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縫子のその後ですが、刺繍の分野で世界的な作家となりました。
視えない霊を糸で象り、タペストリーに命を吹き込んでいったのです。脚光を浴びる。それは彼女にとっては思いもよらない出来事でした。だって縫子は自分には才能のかけらすらないと信じていましたから。
たしかにそうです。しかし別れ際、憂愛の吐いた靄となって漂う血煙を吸ったことで彼女の運命が変わりました。憂愛が持っていた詩のインスピレーションとともに、鴉の毒と狂気もまた入り、それが汲めども尽きぬ霊感の源泉となって世界中から彼女の作品を買い求めたいと顧客が殺到したのです。
さて、あれからずいぶん、時が経ってしまいました。姉妹が暮らしていたお邸はどうなってしまったでしょうか?
鴉との対決から七十余年。縫子が老衰で亡くなったあと、暫くの期間、そこにお邸はありし日の姿を保ち続けてはいましたが、やがて廃墟になり果てました。
窓辺に黒い装束をまとった娘が佇んでいたという怪談めいた噂もありましたが、すでに建物は取り壊され、いまは敷地に瀟洒なマンションが建っています。
でも、すべてがそんな風に消えてしまったわけではないのです。
そうです。もはや鏡の内と外の区別はありません。鏡という蜃気楼を越境し、赤い火の魂を宿した鴉は自由に羽搏きます。風に紛れ、森羅万象そのものとなって霊はありとあらゆる世界をめぐるのです。水、土などの元素にも属し、火の粉を撒き散らしつつ鴉は、羅針盤としての詩をうたいながら夜という夜を飛翔し続けたのです。
彼女らが持っている力。それは星々を青い炎できらめかせたり、大地に落ちた種子から命を芽吹かせ、花を咲き誇らせる力と同じものでした。
いつしかそこに姉の縫子も合流し、姉妹と鴉は三人で一人の魔女、……いいえ、女神となって生きつづけるのです。
青い夕べ、女神はあなたの許にやってくるでしょう。恒星を豪奢なプロミネンスで飾ったり、蕾を花開かせ、蝶を呼んで豊かに色づかせもする女神の力は、人々の心に降りやまない霊感となって閃き、新たな詩を誕生させるのでした。