虹色薬局フォーアイ堂のマンドラゴラ
とある街の路地裏商店街に小さな薬局がある。いつからそこに有るのか、誰も知らない小さな薬局。店先のプランターには、ベゴニア、マリーゴールド、ペチュニア、葉牡丹、パンジービオラ……、四季折々の花がいつの間にか植えられ、手入れされ綺麗に咲いてる。
住居がある二階建ての店、バルコニーの手すりにはツルバラ、そしてチラチラ見える、摩訶不思議な色形をしたな葉っぱや花や実の姿……。
風変わりな老婆が独りで切り盛りしている小さな店。勿論、市販のお薬や雑貨もあるが、漢方やハーブも数多く取揃えてあり、中にはイモリの黒焼き、ちょっとお目にかかれない不思議な道具や店主が調合した薬剤もある。そしてこの店のお薦めは、
キラキラ、シュワッと甘く響く虹色金平糖。それをひと粒、口にして眠れば夢で恋しい人に逢えるとか。
――、普通のお品以外のお代は、空から落ちる月のかけらと星屑を集めてきて。これこれこの場所、時間にね。それか貴方の想い出を少しばかり頂戴な。
ここそこで、フォーアイ堂の店主の老婆にまつわる話が、まことしやかに流れていた。
……、魔女かもしれない。
シャッ!通りに面した窓と店の戸のカーテンを、引いて閉じたら店主の時間。ゴソゴソと取り出すは古びた小さな蓄音機。キコキコとハンドルを回すと何やら呪文。すると。
……、ブ、……、ブッ、シャー………♪♬ズ!ズズン!キュイイイ!♬♪♪!!
「ふ!エレキはイイねぇ。さあさ!ダンスの時間だよ、箒にモップ、ハタキ!踊れ、水よバケツを満たせ!飛び込め雑巾!」
ロックのリズムが湧き上がる。パン!手を叩くと、ガタゴトと箒やモップやバケツがとこからともなく姿を現す。ジャホボボボ、音立てバケツが透明な水に満たされた。
……!ヒタリ……天井に貼り付く雑巾の姿。チャッ!シュルルル!身をぐるぐるに捻るとバケツにダイブ!バシャン!派手に飛び散る飛沫。慌ててモップが拭き取りに行く。
「塵ひとつ!残しちゃならないよ!」
首から十三星の首飾りを下げてる店主が命じる。ビビビ!響く声。響く音!リズムに乗りガンガン動く掃除道具達。
魔法満ちる黒の国が店主の故国。少しばかり持って生まれた魔力が少なかった為、みそっかすの王女と呼ばれ、家族から蔑まれ、恥だからと城奥く深く閉じ込められて育った彼女。
このまま干からびる様に時を終えるのは嫌だと、聖霊降臨祭の夜、国中の皆が祭りで浮かれているすきを狙い、宝物庫から価値ある魔法道具や呪文書をかっ攫い、箒に乗り出奔した王女。
辿り着いた異なる世界、異なる時の流れ中で『薬屋四ツ目堂を開いた。結婚をした女が証として、歯を黒く染め眉を剃り落としていた頃の話。
――「ふう!今日も終わった、灯よ眠れ」
曲が終わると掃除も終わる。何時もと変わらぬ店じまい。店の照明がふう……と消えた。キシキシと階段を上り住まいへと向かう。
「お!終わったのな!」
開け放たれたベランダから声がする。終わったよ、そっちはどうさね?灯よ起きよと、主は指をちらりと振り灯りをつける。
「月光草な!あと三回、完璧なる満月の光を浴びれば花咲く」
「ほう、そうかい。茜イチゴはどんな塩梅さね」
「うーん、色づきが悪い、こっちもあと三回綺麗な夕焼け小焼けを浴びれば完璧!今年の冬は曇りが多い、だから遅いのな!」
「そりゃ仕方ない。まっ、急ぐ事もない、ゆっくり待つよ。どうだい?手が空いたらちょっい、クイッとやらないかね?マンドレイク」
主の提案に闇の外からうひゃぉ!との声が上がる。飲む飲む!声と共にピョンピョン跳ねるように部屋に入って来たマンドレイクと呼ばれた、別名マンドラゴラ。
頭は喩えるなら君子蘭の様な緑の葉。その下の根っこは、ずんぐりむっくりとした人の様な形。顔と思われる部分には、丸い目と鼻と口がある。
タッ!エイやぁぁ!と椅子の上にジャンプしたマンドレイク。それからテーブルの上に更に飛び上がる。相変わらずだねぇと笑いつつ、主はいそいそと用意をした。
風変わりな酒盛りが始まる。
シャンパングラスには主お気に入りの大吟醸。つまみの甘納豆はシャコガイの形した硝子の器に盛られてる。
小さなお猪口には青い色した液体肥料。つまみの白い固形肥料は、緑の大きな葉の上にコロコロ置かれている。
「カンパーイ、毎日ご苦労さん、助かってるさね。店の切り盛りしてたら薬草の方に、なかなかここ迄手をかけられないからねぇ、あんたがここに来てくれて良かったよ」
「そうだろそうだろ!花の手入れは任せろって!あのまんまアッコでいたら……、オラたちゃそのうち『生け贄』になっちまってただろうよ」
「そうさね、父上が病に倒れた。王女の私がお前を引っこ抜けって皆が言うんだ。そんな感じかね」
マンドラゴラ、マンドレイクを土から引っこ抜いた時、それは『死の叫び』を吠えると云われている。叫び声を聞いてはいけないと。
「あ~。アレな!失礼だな!そりゃぬくぬく寝てるのに引っこ抜かれたら、吠えるに決まってるじゃん!ちゃぁんと、これこれこういう為だからって説明してくれたら、薬草一族としてこの身を捧げるってのによ!」
グビグビ飲む、独りと一体。酒器に術を仕込んでいるのか、飲んだ分だけ満たされる。しっとりとした甘納豆をつまみ、主はふと思い出しキシシと笑う。
「でもまさか『生』だったとは、カピカピに干からびてたから、こりゃ死んでるわと思って、生薬にしようと熱湯に入れたら……、ギァアァァァってさ、キヒヒヒ、あの時のあんたの顔ときたら」
イラスト提供、みこと。様
「だってよぉ!植木鉢から出とかないと、連れてってもらえないみたいだったからよぉ、オラたちゃ成人すると寝る時以外は、こうして外をうろちょろ出来るからよぉ、オラァ外に出たかったのな!だからお前の荷物にこっそり入り込んだんだ」
「当たり前さね、ただでさえ荷物が重いのに、植木鉢?とんでもないさね。で!道中、水無しで干からびちまったのか。分かっていたら水魔法で包んでやったのに……」
「薬草如きをあんときゃ、選んでくれそうもなかったからよぉ……、なのにカピカピで死んでると間違われて、熱湯に放り込まれ、もう少しで生きたまま煮込まれるとこだったぜ」
ひゅるりと伸びてる根っこを、器用に手の様に使い飲むマンドレイク。
「……、そうさね。マンドラゴラは考えてなかった……。お前が居たのも知らなかったし、そういや聞いてなかったけど、マンドレイクや。どうして宝物庫にいたのさね?」
クイッと煽る主。目の高さに捧げるグラス。シュワッと酒が満ちる。
「んあ?ああ、オラっちはこう見えても、マンドラゴラ族でも、めちゃ長生きしてんのだな、その分薬効も溜め込んでるのだな、森でひっそり生えてたのに。ある日ざっくり掘られてお城に連れて来られたのだな。王様が倒れた時の薬にするんだとかで」
ボリッと肥料を齧るマンドレイク。
「へえ、父上の……。キシシ、そりゃ愉快。お前は薬になりたくなかった」
「おうおう!長生きしてっとな!もっと長生きしたくなるってんだな!狭い場所から出たかったし!そんな時にお前が来たんだな!」
「ヒヒ!出て行ってやろうと計画してたからね、ずっとずっと考えて……、キシシ、そう、手薄になる夜にとんずらしようと……、上手く行った。ヒヒ!」
「泥棒したのだな!」
「失礼さね!慰謝料さね!こちとら散々、実の親兄弟に、罵られたんだから。出来損ないやら、国の恥やら、おー!ヤダヤダ!こんな湿気た話はヤメヤメ!飲むよ!マンドレイク」
空になったシャコガイの皿の上に、モコモコ膨れて現れる甘納豆。緑の葉の上の肥料もコロコロ姿を現す。
「おうおう!飲むのだ!酒は百薬の長なり!」
「お前にカンパーイ!商売繁盛カンパーイ!」
「お前にカンパーイ!ついてきてサイコォォ」
チン!と酒器をあわせた独りと一体。賑やかに話をしながらボリボリ齧り、甘い納豆を噛み締め、グビグビ飲んでいく夜。
「あー!イイねぇ!あの時出てきて大正解だよ!」
ヒヒヒヒヒ!主が笑う。かつて彼女は魔法満ちる国で、みそっかすな王女として城奥く深く育っていた。
とある街の路地裏商店街に小さな薬局がある。いつからそこに有るのか、誰も知らない小さな薬局。店先のプランターには、ベゴニア、マリーゴールド、ペチュニア、葉牡丹、パンジービオラ……、四季折々の花がいつの間にか植えられ、手入れされ綺麗に咲いてる。
住居がある二階建ての店、バルコニーの手すりにはツルバラ、そしてチラチラ見える、摩訶不思議な色形をしたな葉っぱや花や実の姿……。
風変わりな老婆が独りで切り盛りしている小さな店、虹色薬局フォーアイ堂。
魔女かもしれない……。
他とは違う品をお客に薦める彼女はここそこで、密やかにそう言われている。
終わり。
イラストはみこと。様に提供して頂きました。ありがとうございます(^o^)/
みこと。様の作品。
~世界の民話・伝承集~最奥の森、最果ての海。
作者:みこと。様
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