04
夜なべをくりかえし、護符とボタニカル図案が調和した魔女のワンピースが出来上がったのは、運が良かったのでしょう、ちょうどイースターを迎えた朝のことでした。イエス様の復活を寿ぐ記念日に銀の糸による鎧が出来上がったのは吉兆といえます。とはいえ、のんびり完成の余韻に浸っている暇などありません。
イースターの当日中、日付が変わってしまう前に妹を取り返す必要があります。叔母が著述した魔導書によれば、霊的防衛の装備としてはじゅうぶんすぎる刺繍ではありましたが、召喚した悪霊と闘い、追い祓うためのタリスマンとしては若干弱い、とあります。たとえ政治を動かす大魔法つかいであっても、一度召喚した霊的存在を代償なしに送りかえすことは極めて厄介で、大変なことなのでした。
「でも、やらなくちゃ」
縫子は、妹の奪還を心に強く誓います。が、しかしながらその唇からは血の気が引き、顔色は緊張の余り紙のように白くなりました。
チャンスは一度きり。イースターが終わる直前を狙わなくてはなりません。その時が訪れるまで縫子は息をひそめつつ一日を過ごしました。
そして、とうとう鴉がやってきました。
耳を澄まします。鏡から人が出てくる気配。衣擦れの音。くぐもってはっきりとは聴こえませんが、囁き交わすふたりの女の子の声。
時刻は零時三分前。
このタイミングを取り逃がしてはなりません。妹奪還の闘いは、ほんの数秒で片がついてしまうことでしょう。
ドアを開け放つと、刺繍を鎧代わりにした縫子は妹の部屋に飛び込みます。鍵はかかってはいません。ずいぶんと侮られたものです。
鴉が化身した美しい少女の顔を、ほんの一瞥ではあったけど、縫子は初めて目撃しました。鏡の向こうは暗い海辺。鴉はすぐさま鏡のなかに入ってしまい、消えてしまいます。
憂愛が驚いた顔で縫子を見ています。姉はハッ、と息を呑みました。妹の美しさは、鴉の比ではありません。その顔貌は凄絶なまでの神々しさでもって光り輝いていました。
色白で透明感あふれる美貌の人がそこにいました。死に瀕し、蝋燭のほむらが最後に強烈に燃えて輝くような乙女の美しさに殴られる思いがしました。
だけど、そんなのは些細なこと。臆してはなりません。怖れ、ひるんでいては折角の好機を逃してしまいます。
妹の腕を摑み、引っ張ります。腕がわずかに痺れる程度ですんだのは、やはり護符を刺繍した黒のワンピースをまとっていたからでしょう。ワンピの裾がひるがえり、色とりどりの花がゆれます。銀糸が魔にふれ、まばゆくバリバリと激しく音を立てて電光を散らします。
鴉がむこうから力づくで妹を引っ張るのがわかりました。妹も顔を背け、腕をふりほどこうともがく。鏡を挟んで、鴉と縫子が憂愛を取り合う恰好となりました。
「手を放してッ!」
憂愛が叫びます。
「放すない、絶対に」
縫子も負けじと叫び返しました。
と、憂愛と眼が合う縫子です。涙が一筋、妹の頬を伝い、流れました。
「どうして?」
懇願する憂愛。
「どうしてあたしの好きにしちゃいけないの?」
好きにしちゃいけない? でも、それって悪霊に魂を売って死んじゃうことなのよ?
縫子がそう言おうとした時、憂愛は咳き込むと喀血しました。
血しぶきが赤黒い靄となって漂います。怯んだ隙に身をよじって腕をふりはらい、妹は自由の身になります。
「さよなら」
つぶやきを残し、憂愛は黒い水のように漲る鏡面のむこうへと沈み、もはやどんなに眼を凝らしても夜の海辺はおろか、鴉の少女すら見えなくなってしまいました。鏡にはただ、死人のそれのように白く蒼褪めた顔をした縫子が映るばかり。
それから三日後のことです。昏睡状態に陥った憂愛はベッドの上で息を引き取りました。美しい骸をこの世に残し、命の火を鏡の国に旅立たせて。