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第一話 異世界ファンタジーにはカタカナが多すぎる

……ぷッ!



……ぷッ!



深夜0時前のこと。静岡市の歩道橋で、二人の若い男が時間をつぶしていた。誰かを待っているわけではない。いつもこうしてストロング缶やらを空けながら、ここで道路を見下ろして次の日が来るのを待っているのだ。

「マナト明日バイト?」

田山(タヤマ)大樹(タイキ)は空けた缶チューハイを手すりに並べながら、隣の幼なじみ、(イヌイ)真那人(マナト)に十五分ぶりに声をかけた。

「辞めた。店長が頭悪すぎる」…………ぷッ!

「また?そんで明日からどうすんの」

「知らん」

自分を受け入れない世界が悪い、とばかりにマナトは不貞腐れていた。

「別におれが明日から何しようがお前の人生に影響ねえだろ」…………ぷッ!

「そんなこと言うなって、な?」

タイキは低賃金ながらも定職についているようだったが、マナトは二十一歳になっても進学も就職もせず、こうして友人の前でもやさぐれた様子だった。

「おれたちまだまだこれからよ」

「クソ親父か?…ほっとけ。そんでおれから離れとけ」

「お前から離れたら何なのよ。一人で野垂れ死ぬのか」

「……ああ」…………ぷッ!「その方がお前楽だろ、見なくて済むんだから」

「なんでもいいけどお前さっきから何吹き出してんの」

「ガム。どこまで遠くに飛ばせるかチャレンジしてんだよ」

「汚ねえなあ」

タイキはそう言いながら笑った。

「道路に口つける奴いねえだろ、何が汚ねえんだよ」

「関節キス的な意味では言ってないでしょうが!……なんかほら、車とかにくっついて迷惑だったりするんじゃねえの?」

「そのとき俺ここにいねえし知らねえよ」

自分のせいで誰が迷惑しようと、自分がそれを見ていない限り起こっていないも同じだ。マナトはそんな考え方をして、ポイ捨ても日常茶飯事だったし、今日みたいに機嫌が悪い日は道路に向かって味の抜けたガムを吐き飛ばすのだった。

「金ないやつがハイペースでガムを切らすなよ」

タイキが鼻で笑っていると、歩道橋の対岸から酔って騒ぐ声が近づいてきた。二人がそちらに目をやると、スーツを着た二十代くらいの男たちが、飲みの二次会に行く行かないの話で盛り上がっている。


「中村お前来るだろ!な!中村は確定だから」

「いや!ハっハハ先輩ちょっと勘弁してくださいよ!僕あした八時から普通に出社ですって!」

「新卒がオール断るとかなめてますよ!谷口さん!なめてますよ中村が!ハハハ…」

「なめません!中村行かせていただきやす!ハハハ…ちょっともう〜」


マナトにとっては無縁、かつどこか軽蔑し、いなくなってしまえと思うような集団だ。しかも、


ドンっ


酔った勢いでマナトの肩にぶつかる始末。ただでさえ毎日世界の全てを恨んでいるマナトのイライラが臨界点に達し、「オイおめェ何ぶつかってんだオラ」と静かな声で威嚇した。騒いでいたサラリーマン連中も、不良を怒らせたのはさすがにマズいと思ったのか静まって足を止める。


「マナトやめとけって」

「謝れよ、ホラ土下座」


土下座に意味などないが、イライラした気持ちを他者で晴らす方法は、どこかで見た言葉でしか思いつかなかった。


「ほんっとすいませんうちの中村が!もうほんとしょうがないのコイツ!」今のでも酔いが覚めないサラリーマンの一人が、まだ冗談を言う。「中村が今から謝罪一発ギャグやるんで許してください」


「ちょっとお!絶対そんな空気じゃないでしょお!」


中村とやらの態度も、イジられ慣れした明るい態度だ。どうやら無茶ぶりの一発ギャグを散々やらされているようだが、その慣れが、マナトの怒りをさらに高めていく。


「えーじゃあ謝罪ギャグします……」

よせばいいのに、怒る不良の前でギャグをする。



「この度は……ぶつかってしまって……大変申し訳ございま千利休!!『ああ〜っ、刀が引っかかって茶室に入れないよお〜!』」




「・・・・・・」




素人の一発ギャグの後に訪れるのは、静寂ではない。むしろ、爆発的な環境音である。




土下座を模して膝をつけた状態で、狭く低い茶室の入り口に入れない武士のマネをし続ける男に、マナトはついに掴みかかった。


「てめェマジでここから突き落としてやろうか!!あぁ!?」


タイキに後ろから抑えられるも、勢い収まらなさそうなマナトの怒り。自分が世の中と未来に対して抱く絶望を、何の不安もない奴らに茶化された気分だからだ。


「やばいマジでやばい、おい中村行くぞ」

「ごめんねつまんなくて!」


「喧嘩売ってんなら普通に殴らせろや!おいお前顔覚えたからな!」

マナトは頭に血が上っているにも関わらず、そこそこ本気で中村の顔を目に焼きつけていた。殴らないと気が済まない。タイキの空き缶二、三本を雑多に投げつけ、外れて道路に落ちていく。サラリーマン連中はいそいそと歩道橋を降りていった。


「落ち着けって…たしかに腹立つしギャグつまんなかったけども」


マナトはその場に座り込み、やり場を失った怒りで手すりや柵をガンガン殴る。


「どうしたんだよ今日…もう何か食おうぜ、買ってやるから」


タイキが肩に手を乗せ、サラリーマンたちが階段を降りきって歩道に出たときのこと。その日、時間に遅れそうになっていたチルド輸送の大きなトラックが、六十キロの法定速度を少々上回る速さで歩道橋の下を通過しようとしていた。

その後、コンマ三秒ほどの時間に起きたことを説明するとするならば。

先程までマナトが遠くへ遠くへ吐き飛ばしていたガム数個がトラックの右前タイヤに張りつき、次の回転でちょうどよく道路に落ちた空き缶がつぶれ、ガムを接着剤のようにしてタイヤに張りついた。グリップに微妙な差が生まれたトラック。運転手はその異変に気づき急いでブレーキを踏むが、荷台部分がドリフトを起こし、サラリーマンたちの中で車道側に立っていた中村に衝突。他の男たちは間一髪で事なきを得たが、それは揺るぎない人身事故であった。


「え……え……?」


異常な物音に、タイキとマナトも思わず音のした反対側の柵に向かって走り、事故現場を目撃した。


「あ……え……?」


下の歩道では、乗り上げたトラックの下に向かって、中村!中村大丈夫か!中村がいない!と男たちが慌てている。


「に……逃げよう、マナト、逃げよう」


タイキとマナトは、歩道橋の対岸の方へ走り、コンビニでもなんでもいい、とにかく無関係な場所へと逃げた。






この物語の主人公は、こうして目の前で自分の起こした迷惑の罪を知ったマナト………………ではなく。


たった今轢かれてこの世を去った、中村(ナカムラ)提士(テイシ)である。



















テイシ…………テイシ…………


あなたを…………愛してるから…………


大丈夫…………?ほんとうに…………?


大丈夫…………?


──大丈夫だよ母さん……僕、大丈夫……


大丈夫か……


「……大丈夫か、おい!兄ちゃん!生きてるかよ!なあ!」


テイシはハっと目を開けた。いつの間にか昼間になっている。彼はまだ、自分の身に起きたことを整理できていない。確か、怖い不良の前でやらかして、その後デカいトラックに轢かれて…あれは、夢?


「なんだよ兄ちゃん、スーツ着てんのに昼まで飲んだくれか?お巡りさん呼ぶとこだったよ、まったく」

目の前の男に揺さぶられるようにして意識を取り戻したことに気づいたテイシは、歩道の真ん中で倒れていた事実をやっと噛み砕くことができた。

「あっ、その、すみませんでした!ごめんなさい今何時……えっ」

助けてくれた男に平謝りし、自分の状況を把握しようと顔を上げたその時、テイシが目撃した顔は、信じられない形をしていた。

「なんだ、どっかで会ったか?」

怪訝な顔をするその男は、まず身長が三メートル近くありそうな巨体であり、その顔についた鼻は豚のような形で、目もほとんどが黒目。口は下あごが発達していて、イノシシか鬼の化け物のようだった。その姿を見てテイシが感じたことは、



く……食われる!



「うわあああ!!」

閑静な街に響くテイシの悲鳴。

「おいおい何ビビってんだ!オークがそんなに恐えか!」

「ええっ!?恐い!恐いです!食べないでください!」

「食うかァ!おれが化け物に見えるのか!?」

「み……みえ、ます……」

恐ろしい顔が怒りで紅潮し、さらに鬼に近づく。

「こんの……差別主義者がァ!」

「うわあああああッ!!」

テイシは逃げ出した。見覚えのない街を走った。

「待てコラァ!!このコンプラ時代に差別発言しやがって!!」

追いかけてくる巨大な男の足音は、まさにズシズシといったように振動を直に感じるような気迫があった。



息を切らし、そろそろ走るのも限界だと思ったその時、交差点沿いに交番が見えた。助かる……かはわからないけど、とにかく助けてほしい!その一心で駆け込んだ。

「あの!ハァ、ハァ、すみません!助けてください!なんかすごい大きなのに追われてて!」

事務作業をしていた巡査部長が椅子から跳びはねた。よかった、この人は普通の人だ。

「『大きな』!?上級魔族ですか!」

「え?」

テイシはその言葉をうまく聞き取れないうちに、例の大男も交番に辿りついた。

「この野郎!てめェで差別通り魔したクセに交番に自首しにいくとか!良い性格してんな!?ハァ、ハァ」

息を切らす化け物を見た巡査部長は、その姿そのものには驚かず、「鍋さんどうしたんですか」と知り合いのように対応した。

「だってよお!このガキァよお!」

興奮気味にいきさつを話す大男。それに少しも驚かない警察に驚きを隠せないテイシ。何が、どうなって。

「ああ〜……鍋さんごめん、たぶんこのお兄さんアレだわ」巡査部長はそう言ってテイシに「免許証持ってる?」と身分証明を求めた。

「は…はい…」

「ああ…このタイプの免許ね…三分世(さんぶんせい)民か…」

何やらごそごそ照会した後、またテイシに向き直った巡査部長は、彼に宣告した。

「ここは、水際世(すいさいせい)。お兄さんね、異世界転移してますよ」



責任感なく不定期更新します!でも書きたいものをたくさん思いついたので期待していてください!

ご意見・ご感想お待ちしております!

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