学校一のイケメン女子がわたしにだけ甘えてくる
夕焼けに染まる学校の屋上は、どこか雰囲気がある。
柵の向こう側では、まだ生徒達が部活動に励んでいる声が届く――そんな場所で、示野こまきは人を待っていた。
ふわふわとした、栗色の髪。小動物的だ、と彼女を知る者は口にする。
消極的だが、心優しい少女――それが、こまきだ。
部活動には特に入っていないが真面目で学校の成績は上位。ただしあがり症で、本番には弱い。
そんな彼女が、「スー、ハー」と大きく深呼吸をしながら、心を落ち着かせようとしていた。
「落ち着こう、大丈夫……」
こまきが緊張しているのには理由がある。
朝――登校したときのことだ。下駄箱に見覚えのない手紙が入っていた。
「もしかして告白!?」などと、随分と今時ではない告白方法であることは除きつつ、思いを馳せたこまきが中身を確認したところ……放課後、屋上に来てほしい、とだけ書いてあった。
差出人は不明。それでも、きれいな字を書く人だということは分かる。
――間違いない、告白だ。
こまきは確信していた。
生まれてこの方、十六年。告白など受けたことのない彼女には、免疫がない。
なさすぎるのが困るくらいだが――それでも、いずれはそういう経験を夢見て来ていた。
その瞬間が、こまきにも来ようとしているのだ。
「大丈夫……大丈夫……」
「なにが大丈夫なのかな?」
「わひゃああっ!?」
急に後ろから声を掛けられて、こまきはその場で飛び跳ねた。
勢いあまって屋上から飛び降りてしまうのではないか、というくらいだった。
こまきが視線を送ると、そこにいたのは、
「神市、さん……?」
「やっ、驚かせてごめんね?」
笑顔の似合うイケメン女子――神市芽映がそこに立っていた。
ショートの黒髪に、整った顔立ち。同じクラスだけれど、話したことはほとんどない。
『学校一のイケメン』と言われているほどの彼女が、どうしてこんなところに……そう思っていると、その答えはすぐに返ってきた。
「手紙、読んでくれたんだね」
「……? …………? ………………? え、ええー!? て、ててて手紙って、も、もしかして神市さんが!?」
ロードの遅い昔のゲームくらいに反応が悪いこまきは、未だに驚きすぎて落ち着かない心臓の鼓動を押さえようと努力していたのに、さらに早くさせられてしまう話を聞かされてしまう。
こまきを呼び出したのは、芽映だというのだから驚くのも無理はないだろう。
なにせ、お互いに接点などほとんどない――それなのに、まるで告白するかのような手紙。
(え、え……? で、でも、わたしも神市さんも、女の子――って、ここ、女子高だもんね……)
そんな当たり前の事実に、今まで緊張しすぎて意識がいかなかった。
そう、ここは女子高。だから、呼び出す相手も女の子――その時点で、告白なんていう選択肢はきっとないのだろうと、こまきはすぐに理解した。
緊張していた自分が馬鹿みたいだ、と急に冷静になる。
「あ、はは……ごめんなさい。一人で勝手に驚いたりして。それで、神市さんがわたしに何のご用ですか? 屋上に手紙で呼び出すなんて、告白かと思っちゃったりして」
「うん、そうなんだ。実は……ボク、君のことが好きで」
「なるほど、わたしのことが好き――えええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
部活動をする生徒達の掛け声よりも大きな叫び声が、屋上にこだました。
校庭にいた生徒達が、屋上の方に視線を送る。
すでに、芽映がこまきのことを押さえていて、その姿は映ることはなかった。
「こ、声が大きすぎるよ……?」
「ご、ごごごめんなさいっ! で、でも、え? ど、どういうこと、ですか? あれ、友達として好きだから一緒にいたい……とか? あれ、でもわたし達って全然――」
「うん、お互いのことは知らない、よね。でも、ボクはずっと、君のことが気になっていたんだ」
「え、ええええ……そ、その、気になって……女の子同士だけど、恋愛的に好き、みたいな?」
「そのことなんだけどね」
真剣な表情のまま、芽映は言葉を続ける。
「ボク、ずっと前から、君に母性を感じていたんだ」
「……?」
こまきの頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がった。
「母星? わたし、母なる星ですか?」
「ははっ、面白い冗談だけど、字が違うよ」
「墓制? わたし、お墓的な立ち位置?」
「そうじゃなくて、母なる性で母性。ボク、ずっと前から……君に甘えて見たくて、しょうがなかったんだ」
「……?」
やはり、こまきには理解できなかった。
『好き』という告白ですでにショートしてしまったこまきの容量の小さな脳では、『母性があるから甘えたい』という言葉が、飲み込めなかったのだ。
「……ダメ、かな?」
イケメン女子、芽映が甘えるような視線をこまきに送る。――押し倒されているという逃げられない状況で、これはとても卑怯だ。
すでにキャパシティを超えた要求に、こまきにできることはただ頷くことだけだった。
「! ありがとう、示野さん――ううん、こまき。早速だけど、今から甘えさせてもらってもいいかな……? もうずっと膝枕とかしてもらいたくて仕方なかったんだ」
「あ、はい。大丈夫、です」
まるで機械のように、こまきは答える。
この後むちゃくちゃ甘えられて、冷静に『おかしい』と気付くまでに一週間はかかった。
思いついたから書いたぞ!
イケメン女子が甘えてくるみたいな話だ!
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