第1話 目覚め
「…………………頑張って」
何処からか、そんな声が聞こえた気がした。
目が覚めてまず感じた事は、どうしようもない違和感だった。
まるで自分がこの世界に存在していることがあってはならないような、自分が誰で此処が何処なのかも定かではないような、そんな違和感。
それが単なる違和感では無いと気付いたのは、ほんのすぐのことだった。
なぜなら……
(………何処だ?…ここ)
自分がいる場所に全く見覚えが無かった。
何処かの建物のなんらかの部屋の中だということは理解できるが、自分の家の自分の部屋ではない。
(……病室って感じでもないし)
これが病院の病室だったなら、まだ理解も出来る。しかし、そういう訳でもない。
目が覚めて全く知らない部屋に居るというだけでも訳が分からないのに、その部屋の内装も明らかに見慣れないものだった。
まず自分が普段使っているベッドはこんなにも大きくない。大人3人が一緒に使っても余裕があるぐらいの大きさだ。
ソファやテーブル、椅子、鏡、調度品の数々が明らかに高級品で、ここが普通の部屋でないことが伺える。
(いや、本当に意味が分からない。一体これはどういう状況なんだろう)
しかし、頭が問題なく働いているということは病気や障害がある様でもないし、身体も痛む所がある訳でもない。
ーーー俺の名前は、水無瀬令人、高校2年生、生まれも育ちも東京、両親と3人暮らし、それで普段通り学校に行こうとしていた……
記憶も問題はない。はずだか……
(あれ、家を出て……それからどうしたんだっけ)
通っている高校に行こうとして、それからの記憶がない。学校に着いた記憶もないと思う。
(……本当になんだこれ、夢でも見てるのか?)
しかし、夢にしてはあまりにもリアルすぎる。自分の呼吸や感じる空気、感覚の全てがこれが現実だと訴えている。
そんな風に自分が今どんな状況にあるのかを必死になって考えている時だった……
「お目覚めでしょうか?ーーお坊っちゃま」
コンコン、というノックの音と伴に若い女の子の声がした。
(!…誰だ?………ていうかお坊っちゃま?)
人の声がしただけでも驚くというのに、「お坊っちゃま」なんていう聞き慣れない呼び名にさらに困惑が強まる。
……そして、誰からも返事がなかったからだろう
「?…お坊っちゃま!まだお目覚めではないでしょうか!」
先程の少女の声がより大きく聞こえる。
これはどうすれば良いのだろう、明らかにこの部屋の扉をノックしているし、部屋の中には俺以外人は居ない。答えた方が良いのだろうか……
「……あ、えーと……」
混乱しすぎて、全く返答になっていないが、とりあえず部屋の中から声が聞こえたからだろう、
「?…失礼しますね」
そう言って扉が開き、部屋の中に入って来たのは、声から判断した通り、若い女の子だった。
肩までかかるくらいのセミショートの栗色の髪に、ぱっちりとした茶色の瞳、全体的な顔立ちは非常に整っている。
背丈や顔立ちから推察出来る年の頃は、およそ14、15歳だろうか…、中学生ぐらいの女の子だ。
「良かった! お目覚めになったのですね!」
その女の子が俺の姿を見て、そんなことを言ってくる。やはり、先程から声を掛けていたのは、俺に対してだったのだろうか…
(ていうか、じゃあ"お坊っちゃま"っていうのも、俺のことなのか?)
そういえば、この女の子はまるでメイドのような服を着ている。それも、イメージしやすいメイド喫茶のようなものではなく、クラシックなタイプのものだ。
女の子と相対したことで、より困惑が強まり、ますますどんな状況か分からなくなる。
そして、何も言わない俺をまた不思議に思ったのか、女の子の方から再び声を掛けてくる。
「あの、…大丈夫…でしょうか?……ラース様?」
ラース、女の子が告げたその名前を聞いた刹那、膨大な情報が頭の中に流れ込んできた。
そして全て理解した。ここが何処なのか、自分が誰で、この女の子が誰なのか、なぜこんな部屋に居るのか、なぜ「お坊っちゃま」などと呼ばれていたのか。
激しい情報の奔流に、一瞬目眩がしたような感覚に陥ったが、すぐに落ち着く。
そして、今のこの状況を理解した俺が、まず思ったことは………
(とんでもない男に転生した………)
であった。