室に戻り、決裁待ちの書類確認の仕事を消化していた……


「まったく……あのクソダセえトラックの奴……あと三分世人……許さねぇ……いてて……さっきの衝撃で腰が……ああもう!人間サイズのハンコ小さすぎんだよチキショー!!」


備品にすら当たり散らかすほどイラついているグリフォン。彼の癇癪に耐えられるように、市長室は彼が羽を伸ばしてもまだ余裕があるくらいには高さを増築してある。窓を改装した、空から直接入れるグリフォン専用勝手口から主に出入りするが、市役所内を見ることができるように、廊下から市長室への入り口は、グリフォンだけが開ける巨大な鉄扉になっている。通常サイズの人間は、鉄扉の右部分に開けられた穴に設置された人間サイズのドアから出入りできる。そのドアをノックする音が聞こえた。


「市長、失礼します」

「ンだよ!おれァ今忙しいんだ!」

入ってきたのは市長公室秘書。グリフォンが市長の座を奪ってから十五年、前市長に秘書として付き、そのままスライドする形でグリフォンに従うことになってしまった女性の人間だ。

「市長にお電話です。コヌツチ総理から」

「おう、おめェか。電話なら後で折り返す……って、そそそそ総理ィ!?今すぐ繋げ!!」

「内線1番です」

おびえ、慌てるように電話の受話器をとるグリフォン。震える右前足の爪で、ボタンを押す…………その前に、一回深呼吸。…………よし、押す。


「お、お電話代わりました!こちら静岡市長グリフォンです!」


『やあ、元気そうだね』


内閣総理大臣コヌツチ。彼の声は、実年齢の若さの中に圧倒的な「実力」と「威圧感」をはらんでいた。


「へ、へえ!コヌツチ総理のおかげでございます!」

『いいよそんなの。ああ、用件だが、君の管轄に現れた三分世民のことだ』

たかが地方都市の異世界人の話題が、もう総理にまで伝わっているのか。もしや、VIP待遇だったか!?

「……へえ、奴が何かしでかしましたでしょうか」

『いや。ただ、調査期間の連絡によると、ほぼ間違いなく本物の三分世民だということでね。こちらの都合ではあるんだが、「確認」のために、その人物の(ヴィジュアル)(インフォメーション)を送ってほしい』

「はっ!すぐに部下に写真を撮らせます!」

『なるべく急ぎで、鮮明なものを頼むよ。よろしく』



ツー、ツー、…………



総理大臣直々の、謎の指示。何か薄ら寒いものに巻き込まれた気分だ。グリフォンは取り乱しながら、秘書や以下グリフォン配下に写真を撮らせるよう命令した。





******





総理官邸──



グリフォンとの電話の受話器を切ったその者の形は、人間の形をしていた。人間サイズの高級スーツ、人間サイズのテーブル、椅子。静かな執務室で、ひと息、ふう、という声が漏れた。


「なぜ三分世民の男にだけ執拗な調査をするんだ…………父上は」






******






所は戻って、清水区役所勇者課。八重貸兄弟と別れ、戦いの準備、心構えを整えることになったテイシたちは、ホワイトボードの前に椅子を並べて座ってソウヘイからレクチャーを受けている。


「まず勇者としての冒険に必要なのは、装備」


お立ち台のソウヘイが、もじゃもじゃのひげを仙人か博士かのように触りながら先生役を全うしている。


「今のテイシ君の装備では、グリフォン市長にダメージを与えることも、グリフォン市長の攻撃を一度耐えることも難しいだろう」

「難しいっていうか、死んじゃいますよ!僕の装備、今ゼロですよ!」

「ゼロではないわよ。あんたの酒と汗臭いスーツだって、一応効果のある装備」

「えっ、臭い!?ごめんっ」

慌てて自分の袖の匂いを確認するテイシから、ミレナは椅子ごと距離をとる。飲み会の帰りからずっとその服だからね。


「というわけで、テイシ君の仮戸籍とパーティ結成が認められた暁には、区から初期装備一式が供与されます。これ税金で賄われてるから、大事に使ってね」

「鎧とか、剣とかですか!?」

「まあまあ。駆け出し(レベル1)のパーティに与えられるのは、まずは殺傷能力の低い武器からだけどね。テイシ君は……そうだな、昨日使ってたカーボン竹刀なんかが良いだろう」

「ええ……」

「花触さんは一般魔法杖かな」

「まあそうですよね、ありがとうございます」

「ちょっと!なんでこの人だけちゃんとした装備なんですか!」

「一般魔法杖は出力が弱いから。あとうるさい。座って?」

ほとんどガヤ芸人のようなリアクションを諌められ、テイシは不満げに腰かける。

「あと私のこと別に……名前で呼んでいいから」

「え?」

「はい先生の方向いてくださーい。花触さんの杖は、そりゃ使い方を誤れば誰かをケガさせることはできるし、魔族にダメージもしっかり入る。それはただの棒だって同じことだろう?」

「それはまあ……」

「これに関連して、魔族の『体力』についても学んでもらいたい」


ヒトは、生きている状態から命を落とすに至るほどの衝撃を受ければ脆いが、例えばソフトボールを1分に一度ぶつけられたところでダメージが蓄積することはない。ソフトボールの衝撃に対して、人体が回復するスピードの方が圧倒的に早いからだ。

一方魔族の体質は違う。回復魔法を使わない限り、体力がゼロになるまですべてのダメージが蓄積し続ける。極論、テイシが装備を持っていなくても、いつかはグリフォンの身体を斃すことが可能なのだ。

「そして一番大切なこと。魔族との勝負は、ターン制バトルなんだ。魔族が攻撃した後は、必ず君たちパーティが攻撃できる因果が回ってくる」

「それは……ヤラセとかじゃなくて?」

「ヤラセじゃない。因果だから大丈夫」

「こっちが攻撃しなかったら相手も攻撃できないってことですか?」

「不思議とね。そういう因果だから。この世の理だから」

「どんなに敵対してても待ってくれるんですか?」

「待ってくれるんじゃない。因果だから」

テイシは釈然としない様子。

「あんた何突っかかってるの?」

「だって!なんか変じゃん!」

「ここはもうそういうものだと割り切ってよ。話進まないから。課長続きをお願いします」

目線を斜め上に逸らし誤魔化した顔をしたソウヘイが「ンっンン……」と咳払いをして話題を戻す。

「上級魔族は皆、体力が人間より圧倒的に勝る。ゆえに我々から持久戦に持ち込むのは賢明では無い。いかに相手のターンからのダメージを抑え、いかにこちらのターンで多くのダメージを通すかが重要なわけだね」


そう言ってソウヘイはぴょんとお立ち台を降り、ホワイトボードの裏からカーボン短竹刀と一般魔法杖を出してきて、二人に渡した。ふたつとも、持ち手にはシールが貼られていて、いかにも役所っぽいフォントで「清水区 レンタル」と書かれている。




「君たちが反旗を翻す認可が降りるまで、およそあと五日!それまで、戦いに慣れる修行をしておこう」



始まりの、始まり。何者でもなく、大きな何かを望むように見えないテイシが行政に逆らう動機、またそのモチベーションの源は、未だわからぬまま。しかし、テイシの瞳は、まっすぐと、竹刀の持ち手と、その先にある戦乱を見つめていた。


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